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9.月の未来図(3)
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戻ってくるから。
仁は確かに内田にそう約束した。
けれど、それがどれほど儚い約束なのかは、言った当人が一番よくわかっている。
桜の花びらで身を包み、月のない夜空に浮かぶ人工の月と化した朱乃の後を追って、風を巻いて浮かび上がりながら、仁はみるみる早く浅くなる呼吸を感じていた。
空気が薄いというほど上空ではない、けれども息が苦しいのは、たぶん左脇腹と体内の傷のせいだろう。浮遊するのにエネルギーを取られて、出血はすぐに始まった。腰に巻き付けられている内田のシャツがねっとりとした温みに浸されていくのがわかる。荒くなる息に視界が揺れ、意識がずるずると半端に広がる。
内田から離れるに従って、頭痛が始まり、意識の枠が崩れ、体の中の金色の獣が薄笑いを浮かべて立ち上がる。
(確かにあたってる……)
仁はまだ全力を出していない。もちろん、わざと傷を負ったわけではないが、結果的にそちらへ力を取られる事で無制限な解放は制御されている。だが、予想外に深い傷は仁の自制を食い潰していく。
それでもなお、この高空へ、朱乃を誘って上がったのは、朱乃もまた、まだ本気にはなっていないことを感じていたからだ。悲劇的な生い立ち、揺らめく少女の不安定な心、深いトラウマに裏打ちされた切ない行動、それらは内田も榊もダリューも欺いている。
私は独りだ、誰も側にいてくれない、と訴えることで、朱乃は彼らの中にある人間の深い部分に働きかけて、攻撃をガードしたのだ。
そして、その裏には体が竦むほどの冷徹な思考と計算が動いている。
それをあの場で仁1人だけ、気づいていた。
(内田……)
くら、と激しく揺れた視界に唇を噛んで仁は堪えた。
(僕は自分の能力を知っている)
あの未来図はまだ動いていない。それは、仁の能力が弱まったということを指さない。それはただ、『まだ』その未来に達していないというだけのことだ。
そして、これまでいつもいつも、仁は自分の感じた未来を変えられなかった。蜘蛛の巣に絡まった蝶のように、もがけばもがくほど、その未来に絡め取られていた。
星が散る澄んだ大気、冴えた月光が街を照らしている。漂うもう1つの巨大な月中には少女が蹲り、ふと顔を上げ仁に向かって微笑み両手を広げる。懐かしいような切ないようなその気配、だが、同じように手を差し伸べた仁の腕に鮮血が散る。温かな血、それをまき散らした体が腕をすり抜け遥か下の道路へ向かって落下する。「内田!」仁は叫ぶ。「内田、内田、そんな、馬鹿な!」。
(そんなことは許されない)
だから今度こそ、その未来が実現するまでに、仁は朱乃を葬るつもりだった。
「なぁんだ」
先に浮かんでいた朱乃がくるりと振り返った。ひらひらくるくると回る桜の渦の中で、くすくす、とさっきの醜態が幻のように笑っている。
「気づいてたの、仁。あたしのお芝居」
「見損なうなよ」
仁は苦く笑った。
「同じ能力を持っている……同じようにお互いの気持ちを読み取れる……君が僕の意図を知っているのと同じぐらい……僕は君が内田をまだ狙っていると知ってるよ」
「あら、ら」
朱乃は肩を竦めた。
「ひどい言われ方だなあ。まるであたしが人でなしみたい。でも、仕方ないでしょ、仁。あの人がいるかぎり、あなたは私のものにならないもんね」
細めた目が悪意と殺意に煌めいている。
「くやしいな、ほんと。いつもいつも、これと思う相手には必ずかけがえのない誰かがいてさ、あたしは1人なんだ、永久に、ずっと」
どん、と不意に眼下で衝撃音が響いて仁はぎょっとした。とっさに見下ろす真駒家のあたりに、土煙があがっているのに体を強ばらせる。
「朱乃……」
「何をしたかって?」
朱乃は微笑んだ。
「始末したの、要らないものを。仁が離れてくれてちょうどよかったわ」
部屋に残っていた不要なゴミを捨ててきた、そんなあっさりした口調で応じて肩を竦める。
「でも……残念……消えてくれたのはあの女だけみたいね」
朱乃は指に髪の毛を絡ませ、唇に当てた。
「あの人……ダリュー? 頑張ったわね……とっさに3人を囲うガードを張るなんて……とても、彼女をやられて泣き喚いていた人と同じとは思えない……仁のせい? 仁があの人を成長させたの? それが仁の『本当の』力なの?」
続くことばに仁は聞き覚えがある。
重なる過去、重なる未来。
「ねえ、あたしにもちょうだい、あなたが生み出す『成長』を……あなたが描き出す、私の『未来』を」
朱乃の微笑は水槽の中で呟いた『夏越』の真紅の夢を漂わせている。
「さあ、仁……」
朱乃の両手が再び眼下の内田達に向かって翻る。
「そんな、馬鹿な」
仁と『夏越』の関わり、そしてまた、今仁を襲いつつある朱乃の話を、城崎から一通り聞き終わった仁の母親が最初に口にしたのはそのことばだった。
「そんな、馬鹿な事」
彼女は灰色のスツールで身を固めて座ったまま、ゆっくりと膝の上の黒のハンドバッグを握りしめ、ゆっくりと首を振った。
「ありえません」
そう言い切ることで、全てが夢に戻るのだと考えているように。
「だって、考えても見て下さい、超能力ですって? 遺伝子操作? 夫がそれに加担していて、『夏越』とかいう化け物を造って、仁は夫の血を引いている超能力者ですって? おまけに、今起こっているわけのわからない突然死は、仁を狙っている別の超能力者の仕業で、仁は今、その朱乃とかいう子と戦っているですって? 城崎先生、あんまりです」
じろりと軽蔑したような目で城崎を睨みつける。
「息子の安否を気遣う母親に、テレビやマンガの話をするなんて」
「テレビやマンガなら、こちらも気が楽なんですがね」
城崎はゆっくりと椅子にもたれた。
(やっぱり、認めない、か)
カンファレンスルームを使わずに、表の外来診療室を使ったのは、医者としての威厳を利用するためだ。話があまりにも常識外のことだから、わずかでも説得の可能性を見つけるためには、彼が普段は振りかざさない力や形を全て動員するつもりだった。
「じゃあ、どういう類の冗談ですの?」
冷ややかに仁の母親は顔を逸らせた。
「私、仁の治療をして下さった城崎先生のことを信用して、こんな夜に伺ったんですが」
「じゃあ、どうして来られたんですか?」
城崎は仁の母親のことばを繰り返しながらゆっくりと深い溜息をついた。
「こんな夜更けに」
「それは……その……」
仁の母親が微かに狼狽する。目を逸らせ、城崎の静かに見つめる瞳から顔を背けて、
「それは……誰だって、一人息子が夜中にいなくなってれば、心配するものでしょう、母親として」
母親、ということばが何か特別な力を与えたように、彼女はまたぐいと頭を逸らせて城崎を見つめ返した。
「それとも何ですか、子どもが高校生になったからといって心配するのはおかしいんですか?」
城崎はもう一度深く溜息をついた。
仁が入院していたときにも似たようなことはあった。
仁の傷が明らかに高度の火傷だったのに、この母親は城崎がでっちあげた作り話をすぐに信用した。少し考えてみれば、突然飛び込んできた男が院内を荒し回ったという話の中に、高校生にもなる少年が胸元にケロイドが残るような傷を負うという事態の異様さに気づいただろう。百歩譲ってそんな男がいたとしても、仁はその男になぜか真正面から対峙しただけではなく、ひどい火傷を負わされるまでじっとしていたということになってしまうのだが、普通の母親なら引っ掛かったはずの違和感を彼女は感じなかったらしく、城崎をそれ以上問いつめることはなかった。
そして、今は自分のしている行動の奇妙さを無意識に考えまいとしている。一般論に摺り替えて、何が問題だったのかを巧みにずらせていっている。
「ええ、もちろん心配して当然ですよ」
城崎は穏やかに応じた。こういうやりとりを好む人間は患者の中にも少なくない。自分の望む現実ではないと感じたとたん、その感じたことさえなかったことのように消してしまうシステムが心の中に造られているのだ。
(こういうキャラクターだったのか、それとも、こうやって現実から微妙にずれ込むことでストレスをやり過ごしていたのか)
けれど、それは仁を追い詰めただろう。そして、たぶん、夫である豊もかなり苦しい思いを抱えていたのではないか。ただでさえ異常なこと、しかもそれを話す相手は自分の世界に合わせて現実を調整してしまう。
そして、自分が現実否認をしているとさえ気づかない相手に、望まない現実を認識させるのは至難の技なのだ。
(けれど、今はそれをしなくちゃならない、とくる)
仁が無事に帰ってくる可能性はごく僅かだった。たとえ何とか帰ってきても、長期の入院を覚悟しなくてはないだろう。その入院先にここ以外を選ばれることは、仁にとって致命的になる。仁に必要なのは安定した休養なのに、余計な医療的処置を繰り返し、傷を広げてしまう可能性さえある。
(紺野がいてくれたら)
城崎は三度深々と溜息をついて、ことばを継いだ。
「けれど、普通は病院より警察に行くと思いますね」
緊張した顔で仁の母親が再び目を逸らせる。
「それに一番始めに尋ねられたのは、内田が一緒か、ということでしたが、その理由は?」
「理由なんて」
仁の母親は眉を寄せた。
「仁は普通で穏やかで優しい子です。私に黙ってどこかに行くなんてありません。きっとあの子に唆されたんだわ」
「どんなふうに?」
「だから……よくあるんじゃないですか、ゲームセンターとか、夜中の映画館とか……」
「仁君は、誘われたら母親に黙ってそういうところへ夜中に出かけてしまうような子だと?」
「いえ、まさか、そんな!」
仁の母親はとんでもないと言った顔で肩を竦めた。
「あの子は真面目ですし、危ないことはしないですし」
「今、仁くんは内田に唆されて、ゲームセンターや映画館に行ったのではないか、とおっしゃったのはあなたですよ?」
城崎は丁寧に相手のことばが積み上げる理論を繰り返す。そうすることで、その『普通で当然の』理論の中の矛盾を明らかにして行く。
「そんなことは言ってませんよ!」
相手は目に見えて動揺した。一瞬何かを考えるように目を凝らしたが、すぐに強く首を振った。
「ああ、ほんとにあの子がいけないんだわ、夫がいなくなって、仁が不安定になったのをいいことに、あれやこれやと余計なことを吹き込んで」
「余計なこと?」
苛立ったようにぶつぶつ言い始めた母親を、城崎は会話に引き戻した。
「ええ、ええ、おかしなことばかり……なんですか、私が仁をだめにしてるみたいなことばかり。私が……私が……仁を夫の代わりにしてるなんて」
城崎は眉を上げた。
(たいしたやつだな……そんなことまで気づいてたのか)
胸の中で感嘆する。それは内田がどれほど注意深く仁を見守ってきたかを教えてくれる。その内田から離れてまで朱乃を追い詰めていこうとしている仁の覚悟に、今さらながら身が引き締まるような気がする。
(きっと…………生きて戻るつもりさえ、なくて)
この母親ではだめだ、仁の苦悩を支え切れない。夫がいなくなったことでパニックになった自分さえ受け止められないのだから、仁が何も話せなかったのはよくわかる。
「どうして仁が夫の代わりになるんですか? 家計を支えてきたのは私ですよ? 私がいたから、あの子は学校にも行けたし、普通に生活してこられたんです。そりゃあ、母子家庭の厳しさはありましたよ、けれど、私はずっと頑張ってきたし、それを仁も知っているはずです」
仁も知っているはずです。
城崎は眉をしかめた。
この母親は何度仁に働く母親の苦労を『それとなく』こぼしてきただろう。夫の不在に対する不安や疑いや苛立ちを『口に出すことなく』押さえ込み、仁が問題を起こさず立派に成長し自分を支えてくれることを『当然のように』期待していただろう。そしてまた、それを仁が気づいていたことを、何と十分に意識していることだろう。
それは見えない枷となって仁の言動全てを縛りつけていたに違いない。母親がいなくなった夫の幻を自分の中に見ていることに気づいていたに違いない。そして、それに応えることが自分の仕事だと思っていただろうし、事実そうやってきたのだ、力が『発動』するまでは。
だが、その力を制御するための『心を支える力』は、この母親から得られなかった。
「夫はとてもいい人でした。妙なことに巻き込まれなければ、家だって出ていってません」
仁の母親は悔しそうに続けた。それはさっきからの城崎の話を全く理解していないと思えるぐらいの無頓着さ、夫が巻き込まれた状態への想像さえ浮かばないと言った様子だ。揺らがない自分の『普通の』世界が、どれほど周囲を追い詰めているのかわからない。
(だから、豊も出ていかざるを得なかった、か)
仁の母親では、豊の呼び掛けを遮れず、その呼び掛けに『発動』してしまう力から仁を守れない。無意識にではあったが、そう判断していたのかも知れない。
「浅葱さん」
城崎は説得を諦めた。
人はすぐに変われない。変わろうと努力してもなかなか変われないことがある。ましてや、変わった後の形が受け入れられないものなら、変わることはない、おそらくは永久に。
だから、仁の母親はこの先も仁の能力を認めることはないだろう。豊が自分の意志で出て行ったことをを認められないのと同じように。
けれど、それでは仁が潰れてしまう。
「仁君の行方は正直なところ私も知りません」
「……え……?」
仁の母親は瞬きした。
「ただ、彼を診察した医師としては、こう言えると思います。彼は、もう、十分に成熟しています」
(凄まじいスピードで、まるで人生を生き急ぐように)
胸を走った傷みを気づかせないように、城崎は穏やかに笑った。
「いろいろなことがあるかもしれない、けれど、彼はちゃんと対処するでしょう。そうは思われませんか?」
「え……ええ」
「よく言われますよね、父親が守り、母親が育てるって」
「はい……」
仁の母親は何の話が始まったのかと理解に苦しむ表情で城崎を見た。
「私は逆だと思ってるんですよ。母親が守り、父親が育てる、こっちが正しいんじゃないかとね」
「あの……?」
「……・浅葱さん。あなたが守る時間は終わったんですよ」
ふいに凍ったように仁の母親が動きを止めた。呆然とした顔が次第次第に紅潮していく。
「でも!」
スツールから飛び上がるように立ち上がって、仁の母親はハンドバッグを揉みしだくように掴みながら、
「あの子には父親がいないんですよ!」
「いますよ」
城崎はたじろがずに相手の顔を見返した。なぜ自分がそう応じたのかわからないまま、ことばを継ぐ。
「彼の中に。浅葱仁の中に、浅葱豊は宿っている」
「で……でも!」
「この先は彼が彼自身で学びます、彼の中の父親に」
自分が微かに震えたのに城崎は気づいた。そのことばを、今の今まで忘れていたのが信じられない。
『大丈夫よ、この子の中にあなたがいるから』
それは、城崎の妻のことばだ。仕事で追い回されてろくろく家にも戻れない、それをぼやいた彼に、彼女は膨らんだお腹をさすりながら笑ってみせた。
『だから、私はもう1人じゃないの、不安になっても心配になっても、この子がとんとんって心臓の音で教えてくれる、大丈夫、ここにいるよって。どうしようかと悩んだら、この子があなたみたいに呟くのがわかる、じっくり考えてごらん、よく知ってるはずだからって。ねえ、不思議よね、この子は私達のこと、見てもいないのに、ちゃんと自分の中に私達がいるのを知ってるの。きっと、お腹の中にいる間に、自分の中にいる私達からいっぱい勉強してるのよね?』
柔らかく微笑んだ彼の人の笑顔は光の中に溶けるように神々しかった。
(ああ、俺はずっと忘れていたんだな)
城崎はその笑顔に重なるように微笑んだ。
「命ってそういうものでしょう?」
大きく目を見開いて城崎を見ていた仁の母親が、ふいにへたへたと崩れ落ちるようにスツールに腰を落とした。
「浅葱さん?」
「……・仁は……帰ってこないんですね?」
ふいに何十歳も年老いたような口調だった。城崎の方が驚いて瞬きするのを、のろのろと見上げて仁の母親がくしゃくしゃと顔を歪めた。
「もう、仁は帰ってきませんね? 私の手の届くところには、もう戻ってこないんですね?」
「……・浅葱……さん」
背筋が寒くなるような感覚に襲われて城崎はことばを失った。
何一つ現実を受け入れたわけではないし、仁について理解したわけではなかったのに、それでも今この母親が呟いたことばには真実が宿っている。まるで、悪戯好きの運命の神様が突然彼女に降臨したかのように。そして、その神様は、仁の未来を予言した、決して帰ってこないのだ、と。
(仁……)
竦むような思いで黙り込む城崎の前で、仁の母親が堰を切ったように激しく泣き出した。
かっと走った閃光は、稲光だったのか、それとも朱乃の指先から放たれようとしたものを、仁が自らの体を盾に庇ったときのものなのか。
一瞬視界が白熱して、次には空間を撥ね飛ばされていた。とっさに目の前に肘を曲げて十字で交差した腕が衝撃に震えている。皮膚が焼けこげたのか、鋭い傷みが両肘に走って、仁は呻いた。意識が飛び散るのをかき集めるようにして、必死に朱乃の側に戻る。
「どうして?」
朱乃が眉をしかめてこちらを凝視していた。
「どうして、あの人達を庇うの? 『仲間』だから? 違うよね? あの人達は仁を『敵』だと思ってたよ? 自分達とは違うって。わけがわからない存在だって。何をするかわからないから、怖くてたまらないって」
(わかっている)
人間にない様々な能力を持っていて、そのために社会からはみだしてしまった辛さ、その辛さを知っているのに、いや、知っているからこそなのか、彼らの中でもなお抜きん出た能力を持つ仁を、さとるもマイヤもダリューも恐れている。マイヤやさとるが仁を捉え切れなくなったのは満更仁の能力のせいだけではない、彼らの中の不安からくるものでもある。
コイツハ何ダ? ワケガワカラナイ。
見ルナ、触ルナ。
ソコカラ恐怖ガヤッテクルカラ。
「能力があっても、心は変わらない。知らないもの理解できないものを弾き出す人間の心は変わらない。自分達がそうやって傷つけられてきたのに、同じことをあたしや仁にしてるのに気づかない。けど、苛立つから、不安だから、そこに居るだけであの人達の傷ついたものをちくちくさすから、キエロって言うのよ」
朱乃の声も黒い瞳も深い憂いに満ちていた。
そのことばはマイヤやさとるのことを話しているのと同時に、朱乃自身のことを言っているように聞こえた。そしてまた、そのことばは、遠いあの日にきしんの中に響いていた声とも重なっていた。
「でも、どうして『あたし』達が消えなくちゃならないの? どうして『消える』のは彼らじゃないの? 不愉快なのはそっちじゃない? 『あたし』達は構わない。放っておいてくれればいい。彼らの下らない欲望を邪魔することなんてしないし、自分達で仲間割れして破滅するのも気にしない。手出しをしてくるのはいつもあっちじゃない、あの人達の枠に『あたし』達があてはまらないもんだから『あたし』達を切り刻んであてはめて安心しようとしてるんじゃない」
(ああ、やっぱりそうなんだ)
仁はそっと傷ついた体を抱えた。
仁が感じた内臓の痛み、社会の中で拒まれずに生きている能力者の体を次々と切り裂きぐちゃぐちゃにして殺したあの状態は、他でもない、朱乃自身が感じていた傷みだったのだ。
切り刻まれる、本来の姿を失うまでに。本来の機能を損なうまでに。
ただただ、周囲の不安をなくすため、周囲の不快感をなくすためだけに、型にはめられ変えられる。
そんなことをすれば、朱乃が朱乃として生まれてきた意味さえなくなるというのに。
仁は母親を思い出していた。
彼女もまた、仁が仁であること、こうやって人の範疇に入らない力を操って平和な街の上空で血まみれになって戦っていることは受け入れられないに違いない。たとえそれを目の前で見たとしても、夢に違いないと思うだろう。彼女にとって何より大切なのは自分の世界であり、それを脅かされるぐらいなら現実の方をねじ曲げるのだろう、豊の失踪について深く考えないのと同じように。
(必要だったのは罰じゃない……朱乃のままでどうやったらこの世界で生きていけるかを考えることだったんだ)
仁が傷を治せるならば朱乃もきっと治せるだろう、猫の傷を透視したように患者の内部の傷を透視できれば、朱乃は類稀な有能な医師になったかもしれない。あるいはまた、これほど確実に的確に人の心を見抜けるのなら、己の気持ちさえわからなくなってしまう人の慰めや支えになるだろう。あるいはまた、他の人間には見えない世界を表現することでいろいろな新しい芸術を生み出せたかもしれない。そしてまた、その鋭く冷ややかな感性が人の心を痛めつける法律やシステムに向かったのならエネルギッシュな弁護士や裁判官になれたかもしれないし、容赦のない攻撃力が災害や各種の危機的状況に応じたのならきっと確実に巻き込まれたものを助けたはずだ。
(さまざまな未来があったのに……さまざまな選択肢があったのに)
現実は、朱乃はひたすらに血煙を上げて殺戮を繰り返し破壊を繰り返し、そうして今また、おそらくは唯一朱乃を理解する相手だろう仁に向かってさえ、凍るような殺意を向けている。
(殺意)
仁はふいに湧き上がってきたそのことばにどきりとした。
(なぜ、僕は『殺意』だなんて)
朱乃は仁を欲していると思っていた。だが、今この瞬間、ふいに仁は気がついた。
朱乃は確かに仁を欲している、けれどもそれと同じぐらい、仁の破滅を、消滅を願っている、と。
(なぜだ? 僕が『受け入れられている』から? いや、違う、もっと、別な……)
「『あたし』達は、どこまで行っても1人なのよ」
迷い混乱する仁をよそに、朱乃は物憂気につぶやいた。
眼下でさきほど起こった爆発のせいだろう、救急車と消防車が走り回り、パトカーのサイレンがけたたましく響き渡っている。だが、おそらくはその中の誰もが、その原因を自分達の遥か上にあると考えたりしないだろう。星を探す人が減ったように、運命を束ねる力が今自分達の上空にぶつかりあっているとは気づかないはずだ。
(星?)
仁の心の中に再びそのことばが弾ける。
(何だろう、何か、何かを僕は忘れてる?)
「同じ力、同じ運命を分かちあわなくては、人は孤独から抜けだせない……仲間だと信じたものに殺されて1人で死んでいくだけよ」
仁は虚ろな声で話し続ける朱乃をよそに忙しく首を巡らせた。必死に記憶を辿る。予知したはずの未来。あの未来図を丁寧にイメージで追い掛け直す。
「だから……だからこそ、仁。あたし達は出逢ったの、もう1人ではなくなるために」
ばりっ、と激しい音が天の一画で響いて光が闇夜を走り、仁ははっとして朱乃を見つめた。
(月が……ない!)
くるくると周囲を見回す。暦は新月だっただろうか、空のどこにも月が見えない。それが何を意味するかに気がついて、仁は茫然とした。
「朱乃……君は……」
「ようやく気づいたの……? ずいぶん鈍いのね、仁」
あの未来図、内田が鮮血を撒き散らせて空から落ちる場面では冴えた月光が街を照らしていたはずなのに、今宵の空は嵐の気配、白い球体に包まれるように浮かぶ朱乃以外に『月』がない。
(あれは……予知ではない……? 朱乃に操作された幻の記憶……? そんなことが……あるのか?)
思ってもみなかった盲点に愕然とする仁に艶やかに微笑んで、朱乃は片目をつぶってみせた。
「あなただってできるでしょ? 『印怒羅』の連中にやったように。記憶をいじることなんて簡単よ、ましてや仁、あなたはずっとずっとあたしの手の中にいたのに」
ざあっと激しい風が空を吹き抜けた。湿った風、生温い大気を押し詰めていくような密度の濃い風、その風に仁は突然悪夢の意味を悟った。
「あの『夏越』の夢は……朱乃……君がやった……のか……?」
仁の中で落着き再成長し始めた『夏越』がなぜ再び暴走をほのめかし、しかも仲間の死を予言したのか。なぜ、あの夢は唐突に仁を脅かすように始まったのか。そして、なぜいきなり仁の力は制御不可能なレベルに跳ね上がり始めたのか。
それは『嵐』が近づいていたからなのだ。
朱乃という同類の力の接近を感知しそれに影響されつつあったからだ。
「きしん、からあなたのことを読み取って……焦がれたわ、愛したわ、確信したわ、あなたこそがたった1人のあたしの片割れなんだって」
あの悪夢が仁の恐怖を呼び起こした。自分の能力が仲間を傷つけ、いつか仲間を失ってしまう、その不安につけ込まれたのだ。
「もう1人じゃない、そうなんだって、どれほど嬉しかったかわかる?」
朱乃はにっこりと笑った。邪気のない、ほんの幼い少女のような可愛らしい微笑、彼女の周囲を取り巻き渦巻いていた桜の花弁が仁を呑み込むように緩やかに広がり大きく口を開けていく。乱れる黒髪、朱乃の笑みが妖艶なそれに変わっていく。濡れて光る真紅の唇が艶かしく動いて仁を誘う。
「あなたが、あたしを呼んだのよ……なのに、どうして今さらあたしを拒むの……?」
朱乃はワンピースの前ボタンを1つずつ外し始めた。どす黒い赤に汚れたそれが開いていくと、真っ白に輝く朱乃の裸身がこぼれ出す。朱乃は下着をつけていない。柔らかく膨らむ両の乳房を抱えるようにした朱乃は全裸の白い炎になって仁の前に立ち塞がった。
「あなたを手に入れるには、やっぱりみんな殺さなくちゃだめ? 夢じゃなくて現実に内田を屠ってみせないとだめ? それとも、この世界を全部壊してしまったら、あなたはあたしの手に入るの? ねえ、仁?」
仁は確かに内田にそう約束した。
けれど、それがどれほど儚い約束なのかは、言った当人が一番よくわかっている。
桜の花びらで身を包み、月のない夜空に浮かぶ人工の月と化した朱乃の後を追って、風を巻いて浮かび上がりながら、仁はみるみる早く浅くなる呼吸を感じていた。
空気が薄いというほど上空ではない、けれども息が苦しいのは、たぶん左脇腹と体内の傷のせいだろう。浮遊するのにエネルギーを取られて、出血はすぐに始まった。腰に巻き付けられている内田のシャツがねっとりとした温みに浸されていくのがわかる。荒くなる息に視界が揺れ、意識がずるずると半端に広がる。
内田から離れるに従って、頭痛が始まり、意識の枠が崩れ、体の中の金色の獣が薄笑いを浮かべて立ち上がる。
(確かにあたってる……)
仁はまだ全力を出していない。もちろん、わざと傷を負ったわけではないが、結果的にそちらへ力を取られる事で無制限な解放は制御されている。だが、予想外に深い傷は仁の自制を食い潰していく。
それでもなお、この高空へ、朱乃を誘って上がったのは、朱乃もまた、まだ本気にはなっていないことを感じていたからだ。悲劇的な生い立ち、揺らめく少女の不安定な心、深いトラウマに裏打ちされた切ない行動、それらは内田も榊もダリューも欺いている。
私は独りだ、誰も側にいてくれない、と訴えることで、朱乃は彼らの中にある人間の深い部分に働きかけて、攻撃をガードしたのだ。
そして、その裏には体が竦むほどの冷徹な思考と計算が動いている。
それをあの場で仁1人だけ、気づいていた。
(内田……)
くら、と激しく揺れた視界に唇を噛んで仁は堪えた。
(僕は自分の能力を知っている)
あの未来図はまだ動いていない。それは、仁の能力が弱まったということを指さない。それはただ、『まだ』その未来に達していないというだけのことだ。
そして、これまでいつもいつも、仁は自分の感じた未来を変えられなかった。蜘蛛の巣に絡まった蝶のように、もがけばもがくほど、その未来に絡め取られていた。
星が散る澄んだ大気、冴えた月光が街を照らしている。漂うもう1つの巨大な月中には少女が蹲り、ふと顔を上げ仁に向かって微笑み両手を広げる。懐かしいような切ないようなその気配、だが、同じように手を差し伸べた仁の腕に鮮血が散る。温かな血、それをまき散らした体が腕をすり抜け遥か下の道路へ向かって落下する。「内田!」仁は叫ぶ。「内田、内田、そんな、馬鹿な!」。
(そんなことは許されない)
だから今度こそ、その未来が実現するまでに、仁は朱乃を葬るつもりだった。
「なぁんだ」
先に浮かんでいた朱乃がくるりと振り返った。ひらひらくるくると回る桜の渦の中で、くすくす、とさっきの醜態が幻のように笑っている。
「気づいてたの、仁。あたしのお芝居」
「見損なうなよ」
仁は苦く笑った。
「同じ能力を持っている……同じようにお互いの気持ちを読み取れる……君が僕の意図を知っているのと同じぐらい……僕は君が内田をまだ狙っていると知ってるよ」
「あら、ら」
朱乃は肩を竦めた。
「ひどい言われ方だなあ。まるであたしが人でなしみたい。でも、仕方ないでしょ、仁。あの人がいるかぎり、あなたは私のものにならないもんね」
細めた目が悪意と殺意に煌めいている。
「くやしいな、ほんと。いつもいつも、これと思う相手には必ずかけがえのない誰かがいてさ、あたしは1人なんだ、永久に、ずっと」
どん、と不意に眼下で衝撃音が響いて仁はぎょっとした。とっさに見下ろす真駒家のあたりに、土煙があがっているのに体を強ばらせる。
「朱乃……」
「何をしたかって?」
朱乃は微笑んだ。
「始末したの、要らないものを。仁が離れてくれてちょうどよかったわ」
部屋に残っていた不要なゴミを捨ててきた、そんなあっさりした口調で応じて肩を竦める。
「でも……残念……消えてくれたのはあの女だけみたいね」
朱乃は指に髪の毛を絡ませ、唇に当てた。
「あの人……ダリュー? 頑張ったわね……とっさに3人を囲うガードを張るなんて……とても、彼女をやられて泣き喚いていた人と同じとは思えない……仁のせい? 仁があの人を成長させたの? それが仁の『本当の』力なの?」
続くことばに仁は聞き覚えがある。
重なる過去、重なる未来。
「ねえ、あたしにもちょうだい、あなたが生み出す『成長』を……あなたが描き出す、私の『未来』を」
朱乃の微笑は水槽の中で呟いた『夏越』の真紅の夢を漂わせている。
「さあ、仁……」
朱乃の両手が再び眼下の内田達に向かって翻る。
「そんな、馬鹿な」
仁と『夏越』の関わり、そしてまた、今仁を襲いつつある朱乃の話を、城崎から一通り聞き終わった仁の母親が最初に口にしたのはそのことばだった。
「そんな、馬鹿な事」
彼女は灰色のスツールで身を固めて座ったまま、ゆっくりと膝の上の黒のハンドバッグを握りしめ、ゆっくりと首を振った。
「ありえません」
そう言い切ることで、全てが夢に戻るのだと考えているように。
「だって、考えても見て下さい、超能力ですって? 遺伝子操作? 夫がそれに加担していて、『夏越』とかいう化け物を造って、仁は夫の血を引いている超能力者ですって? おまけに、今起こっているわけのわからない突然死は、仁を狙っている別の超能力者の仕業で、仁は今、その朱乃とかいう子と戦っているですって? 城崎先生、あんまりです」
じろりと軽蔑したような目で城崎を睨みつける。
「息子の安否を気遣う母親に、テレビやマンガの話をするなんて」
「テレビやマンガなら、こちらも気が楽なんですがね」
城崎はゆっくりと椅子にもたれた。
(やっぱり、認めない、か)
カンファレンスルームを使わずに、表の外来診療室を使ったのは、医者としての威厳を利用するためだ。話があまりにも常識外のことだから、わずかでも説得の可能性を見つけるためには、彼が普段は振りかざさない力や形を全て動員するつもりだった。
「じゃあ、どういう類の冗談ですの?」
冷ややかに仁の母親は顔を逸らせた。
「私、仁の治療をして下さった城崎先生のことを信用して、こんな夜に伺ったんですが」
「じゃあ、どうして来られたんですか?」
城崎は仁の母親のことばを繰り返しながらゆっくりと深い溜息をついた。
「こんな夜更けに」
「それは……その……」
仁の母親が微かに狼狽する。目を逸らせ、城崎の静かに見つめる瞳から顔を背けて、
「それは……誰だって、一人息子が夜中にいなくなってれば、心配するものでしょう、母親として」
母親、ということばが何か特別な力を与えたように、彼女はまたぐいと頭を逸らせて城崎を見つめ返した。
「それとも何ですか、子どもが高校生になったからといって心配するのはおかしいんですか?」
城崎はもう一度深く溜息をついた。
仁が入院していたときにも似たようなことはあった。
仁の傷が明らかに高度の火傷だったのに、この母親は城崎がでっちあげた作り話をすぐに信用した。少し考えてみれば、突然飛び込んできた男が院内を荒し回ったという話の中に、高校生にもなる少年が胸元にケロイドが残るような傷を負うという事態の異様さに気づいただろう。百歩譲ってそんな男がいたとしても、仁はその男になぜか真正面から対峙しただけではなく、ひどい火傷を負わされるまでじっとしていたということになってしまうのだが、普通の母親なら引っ掛かったはずの違和感を彼女は感じなかったらしく、城崎をそれ以上問いつめることはなかった。
そして、今は自分のしている行動の奇妙さを無意識に考えまいとしている。一般論に摺り替えて、何が問題だったのかを巧みにずらせていっている。
「ええ、もちろん心配して当然ですよ」
城崎は穏やかに応じた。こういうやりとりを好む人間は患者の中にも少なくない。自分の望む現実ではないと感じたとたん、その感じたことさえなかったことのように消してしまうシステムが心の中に造られているのだ。
(こういうキャラクターだったのか、それとも、こうやって現実から微妙にずれ込むことでストレスをやり過ごしていたのか)
けれど、それは仁を追い詰めただろう。そして、たぶん、夫である豊もかなり苦しい思いを抱えていたのではないか。ただでさえ異常なこと、しかもそれを話す相手は自分の世界に合わせて現実を調整してしまう。
そして、自分が現実否認をしているとさえ気づかない相手に、望まない現実を認識させるのは至難の技なのだ。
(けれど、今はそれをしなくちゃならない、とくる)
仁が無事に帰ってくる可能性はごく僅かだった。たとえ何とか帰ってきても、長期の入院を覚悟しなくてはないだろう。その入院先にここ以外を選ばれることは、仁にとって致命的になる。仁に必要なのは安定した休養なのに、余計な医療的処置を繰り返し、傷を広げてしまう可能性さえある。
(紺野がいてくれたら)
城崎は三度深々と溜息をついて、ことばを継いだ。
「けれど、普通は病院より警察に行くと思いますね」
緊張した顔で仁の母親が再び目を逸らせる。
「それに一番始めに尋ねられたのは、内田が一緒か、ということでしたが、その理由は?」
「理由なんて」
仁の母親は眉を寄せた。
「仁は普通で穏やかで優しい子です。私に黙ってどこかに行くなんてありません。きっとあの子に唆されたんだわ」
「どんなふうに?」
「だから……よくあるんじゃないですか、ゲームセンターとか、夜中の映画館とか……」
「仁君は、誘われたら母親に黙ってそういうところへ夜中に出かけてしまうような子だと?」
「いえ、まさか、そんな!」
仁の母親はとんでもないと言った顔で肩を竦めた。
「あの子は真面目ですし、危ないことはしないですし」
「今、仁くんは内田に唆されて、ゲームセンターや映画館に行ったのではないか、とおっしゃったのはあなたですよ?」
城崎は丁寧に相手のことばが積み上げる理論を繰り返す。そうすることで、その『普通で当然の』理論の中の矛盾を明らかにして行く。
「そんなことは言ってませんよ!」
相手は目に見えて動揺した。一瞬何かを考えるように目を凝らしたが、すぐに強く首を振った。
「ああ、ほんとにあの子がいけないんだわ、夫がいなくなって、仁が不安定になったのをいいことに、あれやこれやと余計なことを吹き込んで」
「余計なこと?」
苛立ったようにぶつぶつ言い始めた母親を、城崎は会話に引き戻した。
「ええ、ええ、おかしなことばかり……なんですか、私が仁をだめにしてるみたいなことばかり。私が……私が……仁を夫の代わりにしてるなんて」
城崎は眉を上げた。
(たいしたやつだな……そんなことまで気づいてたのか)
胸の中で感嘆する。それは内田がどれほど注意深く仁を見守ってきたかを教えてくれる。その内田から離れてまで朱乃を追い詰めていこうとしている仁の覚悟に、今さらながら身が引き締まるような気がする。
(きっと…………生きて戻るつもりさえ、なくて)
この母親ではだめだ、仁の苦悩を支え切れない。夫がいなくなったことでパニックになった自分さえ受け止められないのだから、仁が何も話せなかったのはよくわかる。
「どうして仁が夫の代わりになるんですか? 家計を支えてきたのは私ですよ? 私がいたから、あの子は学校にも行けたし、普通に生活してこられたんです。そりゃあ、母子家庭の厳しさはありましたよ、けれど、私はずっと頑張ってきたし、それを仁も知っているはずです」
仁も知っているはずです。
城崎は眉をしかめた。
この母親は何度仁に働く母親の苦労を『それとなく』こぼしてきただろう。夫の不在に対する不安や疑いや苛立ちを『口に出すことなく』押さえ込み、仁が問題を起こさず立派に成長し自分を支えてくれることを『当然のように』期待していただろう。そしてまた、それを仁が気づいていたことを、何と十分に意識していることだろう。
それは見えない枷となって仁の言動全てを縛りつけていたに違いない。母親がいなくなった夫の幻を自分の中に見ていることに気づいていたに違いない。そして、それに応えることが自分の仕事だと思っていただろうし、事実そうやってきたのだ、力が『発動』するまでは。
だが、その力を制御するための『心を支える力』は、この母親から得られなかった。
「夫はとてもいい人でした。妙なことに巻き込まれなければ、家だって出ていってません」
仁の母親は悔しそうに続けた。それはさっきからの城崎の話を全く理解していないと思えるぐらいの無頓着さ、夫が巻き込まれた状態への想像さえ浮かばないと言った様子だ。揺らがない自分の『普通の』世界が、どれほど周囲を追い詰めているのかわからない。
(だから、豊も出ていかざるを得なかった、か)
仁の母親では、豊の呼び掛けを遮れず、その呼び掛けに『発動』してしまう力から仁を守れない。無意識にではあったが、そう判断していたのかも知れない。
「浅葱さん」
城崎は説得を諦めた。
人はすぐに変われない。変わろうと努力してもなかなか変われないことがある。ましてや、変わった後の形が受け入れられないものなら、変わることはない、おそらくは永久に。
だから、仁の母親はこの先も仁の能力を認めることはないだろう。豊が自分の意志で出て行ったことをを認められないのと同じように。
けれど、それでは仁が潰れてしまう。
「仁君の行方は正直なところ私も知りません」
「……え……?」
仁の母親は瞬きした。
「ただ、彼を診察した医師としては、こう言えると思います。彼は、もう、十分に成熟しています」
(凄まじいスピードで、まるで人生を生き急ぐように)
胸を走った傷みを気づかせないように、城崎は穏やかに笑った。
「いろいろなことがあるかもしれない、けれど、彼はちゃんと対処するでしょう。そうは思われませんか?」
「え……ええ」
「よく言われますよね、父親が守り、母親が育てるって」
「はい……」
仁の母親は何の話が始まったのかと理解に苦しむ表情で城崎を見た。
「私は逆だと思ってるんですよ。母親が守り、父親が育てる、こっちが正しいんじゃないかとね」
「あの……?」
「……・浅葱さん。あなたが守る時間は終わったんですよ」
ふいに凍ったように仁の母親が動きを止めた。呆然とした顔が次第次第に紅潮していく。
「でも!」
スツールから飛び上がるように立ち上がって、仁の母親はハンドバッグを揉みしだくように掴みながら、
「あの子には父親がいないんですよ!」
「いますよ」
城崎はたじろがずに相手の顔を見返した。なぜ自分がそう応じたのかわからないまま、ことばを継ぐ。
「彼の中に。浅葱仁の中に、浅葱豊は宿っている」
「で……でも!」
「この先は彼が彼自身で学びます、彼の中の父親に」
自分が微かに震えたのに城崎は気づいた。そのことばを、今の今まで忘れていたのが信じられない。
『大丈夫よ、この子の中にあなたがいるから』
それは、城崎の妻のことばだ。仕事で追い回されてろくろく家にも戻れない、それをぼやいた彼に、彼女は膨らんだお腹をさすりながら笑ってみせた。
『だから、私はもう1人じゃないの、不安になっても心配になっても、この子がとんとんって心臓の音で教えてくれる、大丈夫、ここにいるよって。どうしようかと悩んだら、この子があなたみたいに呟くのがわかる、じっくり考えてごらん、よく知ってるはずだからって。ねえ、不思議よね、この子は私達のこと、見てもいないのに、ちゃんと自分の中に私達がいるのを知ってるの。きっと、お腹の中にいる間に、自分の中にいる私達からいっぱい勉強してるのよね?』
柔らかく微笑んだ彼の人の笑顔は光の中に溶けるように神々しかった。
(ああ、俺はずっと忘れていたんだな)
城崎はその笑顔に重なるように微笑んだ。
「命ってそういうものでしょう?」
大きく目を見開いて城崎を見ていた仁の母親が、ふいにへたへたと崩れ落ちるようにスツールに腰を落とした。
「浅葱さん?」
「……・仁は……帰ってこないんですね?」
ふいに何十歳も年老いたような口調だった。城崎の方が驚いて瞬きするのを、のろのろと見上げて仁の母親がくしゃくしゃと顔を歪めた。
「もう、仁は帰ってきませんね? 私の手の届くところには、もう戻ってこないんですね?」
「……・浅葱……さん」
背筋が寒くなるような感覚に襲われて城崎はことばを失った。
何一つ現実を受け入れたわけではないし、仁について理解したわけではなかったのに、それでも今この母親が呟いたことばには真実が宿っている。まるで、悪戯好きの運命の神様が突然彼女に降臨したかのように。そして、その神様は、仁の未来を予言した、決して帰ってこないのだ、と。
(仁……)
竦むような思いで黙り込む城崎の前で、仁の母親が堰を切ったように激しく泣き出した。
かっと走った閃光は、稲光だったのか、それとも朱乃の指先から放たれようとしたものを、仁が自らの体を盾に庇ったときのものなのか。
一瞬視界が白熱して、次には空間を撥ね飛ばされていた。とっさに目の前に肘を曲げて十字で交差した腕が衝撃に震えている。皮膚が焼けこげたのか、鋭い傷みが両肘に走って、仁は呻いた。意識が飛び散るのをかき集めるようにして、必死に朱乃の側に戻る。
「どうして?」
朱乃が眉をしかめてこちらを凝視していた。
「どうして、あの人達を庇うの? 『仲間』だから? 違うよね? あの人達は仁を『敵』だと思ってたよ? 自分達とは違うって。わけがわからない存在だって。何をするかわからないから、怖くてたまらないって」
(わかっている)
人間にない様々な能力を持っていて、そのために社会からはみだしてしまった辛さ、その辛さを知っているのに、いや、知っているからこそなのか、彼らの中でもなお抜きん出た能力を持つ仁を、さとるもマイヤもダリューも恐れている。マイヤやさとるが仁を捉え切れなくなったのは満更仁の能力のせいだけではない、彼らの中の不安からくるものでもある。
コイツハ何ダ? ワケガワカラナイ。
見ルナ、触ルナ。
ソコカラ恐怖ガヤッテクルカラ。
「能力があっても、心は変わらない。知らないもの理解できないものを弾き出す人間の心は変わらない。自分達がそうやって傷つけられてきたのに、同じことをあたしや仁にしてるのに気づかない。けど、苛立つから、不安だから、そこに居るだけであの人達の傷ついたものをちくちくさすから、キエロって言うのよ」
朱乃の声も黒い瞳も深い憂いに満ちていた。
そのことばはマイヤやさとるのことを話しているのと同時に、朱乃自身のことを言っているように聞こえた。そしてまた、そのことばは、遠いあの日にきしんの中に響いていた声とも重なっていた。
「でも、どうして『あたし』達が消えなくちゃならないの? どうして『消える』のは彼らじゃないの? 不愉快なのはそっちじゃない? 『あたし』達は構わない。放っておいてくれればいい。彼らの下らない欲望を邪魔することなんてしないし、自分達で仲間割れして破滅するのも気にしない。手出しをしてくるのはいつもあっちじゃない、あの人達の枠に『あたし』達があてはまらないもんだから『あたし』達を切り刻んであてはめて安心しようとしてるんじゃない」
(ああ、やっぱりそうなんだ)
仁はそっと傷ついた体を抱えた。
仁が感じた内臓の痛み、社会の中で拒まれずに生きている能力者の体を次々と切り裂きぐちゃぐちゃにして殺したあの状態は、他でもない、朱乃自身が感じていた傷みだったのだ。
切り刻まれる、本来の姿を失うまでに。本来の機能を損なうまでに。
ただただ、周囲の不安をなくすため、周囲の不快感をなくすためだけに、型にはめられ変えられる。
そんなことをすれば、朱乃が朱乃として生まれてきた意味さえなくなるというのに。
仁は母親を思い出していた。
彼女もまた、仁が仁であること、こうやって人の範疇に入らない力を操って平和な街の上空で血まみれになって戦っていることは受け入れられないに違いない。たとえそれを目の前で見たとしても、夢に違いないと思うだろう。彼女にとって何より大切なのは自分の世界であり、それを脅かされるぐらいなら現実の方をねじ曲げるのだろう、豊の失踪について深く考えないのと同じように。
(必要だったのは罰じゃない……朱乃のままでどうやったらこの世界で生きていけるかを考えることだったんだ)
仁が傷を治せるならば朱乃もきっと治せるだろう、猫の傷を透視したように患者の内部の傷を透視できれば、朱乃は類稀な有能な医師になったかもしれない。あるいはまた、これほど確実に的確に人の心を見抜けるのなら、己の気持ちさえわからなくなってしまう人の慰めや支えになるだろう。あるいはまた、他の人間には見えない世界を表現することでいろいろな新しい芸術を生み出せたかもしれない。そしてまた、その鋭く冷ややかな感性が人の心を痛めつける法律やシステムに向かったのならエネルギッシュな弁護士や裁判官になれたかもしれないし、容赦のない攻撃力が災害や各種の危機的状況に応じたのならきっと確実に巻き込まれたものを助けたはずだ。
(さまざまな未来があったのに……さまざまな選択肢があったのに)
現実は、朱乃はひたすらに血煙を上げて殺戮を繰り返し破壊を繰り返し、そうして今また、おそらくは唯一朱乃を理解する相手だろう仁に向かってさえ、凍るような殺意を向けている。
(殺意)
仁はふいに湧き上がってきたそのことばにどきりとした。
(なぜ、僕は『殺意』だなんて)
朱乃は仁を欲していると思っていた。だが、今この瞬間、ふいに仁は気がついた。
朱乃は確かに仁を欲している、けれどもそれと同じぐらい、仁の破滅を、消滅を願っている、と。
(なぜだ? 僕が『受け入れられている』から? いや、違う、もっと、別な……)
「『あたし』達は、どこまで行っても1人なのよ」
迷い混乱する仁をよそに、朱乃は物憂気につぶやいた。
眼下でさきほど起こった爆発のせいだろう、救急車と消防車が走り回り、パトカーのサイレンがけたたましく響き渡っている。だが、おそらくはその中の誰もが、その原因を自分達の遥か上にあると考えたりしないだろう。星を探す人が減ったように、運命を束ねる力が今自分達の上空にぶつかりあっているとは気づかないはずだ。
(星?)
仁の心の中に再びそのことばが弾ける。
(何だろう、何か、何かを僕は忘れてる?)
「同じ力、同じ運命を分かちあわなくては、人は孤独から抜けだせない……仲間だと信じたものに殺されて1人で死んでいくだけよ」
仁は虚ろな声で話し続ける朱乃をよそに忙しく首を巡らせた。必死に記憶を辿る。予知したはずの未来。あの未来図を丁寧にイメージで追い掛け直す。
「だから……だからこそ、仁。あたし達は出逢ったの、もう1人ではなくなるために」
ばりっ、と激しい音が天の一画で響いて光が闇夜を走り、仁ははっとして朱乃を見つめた。
(月が……ない!)
くるくると周囲を見回す。暦は新月だっただろうか、空のどこにも月が見えない。それが何を意味するかに気がついて、仁は茫然とした。
「朱乃……君は……」
「ようやく気づいたの……? ずいぶん鈍いのね、仁」
あの未来図、内田が鮮血を撒き散らせて空から落ちる場面では冴えた月光が街を照らしていたはずなのに、今宵の空は嵐の気配、白い球体に包まれるように浮かぶ朱乃以外に『月』がない。
(あれは……予知ではない……? 朱乃に操作された幻の記憶……? そんなことが……あるのか?)
思ってもみなかった盲点に愕然とする仁に艶やかに微笑んで、朱乃は片目をつぶってみせた。
「あなただってできるでしょ? 『印怒羅』の連中にやったように。記憶をいじることなんて簡単よ、ましてや仁、あなたはずっとずっとあたしの手の中にいたのに」
ざあっと激しい風が空を吹き抜けた。湿った風、生温い大気を押し詰めていくような密度の濃い風、その風に仁は突然悪夢の意味を悟った。
「あの『夏越』の夢は……朱乃……君がやった……のか……?」
仁の中で落着き再成長し始めた『夏越』がなぜ再び暴走をほのめかし、しかも仲間の死を予言したのか。なぜ、あの夢は唐突に仁を脅かすように始まったのか。そして、なぜいきなり仁の力は制御不可能なレベルに跳ね上がり始めたのか。
それは『嵐』が近づいていたからなのだ。
朱乃という同類の力の接近を感知しそれに影響されつつあったからだ。
「きしん、からあなたのことを読み取って……焦がれたわ、愛したわ、確信したわ、あなたこそがたった1人のあたしの片割れなんだって」
あの悪夢が仁の恐怖を呼び起こした。自分の能力が仲間を傷つけ、いつか仲間を失ってしまう、その不安につけ込まれたのだ。
「もう1人じゃない、そうなんだって、どれほど嬉しかったかわかる?」
朱乃はにっこりと笑った。邪気のない、ほんの幼い少女のような可愛らしい微笑、彼女の周囲を取り巻き渦巻いていた桜の花弁が仁を呑み込むように緩やかに広がり大きく口を開けていく。乱れる黒髪、朱乃の笑みが妖艶なそれに変わっていく。濡れて光る真紅の唇が艶かしく動いて仁を誘う。
「あなたが、あたしを呼んだのよ……なのに、どうして今さらあたしを拒むの……?」
朱乃はワンピースの前ボタンを1つずつ外し始めた。どす黒い赤に汚れたそれが開いていくと、真っ白に輝く朱乃の裸身がこぼれ出す。朱乃は下着をつけていない。柔らかく膨らむ両の乳房を抱えるようにした朱乃は全裸の白い炎になって仁の前に立ち塞がった。
「あなたを手に入れるには、やっぱりみんな殺さなくちゃだめ? 夢じゃなくて現実に内田を屠ってみせないとだめ? それとも、この世界を全部壊してしまったら、あなたはあたしの手に入るの? ねえ、仁?」
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