『コニファーガーデン』

segakiyui

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「『コニファーガーデン』って曲を知ってる?」
 向かい合って、温かなコーヒーのカップを包みながら尋ねた。
「ええ」
「昨日クリスと食事に出たの。『樫と雄牛亭』」
「それで?」
 ちら、と芽理の黒い瞳が自分の分のコーヒーを淹れに行ったマースに動く。
「そこで、『コニファーガーデン』という歌を聴いたの。そうしたら、急にクリスが食事を止めようって言い出して」
「『樫と雄牛亭』で歌? 誰が歌っていたの?」
「名前は知らないわ。茶色のふわふわの髪をしてて、紫のチュニックを着てた。首に」
「金と革と赤い石のネックレス」
 間髪入れずに芽理が諳んじて、驚きに目を見張る。
「知ってるの? 有名な人なの?」
「有名じゃないけど、知ってるわ。娘よ」
「…え?」
「ちょっとハスキーボイス、ギターの弾き語り。違う?」
「いえ、その通りだけど、あの」
「マース?」
 芽理は声を張った。急いで振り返ると、カップを持ったまま、マースが凍りついている。そのマースに芽理は厳しい口調で尋ねた。
「どういうこと?」
「僕は」
「サラが申し出た? わけはないわね?」
「僕はマリアのことも考えて」
「ほう、そうなの、それほどクリスはマリアに魅かれていってるのね?」
「え?」
 きょとんとしたマリアに頷き、ふてぶてしいほど不愉快そうな声で芽理は続ける。
「マリアのことを心配して、クリスとの関係が深くなるのに歯止めをかけた? 2人の食事をろくでもない歌で台無しにしたのね?」
「あ、あの、芽理」
 おどおどとマースが身を竦める。
「確かにサラに頼んだのはまずかったけど、マリアはスティングレイ財団で生きていかなくちゃならないし、クリスが本気でマリアを欲しがってしまうと、また同じことに」
「マース!」
 がたっと芽理はテーブルを鳴らして立ち上がった。マスクをむしり取る。
「あなたって、ほんと、昔っから、女の子の気持ちなんてこれっぽっちも考えてないのね!」
「ご、ごめん」
「新婚夫婦がようやく2人で食事を楽しもうとしてるのに、あんな陰気臭い歌を聴かせて、何がマリアのことも考えてよ、聞いて呆れ…っ」
 怒りに我を忘れた芽理が叱り飛ばしたとたん、派手に咽せ込みソファに座り込んだ。
「芽理!」
「…もう、ほんと、これだから不死族ってのは」
 慌てて駆け寄るマースに支えられ、なおもごほごほと咳き込みながら、芽理は涙で潤んだ目を片手で覆った。
「駄目よ、マースそんなことしちゃ駄目。クリスだって、何度同じことを繰り返しても、人と生きてくことを覚えなくちゃ駄目なの、だって、私達、いなくなってしまうのよ…?」
「…っ」
 マースがびくりと身を縮め、そっと芽理の隣に座る。
「…そうだな」
「そうよ」
「……僕が悪かった」
「私じゃない、マリアに謝って」
「…マリア」
 目元に手を押し当てて吐息をつく芽理の代わりに、マースが向き直る。
「すまなかった」
「じゃあ、教えて」
 マリアは唾を呑んだ。
「『同じこと』って、何?」

 芽理は話してくれた。
 マースと出逢った経緯。アシュレイの成り立ちと起こった様々な不幸な出来事。
「信じられないと思う。でも、事実なの」
 ときどきこふこふと咳き込みながら、芽理が話す内容は、まるでお伽噺のようで。
 それも、どちらかというとハッピーエンドには終わりそうにない物語のようで。
 だから、無事に芽理がマースと結ばれた結末は、本当に嬉しかった。
「クリスは、きっと私達を見ていて、自分も誰かと生きていきたいと思ったのね」
 芽理は優しく、けれど悲しそうに話した。
 マースと同じく、花嫁を探しに世界を回って。
 ようやく見つけた1人の女性。
「けれど、彼女は」
 幸せな家族に囲まれていた。
 平凡だけど温かな家庭。思いやり深く思慮のある父親。感情豊かで朗らかな母親。姉が1人、弟が1人。
 旅先で出逢った2人の恋を家族は歓迎したのだが、結婚を前提に付き合い始めた時、事故が襲った。狭い道路を暴走して来た車が無理に追い抜こうとして、2人の車を巻き込み大破した。
 生き残ったのはクリス1人。
 当たり前の男なら一緒に大怪我をして彼女と生死を共にしたかもしれなかった。
 けれどクリスはアシュレイで。
 傷はすぐに治癒していった。
 女性の家族は愛情深かった。それ故、娘を失ったことを深く哀しんだ。娘とともに逝かなかったクリスを疎んだ。
「でも、そんなこと、クリスじゃなくても、アシュレイじゃなくても!」
「そうね、でも」
 マリアの反論に芽理は苦笑する。
「クリスはアシュレイだったの」
 娘の父親が泣き崩れる母親を抱え、傷ついた顔をした姉弟を庇いながら、クリスに言い放った。
『貴様が娘の代わりに死ねば良かったんだ!』
 その罵倒は、不死の命にことさら惨い要求だった。
「死にたかったんだ、とクリスは話した」
 マースは辛そうに口を挟んだ。
「本当に、死にたかったんだ、と。初めて、僕の気持ちがわかったと言ったよ」
 実は、この森と小屋はクリスが新居を構えるために作ったものだった。
 娘との暮らしを思い、いつか来る別れを想い、それでも一緒に生きていこうと願い、作った場所。
「無理なんだとわかった、って」
 クリスは芽理の元へやってきて微笑んで伝えた。
「僕には無理なんだ、と」
 こんな風に、繰り返し繰り返し、人を愛して生き残っていくのは無理。
「兄さんみたいに生きるのは、と」
 マースは低く囁く。
「だからこの先1人でアシュレイを背負うつもりなんだ、あいつは」
「あなたが、芽理と逝ってしまうから?」
「兄さんはずるいと詰られたよ」
 マースの瞳が煙っている。
「いつも必ず愛されている、と」
 溜め息が出た。
 どうしよう。
 重過ぎる。
 重過ぎて抱え切れない。
 1週間以内にクリスを落とすとか、子種を宿すとか、時間の単位が違い過ぎる。
「けれど、よく1人でここまで来れたわね」
「ああ、ええ、その、記憶力はいいの。良過ぎて悲しくなるぐらい」
「良過ぎて悲しい?」
 不思議そうな芽理に笑い返し、バッグからスケッチブックを取り出す。
「絵を描いてたの。けど、私の絵はどれもこんな感じ。思想も意識も感覚もないって言われる。まるで手描きの写真だねって」
 頭の中のものを写し取ろうとするからかしら。
 見惚れてしまう素晴しい形を寸分違わず再現しようとするからかしら。
 顔を寄せて丁寧に見てくれる2人に気恥ずかしくなり、次々としゃべった。
「世界はとても美しいわ。世界の前で、私には新たに生み出すものなんてない」
 全部そこにあるんだもの。
 私はただ、びっくりして、興奮して、感動して、泣きそうになって写すだけ。
「これ、クリスの庭だろう?」
 ぽつりとマースが尋ねる。
「夕方ね。日が落ちてる」
 芽理は指差す。
「風が吹いてた。強めの冷えた風だ」
「昨日でしょう? 同じ風を感じたわ」
 それから2人、口を噤んでしまう。解説しなくてはならないかしら。
 沈黙に堪えられず,口を開いた。
「あの、夕飯を食べてからの光景よ。少しだけと思って部屋で」
「部屋?」「部屋で描いた?」
 2人が顔を跳ね上げ、顔を見合わせた。
「何てこと、マリア」
「君は本当に」
「何? どうしたの?」
「訊いていいかな? 僕が知っている限り、君は大学で、奨学金の資格を得るのに必要な十分な成績を残せなかったし、絵画の賞を獲ったこともない?」
「…その通りよ」
「この絵を、いや、こういう絵を誰にも見せなかった?」
「見せたけど…評価はされなかったわ」
「その絵は?」
 芽理が慌てたように尋ねてきて戸惑う。
「処分したわ」
「処分?」
「燃やしたの」
「まさか…マリア」
「どうしたの、2人も?」
「気づいてないなら、教えるけどね、マリア」
 マースが吐息まじりに続けた。
「君は現実そのものを平面に再現してるんだよ。そんなことはあり得ないんだ、3
次元を2次元にするから。人の見え方も違うから。なのに、この絵を見て、僕も芽理も、これがどこの場所で何時ぐらいで状況がどうだったか、同じ印象を受け取れる。君はきっと、何かよくわからない『現実の本質』みたいなものを描けるんだ。しかもそれを、『記憶』で描ける」
 マリア、これはとんでもない能力だよ。
「えーっと、つまり?」
 これから描く絵は残しておいた方がいいってこと?
 尋ねると2人は大きく首を頷かせた。
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