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王太子の事情
6 癒されるということ。
しおりを挟むそれから、時々、王宮に芸者(ここでは芸を披露する職業の者)が招かれ、観賞会が開かれるようになった。
マジジャンや楽士や踊り子が芸を披露する。寸劇などもあった。
身元の保証された者は席が用意され、見学が許された。もちろん私は特等席の真正面から鑑賞する。
これは、ロザリアが気を利かせたのだろう。それなりに面白く、日々の楽しみにもなったが、それはそれ。こういうことではない。
私はもっと、ささやかな楽しみを欲している。年頃の男女で遊び歩いたり…とか。そういうのをやりたい。
私が望めばそれは優先されるべきだ。何故なら私は特別なのだから。
高等部に上がった頃には、この観賞会にも一定の肩書のようなものがつき、ここに呼ばれることが芸人のステイタスにもなるようで、定期的に開催されるようになっていた。
その日の観賞会は幾人かの若い歌い手が歌唱を披露していた。
芸を披露した後、芸者が挨拶をする。距離はあるが、気に入れば近くに寄ることを許す場合もある。これも若い才能に箔をつけてやるる為の施しだ。
女性の歌い手がチラチラとこちらを見ながら歌唱を披露した後、挨拶をした。その間も私に瞳を向けていた。気になったので、近くに寄ることを許した。とても美しく化粧をしている。大人の女性に見えた歌い手は、近くで見ると思ったよりも小柄な女性だった。
ほんの数秒、少しだけだが、個人的に言葉を交わすことができる時間だ。
「素晴らしい歌だった。ご苦労。」
「ありがとうございます。お褒めの言葉、光栄でございます。殿下。私は同じ学院に居るのですよ。ーにいつも居ります。」
「? そうか。」
「お待ちしておりますね。」
綺麗な笑顔と礼を取って下がった彼女の後ろ姿を、会場から出るまで見守ってしまった。
登院した日、私はその場所へ行った。
側近達はひとりで彼女の指定の場所ー教室に入ることを阻止しようとして、そしてやはり教室の中に入ってきたが、そこには男性教師と女生徒の2人で、歌唱練習をしているようだった。
「まあ殿下。来てくださったのね。」
女性生徒は嬉しそうに駆け寄ろうとしたが、側近達が間に入る。
「君は…先日の歌い手なのか?驚いたな。なるほど、あの時は芸用に濃い化粧をしていたのか。」
素顔の、いや、少しはしているだろうが、素朴な感じの今の彼女と、先日の濃い化粧の女性とのギャップに驚いた。
「ここで歌の練習をしているのか。良ければ聞かせてくれないか?」
「ええ。もちろんですわ。あ、でも…」
恥ずかしそうに側近達をチラッと見る。
突然男達が入って来たのだ。女生徒の彼女からしたら恐怖心もあるだろう。
「お前達、教室の外で待っていろ。」
「それはできません。」
私の指示に逆らうこいつ達にも、もういい加減うんざりだ!
「ここには教師とこの女生徒だけしかいない!王立学院の教師の何を疑うのだ!私の命令に逆らうのか!」
「しかし!」
「外で待っていろ。」
「…承知致しました。教室の前で待機しております。」
出て行かせた後、教師と彼女の3人で、たわいのない話をした。楽しかった。
それから度々、その教室に向かい、しばしの時間を楽しむようになった。教師は居らず、彼女と2人だけの時間の方が多かった。むしろ、教師がいる日には、内心、落胆したりもした。もちろん側近達は、部屋の前で待機。だ。教師が居ない日があることを彼等には伝えなかった。1秒でも、この楽しい時間を邪魔されたくない。久しく忘れていた、癒しの時間。
歌唱練習をしている教室。
つまりそこは防音室なのだ。
そうなるまでに時間はかからなかった。
やがて、私は、彼女と一線を超えた。
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