『青の恋歌(マドリガル)』〜『猫たちの時間』11〜

segakiyui

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1.覚え書き(2)

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 ……にしても。
 俺は溜息をつきながら、『たこ焼き』を食べている周一郎を見やった。
 にしても、だ。一体、たこ焼き食って、様になる男がどこにいるんだ、どこに! ああここか、ここにいたよな、うん!
「…ふ…ん…」
 ベンチに座った周一郎は、発泡スチロールのトレイに載った『たこ焼き』を、面白そうに突ついている。生まれの良さか、それとも躾か、食べ方もいやになる程上品で、そのくせ全く嫌味なく本人と『たこ焼き』の両方に似合っているものだから、否応無く人目を引いて、さっきから側で歩速を落とす女が後を絶たない。露骨なのになると、立ち止まってしきりに秋波らしいものを送ってきてはいるが、当の周一郎は、経済学の最新論がトレイに載っているのだとでも言いたげに『たこ焼き』に熱中していて、気づかないのか気づかぬふりをしているのか、とにかく一度も顔を上げなかった。
 おかげで俺は、振られた女の呪いの視線をまともに浴びることになって、さっきからどうにも居心地が悪い。今しも、妙に目の光にきつい、化粧っ気の全くない女にじろりと睨みつけられた。
 俺じゃない。周一郎がそちらに気を向けないのは、絶対俺のせいじゃない!
 胸の中で必死に弁解し、嘆願の目を向けようとしたが、あまりにも険しい顔をされたせいで正視することもできず、慌てて知らぬふりをする。相手は睨みつけるだけ睨みつけると気が済んだのか、ふん、とばかりに波打つ黒髪を翻し、足早に去って行った。
「…ふうう」
「?」
「いや、なんでもない。気にせず食ってろ」
「はい」
 にっこり笑う周一郎、またもや足を止める女。エンドレスかよ。ひょっとして今日は一日中、隣に座りたいのを無粋に邪魔している気の利かない男として恨まれ続けるのか? だからと言って、サングラスをかけさせて端正な顔を隠そうとしても、余計に目立つかも知れないし。
「…やれやれ」
「では、次のプログラムです! どうぞ!」
 ルトに焼きそばの残りをさらわれた俺は、響いた音にステージの方へ目をやった。屋外ステージでは、ちょうど演者が上がったところで、ギター1本持った男がマイクを掴んでいる。
「えー、今日はどうも。上尾旅人です。名前の通り旅から旅で、今年も留年となりましたぁ」
 わあっ、と笑い声が上がった。知らない人間じゃない。学園祭だけではなく、喫茶店やカフェでミニ・コンサートをやっていて、なかなかの評判になっている男だ。
「とりあえず、自己紹介がわりに一曲。タイトルは『青の光景』です」
 ギターの音色が澄んで響く。
「照る日射し
 吹き抜ける7月の風
 君は少女になって笑う
 彫りつけた影の重さを
 軽く道に投げ捨てて

 タホ河の川面をゆく
 スペインの旅情の色
 諦めと天空への憧れが合う街で………」
 甘い切なげな声だった。少し強くなってきた雪の中、茶色の髪を肩辺りまで垂らした上尾の顔には深い翳りが浮かんでいた。
「許されぬ愛ならば
 この身を削っても貫く
 いつの日か結ばれる日
 想っては胸に広がる苦さ

 思い返せばいつも君は
 影の中で笑った
 その背に金の羽根が
 宗教画のように光る

 旅立てば不死の祈り
 誰のことばだと訊いた
 名も知れぬ詩人の後を
 追うように君は発っていく

 優しい日々の温もりも
 涙色の想いも振り捨てて
 祈りさえ届かぬ闇
 金の羽根輝かせて

 残されたぼくの心を
 閉じ込めて君は行くのか…」
 ふうん。
 こいつの歌を聴くのは初めてだったが、悪くないじゃないか。何よりも声と歌詞が合っている。どこか掠れ気味のハスキーボイス、けれども高音の辛さを感じさせない。
「…どうもでしたー」
 拍手が湧き起こった。旅人さーん、と嬌声が上がる。いやあ、俺も一度でいいから、あんな風に呼ばれて見たいもんだが、女の子に呼ばれて楽しいことに繋がった記憶がない。
「えーと、これ、僕の初めての失恋の歌です」
 MCにいやーんと女の子が騒いだ。可哀想、と声が続く。
「あははっ」
 上尾は照れ臭そうに笑って、一転、生真面目な表情になった。
「ちょっとスペインに行ってたことがありまして……その時に惚れた女性がいるんですよね」
 いやーん、と再び女の子が騒ぐ。惚れてもいやーん、振られてもいやーん、だったら、どうせえっちゅうんじゃ、全く。
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