『闇から見る眼』

segakiyui

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第1章

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 苦しくて、眠れない。
 京介は唇をきつく噛み締めて目を閉じる。
 布団に必死に潜り込んで、大丈夫だ、大輔はいない、と言い聞かせるのに、身体が全く納得してくれない。
 ずっとがたがた震えている自分が情けない。
 とっくに大人になって社会人になって一人で暮らしているのに、実家で一人で眠れない。
「んっ……」
 いっそ自分で煽ってしまえば眠れるかと試そうとした。いつもなら疲れた時の方が煽りやすいのに、今夜はそんな元気もなく、結局、胸を抱え丸くなり、手足を縮めて震える。
「…い……ぶき…」
 街に居た時の呪文が効くかと思ったが、どうしても欲しかった手をどうしても放さざるを得なかった、二度ときっと繋げない、逆にそう煮詰まって歯を食いしばった。
 目を閉じて縮こまっていると子どものころに引き戻される。
 今夜は大丈夫か。もう少したてば大丈夫か。眠ってしまえば大丈夫か。
 いろんなおまじないを試してみたり、勉強を頑張ったから大丈夫とか、いいことをしたから大丈夫とか、見えない神様と毎日毎日取り引きして、叶う日もあったけれど、圧倒的に叶わないことのほうが多くて、そのたびに自分の努力じゃ足りないんだと思い知らされた。
 おかげで外ではしっかりしてて優しくて親切で配慮があって出来もいい、両親にとって自慢の息子になって、それが一層大輔を苛立たせたとわかったのは後のこと、そんな皮肉ばっかりが世の中に満ちているんだと知ったのはもっともっと後のこと。
 神様は優しくない。
 いつも頑張った分だけ報いてくれそうな素振りを見せて、知らぬ顔で通り過ぎる。
 ずきずきするのは身体の奥で、吐きそうな痛みと妙な疼きが入り交じっている。片方が消えることになれば、片方が増すというどうしようもない感覚、へたに敏感なところと連動するときもあるから始末が悪い。慰めるのにも竦む時さえある。
 睡眠薬がまた効かない。
 京介の体の特性なのか、基準量では効きが悪い。ある種類のものは逆に悪夢を事細かに再現してくれたばかりか、薬のせいで目覚めることも動くこともできなくて、一晩中悲鳴を上げてもがき続けた。
 誰も助けてくれない激痛。
 口に出せば嘲笑され軽蔑されるという恐怖。
 自分を傷めつけられているのに喜んでいると何度も言われ、プライドも安心も粉々になる。
 しかも、現実に気持ちいい、と感じる瞬間があると気付いて、京介は何もかも信じられなくなった。
 自殺を試みたことはある。
 川へ飛び込もうとか線路で寝ていようとか首を吊ってみようとか、いろいろ考えて準備もしてみたけれど、そのあたりは大輔の勘がいいというのか、いつも直前に現れて、またそのまま繰り返される。
 一度何とかカッターナイフで手首を切る、というのをやってみたが、意外に切れなくて、しかも、そこは切れないとわかっての狂言だったんだろう、と大輔に嗤われ、何もかも無駄なんだと思った。
「ふ…」
 滲んだ涙を肩で擦った。
 街では思い出さないことが、ここでは次々襲いかかってくる。
「いぶ…き」
 でもあの手はもうここにないのだ。もうあれほど側には近付けない。この旅行が終わったら、京介はまた一人で生きていくのだ、心も体も凍らせて。
 じゃあ、死のうかな。
 ふいにそう思って目を見開いた。
 今、死ねばいいんじゃないかな。
 大輔はいない。伊吹は別の部屋で眠ってる。
 どれほどもがいても、永遠にここから出られないんだから、今死のうと五十年先に死のうと、それはたいしたかわりはないんじゃないか。
「そう…か」
 そうかもしれない。
 のろのろと起き上がって考え込む。
 そういう予定ではなかったから、何も準備してこなかった。あえて言えば、寝巻の浴衣の紐、ぐらい? 
「……しまった」
 大輔がいつ頃帰ってくるのか確認していない。恵子は車を運転しないし、伊吹一人ではここから街に、少なくともバスの通る道まで出るのに大変だ。
「えーと」
 どこかが外れているような感覚がするけれど、今はきっとそういうことは問題じゃないんだ、と京介は眉を顰めて考え続けた。
 明日の夜には戻ってくるだろうけど、夜まで伊吹をここに残しておくわけにはいかない。会社もあるし、何より伊吹の安全が気になる。
「あ」
 でも、それなら大輔に一人送られて帰るっていうのもとても危険じゃないか。京介がいないのをいいことに、伊吹まで山の中に連れ込まれてしまったら。
 確かに伊吹は大輔でも反撃に容赦しないだろうけど、それでは伊吹が傷つくことが避けられない。
「とすると」
 戻ってから自殺するしかないのか?
 ぼんやりと考えていると、すい、と廊下の襖が開いて驚いた。
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