「嫉妬に苦しむ私、心はまさに悪役令嬢」ー短編集

『むらさき』

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「アイドルとエレベータに乗って、もし、エレベータが故障したなら」

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 灰色の空が広がる月曜日の朝、中年の会社員・佐藤健二はいつものように、人ごみに紛れながら高層ビルへと足を運んだ。彼の人生は、まるでこのビルの中の一室のように、際立つことなく平凡で地味だった。ポジションも高くなく、毎日が何の変哲もなく過ぎていった。

 その日、いつものエレベーターに乗り込んだ健二は、ふと隣に立つ青年に目を留めた。彼は、このビルで事務所を構えるアイドルグループの一員、マサキだった。マサキはグループの中でも目立たず、健二は以前から何となく彼と自分を重ね合わせていた。

 彼らの間に言葉は交わされなかったが、健二が軽く会釈をした瞬間、エレベーターは突然止まった。静寂が二人を包み込む。健二は内心で動揺を抑えつつも、不安の色を隠せなかった。しかし、マサキは違った。普段の控えめな印象とは異なり、彼は落ち着いて携帯電話で外部の人間と連絡を取り、状況を説明した。

 その間も、健二に対して

「大丈夫ですよ、すぐに解決しますから」と言葉をかけ続けた。

 この予期せぬ状況の中で、健二はマサキの隠された頼もしさに気づき、彼の内に秘められた強さに心惹かれた。時間が経つにつれて、二人の間には奇妙な連帯感が生まれ、エレベーターが再び動き出すと、それは確固たるものとなっていた。

 エレベーターが目的の階に到着し、扉が開くと、マサキは健二に向かって

「今日はありがとうございました。あなたのおかげで冷静に対処できました」と感謝の言葉を述べた。この言葉で、健二の心は完全にマサキに奪われた。

 ◇

 数日後の土曜日、灰色の空が再び広がる中、健二は妻の美咲と娘の杏奈と一緒にショッピングモールへ出かけることになった。彼にとって、家族との買い物はいつも少し憂鬱な時間だった。美咲と杏奈は健二を完全に見下しており、彼の意見や存在は軽視されがちだった。今日も例外ではなく、美咲と杏奈は自分たちの興味のある店を次々と巡り、健二はただの荷物持ちのように後を追っていた。

 モールの広場に差し掛かったとき、健二はふと視線を感じて顔を上げた。すると、そこにはあの日の青年、マサキが立っていた。彼は友人たちと一緒にいたが、健二を見つけるとすぐに微笑みながら近づいてきた。

「佐藤さん、お久しぶりです!」

 その声に美咲と杏奈も振り向いた。マサキはにこやかに健二に向かって言った。

「あの日は本当にありがとうございました!」

 マサキの感謝の言葉に、健二は少し照れくさそうに笑った。美咲と杏奈は驚いた表情でその様子を見ていた。普段は目立たない存在の健二が、アイドルグループのメンバーから感謝されている光景は、二人にとって全く予期しないものだった。

「そんな、大したことはしていませんよ。ただ、エレベーターが動くまで一緒にいただけです」

 健二が謙遜すると、マサキは首を振って続けた。

「いいえ、本当に助かりました。あの時、佐藤さんがいてくれたからこそ、僕も心強かったんです」

 マサキの言葉に健二は再び感謝の意を伝え、マサキはその後、友人たちの元へと戻っていった。その後も、健二は心の中でマサキの言葉を反芻しながら歩いていた。

 買い物を続ける中で、美咲と杏奈は何度も健二をちらちらと見ていた。彼女たちの中で、健二の評価が少しずつ変わっていくのを感じた。そして、その日の夕方、家に帰る道すがら、杏奈がふと健二に話しかけた。

「パパ、今日は楽しかったね。あのアイドルの人がパパに感謝してるなんて、すごいね」

 美咲も微笑んで付け加えた。

「本当ね。健二、あなたってやっぱり頼りになるのね」

 その言葉に健二は心から嬉しさを感じた。家族との関係が少しずつ変わり始めていることを実感し、彼はこれからの毎日が少しだけ明るく感じられた。健二は微笑みながら、美咲と杏奈と手を繋ぎ、家路を急いだ。

 灰色の空が広がる日でも、健二の心には晴れやかな気持ちが広がっていた。

 ※この話はフィクションです。実在する団体、出来事、人物とは関係ありません。
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