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空が青いわ。
見上げながら、サンドイッチをほうばる。トマトの甘酸っぱさにきゅうりのかりっとした歯触り、卵の塩みとほのかな甘味。
「バジル使ってる?」
「どうかな。一口くれる?」
「どうぞ」
食べさしだけど、と断る前にクリスはマリアの歯形の上からがぶりと噛みつく。
「凶暴ね」
「君には優しくするけど」
どきりとした。ぺろりと唇を舐める舌に顔が熱くなる。
「香りがいいな」
「でしょ? って私が作ったんじゃないけど」
「こっちは好み?」
「どうかしら」
一口ちょうだいと誘えば、クリスは自分が齧っていない部分を差し出した。
「…」
「何?」
「…何でもない」
食べかけた部分が欲しかったなんておかしいかしら。ううん、違う、さりげなくとられた距離が気になるだけ。さっきの誘惑もマリアが勝手に妄想を膨らませただけのような気がする。
ちくりと胸に小さな棘が刺さる。
「あーん」
ことさら口を大きく開いて、ハムとエビとポテトを噛みちぎった。
「んんっ」
「何?」
「んーーっ、んっんっ」
「食べ終わってからでいいよ」
「すごく、美味しい!」
「だろ? 俺が作ったわけじゃないけどね」
クリスがにやりと笑って、マリアの噛んだ部分をくわえる。
それはいいの?
それはいいのに、私にはくれないのね?
それって優しいのかしら、それともマリアが近づくのは望んでいないという曖昧なお断りなのかしら。
しばらく2人、次々とサンドイッチを手にして平らげていった。
「あれから進んだ?」
「少しだけね」
次の話に移ったのは、食後のコーヒーをポットから注いでもらってから。
「このあたりはずいぶん間隔を空けて植えていくのね」
「…長い時間を過ごすからね」
クリスが小さく笑う。
「あんまり狭いとぎゅうぎゅう詰めになって、お互いにうまく育たなくなる」
「そういうものなの」
「そういうものさ」
樹々のことを話しているつもりなのに、クリスとマリア、互いの気持ちをどう育てるかと話されたように感じる。
「うまく育つかしら」
「樹は根を張る場所を選べない」
「何?」
「神のみぞ知る、のバルディア版かな」
種が風によって流されて、あるいは鳥や動物達によって運ばれて、落とされた場所が生きる場所。そこで根を張り天空目指して育つことができるかどうかは誰にもわからない。
「そうかしら」
「違う?」
「だって、根は水の在処を求めるものよ」
マリアは自分の描く絵を思い出す。
「どんなに遠くたって、渇いているなら少しでも湿り気のある方へ伸びていくものでしょ」
「岩があって邪魔していたら?」
「知らないの? 長い年月をかけて叩き割るのよ」
「動物に齧られたり食べられたりしたら?」
「不運ね。けど、絶望するほどじゃないわ。だってたった1本の根っこしか持たない樹なんて見たことないもの」
そうだ、想いは先へと伸びていく。貪欲な熱望に煽られて、心は本当に求めるものを手に入れるまで満足しない。
くすくすとクリスが笑い出して、マリアはきょとんとした。
「なぁに?」
「君が話すのを聞いていると、難しいことなんて何もないような気がしてくるね」
がらりと声を改める。
「聞きたいな、その希望はどこから湧いてくる? 両親も弟も理不尽に喪って、夢も願いも立ち消えになって、生きる方法さえ限られて、どうして明日を待ち望める?」
胸を突かれた。
忘れていたわけではない。
両親のことも弟のことも、焼き捨てた絵のことも喪った家のことも、心のどこかにはいつもひりひりとした擦り傷みたいな痛みを響かせ、ちゃんと在る。
けれど今はクリスの側に居て、クリスのことを考えていたい。
「…どうしてかしらね」
小さく吐いた。
「…ちょっと、失礼するわ」
「マリア?」
「すぐに戻るわ、レストルームの場所は覚えてるから大丈夫」
クリスの顔を見ないで立ち上がり、その場を去りかけ、立ち止まる。
いえ、違う。
「マリア…?」
振り向くと、クリス・アシュレイはぽつんとベンチに座っていた。膝にはバスケット、残っているサンドイッチ、マリアが置いたカップから、まだ湯気が立ちのぼっている。身動き一つしないで、立ち去るマリアを見送っていたらしいクリスが、振り向いたマリアに驚きの目を見張っている。
「そういうこと」
「え?」
「そんなふうに、あなたは取り残されてきたの」
「っ」
見る見るクリスの頬が紅潮した。
「俺は」
「お生憎様。忘れた? 私は人の期待を裏切ることに途轍もない才能があるの」
戻ってバスケットとサンドイッチとコーヒーを脇にやり、クリスの真横に腰掛ける。
「どこから希望が湧くのかと聞いたわね?」
「あ、ああ」
「あのね」
声を潜めると訝しそうに耳を近づけてきたクリスの顔を挟み、一気に引き寄せる。
「私は世界を愛してるの」
「ま、りあ」
「もちろん、あなたも」
「ん…っ」
呆気にとられて開いた口に唇を押し付ける。舌先で触れる。ここを開けて。私を信じて。
幼子のようにしがみついたマリアのたどたどしいキスに、クリスが応じた。引き寄せる。抱き締める。堪え切れない仕草で胸を掴む。力の強さにぞくりとした。背中に回る腕はマリアを深く抱き込んでいる。
「っ、は」
唇が解放されたと思ったら、そのまま首に吸いつかれて震えた。
「マリア…マリア」
部屋へ行こう。
熱っぽい囁きに頷いた。
見上げながら、サンドイッチをほうばる。トマトの甘酸っぱさにきゅうりのかりっとした歯触り、卵の塩みとほのかな甘味。
「バジル使ってる?」
「どうかな。一口くれる?」
「どうぞ」
食べさしだけど、と断る前にクリスはマリアの歯形の上からがぶりと噛みつく。
「凶暴ね」
「君には優しくするけど」
どきりとした。ぺろりと唇を舐める舌に顔が熱くなる。
「香りがいいな」
「でしょ? って私が作ったんじゃないけど」
「こっちは好み?」
「どうかしら」
一口ちょうだいと誘えば、クリスは自分が齧っていない部分を差し出した。
「…」
「何?」
「…何でもない」
食べかけた部分が欲しかったなんておかしいかしら。ううん、違う、さりげなくとられた距離が気になるだけ。さっきの誘惑もマリアが勝手に妄想を膨らませただけのような気がする。
ちくりと胸に小さな棘が刺さる。
「あーん」
ことさら口を大きく開いて、ハムとエビとポテトを噛みちぎった。
「んんっ」
「何?」
「んーーっ、んっんっ」
「食べ終わってからでいいよ」
「すごく、美味しい!」
「だろ? 俺が作ったわけじゃないけどね」
クリスがにやりと笑って、マリアの噛んだ部分をくわえる。
それはいいの?
それはいいのに、私にはくれないのね?
それって優しいのかしら、それともマリアが近づくのは望んでいないという曖昧なお断りなのかしら。
しばらく2人、次々とサンドイッチを手にして平らげていった。
「あれから進んだ?」
「少しだけね」
次の話に移ったのは、食後のコーヒーをポットから注いでもらってから。
「このあたりはずいぶん間隔を空けて植えていくのね」
「…長い時間を過ごすからね」
クリスが小さく笑う。
「あんまり狭いとぎゅうぎゅう詰めになって、お互いにうまく育たなくなる」
「そういうものなの」
「そういうものさ」
樹々のことを話しているつもりなのに、クリスとマリア、互いの気持ちをどう育てるかと話されたように感じる。
「うまく育つかしら」
「樹は根を張る場所を選べない」
「何?」
「神のみぞ知る、のバルディア版かな」
種が風によって流されて、あるいは鳥や動物達によって運ばれて、落とされた場所が生きる場所。そこで根を張り天空目指して育つことができるかどうかは誰にもわからない。
「そうかしら」
「違う?」
「だって、根は水の在処を求めるものよ」
マリアは自分の描く絵を思い出す。
「どんなに遠くたって、渇いているなら少しでも湿り気のある方へ伸びていくものでしょ」
「岩があって邪魔していたら?」
「知らないの? 長い年月をかけて叩き割るのよ」
「動物に齧られたり食べられたりしたら?」
「不運ね。けど、絶望するほどじゃないわ。だってたった1本の根っこしか持たない樹なんて見たことないもの」
そうだ、想いは先へと伸びていく。貪欲な熱望に煽られて、心は本当に求めるものを手に入れるまで満足しない。
くすくすとクリスが笑い出して、マリアはきょとんとした。
「なぁに?」
「君が話すのを聞いていると、難しいことなんて何もないような気がしてくるね」
がらりと声を改める。
「聞きたいな、その希望はどこから湧いてくる? 両親も弟も理不尽に喪って、夢も願いも立ち消えになって、生きる方法さえ限られて、どうして明日を待ち望める?」
胸を突かれた。
忘れていたわけではない。
両親のことも弟のことも、焼き捨てた絵のことも喪った家のことも、心のどこかにはいつもひりひりとした擦り傷みたいな痛みを響かせ、ちゃんと在る。
けれど今はクリスの側に居て、クリスのことを考えていたい。
「…どうしてかしらね」
小さく吐いた。
「…ちょっと、失礼するわ」
「マリア?」
「すぐに戻るわ、レストルームの場所は覚えてるから大丈夫」
クリスの顔を見ないで立ち上がり、その場を去りかけ、立ち止まる。
いえ、違う。
「マリア…?」
振り向くと、クリス・アシュレイはぽつんとベンチに座っていた。膝にはバスケット、残っているサンドイッチ、マリアが置いたカップから、まだ湯気が立ちのぼっている。身動き一つしないで、立ち去るマリアを見送っていたらしいクリスが、振り向いたマリアに驚きの目を見張っている。
「そういうこと」
「え?」
「そんなふうに、あなたは取り残されてきたの」
「っ」
見る見るクリスの頬が紅潮した。
「俺は」
「お生憎様。忘れた? 私は人の期待を裏切ることに途轍もない才能があるの」
戻ってバスケットとサンドイッチとコーヒーを脇にやり、クリスの真横に腰掛ける。
「どこから希望が湧くのかと聞いたわね?」
「あ、ああ」
「あのね」
声を潜めると訝しそうに耳を近づけてきたクリスの顔を挟み、一気に引き寄せる。
「私は世界を愛してるの」
「ま、りあ」
「もちろん、あなたも」
「ん…っ」
呆気にとられて開いた口に唇を押し付ける。舌先で触れる。ここを開けて。私を信じて。
幼子のようにしがみついたマリアのたどたどしいキスに、クリスが応じた。引き寄せる。抱き締める。堪え切れない仕草で胸を掴む。力の強さにぞくりとした。背中に回る腕はマリアを深く抱き込んでいる。
「っ、は」
唇が解放されたと思ったら、そのまま首に吸いつかれて震えた。
「マリア…マリア」
部屋へ行こう。
熱っぽい囁きに頷いた。
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