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カブトムシの好きなもの
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「先生、カブトムシが一番好きなエサって、何ですか?」
それは、昆虫博士である私が、とある小学校で行った出張授業の質問コーナーで飛び出したものだった。
真面目な質問だ。しかも答えが曖昧なまま放置されてきたテーマでもある。子どもの好奇心に、科学者が応えねば誰が応える。
そこで私は調査を決行した。近くの山に、カブトムシが集まりやすそうな木を見つけ、そこに各種エサを仕掛ける。スイカ、バナナ、みかん、市販の昆虫ゼリー、ハチミツ、メープルシロップ……どれも王道だ。
だが、相手は小学生だ。ちょっとしたユーモアも加えたい。冗談半分で、タバスコやチョコレートなんかも塗ってみる。
その夜、山へ確認に向かった私は、目を疑った。
タバスコの木に、カブトムシがいちばん集まっていたのだ。
「いやいや、そんな馬鹿な……」
念のため、調査は三日間続けた。だが結果は変わらない。タバスコの木が、いつも最も賑わっていた。
私は頭を抱えた。まさか本当にカブトムシはタバスコが好きなのか? それを子どもたちに答えてしまっていいのか? 科学的根拠は……どこに?
悩みながら研究室に戻ると、ゼミの女子学生が珍しく難しそうな顔で漫画を読んでいた。
「おや、君、漫画なんて読むんだっけ?」
「え? あ、これ……普段は読まないんですけど。好きな配信者がこの漫画を読んでるって聞いて、それで……」
どうやらその漫画、配信者が紹介したことでバズったらしい。彼女自身の趣味ではないが、“憧れ”から読んでいるようだった。
そのとき、何かがひらめいた。
私はすぐに、調査中に撮影した写真を見返した。タバスコの木に集まっていたのは、ほとんどがオスのカブトムシ。しかもタバスコに口をつけている個体はごくわずかだ。
そして── 一枚の写真に、決定的な答えがあった。
一匹のメスのカブトムシが、タバスコを舐めていた。堂々と、嬉しそうに。その周囲には、大柄なオスが何匹も集まっていた。
なるほど。そういうことか。
私はノートにこう記した。
「カブトムシが集まるエサ、それは“味”ではない。“人気のあるやつが食べているもの”だ」
小学生の質問に、私はこう答えるつもりだ。
「きみが好きなあの子が好きなものを、きみも好きになってしまう──そういうこと、あるよね?」
それは、昆虫博士である私が、とある小学校で行った出張授業の質問コーナーで飛び出したものだった。
真面目な質問だ。しかも答えが曖昧なまま放置されてきたテーマでもある。子どもの好奇心に、科学者が応えねば誰が応える。
そこで私は調査を決行した。近くの山に、カブトムシが集まりやすそうな木を見つけ、そこに各種エサを仕掛ける。スイカ、バナナ、みかん、市販の昆虫ゼリー、ハチミツ、メープルシロップ……どれも王道だ。
だが、相手は小学生だ。ちょっとしたユーモアも加えたい。冗談半分で、タバスコやチョコレートなんかも塗ってみる。
その夜、山へ確認に向かった私は、目を疑った。
タバスコの木に、カブトムシがいちばん集まっていたのだ。
「いやいや、そんな馬鹿な……」
念のため、調査は三日間続けた。だが結果は変わらない。タバスコの木が、いつも最も賑わっていた。
私は頭を抱えた。まさか本当にカブトムシはタバスコが好きなのか? それを子どもたちに答えてしまっていいのか? 科学的根拠は……どこに?
悩みながら研究室に戻ると、ゼミの女子学生が珍しく難しそうな顔で漫画を読んでいた。
「おや、君、漫画なんて読むんだっけ?」
「え? あ、これ……普段は読まないんですけど。好きな配信者がこの漫画を読んでるって聞いて、それで……」
どうやらその漫画、配信者が紹介したことでバズったらしい。彼女自身の趣味ではないが、“憧れ”から読んでいるようだった。
そのとき、何かがひらめいた。
私はすぐに、調査中に撮影した写真を見返した。タバスコの木に集まっていたのは、ほとんどがオスのカブトムシ。しかもタバスコに口をつけている個体はごくわずかだ。
そして── 一枚の写真に、決定的な答えがあった。
一匹のメスのカブトムシが、タバスコを舐めていた。堂々と、嬉しそうに。その周囲には、大柄なオスが何匹も集まっていた。
なるほど。そういうことか。
私はノートにこう記した。
「カブトムシが集まるエサ、それは“味”ではない。“人気のあるやつが食べているもの”だ」
小学生の質問に、私はこう答えるつもりだ。
「きみが好きなあの子が好きなものを、きみも好きになってしまう──そういうこと、あるよね?」
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