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6.運命(さだめ)に二人(2)
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今でもはっきり覚えている。
ぶつかり続けた両親が、ある夜、お互いの人生に一切干渉しないと決めたと内田に告げたことがあった。なぜかとしつこく尋ねた内田をいつもより数段激しく両親そろって殴り飛ばしてくれた、その翌日のことだった。
学校での花壇の係をしていたのはじゃんけんで負けたからだ。
うっとうしい役目だった。花なんかには興味はなかった。同じ係になった浅葱仁は妙に良い子で話にならなかったし、小学4年で内田は十分に世の中の理不尽さに疲れていた。
けれど、実は、花壇の中、ほんの端っこに、植えたのではないけどいつの間にか育っていた濃いピンクの花があった。ずいぶん昔のことではあったが、内田が幼稚園ぐらいのときにその花を母親が好きだと言ったことは覚えていた。
花が咲いたら、こっそり持ち帰って母親に見せよう。そしたら何かが変わるかもしれない。
ずっとそう思ってた。
けれど、あの日、学校出入りの業者の車は、あっさりと見事に花壇をぶっ壊してくれた。端っこの、ほんの隅にあった内田の花は、真っ黒なタイヤに轢かれて押し潰されていた。
それは自分のようだった。
望むものはいつもささやかなものなのに、何一つ手には入らない。
思い知らされた気がして、泣くことさえできずに、今にも咲きそうだったのに潰され千切れた花を見ていた。
(俺だってきっとそうなんだ)
きっと誰も振り返らない。親にだって見捨てられる、大人の都合で踏み潰される、そういった雑草にしか過ぎないんだ。
大人は誰だって子どものことなんか考えていない。自分の人生さえ満足して生きられない、ばかなやつらばっかりだ、と。
「待てよ!」
ふいに叫び声が上がって、内田はびくりとして顔を上げた。「謝れ、花に。謝れよ、ぼくたちに!」。
その仁の声は内田の胸の奥深くを貫いた。
『ぼくたちに、謝れ』
(それは本当は俺が言いたいことだったんだ)
いつも家の中はもめていた。父親も母親も相手の不満を内田にぶつけて、受け止めきれないと殴られけなされ放り出された。
安心して眠りたかった。笑って飯が食いたかった。話を聞いてくれる誰かがほしかった。
けれど、一度だって、そんなものは内田になかった。
業者をなじる仁が、ずたずたになっている内田のかわりに叫んでくれているようだった。大人に傷つけられることを当然だと諦めていた内田の前で、それを受け入れてはいけないんだと仁が両手を広げて立ち塞がってくれたようだった。
(何だってこいつはこんなことができる?)
何だか胸がぐいぐいと痛くて、そのとき初めて、内田は自分が声も上げられないほど苦しいんだとわかった。
(仁、お前はいつだってそうだった)
仁が内田の花のことを知っていたはずがない。内田を守ろうとして、あの行動を取ったとは思えない。
けれど、 潰された花壇と一緒に、仁は隅っこの花もきちんと拾い上げて助けようとしてくれた。それに重ねた内田の願いを気づかないままに救ってくれようとした。
仁は父親が失踪してから、内田が変わらず付き合い続けたことを不思議がっていた。内田も理由を話さなかった。これからだって話す気はない。
ただ、わかっているのは、あのとき仁が立ち塞がってくれなければ、内田は確実に壊れていたということだけだ。
何か目には見えないきららかで強い翼が、あのとき確かに内田を守った。そして、それに応じるだけのものを、内田は未だに仁に返せていない、ただそれだけのことだ。
そのまま、少し気を失っていたのかもしれない。
(水の音?)
気がついたとたん、薄れていた激痛が身体を走り抜けた。
「うっ…く」
「気がついたか」
覚えのある声がささやいた。
「水だ、飲めるか」
温かな手が顔を支えて、腫れた唇にひんやりとしたものをあててくれた。じんわりと唇の隙間からしみ込んでくる液体をなんとか呑み込む。口の中の傷にしみて思わず身体を竦めた内田に、城崎が静かに言った。
「派手には殴ったが、体の内っかわは傷つけてないはずだ。むかつきはないな?」
「…ああ」
「足は処置してある。もう少しお前を生かしとくらしい。あんまり歓迎できる展開じゃないがな。お前がタフな坊やで助かったよ、子どもを殺ったんじゃ寝覚めが悪い」
くす、と低い笑い声が零れた。
内田はのろのろと目を開けた。ぼったりした瞼の向こうに、皮肉な笑みを浮かべている男を認める。
「痛み止めもあるぜ。へたっちまうのもまずいらしい」
「ここ…病院…か」
内田はつぶやいた。城崎が呆れた声を出す。
「食えねえガキだな、改めて殺し直すって言われてるんだぜ。ここがどっかなんて気にしてる場合じゃねえだろうが」
(気にしてる場合なんだよ)
内田は胸の内でぼやいた。
(あいつが、仁が、飛び込んで来ちまう)
「…煙草…吸いたいな」
「お前、幾つだ?」
城崎は肩をすくめながら薄いベージュのジャケットのポケットから煙草を取り出した。
「ラークか……ラッキーストライクは…?」
「同じヨウモクだからいいだろ…ほら」
城崎が火をつけてくれた煙草を内田は何とかくわえた。必死に頭を働かせる。片足は固定されて思ったよりきちんと手当てがされている。寝かされているベッドは妙に固いし、すぐ側の銀色の台に乗せられた医療器具はかなり専門的なものだ。大きなライトが天井にあって、どこかの病院の手術室といった気配がする。
内田の視線に気づいた城崎が、台のてすりにかかっていた緑の布を器具の上に被せる。手慣れた無駄のない動きだった。
「あんた…医者だろ…」
「よくねえ了見だな。無邪気な顔してあれこれ探ろうってのは」
「煙草…もういいや、サンキュ」
口調の割にはそれほど不愉快そうでもなく、城崎は内田の唇から煙草を取って床に落とした。それから、少しためらった後、内田を覗き込んで尋ねてきた。
「お前がさっき呼んでたのは、浅葱豊の息子って奴か?」
内田はぎょっとした。
「呼んでた?」
「何度もな。仁、仁、って呼んでた。お前のダチなのか? そいつのために音を上げなかったのか?」
内田は無言で城崎の目から顔を背けた。
「そいつは力が強いのか?」
城崎が重ねて尋ねた。
「『夏越』は半端じゃなくて強いぜ」
「…秀人、ってのも超能力者なのか?」
「ああ」
やっぱり気になるんじゃないかと言いたげな笑い声を城崎はこぼした。
「もし、お前が気にしてるのが豊の息子なら、今ごろ酷いことになってるかもな」
内田は弾かれたように振り返った。動きが傷に響いて思わず顔をしかめる。
「豊はここでずっと真竹の研究に力を貸してた。新人類の創造と言えば聞こえはいいが、その実、遺伝子に操作を加えて超能力者を造り出す研究だ。まあ、どうせだから死に土産に教えてやるけど、超能力ってのはな、圧倒的に男に発現しやすいのさ。男と女の遺伝子上の違いはY染色体だ。そこにのっかってるSRY遺伝子というやつ、実はこいつが引き金になって働くんだ。豊はそいつの引き金を引けたんだよ。それを探し出したのも奴だがな」
城崎は煙草をくわえて火をつけた。ばさりと落ちた髪に隠されて表情はよくわからない。
「だが、酷使がたたったんだろうな、『夏越』を造り上げてからはみるみる力が落ちたらしい。それからはもっぱら、超能力者探しさ」
「超能力者の仲間を…見つけるためだろ?」
「違うね」
城崎がシニカルに笑う。
「『夏越』は自分と同程度の仲間、が欲しかった。そしてそのためには豊の能力が必要だった。超能力の発現はSRY遺伝子にどのあたりのDNAが変化を促されたかで決まってくる。同じ遺伝子状況にあるほど同じような変異が起こりやすい。豊が力を失った今、『夏越』に必要なのは、その『発現』の力の遺伝子を受け継ぐもの、だ」
内田の体の内側をぞっとしたものが走り抜けた。
「仁?」
「そうだ」
煙草をくわえたまま、城崎はうっとうしそうに髪を跳ね上げた。
「豊の息子なら同じ力を持っている可能性がある。問題はそれがいつどの程度発現するか、だ。だが、それをのんびり観察してるほど『夏越』は暇じゃない。可能性があるなら、発現させてやればいい。……超能力は、衝撃的な状況下であればあるほど、高度に発現するらしいぜ」
城崎の顔に冷酷な笑みが広がった。
「仁に…何をした」
内田は自分の声が冷えたのを感じた。体が細かく震えだすのを止められない。
「何も。仁、には何もしていない。ただ、仁の目の前で豊を殺っただけだ」
(仁)
内田の脳裏に夕焼けの中で不安そうに弱々しく笑っている仁の姿が過った。
(目の前で、父親を、殺した)
「かなり凄まじいことになったらしい。秀人、というのは人体を内側から爆発させる能力者だ。心も見事にぶっ壊れてる。秀人が豊を屠った後、仁が『発現』した。秀人は一瞬で仁に消されたらしい」
(仁)
あの穏やかな仁が人間を殺した、一瞬で。
内田は唇を噛んだ。
「そして、今、仁はこちらへ向かってる」
「え?」
内田は言われて部屋の外から微かに伝わってくるざわめきに気がついた。
「マイヤに呼ばせてるのさ、罠だがな」
内田は目を見開いた。城崎がちょいと肩を竦め、ドアを振り返って見せる。
(仁!)
仁はきっとやってくる。マイヤが襲撃してきたあの夕方に内田を守ろうとして、彼方から飛んできたように。今度は内田とマイヤを助けにきっとここへ乗り込んでくる。待ち続けた父親を目の前で失い、自分も心に深い傷を負いながら。
「何で、俺に、そんなことを話した」
内田は城崎をねめつけた。
「さあな。ただちょっと感心してたのさ、お前は弱音を吐かない、逃げない、こんなガキがどうしてここまで度胸が座ってるんだってな。そのお前が朦朧として意識半分ぶっ飛ばしながらも大切そうに呼んでる名前がある………興味がわくだろ?」
城崎は振り向いて、うっすらと笑った。
「お前が、呼んでる、仁、てのもぜひ見たいって気になるだろ? 真竹みたいな奴にはいい加減うんざりしてるんだ」
(お前が、呼んでる…)
「!」
城崎のことばを頭の中で繰り返して、ふいにその意味に気がつき、内田は凍りついた。
「 わかったらしいな。そうさ、『お前』も奴を呼んでる」
城崎は目をきらきらさせて内田を覗き込んだ。その口元に広がっているのは悪意一歩手前の微笑だ。
「『仁』は絶対来るよな?」
内田はこぶしを握りしめて固く目を閉じた。自分が取り返しのつかないミスを犯したのだとわかった。痛めつけられたのも、治療されたのも、仁をおびき出すためだったのだ。
闇を駆けているだろう仁に向かって、内田は祈るように胸の中で叫んだ。
(仁……ここに、来るな…!)
ぶつかり続けた両親が、ある夜、お互いの人生に一切干渉しないと決めたと内田に告げたことがあった。なぜかとしつこく尋ねた内田をいつもより数段激しく両親そろって殴り飛ばしてくれた、その翌日のことだった。
学校での花壇の係をしていたのはじゃんけんで負けたからだ。
うっとうしい役目だった。花なんかには興味はなかった。同じ係になった浅葱仁は妙に良い子で話にならなかったし、小学4年で内田は十分に世の中の理不尽さに疲れていた。
けれど、実は、花壇の中、ほんの端っこに、植えたのではないけどいつの間にか育っていた濃いピンクの花があった。ずいぶん昔のことではあったが、内田が幼稚園ぐらいのときにその花を母親が好きだと言ったことは覚えていた。
花が咲いたら、こっそり持ち帰って母親に見せよう。そしたら何かが変わるかもしれない。
ずっとそう思ってた。
けれど、あの日、学校出入りの業者の車は、あっさりと見事に花壇をぶっ壊してくれた。端っこの、ほんの隅にあった内田の花は、真っ黒なタイヤに轢かれて押し潰されていた。
それは自分のようだった。
望むものはいつもささやかなものなのに、何一つ手には入らない。
思い知らされた気がして、泣くことさえできずに、今にも咲きそうだったのに潰され千切れた花を見ていた。
(俺だってきっとそうなんだ)
きっと誰も振り返らない。親にだって見捨てられる、大人の都合で踏み潰される、そういった雑草にしか過ぎないんだ。
大人は誰だって子どものことなんか考えていない。自分の人生さえ満足して生きられない、ばかなやつらばっかりだ、と。
「待てよ!」
ふいに叫び声が上がって、内田はびくりとして顔を上げた。「謝れ、花に。謝れよ、ぼくたちに!」。
その仁の声は内田の胸の奥深くを貫いた。
『ぼくたちに、謝れ』
(それは本当は俺が言いたいことだったんだ)
いつも家の中はもめていた。父親も母親も相手の不満を内田にぶつけて、受け止めきれないと殴られけなされ放り出された。
安心して眠りたかった。笑って飯が食いたかった。話を聞いてくれる誰かがほしかった。
けれど、一度だって、そんなものは内田になかった。
業者をなじる仁が、ずたずたになっている内田のかわりに叫んでくれているようだった。大人に傷つけられることを当然だと諦めていた内田の前で、それを受け入れてはいけないんだと仁が両手を広げて立ち塞がってくれたようだった。
(何だってこいつはこんなことができる?)
何だか胸がぐいぐいと痛くて、そのとき初めて、内田は自分が声も上げられないほど苦しいんだとわかった。
(仁、お前はいつだってそうだった)
仁が内田の花のことを知っていたはずがない。内田を守ろうとして、あの行動を取ったとは思えない。
けれど、 潰された花壇と一緒に、仁は隅っこの花もきちんと拾い上げて助けようとしてくれた。それに重ねた内田の願いを気づかないままに救ってくれようとした。
仁は父親が失踪してから、内田が変わらず付き合い続けたことを不思議がっていた。内田も理由を話さなかった。これからだって話す気はない。
ただ、わかっているのは、あのとき仁が立ち塞がってくれなければ、内田は確実に壊れていたということだけだ。
何か目には見えないきららかで強い翼が、あのとき確かに内田を守った。そして、それに応じるだけのものを、内田は未だに仁に返せていない、ただそれだけのことだ。
そのまま、少し気を失っていたのかもしれない。
(水の音?)
気がついたとたん、薄れていた激痛が身体を走り抜けた。
「うっ…く」
「気がついたか」
覚えのある声がささやいた。
「水だ、飲めるか」
温かな手が顔を支えて、腫れた唇にひんやりとしたものをあててくれた。じんわりと唇の隙間からしみ込んでくる液体をなんとか呑み込む。口の中の傷にしみて思わず身体を竦めた内田に、城崎が静かに言った。
「派手には殴ったが、体の内っかわは傷つけてないはずだ。むかつきはないな?」
「…ああ」
「足は処置してある。もう少しお前を生かしとくらしい。あんまり歓迎できる展開じゃないがな。お前がタフな坊やで助かったよ、子どもを殺ったんじゃ寝覚めが悪い」
くす、と低い笑い声が零れた。
内田はのろのろと目を開けた。ぼったりした瞼の向こうに、皮肉な笑みを浮かべている男を認める。
「痛み止めもあるぜ。へたっちまうのもまずいらしい」
「ここ…病院…か」
内田はつぶやいた。城崎が呆れた声を出す。
「食えねえガキだな、改めて殺し直すって言われてるんだぜ。ここがどっかなんて気にしてる場合じゃねえだろうが」
(気にしてる場合なんだよ)
内田は胸の内でぼやいた。
(あいつが、仁が、飛び込んで来ちまう)
「…煙草…吸いたいな」
「お前、幾つだ?」
城崎は肩をすくめながら薄いベージュのジャケットのポケットから煙草を取り出した。
「ラークか……ラッキーストライクは…?」
「同じヨウモクだからいいだろ…ほら」
城崎が火をつけてくれた煙草を内田は何とかくわえた。必死に頭を働かせる。片足は固定されて思ったよりきちんと手当てがされている。寝かされているベッドは妙に固いし、すぐ側の銀色の台に乗せられた医療器具はかなり専門的なものだ。大きなライトが天井にあって、どこかの病院の手術室といった気配がする。
内田の視線に気づいた城崎が、台のてすりにかかっていた緑の布を器具の上に被せる。手慣れた無駄のない動きだった。
「あんた…医者だろ…」
「よくねえ了見だな。無邪気な顔してあれこれ探ろうってのは」
「煙草…もういいや、サンキュ」
口調の割にはそれほど不愉快そうでもなく、城崎は内田の唇から煙草を取って床に落とした。それから、少しためらった後、内田を覗き込んで尋ねてきた。
「お前がさっき呼んでたのは、浅葱豊の息子って奴か?」
内田はぎょっとした。
「呼んでた?」
「何度もな。仁、仁、って呼んでた。お前のダチなのか? そいつのために音を上げなかったのか?」
内田は無言で城崎の目から顔を背けた。
「そいつは力が強いのか?」
城崎が重ねて尋ねた。
「『夏越』は半端じゃなくて強いぜ」
「…秀人、ってのも超能力者なのか?」
「ああ」
やっぱり気になるんじゃないかと言いたげな笑い声を城崎はこぼした。
「もし、お前が気にしてるのが豊の息子なら、今ごろ酷いことになってるかもな」
内田は弾かれたように振り返った。動きが傷に響いて思わず顔をしかめる。
「豊はここでずっと真竹の研究に力を貸してた。新人類の創造と言えば聞こえはいいが、その実、遺伝子に操作を加えて超能力者を造り出す研究だ。まあ、どうせだから死に土産に教えてやるけど、超能力ってのはな、圧倒的に男に発現しやすいのさ。男と女の遺伝子上の違いはY染色体だ。そこにのっかってるSRY遺伝子というやつ、実はこいつが引き金になって働くんだ。豊はそいつの引き金を引けたんだよ。それを探し出したのも奴だがな」
城崎は煙草をくわえて火をつけた。ばさりと落ちた髪に隠されて表情はよくわからない。
「だが、酷使がたたったんだろうな、『夏越』を造り上げてからはみるみる力が落ちたらしい。それからはもっぱら、超能力者探しさ」
「超能力者の仲間を…見つけるためだろ?」
「違うね」
城崎がシニカルに笑う。
「『夏越』は自分と同程度の仲間、が欲しかった。そしてそのためには豊の能力が必要だった。超能力の発現はSRY遺伝子にどのあたりのDNAが変化を促されたかで決まってくる。同じ遺伝子状況にあるほど同じような変異が起こりやすい。豊が力を失った今、『夏越』に必要なのは、その『発現』の力の遺伝子を受け継ぐもの、だ」
内田の体の内側をぞっとしたものが走り抜けた。
「仁?」
「そうだ」
煙草をくわえたまま、城崎はうっとうしそうに髪を跳ね上げた。
「豊の息子なら同じ力を持っている可能性がある。問題はそれがいつどの程度発現するか、だ。だが、それをのんびり観察してるほど『夏越』は暇じゃない。可能性があるなら、発現させてやればいい。……超能力は、衝撃的な状況下であればあるほど、高度に発現するらしいぜ」
城崎の顔に冷酷な笑みが広がった。
「仁に…何をした」
内田は自分の声が冷えたのを感じた。体が細かく震えだすのを止められない。
「何も。仁、には何もしていない。ただ、仁の目の前で豊を殺っただけだ」
(仁)
内田の脳裏に夕焼けの中で不安そうに弱々しく笑っている仁の姿が過った。
(目の前で、父親を、殺した)
「かなり凄まじいことになったらしい。秀人、というのは人体を内側から爆発させる能力者だ。心も見事にぶっ壊れてる。秀人が豊を屠った後、仁が『発現』した。秀人は一瞬で仁に消されたらしい」
(仁)
あの穏やかな仁が人間を殺した、一瞬で。
内田は唇を噛んだ。
「そして、今、仁はこちらへ向かってる」
「え?」
内田は言われて部屋の外から微かに伝わってくるざわめきに気がついた。
「マイヤに呼ばせてるのさ、罠だがな」
内田は目を見開いた。城崎がちょいと肩を竦め、ドアを振り返って見せる。
(仁!)
仁はきっとやってくる。マイヤが襲撃してきたあの夕方に内田を守ろうとして、彼方から飛んできたように。今度は内田とマイヤを助けにきっとここへ乗り込んでくる。待ち続けた父親を目の前で失い、自分も心に深い傷を負いながら。
「何で、俺に、そんなことを話した」
内田は城崎をねめつけた。
「さあな。ただちょっと感心してたのさ、お前は弱音を吐かない、逃げない、こんなガキがどうしてここまで度胸が座ってるんだってな。そのお前が朦朧として意識半分ぶっ飛ばしながらも大切そうに呼んでる名前がある………興味がわくだろ?」
城崎は振り向いて、うっすらと笑った。
「お前が、呼んでる、仁、てのもぜひ見たいって気になるだろ? 真竹みたいな奴にはいい加減うんざりしてるんだ」
(お前が、呼んでる…)
「!」
城崎のことばを頭の中で繰り返して、ふいにその意味に気がつき、内田は凍りついた。
「 わかったらしいな。そうさ、『お前』も奴を呼んでる」
城崎は目をきらきらさせて内田を覗き込んだ。その口元に広がっているのは悪意一歩手前の微笑だ。
「『仁』は絶対来るよな?」
内田はこぶしを握りしめて固く目を閉じた。自分が取り返しのつかないミスを犯したのだとわかった。痛めつけられたのも、治療されたのも、仁をおびき出すためだったのだ。
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