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5.取り戻せないI LOVE YOU(2)
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(なんだろう?)
仁はぼんやりと座ったまま考えている。
(なんか、僕は、変だな)
ダリューの子ども。マイヤの子ども。
銀色の月の下で、奪われたのはその命だったのか。
(ひどい、ことを、する)
そう思うのに涙が出ない。というか、どこかが限度を越えて振り切れてしまったみたいだ。
(声が出ないのに、携帯なんか使いようがないな)
手にしていた銀色の塊を綿パンのポケットに突っ込む。立ち上がった体が自分のものではないように不安定で、床を踏むだけで果てしなく深いところまで落ち込んでいきそうだ。
(ダリューが怒るのも無理はない)
喫茶室を出て、病院の受付に戻る。用意していた紙を改めて見せると、さっきの女性が勘違いを詫びて城崎の診療に滑り込ませてくれた。
(マイヤが傷つくのも当然だ)
ソファに座って順番を待つ間も、周囲に現実感が湧いてこない。
(内田が話さなかったわけもわかる)
『仁を呼べ、って言ったんだからな』
『仁を呼べ、仁が来たなら傷つけない、そう言ったんだ。君はどこにいたんだ?』
ダリューの声が谺している、耳の奥で。
(どこにいた? 僕は、どこに居たんだっけ)
肩を掴んだ手から怒りが不安が悲しみが流れ込んできていた。ダリューの気持ちの中に、マイヤの気持ちも感じ取れた。
長くて孤独な旅路だった。温かく眠れる場所に愛しい人が一緒にいる。そしてまた、愛しい人の子どもが自分の体の中に別の命として息づいている。小さなけれどかけがえのない命。失ってしまった家族をもう1度この手に取り戻せる。その豊かな期待。
それが一瞬にして切り裂かれた。
『なのに、君は、マイヤが助けを求めても来てくれなかった……聞こえなかったのか?』
(聞こえていた……聞こえていたんだ)
けれど。
あの月光の下で長く尾を引く叫び声を仁は確かに感じ取っていた。
(けれど)
動けなくて。
『僕達よりうんと凄い力を持っていて。なのに、君は、自分1人しか守らないのか。そんな…そんな力なんて……意味がない!』
(意味が……ない)
胸の中でダリューのことばを繰り返す。
(そうか……意味が、ないのか)
「浅葱さん」
看護師に呼ばれて立ち上がった。視界がひどく狭まっていて、入る時にドアにぶつかった。
「仁?」
机に向かっていた白衣姿の城崎が驚いた顔で振り返る。
「お前どうしてこんなところに……」
「声が出なくなったんですって、先生」
紺野じゃない看護師が黙り込んだまま灰色のスツールに腰を降ろす仁を覗き込む。
「熱測りましょうか。風邪かしらね」
「ああ、悪いけど」
城崎が苦い顔で看護師に命じた。
「この子は長い間フォローしてるんだ。1対1で話したい。用があるときは呼ぶから、少し出ててくれるか?」
「え? ……はい、じゃあ」
不審そうに首を傾げながら看護師が出ていき、ドアを閉める。ドアに近づき鍵をかけた城崎は戻ってきながら苛々した声で話し掛けてきた。
「どうして来たんだ。内田から何も聞かなかったのか? ダリューが」
仁は顔を上げた。
「仁……?」
城崎があっけに取られた顔になり、続いて眉をきつく寄せた。
「どうした……? 何があった?」
仁は首を振った。ナップザックから書き記しておいた紙を取り出し、城崎に渡す。
「『風邪じゃないけど、声が急に出なくなった』……いつから?」
仁は首をもう1度振り、別の紙を渡した。
「『紺野さんとマイヤの状態はどうですか?』……」
城崎は紙から顔を上げ、品定めするように仁を見つめた。ゆっくりとことさら丁寧にことばを選ぶ。
「紺野はもう明日から勤務に戻る。マイヤは……もうしばらくかかるだろう、でも、安定はしている」
仁は頷いた。よかった、とできるかぎり明るく微笑んだつもりだったが、城崎が引きつったような顔になってより眉をしかめた。
「仁」
城崎が警戒しているのを感じた。質問を繰り返す。
「何があった? どうしてここへ来た? いつから声が出なくなった?」
仁は綿パンのポケットを探って銀色の携帯を取り出した。書くものがほしい、と指でパントマイムをすると、城崎が携帯を取りあげて指を動かして見せた。
「ほら、ここに文字が出る。携帯持ってたんだな」
仁は首を振り、携帯に文字を打ち込んだ。
「『これはダリューのものです。後で返して下さい』……ダリューに…会ったのか……?」
城崎が顔を凍らせる。仁は指を動かした。
「『ついさっき。マイヤのことも聞きました』……ちっ」
苛立たし気な舌打ちは仁の文章にはない。
「あのクソガキ、何してやがったんだ、とんでもないことになってるじゃねえか……え?」
なぜか吹き上げるような怒りを滲ませて呟いた城崎は仁が打ち込む文字を読み上げ、愕然とした顔になった。
「『しばらく1人で彼女を追います』? 彼女って……相手がわかったのか?」
仁は頷いた。続けて『狩人』の容姿を打ち込もうとして、ぎくりとする。
遠く微かなものだったが、よく知っている荒々しい波動が近づいてくる。仁を探し回って街中バイクで走り回り、もしやそんなことはないだろうな、ときりきりしながら病院に走り込んでくる内田の気配だ。
「仁? おい、どうした?」
急に立ち上がった仁に城崎は慌てた声を出した。その城崎の目の前に、ナップザックを肩にかけながら携帯に文字を打ち込んで放り出す。床に落ちかけたそれを受け取ろうとして城崎がバランスを崩すのは計算済み、閉ざされたドアの鍵はサイコキネシスで強制的に開いて廊下へ飛び出す。
「仁、おい、待てよ、仁!」
視界がちちちちと奇妙な音をたててなだれ込み重なってくるのを感じた。見開いた目に病院の廊下が、売店で飲み物を買うダリューが、病室で点滴中のマイヤが、眠そうにあくびをする紺野が、そして玄関から爆発しそうな勢いで駆け込んでくる内田の姿が、まるで各々透明なスクリーンに映った画像が合成されてでもいくように同時に見える。
それらは全てまた、同時に動いていた。いや、実際には動いていない部分、予測にあたる部分までがCGで造り上げられた映像のように画面の中で変化する。
ダリューは飲み物を買った後小銭を落として舌打ちしながら拾い始める。マイヤは点滴が終了するのをナースコールで知らせぺったりとした腹部に手をあてかけて泣きそうな顔になる。紺野は微かな寝息をたてて眠るが数分後にはシャワーを浴びるように言われて起こされる。玄関から走り込んだ内田は、確信があるようにまっすぐ城崎の外来診療に飛び込んできて、仁の打った携帯の文字を読み、携帯を派手に床に叩きつける……。
体を翻した。もう時間は残されていない。
「仁!」
悲鳴のように響く城崎の声を背中に、仁は内田とはち合わせしない通路へ、重ならない時間を選んで走り込んでいった。
その数十秒後。
「城崎!!」
内田ははあはあ息を荒げながら、城崎の診療室に飛び込んできた。
「仁がここに来てねえ……何してんだ、あんた」
「遅えよ、くそガキ」
床から城崎が唸りながら起き上がる。その手に銀色の携帯が握られている。何を思ったか城崎は険しい顔でそれを内田に向けて突き出した。
「ケータイ? いらねえよ」
「違うよ、ばか」
「何だよ、いったい」
「読めばわかる」
内田は携帯を受け取り、文字をスクロールさせた。ざああっと音をたてて体中の血の気が引いていくのがわかった。情けないことに震えが背中から走り上がって頭上へ突き抜けた。めったに感じたことのない感情、これは恐怖だ、とふいに気づく。
(失う…今度こそ…本当に失う?)
「何してたんだ、お前んとこに居るはずじゃなかったのか」
苦々しい口調で言いながら城崎が立ち上がった。ふいに数十年歳を取ったような動きだった。
「あいつ、壊れるかもしれない、いや、もう壊れかけてるのかもしれない」
疲れ切った声で呟く。
「……どういうことだ」
内田は眉を寄せた。今朝寝室との境のドアにすがるように立っていた仁の、泣きそうな顔が脳裏に浮かぶ。
「凄く冷静で落ち着いてて。けれど、ずっと笑っていた。それに、声が出なくなっている。携帯も返してきた」
(笑ってた、だと?)
追いつめられた人間の反応は2つに分かれる。1つは泣き喚き、パニックになる。もう1つは現実否認、つまりその場から意識を切り離してしまう。
(仁が、笑えるわけがない)
この内容を見る限り、内田と城崎が必死に隠そうとしたことを、仁は他ならぬダリューから直接聞かされたことになる。それは、自分を狙ってきた『狩人』が仲間の命を次々と奪っているという事実だ。起こった事件が仁を中心に起こっているということ……・仁が全ての元凶であるということだ。
「だから……どういうことだよ」
内田は自分の声が震えるのを必死に堪えた。取り返しのつかない破滅が迫ってくる、その足音が城崎の呻き声の向こうから聞こえてくる。
「仁はもう誰も呼ばないつもりだ。誰にも何も言わないで、1人で全部引き受けるつもりだ。だから、声も携帯も必要ない……そういうことなんだ」
(1人で全部引き受ける? そんなこた、始めからわかってた……)
文字をスクロールさせていた内田の指が止まった。
最後に仁が打ち込んだ文字がなかなか読めない。読んでいるはずなのに、頭がどうにかしてしまったのか、その内容が飲み込めない。
「城崎……」
「……」
「これ、どういう意味なんだ」
城崎は応えない。
「どういう意味なんだ、答えろよ」
内田はその文字を棒読みに読み上げた。
「『大丈夫だから。探すな』……・探すな? 誰をだ、『狩人』をか?」
城崎はやはり応えない。
「何が大丈夫なんだ? 誰が大丈夫なんだ? そんなことないんだろ? あいつはダリューと会ったんだろ? 話を聞いたんだろ? そんなこと聞いて……・『大丈夫』なやつなんかいないだろう? ましてや、仁、だぞ、それ聞いたの」
内田は携帯を持った手を振り上げた。
「『大丈夫』なわけ、ねえじゃねえか!」
力まかせに叩きつけた携帯が床に跳ね飛び、耳障りな金属音をたてて変型した。それを内田は容赦なく踏みにじって、城崎を見た。
「ダリューはどこにいる」
「内田」
「ダリューはどこだ、城崎」
「……ダリューはマイヤに付き添っている。今はだめだ、マイヤが」
「生憎と、俺は医者じゃねえ……」
内田は冷ややかに笑った。
「体を傷つけちゃだめで、心はぶち殺していいなんて思ってる奴を仲間扱いする気はねえんだ、悪かったな、城崎」
「内田、そんなことをしたら」
もっと仁を傷つける、そう続けそうな城崎になお冷えた笑みを返す。メフィストフェレス、あの心優しい友人に言わせた微笑だ。
「勘違いしてねえか城崎」
目を細めて笑うと相手がぞくりとした顔になった。
「俺は正義の味方でもねえんだ。俺があんたに約束したのは仁を守ることだろ? 他の奴らがどうなろうと知ったことかよ? ましてや」
一瞬胸を走った傷みに眉をしかめる。
「俺もあんたももうあいつを傷つけてる。これ以上、何をためらう必要がある? あいつはもうもたねえぞ……わかってるはずだ、城崎」
何よりも恐れていたこと、自分を盾にしても防ごうとしたことが自分のせいで起こったのだと、守ろうとした相手に罵倒されて、それでも笑っていられる仁の気持ちがやり切れない。大丈夫だと、探すなと残したメッセージをどれほどの思いを込めて打ったのかと思うと、体が引きちぎられていくような気がする。
「仁を1人で死なせる気かよ、城崎」
「城崎先生」
ふいにドアが開いた。
「お話ししておきたいことが……」
のろのろとした動作で入ってきたのは茶色の髪の青年、部屋の殺気立った気配に気づいて上げた顔が、内田を認めて青ざめる。
「内田……がっ!」
ふ、と僅かな気合いと同時に内田の体が沈んだ。手にしたヘルメットをとっさに診療ベッドに投げた次には体重を十分乗せた右ストレート、ダリューが弾き飛ばされて廊下に吹っ飛ぶ。
「し、城崎先生っ!」
「おい」
駆け寄ってくる看護師に目もくれず、内田は廊下に転がったダリューに近寄った。
「仁に何を言った」
「ぐ……ふっ」
「何を言ったんだ、あいつに」
「く、うう」
ダリューのポロシャツの襟元を掴んでねじりあげる。体格はダリューの方がいいはずなのに、圧倒的に勝るのは気迫、相手の顔を引きずり寄せる仕草に容赦はない。
「先生っ!」
「ああ、大丈夫だ」
「で、でも」
背後で城崎がライターの音をさせてから、話し掛けてきた。
「内田、廊下ではやめろ、みんなが怯えている」
「知るかよ……あいつは死ぬかもしれねえんだ」
「……ダリューだって……仁は守ろうとしてたんだぞ」
ぐ、と内田は詰まった。無言のまま、ぐったりしているダリューを引きずって診療室に連れ込む。
城崎が溜息をついてドアを閉めながら、
「悪いが……今日の診療は終わりだ。急用ができた」
看護師に告げると、ぱたぱたと慌ただしく走り去る音が続いた。
「内田……」
宥めるような声に内田は応じなかった。ようやく手を放した足下にダリューが崩れるように転がっている。激しく咳き込んでいるのはきつく締め上げたからだ。冷ややかに見下ろし、
「仁が消えた。もう帰ってこないつもりだ」
氷点下の声で続けた。城崎の応じを待たずにダリューを詰問する。
「仁に何を言った」
「……ほんと……のことだ」
震えながら、けれど解放されてみると悔しさが込み上がってきたのか、ダリューが呻いた。
「ほんとのこと?」
「そうだ………だって…そうだろう?!」
ダリューはぐいとこちらを振り仰いだ。
「マイヤが襲われたっていうのに……あいつは…来てくれなかった……あんなにマイヤが助けを呼んでたのに、仁は……仁が来てくれていたら、マイヤも……マイヤの子どもだって……! 自分しか守れない力なんて何の意味があるんだ! あんな凄い力を持ってるのに、なぜ助けてくれなかったんだって……ああ、そうだよ、そう言ってやったんだ!」
切れた唇の血を横殴りしながら、ダリューは泣き出しかけている。
「仁は……どこにいたんだって、言ってやったんだよ!!」
「仁は、別口で襲われていたんだ、ダリュー」
城崎が顔を歪めながら口を挟んだ。
「……え…?……」
「別の連中に…しかも同時に『狩人』にも襲われてた」
「だって…そんなこと…彼は言わなかった……」
ダリューが茫然とした顔で呟く。城崎が苦しそうに声を押し出す。
「言えなかったんだ。仁は今、声が出なくなっている……たぶんに心理的なものからきてるんじゃないかと思うんだが」
「そんなこと………だって…僕は知らなかったから……」
ダリューが急に不安そうな顔になった。
「仁がどこにいたか、って言ったよな」
城崎とダリューのやりとりを異様な静かさで聞いていた内田はゆっくりと口を開いた。ぎょっとした顔で2人が自分を見る。
「じゃあ、聞くが、『あんた』はどこに居たんだ、ダリュー」
ダリューは体を強ばらせた。
「マイヤはあんたの大事な女、だろう。その女が孕んでて、そいつが『狩人』に襲われたとき、あんたはどこにいたんだよ、ダリュー」
ダリューの紅潮していた頬がどんどん青ざめていく。
「仁が居なかったからマイヤもマイヤの子どもも酷い目にあったって言うんなら、『あんた』は何をしてたんだ、ダリュー。マイヤの子ども? は、それは『あんた』の子どもでもあるんじゃねえのか」
痛烈な罵倒を含ませながら内田は嗤った。暗い殺気を滲ませながら吐き捨てる。
「……惚れてる女1人守り切れなかったのはてめえじゃねえのか。どれほどのちょーのーりょくしゃか知らねえが、無力なのはてめえじゃねえのか……それを」
(あいつ1人に背負わせたのか)
『ゴ・メ・ン』
崩れそうな微笑みで謝った仁の表情が脳裏を過ってことばが詰まった。
ダリューに罵倒されながら、それでも仁は謝ったに違いない。マイヤの危機に間に合わなかったことを。大切な命が失われたことを。自分が取るべき責任かどうかなんてことさえ考えずに。
(わかってたはずだ、きっと)
ダリューの傷みに仁は気づいていたはずだ。それが、仁を罵倒しながらも、遠くはダリュー自身の無力さを不確かさをなじるものだったことも察していたはずだ。
(だからこそ、受け入れて)
何も言わずに、受け入れて。
「全部………あいつに押しつけたんだ」
自分の無力さへの怒りを。自分の弱さへの嘲笑を。本来なら自分に向ける負担を、ダリューは仁の中にあるものだと決めつけた。
「ぼ、僕は……」
ダリューがへた、と腰を落とした。
「僕はそんなこと……知らなくて……仁は何も言わなかった……」
「言えるわけが……ねえだろう!」
内田は吐いた。
「目の前でずたずたに傷ついてるやつを、あいつが放っておくわけがねえだろうっ!」
それぐらいならきっと自分が傷つく方を選ぶ。
(力が、あるから)
僕なら大丈夫だから、と仁が呟いた気がした。僕なら傷を治せるからね、と微笑む柔らかな気配。何度傷ついても治せるから。そういう力があるから。
(違う、仁)
内田は胸の中の声に目を閉じて必死に反論した。
(治せるから傷ついていいんじゃねえ、力があるから傷ついても大丈夫なんじゃねえ、それでも)
それでも……何だ?
その先が続かずに目を開く。ほとんど同時に城崎の机の電話が鳴った。
「なんだ?」
城崎が受話器を上げる。
「何? え? 紺野さん、ほんとか、それは」
重苦しかった城崎の声がふいに明るんで、内田ははっとして相手を見た。
「わかった、すぐに調べ始める。真駒中学だな」
「何だ?」
受話器を置く間も与えず、内田は城崎を覗き込んだ。
「紺野が何だって?」
「ついさっき、紺野さんのところへ昔の友人から連絡が入ったそうだ。最近起きている事件とそっくりな事件を知っている、と」
城崎の目が殺気に輝いた。
「『狩人』のしっぽがつかめるかもしれないぞ」
「わかった、真駒中学だな」
「荒木尾真奈美、養護教諭だそうだ」
ヘルメットを掴み、もうダリューを振り返ることもなく身を翻して診療室を飛び出す。
仁が本気になって姿を隠そうとすれば、そうそう捕まらないことはわかっている。ならば、『狩人』の方から追い詰めるしかない。そこに仁がきっと現れる。
荒っぽくバイクを振り回して病院を出ようとしたとき、ずき、と右の拳が痛んだ。ダリューの歯にでも当たったのだろうか、皮膚が裂けて血が滲み出している。
その傷にわけもなく仁の泣き顔が重なった。謝りながらうなされていた、白く頼りない顔。
追われるのを望まないはずだ。追えば追うほど逃げ去るはずだ。それでも。
(痛えんだよ、俺が)
胸の呟きを消し去るように、内田はアクセルを吹かして速度を上げた。
仁はぼんやりと座ったまま考えている。
(なんか、僕は、変だな)
ダリューの子ども。マイヤの子ども。
銀色の月の下で、奪われたのはその命だったのか。
(ひどい、ことを、する)
そう思うのに涙が出ない。というか、どこかが限度を越えて振り切れてしまったみたいだ。
(声が出ないのに、携帯なんか使いようがないな)
手にしていた銀色の塊を綿パンのポケットに突っ込む。立ち上がった体が自分のものではないように不安定で、床を踏むだけで果てしなく深いところまで落ち込んでいきそうだ。
(ダリューが怒るのも無理はない)
喫茶室を出て、病院の受付に戻る。用意していた紙を改めて見せると、さっきの女性が勘違いを詫びて城崎の診療に滑り込ませてくれた。
(マイヤが傷つくのも当然だ)
ソファに座って順番を待つ間も、周囲に現実感が湧いてこない。
(内田が話さなかったわけもわかる)
『仁を呼べ、って言ったんだからな』
『仁を呼べ、仁が来たなら傷つけない、そう言ったんだ。君はどこにいたんだ?』
ダリューの声が谺している、耳の奥で。
(どこにいた? 僕は、どこに居たんだっけ)
肩を掴んだ手から怒りが不安が悲しみが流れ込んできていた。ダリューの気持ちの中に、マイヤの気持ちも感じ取れた。
長くて孤独な旅路だった。温かく眠れる場所に愛しい人が一緒にいる。そしてまた、愛しい人の子どもが自分の体の中に別の命として息づいている。小さなけれどかけがえのない命。失ってしまった家族をもう1度この手に取り戻せる。その豊かな期待。
それが一瞬にして切り裂かれた。
『なのに、君は、マイヤが助けを求めても来てくれなかった……聞こえなかったのか?』
(聞こえていた……聞こえていたんだ)
けれど。
あの月光の下で長く尾を引く叫び声を仁は確かに感じ取っていた。
(けれど)
動けなくて。
『僕達よりうんと凄い力を持っていて。なのに、君は、自分1人しか守らないのか。そんな…そんな力なんて……意味がない!』
(意味が……ない)
胸の中でダリューのことばを繰り返す。
(そうか……意味が、ないのか)
「浅葱さん」
看護師に呼ばれて立ち上がった。視界がひどく狭まっていて、入る時にドアにぶつかった。
「仁?」
机に向かっていた白衣姿の城崎が驚いた顔で振り返る。
「お前どうしてこんなところに……」
「声が出なくなったんですって、先生」
紺野じゃない看護師が黙り込んだまま灰色のスツールに腰を降ろす仁を覗き込む。
「熱測りましょうか。風邪かしらね」
「ああ、悪いけど」
城崎が苦い顔で看護師に命じた。
「この子は長い間フォローしてるんだ。1対1で話したい。用があるときは呼ぶから、少し出ててくれるか?」
「え? ……はい、じゃあ」
不審そうに首を傾げながら看護師が出ていき、ドアを閉める。ドアに近づき鍵をかけた城崎は戻ってきながら苛々した声で話し掛けてきた。
「どうして来たんだ。内田から何も聞かなかったのか? ダリューが」
仁は顔を上げた。
「仁……?」
城崎があっけに取られた顔になり、続いて眉をきつく寄せた。
「どうした……? 何があった?」
仁は首を振った。ナップザックから書き記しておいた紙を取り出し、城崎に渡す。
「『風邪じゃないけど、声が急に出なくなった』……いつから?」
仁は首をもう1度振り、別の紙を渡した。
「『紺野さんとマイヤの状態はどうですか?』……」
城崎は紙から顔を上げ、品定めするように仁を見つめた。ゆっくりとことさら丁寧にことばを選ぶ。
「紺野はもう明日から勤務に戻る。マイヤは……もうしばらくかかるだろう、でも、安定はしている」
仁は頷いた。よかった、とできるかぎり明るく微笑んだつもりだったが、城崎が引きつったような顔になってより眉をしかめた。
「仁」
城崎が警戒しているのを感じた。質問を繰り返す。
「何があった? どうしてここへ来た? いつから声が出なくなった?」
仁は綿パンのポケットを探って銀色の携帯を取り出した。書くものがほしい、と指でパントマイムをすると、城崎が携帯を取りあげて指を動かして見せた。
「ほら、ここに文字が出る。携帯持ってたんだな」
仁は首を振り、携帯に文字を打ち込んだ。
「『これはダリューのものです。後で返して下さい』……ダリューに…会ったのか……?」
城崎が顔を凍らせる。仁は指を動かした。
「『ついさっき。マイヤのことも聞きました』……ちっ」
苛立たし気な舌打ちは仁の文章にはない。
「あのクソガキ、何してやがったんだ、とんでもないことになってるじゃねえか……え?」
なぜか吹き上げるような怒りを滲ませて呟いた城崎は仁が打ち込む文字を読み上げ、愕然とした顔になった。
「『しばらく1人で彼女を追います』? 彼女って……相手がわかったのか?」
仁は頷いた。続けて『狩人』の容姿を打ち込もうとして、ぎくりとする。
遠く微かなものだったが、よく知っている荒々しい波動が近づいてくる。仁を探し回って街中バイクで走り回り、もしやそんなことはないだろうな、ときりきりしながら病院に走り込んでくる内田の気配だ。
「仁? おい、どうした?」
急に立ち上がった仁に城崎は慌てた声を出した。その城崎の目の前に、ナップザックを肩にかけながら携帯に文字を打ち込んで放り出す。床に落ちかけたそれを受け取ろうとして城崎がバランスを崩すのは計算済み、閉ざされたドアの鍵はサイコキネシスで強制的に開いて廊下へ飛び出す。
「仁、おい、待てよ、仁!」
視界がちちちちと奇妙な音をたててなだれ込み重なってくるのを感じた。見開いた目に病院の廊下が、売店で飲み物を買うダリューが、病室で点滴中のマイヤが、眠そうにあくびをする紺野が、そして玄関から爆発しそうな勢いで駆け込んでくる内田の姿が、まるで各々透明なスクリーンに映った画像が合成されてでもいくように同時に見える。
それらは全てまた、同時に動いていた。いや、実際には動いていない部分、予測にあたる部分までがCGで造り上げられた映像のように画面の中で変化する。
ダリューは飲み物を買った後小銭を落として舌打ちしながら拾い始める。マイヤは点滴が終了するのをナースコールで知らせぺったりとした腹部に手をあてかけて泣きそうな顔になる。紺野は微かな寝息をたてて眠るが数分後にはシャワーを浴びるように言われて起こされる。玄関から走り込んだ内田は、確信があるようにまっすぐ城崎の外来診療に飛び込んできて、仁の打った携帯の文字を読み、携帯を派手に床に叩きつける……。
体を翻した。もう時間は残されていない。
「仁!」
悲鳴のように響く城崎の声を背中に、仁は内田とはち合わせしない通路へ、重ならない時間を選んで走り込んでいった。
その数十秒後。
「城崎!!」
内田ははあはあ息を荒げながら、城崎の診療室に飛び込んできた。
「仁がここに来てねえ……何してんだ、あんた」
「遅えよ、くそガキ」
床から城崎が唸りながら起き上がる。その手に銀色の携帯が握られている。何を思ったか城崎は険しい顔でそれを内田に向けて突き出した。
「ケータイ? いらねえよ」
「違うよ、ばか」
「何だよ、いったい」
「読めばわかる」
内田は携帯を受け取り、文字をスクロールさせた。ざああっと音をたてて体中の血の気が引いていくのがわかった。情けないことに震えが背中から走り上がって頭上へ突き抜けた。めったに感じたことのない感情、これは恐怖だ、とふいに気づく。
(失う…今度こそ…本当に失う?)
「何してたんだ、お前んとこに居るはずじゃなかったのか」
苦々しい口調で言いながら城崎が立ち上がった。ふいに数十年歳を取ったような動きだった。
「あいつ、壊れるかもしれない、いや、もう壊れかけてるのかもしれない」
疲れ切った声で呟く。
「……どういうことだ」
内田は眉を寄せた。今朝寝室との境のドアにすがるように立っていた仁の、泣きそうな顔が脳裏に浮かぶ。
「凄く冷静で落ち着いてて。けれど、ずっと笑っていた。それに、声が出なくなっている。携帯も返してきた」
(笑ってた、だと?)
追いつめられた人間の反応は2つに分かれる。1つは泣き喚き、パニックになる。もう1つは現実否認、つまりその場から意識を切り離してしまう。
(仁が、笑えるわけがない)
この内容を見る限り、内田と城崎が必死に隠そうとしたことを、仁は他ならぬダリューから直接聞かされたことになる。それは、自分を狙ってきた『狩人』が仲間の命を次々と奪っているという事実だ。起こった事件が仁を中心に起こっているということ……・仁が全ての元凶であるということだ。
「だから……どういうことだよ」
内田は自分の声が震えるのを必死に堪えた。取り返しのつかない破滅が迫ってくる、その足音が城崎の呻き声の向こうから聞こえてくる。
「仁はもう誰も呼ばないつもりだ。誰にも何も言わないで、1人で全部引き受けるつもりだ。だから、声も携帯も必要ない……そういうことなんだ」
(1人で全部引き受ける? そんなこた、始めからわかってた……)
文字をスクロールさせていた内田の指が止まった。
最後に仁が打ち込んだ文字がなかなか読めない。読んでいるはずなのに、頭がどうにかしてしまったのか、その内容が飲み込めない。
「城崎……」
「……」
「これ、どういう意味なんだ」
城崎は応えない。
「どういう意味なんだ、答えろよ」
内田はその文字を棒読みに読み上げた。
「『大丈夫だから。探すな』……・探すな? 誰をだ、『狩人』をか?」
城崎はやはり応えない。
「何が大丈夫なんだ? 誰が大丈夫なんだ? そんなことないんだろ? あいつはダリューと会ったんだろ? 話を聞いたんだろ? そんなこと聞いて……・『大丈夫』なやつなんかいないだろう? ましてや、仁、だぞ、それ聞いたの」
内田は携帯を持った手を振り上げた。
「『大丈夫』なわけ、ねえじゃねえか!」
力まかせに叩きつけた携帯が床に跳ね飛び、耳障りな金属音をたてて変型した。それを内田は容赦なく踏みにじって、城崎を見た。
「ダリューはどこにいる」
「内田」
「ダリューはどこだ、城崎」
「……ダリューはマイヤに付き添っている。今はだめだ、マイヤが」
「生憎と、俺は医者じゃねえ……」
内田は冷ややかに笑った。
「体を傷つけちゃだめで、心はぶち殺していいなんて思ってる奴を仲間扱いする気はねえんだ、悪かったな、城崎」
「内田、そんなことをしたら」
もっと仁を傷つける、そう続けそうな城崎になお冷えた笑みを返す。メフィストフェレス、あの心優しい友人に言わせた微笑だ。
「勘違いしてねえか城崎」
目を細めて笑うと相手がぞくりとした顔になった。
「俺は正義の味方でもねえんだ。俺があんたに約束したのは仁を守ることだろ? 他の奴らがどうなろうと知ったことかよ? ましてや」
一瞬胸を走った傷みに眉をしかめる。
「俺もあんたももうあいつを傷つけてる。これ以上、何をためらう必要がある? あいつはもうもたねえぞ……わかってるはずだ、城崎」
何よりも恐れていたこと、自分を盾にしても防ごうとしたことが自分のせいで起こったのだと、守ろうとした相手に罵倒されて、それでも笑っていられる仁の気持ちがやり切れない。大丈夫だと、探すなと残したメッセージをどれほどの思いを込めて打ったのかと思うと、体が引きちぎられていくような気がする。
「仁を1人で死なせる気かよ、城崎」
「城崎先生」
ふいにドアが開いた。
「お話ししておきたいことが……」
のろのろとした動作で入ってきたのは茶色の髪の青年、部屋の殺気立った気配に気づいて上げた顔が、内田を認めて青ざめる。
「内田……がっ!」
ふ、と僅かな気合いと同時に内田の体が沈んだ。手にしたヘルメットをとっさに診療ベッドに投げた次には体重を十分乗せた右ストレート、ダリューが弾き飛ばされて廊下に吹っ飛ぶ。
「し、城崎先生っ!」
「おい」
駆け寄ってくる看護師に目もくれず、内田は廊下に転がったダリューに近寄った。
「仁に何を言った」
「ぐ……ふっ」
「何を言ったんだ、あいつに」
「く、うう」
ダリューのポロシャツの襟元を掴んでねじりあげる。体格はダリューの方がいいはずなのに、圧倒的に勝るのは気迫、相手の顔を引きずり寄せる仕草に容赦はない。
「先生っ!」
「ああ、大丈夫だ」
「で、でも」
背後で城崎がライターの音をさせてから、話し掛けてきた。
「内田、廊下ではやめろ、みんなが怯えている」
「知るかよ……あいつは死ぬかもしれねえんだ」
「……ダリューだって……仁は守ろうとしてたんだぞ」
ぐ、と内田は詰まった。無言のまま、ぐったりしているダリューを引きずって診療室に連れ込む。
城崎が溜息をついてドアを閉めながら、
「悪いが……今日の診療は終わりだ。急用ができた」
看護師に告げると、ぱたぱたと慌ただしく走り去る音が続いた。
「内田……」
宥めるような声に内田は応じなかった。ようやく手を放した足下にダリューが崩れるように転がっている。激しく咳き込んでいるのはきつく締め上げたからだ。冷ややかに見下ろし、
「仁が消えた。もう帰ってこないつもりだ」
氷点下の声で続けた。城崎の応じを待たずにダリューを詰問する。
「仁に何を言った」
「……ほんと……のことだ」
震えながら、けれど解放されてみると悔しさが込み上がってきたのか、ダリューが呻いた。
「ほんとのこと?」
「そうだ………だって…そうだろう?!」
ダリューはぐいとこちらを振り仰いだ。
「マイヤが襲われたっていうのに……あいつは…来てくれなかった……あんなにマイヤが助けを呼んでたのに、仁は……仁が来てくれていたら、マイヤも……マイヤの子どもだって……! 自分しか守れない力なんて何の意味があるんだ! あんな凄い力を持ってるのに、なぜ助けてくれなかったんだって……ああ、そうだよ、そう言ってやったんだ!」
切れた唇の血を横殴りしながら、ダリューは泣き出しかけている。
「仁は……どこにいたんだって、言ってやったんだよ!!」
「仁は、別口で襲われていたんだ、ダリュー」
城崎が顔を歪めながら口を挟んだ。
「……え…?……」
「別の連中に…しかも同時に『狩人』にも襲われてた」
「だって…そんなこと…彼は言わなかった……」
ダリューが茫然とした顔で呟く。城崎が苦しそうに声を押し出す。
「言えなかったんだ。仁は今、声が出なくなっている……たぶんに心理的なものからきてるんじゃないかと思うんだが」
「そんなこと………だって…僕は知らなかったから……」
ダリューが急に不安そうな顔になった。
「仁がどこにいたか、って言ったよな」
城崎とダリューのやりとりを異様な静かさで聞いていた内田はゆっくりと口を開いた。ぎょっとした顔で2人が自分を見る。
「じゃあ、聞くが、『あんた』はどこに居たんだ、ダリュー」
ダリューは体を強ばらせた。
「マイヤはあんたの大事な女、だろう。その女が孕んでて、そいつが『狩人』に襲われたとき、あんたはどこにいたんだよ、ダリュー」
ダリューの紅潮していた頬がどんどん青ざめていく。
「仁が居なかったからマイヤもマイヤの子どもも酷い目にあったって言うんなら、『あんた』は何をしてたんだ、ダリュー。マイヤの子ども? は、それは『あんた』の子どもでもあるんじゃねえのか」
痛烈な罵倒を含ませながら内田は嗤った。暗い殺気を滲ませながら吐き捨てる。
「……惚れてる女1人守り切れなかったのはてめえじゃねえのか。どれほどのちょーのーりょくしゃか知らねえが、無力なのはてめえじゃねえのか……それを」
(あいつ1人に背負わせたのか)
『ゴ・メ・ン』
崩れそうな微笑みで謝った仁の表情が脳裏を過ってことばが詰まった。
ダリューに罵倒されながら、それでも仁は謝ったに違いない。マイヤの危機に間に合わなかったことを。大切な命が失われたことを。自分が取るべき責任かどうかなんてことさえ考えずに。
(わかってたはずだ、きっと)
ダリューの傷みに仁は気づいていたはずだ。それが、仁を罵倒しながらも、遠くはダリュー自身の無力さを不確かさをなじるものだったことも察していたはずだ。
(だからこそ、受け入れて)
何も言わずに、受け入れて。
「全部………あいつに押しつけたんだ」
自分の無力さへの怒りを。自分の弱さへの嘲笑を。本来なら自分に向ける負担を、ダリューは仁の中にあるものだと決めつけた。
「ぼ、僕は……」
ダリューがへた、と腰を落とした。
「僕はそんなこと……知らなくて……仁は何も言わなかった……」
「言えるわけが……ねえだろう!」
内田は吐いた。
「目の前でずたずたに傷ついてるやつを、あいつが放っておくわけがねえだろうっ!」
それぐらいならきっと自分が傷つく方を選ぶ。
(力が、あるから)
僕なら大丈夫だから、と仁が呟いた気がした。僕なら傷を治せるからね、と微笑む柔らかな気配。何度傷ついても治せるから。そういう力があるから。
(違う、仁)
内田は胸の中の声に目を閉じて必死に反論した。
(治せるから傷ついていいんじゃねえ、力があるから傷ついても大丈夫なんじゃねえ、それでも)
それでも……何だ?
その先が続かずに目を開く。ほとんど同時に城崎の机の電話が鳴った。
「なんだ?」
城崎が受話器を上げる。
「何? え? 紺野さん、ほんとか、それは」
重苦しかった城崎の声がふいに明るんで、内田ははっとして相手を見た。
「わかった、すぐに調べ始める。真駒中学だな」
「何だ?」
受話器を置く間も与えず、内田は城崎を覗き込んだ。
「紺野が何だって?」
「ついさっき、紺野さんのところへ昔の友人から連絡が入ったそうだ。最近起きている事件とそっくりな事件を知っている、と」
城崎の目が殺気に輝いた。
「『狩人』のしっぽがつかめるかもしれないぞ」
「わかった、真駒中学だな」
「荒木尾真奈美、養護教諭だそうだ」
ヘルメットを掴み、もうダリューを振り返ることもなく身を翻して診療室を飛び出す。
仁が本気になって姿を隠そうとすれば、そうそう捕まらないことはわかっている。ならば、『狩人』の方から追い詰めるしかない。そこに仁がきっと現れる。
荒っぽくバイクを振り回して病院を出ようとしたとき、ずき、と右の拳が痛んだ。ダリューの歯にでも当たったのだろうか、皮膚が裂けて血が滲み出している。
その傷にわけもなく仁の泣き顔が重なった。謝りながらうなされていた、白く頼りない顔。
追われるのを望まないはずだ。追えば追うほど逃げ去るはずだ。それでも。
(痛えんだよ、俺が)
胸の呟きを消し去るように、内田はアクセルを吹かして速度を上げた。
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