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『昔々の恋物語』
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昔々、その昔。
ある大国に姫が居た。姫は男に惚れていた。その男とは、隣国の小さな国の王子であった。
運命の皮肉か、この大国と隣国は争い、戦いの果てに大国は勝利を得、隣国の王子は姫の元へ、囚われの身となり送られた。
「そなたを助けたい」
「……」
「そなたの命、惜しうてならぬ」
姫のことばに王子は一言、冷たく答えた。
「いらぬ」
姫の心に魔が囁く。薄紅の唇に、にんまり妖しい笑みを浮かべ、
「では、こういう取引はどうじゃ。そなた1人がわらわのものになるのなら、国に手出しはいたしますまい」
「……では…存分に」
唇噛んだ王子のことばに姫は頷き、王子の身柄を手元に残し、両手首を縛り上げ、両足首にも枷を嵌め、夜毎に夜伽のなぶりもの、甘い声に瞳を潤ませ、ひしと王子をかき抱き、その温もりに酔い痴れる。たとえその唇が姫の名を、ただの一度も呼ばずとも、たとえその眼が姫の目を、憎しみ込めて見つめるにせよ、甘い愛撫にいつしか王子の心も溶け、姫のこの身を求めてはくれぬかと、手枷足枷外れた日に、逆に我が身を愛してはくれぬかと。
ある夜、その運命は夜半に実る。弾みに緩んだ手首の縄目、気づいた王子は耐え忍び、姫が疲れて寝入るまでじっと時を待ち続け、姫の寝息が聞こえるや、さっさと手足を解き放ち、床をすり抜け夜を抜け、彼方の故郷へ駆け戻る。
目覚めた姫は、隣に愛しい男のいないのに、はっと一瞬心を躍らせ、薄闇の中を透かし見て、やがて気づく空の枷。
「逃げ…たのか」
呟いて、ぼんやり見つめる空の床。やがて零れる微かな笑い。
「逃げも……しようよなぁ」
立ち上がり、気配に気づいた従兵が追うの追わぬの騒ぐのに、
「追うな。鼠1匹、何ができる」
制して、淋しく1人、言を継ぐ。
「逃げるくらいなら、どうしてわらわを殺さなんだ……わらわはそこまでそなたの心に影も……ない?」
その後数年、逃げた王子は国を建て、かの姫の大国を討ち滅ぼす。数年前のあの辱め、今こそその身に返さんと、焼け焦げた城に入ってみれば、主人の部屋に姫は屍、純白の衣鮮やかに人の眼を射る。
さては先を危ぶんで死を選んだ、目元に悔し涙まで光らせて、ざまを見ろと近づく王子、その足元に一通の手紙と白い花。
「うむ?」
この花には覚えがある、責め苛まれて辛い日々に時折置かれた白い花、さては自分を不憫に思う女官は1人はいるものと、心丈夫に思った花、開ける手紙に眼を通す、王子の顔が血の気を失う。
『遠きお方にありますれば、どう思われてもお側におりたく、が、それも叶わぬ望みと知りました。数々のご無礼お赦しください、もうお困りにはなりますまい』
「…姫…」
ではあれは、あの夜の唇、あの夜の手管、すべて叶わぬ恋ゆえに、必死で編んだ乙女の芝居、思い返せば熱を出した日にはただじっと己を抱いて側に居た、傷の痛みにもがく自分を不思議と優しく。指先と声が慰めた。それもただ弄ぶためとは己の邪推、姫はただ、ただただ己を恋うていた。
気づけば切なくひそめた眉の下、涙はどれほど哀しかろう、胸を突かれて王子は1人、姫の屍に立ち尽す。
恋や恋、実りはせぬとわかっていても、嫌われ憎まれ蔑まれても、恋しいお方の側でなら、どんな道化も演じよう………今は昔、昔々の恋物語。
ある大国に姫が居た。姫は男に惚れていた。その男とは、隣国の小さな国の王子であった。
運命の皮肉か、この大国と隣国は争い、戦いの果てに大国は勝利を得、隣国の王子は姫の元へ、囚われの身となり送られた。
「そなたを助けたい」
「……」
「そなたの命、惜しうてならぬ」
姫のことばに王子は一言、冷たく答えた。
「いらぬ」
姫の心に魔が囁く。薄紅の唇に、にんまり妖しい笑みを浮かべ、
「では、こういう取引はどうじゃ。そなた1人がわらわのものになるのなら、国に手出しはいたしますまい」
「……では…存分に」
唇噛んだ王子のことばに姫は頷き、王子の身柄を手元に残し、両手首を縛り上げ、両足首にも枷を嵌め、夜毎に夜伽のなぶりもの、甘い声に瞳を潤ませ、ひしと王子をかき抱き、その温もりに酔い痴れる。たとえその唇が姫の名を、ただの一度も呼ばずとも、たとえその眼が姫の目を、憎しみ込めて見つめるにせよ、甘い愛撫にいつしか王子の心も溶け、姫のこの身を求めてはくれぬかと、手枷足枷外れた日に、逆に我が身を愛してはくれぬかと。
ある夜、その運命は夜半に実る。弾みに緩んだ手首の縄目、気づいた王子は耐え忍び、姫が疲れて寝入るまでじっと時を待ち続け、姫の寝息が聞こえるや、さっさと手足を解き放ち、床をすり抜け夜を抜け、彼方の故郷へ駆け戻る。
目覚めた姫は、隣に愛しい男のいないのに、はっと一瞬心を躍らせ、薄闇の中を透かし見て、やがて気づく空の枷。
「逃げ…たのか」
呟いて、ぼんやり見つめる空の床。やがて零れる微かな笑い。
「逃げも……しようよなぁ」
立ち上がり、気配に気づいた従兵が追うの追わぬの騒ぐのに、
「追うな。鼠1匹、何ができる」
制して、淋しく1人、言を継ぐ。
「逃げるくらいなら、どうしてわらわを殺さなんだ……わらわはそこまでそなたの心に影も……ない?」
その後数年、逃げた王子は国を建て、かの姫の大国を討ち滅ぼす。数年前のあの辱め、今こそその身に返さんと、焼け焦げた城に入ってみれば、主人の部屋に姫は屍、純白の衣鮮やかに人の眼を射る。
さては先を危ぶんで死を選んだ、目元に悔し涙まで光らせて、ざまを見ろと近づく王子、その足元に一通の手紙と白い花。
「うむ?」
この花には覚えがある、責め苛まれて辛い日々に時折置かれた白い花、さては自分を不憫に思う女官は1人はいるものと、心丈夫に思った花、開ける手紙に眼を通す、王子の顔が血の気を失う。
『遠きお方にありますれば、どう思われてもお側におりたく、が、それも叶わぬ望みと知りました。数々のご無礼お赦しください、もうお困りにはなりますまい』
「…姫…」
ではあれは、あの夜の唇、あの夜の手管、すべて叶わぬ恋ゆえに、必死で編んだ乙女の芝居、思い返せば熱を出した日にはただじっと己を抱いて側に居た、傷の痛みにもがく自分を不思議と優しく。指先と声が慰めた。それもただ弄ぶためとは己の邪推、姫はただ、ただただ己を恋うていた。
気づけば切なくひそめた眉の下、涙はどれほど哀しかろう、胸を突かれて王子は1人、姫の屍に立ち尽す。
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