「先に裏切ったのは貴方ですよ。復讐は貴女だけの特権」-その他

『むらさき』

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「先に裏切ったのは貴方ですよ。復讐は貴女だけの特権」

「先に裏切ったのは貴方ですよ。復讐は貴女だけの特権」中編

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 アドリアンは情報を得るために、パリの裏路地にある古びたバーに足を運んだ。バーカウンターに腰掛けるマルセルは、知る人ぞ知る情報屋だ。彼の周りにはいつも不穏な空気が漂っている。

「マルセル、話がある」

 アドリアンの声には緊張が走っていた。マルセルはゆっくりと振り向き、表情には何も読み取れない冷静さがあった。

「アドリアン・ロマーノか。珍しいな、お前がこんな場所に顔を出すなんて。どうした、何か探しているのか?」

 アドリアンは直接的に切り出した。

「エレナのことだ。彼女が何を計画しているのか、お前なら知っているはずだ」

 マルセルはニヤリと笑い、バーテンダーにサインを送ると、周囲のざわめきが静まり返った。

「エレナか... ああ、彼女のことならね。確かにいくつか耳に入っている話はある。だが、情報には代価がいる。お前、払えるのか?」

 アドリアンは歯噛みしながらも、マルセルの要求をのむしかなかった。

「払う。だが、その情報が真実であること、そして彼女の次の手がわかること。それを保証してくれるならな」

 マルセルは肩をすくめ、バーカウンターを軽く叩いた。

「保証、か。私の情報がいつも正しいという保証はない。だが、今回の話は面白い。彼女はお前をかなり恨んでいるようだ。お前にとって不利な情報を流しているという噂がある」

 アドリアンの心臓が跳ねた。彼はその情報を掴むためならどんな代価も支払う覚悟だった。

「いいだろう、代価は払う。話せ、マルセル」

 マルセルの目は狡猾な光を宿し、アドリアンの緊張を楽しむかのように彼の反応を窺っていた。

「聞けよ、アドリアン。エレナの新作が彼女の手によるものではないという話がある」

 アドリアンは怪訝な顔をした。マルセルの言葉が真実かどうか、彼には分からなかったが、興味はそそられた。

「どういうことだ?」

 マルセルは周囲を見渡し、声を落として続けた。

「エレナが可愛がっている若手デザイナー、リュックという奴がいるだろう。噂によると、エレナの新作は実は彼が全て手掛けているとか」

 アドリアンの眉がひそまり、彼の心には新たな疑念が芽生えた。

「リュックか... だが、なぜエレナがそんなことを?」

 マルセルはニヤリと笑うと、意味ありげに言葉を紡ぎだした。

「エレナは賢い女だ。彼女は自分の手が届かないところで人形を操る。リュックを表に出すことなく、自分の影響力を保ちつつ、新しい才能を利用する。それに、もしものときは、彼を盾にできるからな」

 アドリアンはその情報に動揺を隠せなかった。エレナが自分を出し抜くために他人の才能を利用しているとすれば、それは彼にとって大きな武器になる。

「それが本当なら、エレナは...」

 アドリアンの言葉は途切れ、彼は深く思案にふけった。エレナの新作が他人の手によるものだとすれば、それはエレナにとって致命的な弱点になり得る。しかし、アドリアンはまだマルセルの言葉を完全に信じ切れずにいた。

 マルセルはアドリアンの動揺を察知し、さらなる情報をちらつかせた。

「興味があるなら、もっと詳しい情報を手に入れてやれる。もちろん、それ相応の代価を払ってくれるならな」

 アドリアンは一瞬の躊躇もなく頷いた。

「代価は払う。その情報が本当なら、エレナに対する最大の反撃となる」

 マルセルの顔には満足げな笑みが広がった。

 アドリアンはリュックがよく使うという小さなアトリエの扉をノックした。扉が開くと、そこには若くて有望なデザイナー、リュックが立っていた。彼の目には警戒の色が浮かんでいた。

「アドリアン・ロマーノ... どうしてここに?」

 アドリアンはにっこりと笑ったが、その笑顔には冷たさが滲んでいた。

「話があるんだ。エレナは才能があるが、私と同じく...特別な方法で成功を掴んでいる。君もその一部になりたいだろう?」

 リュックは後ずさりしながらも、アドリアンの言葉の意図を探ろうとした。

「特別な方法って...?」

 アドリアンはリュックに詰め寄り、声を低くして言った。

「君の新作を見せてもらいたい。エレナに内緒でな。今までの私の成功は、他人のアイディアを...手に入れることで築かれた。君もそれを望むなら、業界で長く生活できる」

 リュックの顔からは血の気が引いた。彼は怯えながらも、アドリアンの意図を理解し始めていた。

「でも、それは...不正ですよ。エレナさんには大変お世話になっているし...」

 アドリアンは一歩踏み込み、リュックを壁に追い詰めた。

「不正と言うなら、この業界に清廉潔白な人間など一人もいない。君の才能は認める。だが、エレナの影に隠れているようでは、いつまで経っても表舞台には立てない。私が君をトップに連れて行ってやる。それが君の望むことではないのか?」

 リュックは目を逸らし、長く生き残るためには時には汚れることも必要だという業界の残酷な現実に直面していた。アドリアンの脅しに屈するかどうか、彼の内心は葛藤で揺れていた。

「わかりました... でも、これが最初で最後です」

 アドリアンの唇が勝ち誇った笑みを浮かべた。

「それでいい。さあ、見せてもらおうか」

 アドリアンはリュックの新作を手に入れることに成功した。

 アドリアンは自身のオフィスで窓外を見つめながら、満足げに微笑んでいた。彼の机の前には、ジャックが立っていた。

「ジャック、私の次の新作はこれまでで最高のものになる。リュックの才能は本物だ。これでエレナを出し抜くことができる」

 ジャックは相変わらず無表情で、アドリアンの言葉を聞いていた。

「それは素晴らしいことですね。しかし、エレナさんがそう簡単に負けるとは思えませんが」

 アドリアンは狡猾な笑みを浮かべ、ジャックに近づいて低い声で言った。

「それがここでの君の役割だ。エレナのゴーストデザイナーの件、この情報を新聞に垂れ込んでくれないか」

 ジャックは一瞬驚きを隠せない様子だったが、すぐに冷静さを取り戻した。

「新聞ですか? それが本当に効果があるとお考えですか?」

「ああ、確実だ。これはただのゴシップではなく、エレナの信頼性を揺るがす情報だ。彼女が他人の才能に頼っていると世間に知られれば、彼女の評価は地に落ちる」

 ジャックは深く頷いた。彼はエレナとアドリアン、両方に利用されている立場を理解していたが...。

「わかりました、アドリアン。しかし、エレナさんが反撃してくる可能性も...」

 アドリアンは手を振ってジャックの言葉を遮った。

「心配無用だ。エレナがどんなに足掻こうとも、私が上手だ。この手が彼女の終わりを告げるのだからな」

 ジャックは静かにオフィスを後にした。アドリアンは自信満々に背もたれにもたれかかり、自分の計画の成功を確信していた。

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