霊道開き

segakiyui

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 畑中さんはぼた、と口から紅の固まりを吐き出した。それを残った片手で拾い上げ、「ほうら、見なさい、赤ん坊のころ、こうして噛み砕いて柔らかくして、肉でも魚でも野菜でも、栄養のつくものなら我が身を削って与えたのに、今になって自分の人生自分の生き方、一人で育ってきたように偉そうに賢そうに人をばかにして、大きくなればそれでおしまいか、ええ、たいした大人だこと。だから、こうして秋子なんかは、さっさと早くから手をかけて、ただ一言さえ言い訳せぬよう、ただ一瞬さえ私を忘れぬように、何度もその身に刻みいれたのに、なんて事だ、私を捨てて死んでしまう、愚かしいこと」「おろかしいのはあなたよ、おかあさん」
 引きずられて下半身は本当に細切れになりながら、秋子は虚ろな目でベランダの向こうの空を見た。
「こうして私をつかんで何になるの。私を引きずってあなたの何が完成するの。あなたは何にもわかってないのね、種をまき込み食いころす草がどこにあるの、子どもをみんなふみつぶす生き物がどこにいるの。あなたはあたしをかかえこんで、あなたの未来を封じてるのよ」「おだまり、おだまり!」。
 びちびちびち、と畑中さんは血だか肉だかを吐き出した。「この女がこの女がこの女が、あんたをそんなふうにねじまげたんだ、あたしの可愛い人形を。永遠に一緒だと約束したはずだったのに」。
 そうして畑中さんは秋子の体を振り上げ振り下ろし、静かになるまで繰り返した。それからそっと上目使いに私を見つめ、
「さあ、もういいでしょう。そのまま行きなさい、あたしと秋子の道案内として、そのベランダから飛びなさい」
 ああ、やっぱりだめなのか。
 物憂い疲労が体に満ちて、私はそっとまた一歩下がり、続いてとんとん二歩下がり、思い出したのは小学生のころ。
 きれいな洋服を買って上げよう、そう言われて舞い上がってデパートへ母親とでかけたときのこと。そのとき私はひょろりとのっぽで、がりがりとした手足をしてて、母親が差し出したかわいらしげな服はどれ一つ似合わなかったのだけど、母親はそれがどうしても諦められずにいたのだろう、何時間もそこにいて、何時間も服を合わせて、私はあまりの真剣さにトイレに行きたいの一言が言えず、とびきり不似合いなワンピースをあてられたとたんにお漏らしした。
 買い取ったそのワンピースを無理やり着て行かされたのは学校の発表会、クラスメートとその母親達のくすくす笑いにいら立って、帰り道、公園に入って行く小さなわき道で手を握ろうと延ばした私を、ぴしゃん、とはねつけた母親の手の冷たさ。
 そしてまた、何年も習っていたピアノの腕を見込まれて、クラス対抗の合唱大会に伴奏役を請け負ったのはいいけれど、その実ほんとにねっからこっきり音感リズム感とも救い難くて、みんなはとても頑張ったのだけど本番は私の伴奏ミスのオンパレードで、母親は途中で帰ってしまったあげくにピアノの習い事はやめる手続きをしてしまったこととか。私がどれほど音楽が好きかは、そのときにまったくちらとも問題にさえならなかったのだけど。
 つまりは、私はいつも母親の期待を裏切るタイプで、どうしても望みをかなえてやれない人間で、それでも、さてどこまで信じてもらえるかは疑問だけど、私自身はいつも全身全霊かけて努力してたし、母親の指す未来の方向が自分にも見えるときがくるのだと一所懸命頑張っていたのだ。
 けれど、そうしてわき目もふらずに走ってきて、ある日いきなり、とてつもなく死にたくなっているのを、それも止めようがないほど死にたくてたまらないのを発見した。なお驚いたことに、その死にたい気持ちはそれまで感じたどんな気持ちより新鮮で生き生きとしていて、そうか自分にもまだ「気持ちが動く」と言う感覚が残っていたのだと、そして奇妙なことにはそれでまた、他にも気持ちが動くかもしれないと自殺を思い止どまったあたり、引く引く合わせて足すになる、数学のような不可思議さ。
 ごつ、と足に窓枠が引っ掛かって、私はふいに我に返った。
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