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12.三日目、五時限
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はい、『疾走』くん?
………熱い?
叩かれた部位ではないところが熱くなったのですか?
…………なるほど。
………いえ、違います。体の中でその二つの部位が繋がっているのではありません。
あえて言えば、それはあなたが経験した「痛み」が、あなたの中の二つの時間を繋いだのです。
過去と現在を、ですね。
……ちょっと顔色が悪くなりましたね、『疾走』くん?
大丈夫ですよ。
それは今起こっていることではない、と繰り返しなさい。
ゆっくり深呼吸しなさい。
目を開き、その熱さが語る状況と現実の差異に気付きなさい。
……………そうです。
ここは、そのとき、ではありません。
ここにいるものは、あなたにその熱さを感じさせたものではありません。
あなたはここから逃げ出さなくてもいいのです。ましてや、空中に飛び出して、あるはずのない世界を掴もうとする必要はありません。
………………何について話しているか、わかりますね?
そうです。
あなたの『疾走』は既に十分成し遂げられた。
だからこそ、あなたはここで今学んでいるのでしょう?
…………苦しいなら、机に伏せてもいいですよ。けれど、保健室ではなく、その席にいなさい。
それは、あなたが獲得したものです。
………さて、みなさんは「痛み」の部位、範囲、深さ、強さ、種類を感じ取れましたか?
………しっかり味わって下さい。
………はい?
………そうです、痛い、痛い、と繰り返していてもいいです。
一番痛いところをずっと追い掛けてどんどん感じ取っていきましょう。
は? ………いえ、不思議ではありません。
実は「痛み」というのは私達の注目を必要としているのです。内なる注目ですね。
私達がそれに注意深く耳を傾ければ傾けるほど、「痛み」はその役目を終えて消えていきます。
………そうです、よく気がつきましたね。
「傷」の回復ではないのです。「傷」は回復に医療的処置を必要とする場合があります。
しかし、医療的処置がすぐに施せない場合、「痛み」の増加は堪え難い苦痛であり「傷」そのものの悪化を招きます。また医療的処置を施しても、「痛み」が増加するならば、処置は十分な効果を上げられない恐れがあります。
今の状態のように、特に医療的処置を必要としない程度のものならば「痛み」の対処ですみやかに回復します。
…………そうです、自己回復力の増強システム、そう言ってもいいですね。
ほとんど消失した人?
………はい、半数ですか。結構残っていますね。
では、さっきの「理由付け」を行ってみて下さい。
つまり、その「痛み」は、自分にはまだわからないが何かの意味があったことだ、と。
…………まだ残っている人。
……………数人ですか。
いえ、問題が起きたのではありません。
「痛み」の軽減には、今見たようなステップがあります。
一つ、時間経過。
二つ、それをセンサーと認識しての「痛み」の受容。
三つ、それには何らかの意味があったという理解。
しかし、それでもなお消えない「痛み」もしくは、さきほどの『疾走』くんのように、より鮮烈になったりする「痛み」は、現在のものに別の時空が重なっている場合に起こります。
は? いえ、そうではありません。
あなたがたの認識が、その「痛み」に「過去の記憶」や「未来の予測」を重ねてしまい、現時点で軽減しつつある「痛み」を蘇らせてしまうのです。
………そう、物わかりがいいですね、『生意気』くん。
今さっき「叩いた人」「叩かれた瞬間」を思い浮かべましたね。あれも「過去の記憶」を利用したのです。
この「痛み」の重複に関しては、別のアプローチが必要となります。
では、みなさん宿題です。
過去に辛かったことがあれば、ノートにまとめてきてください。
次回はそれを元に授業を進めます。
では……………は?
ああ、残っている人ですか。
しつこいですね。
……………仕方ない。とっておきの特別呪文を教えます。
自分が好意を抱いているか、尊敬している相手を見つけて下さい…………見つかりましたか?
では、その人にこう唱えて、自分の「痛み」の部位に触れてもらって下さい。
撫でてもらうともっと効果的です。
触れられている感覚と声に集中なさい。
いいですか?
…………痛いの、痛いの、飛んでいけ!
……………授業を終わります。宿題を忘れないように。
………熱い?
叩かれた部位ではないところが熱くなったのですか?
…………なるほど。
………いえ、違います。体の中でその二つの部位が繋がっているのではありません。
あえて言えば、それはあなたが経験した「痛み」が、あなたの中の二つの時間を繋いだのです。
過去と現在を、ですね。
……ちょっと顔色が悪くなりましたね、『疾走』くん?
大丈夫ですよ。
それは今起こっていることではない、と繰り返しなさい。
ゆっくり深呼吸しなさい。
目を開き、その熱さが語る状況と現実の差異に気付きなさい。
……………そうです。
ここは、そのとき、ではありません。
ここにいるものは、あなたにその熱さを感じさせたものではありません。
あなたはここから逃げ出さなくてもいいのです。ましてや、空中に飛び出して、あるはずのない世界を掴もうとする必要はありません。
………………何について話しているか、わかりますね?
そうです。
あなたの『疾走』は既に十分成し遂げられた。
だからこそ、あなたはここで今学んでいるのでしょう?
…………苦しいなら、机に伏せてもいいですよ。けれど、保健室ではなく、その席にいなさい。
それは、あなたが獲得したものです。
………さて、みなさんは「痛み」の部位、範囲、深さ、強さ、種類を感じ取れましたか?
………しっかり味わって下さい。
………はい?
………そうです、痛い、痛い、と繰り返していてもいいです。
一番痛いところをずっと追い掛けてどんどん感じ取っていきましょう。
は? ………いえ、不思議ではありません。
実は「痛み」というのは私達の注目を必要としているのです。内なる注目ですね。
私達がそれに注意深く耳を傾ければ傾けるほど、「痛み」はその役目を終えて消えていきます。
………そうです、よく気がつきましたね。
「傷」の回復ではないのです。「傷」は回復に医療的処置を必要とする場合があります。
しかし、医療的処置がすぐに施せない場合、「痛み」の増加は堪え難い苦痛であり「傷」そのものの悪化を招きます。また医療的処置を施しても、「痛み」が増加するならば、処置は十分な効果を上げられない恐れがあります。
今の状態のように、特に医療的処置を必要としない程度のものならば「痛み」の対処ですみやかに回復します。
…………そうです、自己回復力の増強システム、そう言ってもいいですね。
ほとんど消失した人?
………はい、半数ですか。結構残っていますね。
では、さっきの「理由付け」を行ってみて下さい。
つまり、その「痛み」は、自分にはまだわからないが何かの意味があったことだ、と。
…………まだ残っている人。
……………数人ですか。
いえ、問題が起きたのではありません。
「痛み」の軽減には、今見たようなステップがあります。
一つ、時間経過。
二つ、それをセンサーと認識しての「痛み」の受容。
三つ、それには何らかの意味があったという理解。
しかし、それでもなお消えない「痛み」もしくは、さきほどの『疾走』くんのように、より鮮烈になったりする「痛み」は、現在のものに別の時空が重なっている場合に起こります。
は? いえ、そうではありません。
あなたがたの認識が、その「痛み」に「過去の記憶」や「未来の予測」を重ねてしまい、現時点で軽減しつつある「痛み」を蘇らせてしまうのです。
………そう、物わかりがいいですね、『生意気』くん。
今さっき「叩いた人」「叩かれた瞬間」を思い浮かべましたね。あれも「過去の記憶」を利用したのです。
この「痛み」の重複に関しては、別のアプローチが必要となります。
では、みなさん宿題です。
過去に辛かったことがあれば、ノートにまとめてきてください。
次回はそれを元に授業を進めます。
では……………は?
ああ、残っている人ですか。
しつこいですね。
……………仕方ない。とっておきの特別呪文を教えます。
自分が好意を抱いているか、尊敬している相手を見つけて下さい…………見つかりましたか?
では、その人にこう唱えて、自分の「痛み」の部位に触れてもらって下さい。
撫でてもらうともっと効果的です。
触れられている感覚と声に集中なさい。
いいですか?
…………痛いの、痛いの、飛んでいけ!
……………授業を終わります。宿題を忘れないように。
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