『青の恋歌(マドリガル)』〜『猫たちの時間』11〜

segakiyui

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1.覚え書き(3)

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「…どうもでしたー」
 拍手が湧き起こった。旅人さーん、と嬌声が上がる。いやあ、俺も一度でいいから、あんな風に呼ばれて見たいもんだが、女の子に呼ばれて楽しいことに繋がった記憶がない。
「えーと、これ、僕の初めての失恋の歌です」
 MCにいやーんと女の子が騒いだ。可哀想、と声が続く。
「あははっ」
 上尾は照れ臭そうに笑って、一転、生真面目な表情になった。
「ちょっとスペインに行ってたことがありまして……その時に惚れた女性がいるんですよね」
 いやーん、と再び女の子が騒ぐ。惚れてもいやーん、振られてもいやーん、だったら、どうせえっちゅうんじゃ、全く。
「不思議な人で、こう、2つの面が共存してるんですよね。激しいところと脆いところ、冷たいところと優しいところが。で、柄にもなく焦って告白したんですが、見事振られてしまいまして……えーと、タイトルの『青の光景』には、その辺りの意味合いがあるんです」
 意味がわからないのだろう、観衆がざわめいた。
「スペインの青っていうのは独特の意味があるんです。俗に、スペインの色っていうのは『黒』なんですが、それへと移り変わる前段階に『青』があるんですよね。で、この『青』っていうのは『黒』が死を示すのと同様、1つの意味がある。天上の青、そう呼ばれます」
 上尾は熱っぽく語り続けた。
「死へと続く、けれどもっと違った、救いを求める色と言うのか、それが『青』なんですよね。で、その…僕の惚れた女性っていうのが、ちょうど、その『青』と『黒』の境に立っているような女性でして、彼女の周りが夜なのに、羽の輝きでその黒い色が青に見えてしまうって言うか、そう言う感じの女性で……まあ、何を言ってるのか、よくわからなくなってきましたが、そう言うイメージで作りました。えっと、それじゃ、次の曲、『心を傷つけて』…」
「…ごちそうさまでした」
「あ、うん」
 周一郎の声が突然聞こえて、我に返った。視線を巡らせると、なぜか沈んだ表情の周一郎を見つける。
「どうした?」
「いえ…」
 問いかけに、周一郎は曖昧に笑って見せた。
「…スペインにはあまりいい思い出がないので」
「いい思い出がないって…行ったことあるのか?」
「ずっと昔ですけど。9歳…ぐらいかな」
「へええ」…? 9歳でスペイン旅行ね。俺はその時何をしていただろう? 有難い義務教育を受けながら、施設と学校の間を往復していただけのような気がする。
 ……やめよう、自分から進んで落ち込むこたない。
「…ん?」
 溜息混じりに前方へ目を向け直した俺は、目の前の地面に白いカードが落ちているのを見つけた。さっきまではなかったはずだ。訝しく思いながら拾い上げる。
 表面に、たどたどしい感じの紺色の女文字で、次のように書かれている。
『わたしが死んだら
 ギターと一緒に
 埋めてください、砂の下に
 オレンジの木々と薄荷の間に
 風見の中に』
「?」
 カードをひっくり返す。かなり古いものなのだろう、あちこち黄ばんでいる。隅の方に小さく、表と同じような女文字で年号と名前が書かれている。
「……年、ローラ・レオニ」
 その右端に、赤黒い、妙なシミがある。
「…血…?」
「何ですか?」
 興味を惹かれたように、周一郎が声をかけてきた。
「いや……これ、さっきの子かな、落としてったんだろ、ほら」
「…」
 手を伸ばしてカードを受け取った周一郎が瞬間、体を強張らせる。
「? 何かあるのか?」
「…いえ」
 僅かな沈黙の後、ポツリと応じた。それでも、周一郎の眼はカードから離れない。
「詩、か?」
 話の接ぎ穂を失って、俺もカードを覗き込む。
「…ガルシア・ロルカの『覚え書』」
「ふうん?」
「…に、似ています」
「遺書みたいだな」
 今度はあからさまにぎくりとした周一郎は、やがてゆっくりと振り向いた。
「そうですね」
 淡く笑ったその目が深く、妙に頼りなげで、それ以上詮索するのはやめにした。なおもカードを見つめている周一郎の頭を軽く叩く。
「まあいいや。宮田から寄れって言われてるんだ、行こうぜ」
「どこへ?」
 いつもは子ども扱いされるとむっとした顔になるはずの周一郎は、素直に俺を見上げた。
「美少年フォトコンテスト。ったく、あいつの趣味は年々ひどくなる」
 くすりと笑って、周一郎はカードをポケットにしまい込みながら立ち上がった。
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