『segakiyui短編集』

segakiyui

文字の大きさ
14 / 148

『象の「れもん」』

しおりを挟む
 『れもん』は象の名前です。
 とは言っても、地上の象の名前ではありません。
 天の象、それも由緒正しい、代々受け継がれてきた名前、空の虹の黄色を吹く象の名前です。
 けれども、第136代目の『れもん』は虹を吹くのが下手で、しかも少々気弱な象でした。
 今日も今日とて、一番年上の『森』に叱られています。
「こら、『れもん』。どうしてそんなに勢いのない黄色を吹くんだ。虹から一本、落っこちちゃってるじゃないか」
「ご、ごめんなさい『森』…さん」
 『れもん』はおどおどと謝りました。
「精一杯、吹いたんだけど…」
「もう一回。しっかりやってくれよ。神様の御用だぞ。お前のお父さんはもっと立派に吹いたよ」
「はい、頑張ります」
 『れもん』は一所懸命、黄色の泉からきらきら輝く水を吸い上げました。
「さあ、行くぞ、一、二の三!」
 『森』の掛け声と一緒に、7頭の象は、各々の泉から吸い上げた輝く天の水を吹き上げました。紫、青、緑、黄緑、さあ『れもん』の黄色です。が、おやおや、黄色の水が途中から弱々しく力を失って、黄緑の上にかかりました。
「ぷうう!」
 黄緑を吹いている『若芽』が、何をやっているんだと言う代わりに荒々しい唸り声を上げました。
 『れもん』は必死に頬を膨らませて吹きましたが、黄色はどんどん曲がっていきます。ついに緑へかかりました。
「『れもん』!」
 『森』が怒りました。
 『れもん』はますます慌てて、黄色の飛沫を上へ吹き上げましたが、逆に喉へ流れ込み、いがらい味とともにひどくむせて咳き込みました。
 もちろん、虹は台無しです。
「お前は虹なんか吹けやしない!」
 とうとう『れもん』は天から追い出されてしまいました。

「駄目だなあ。僕ってどうして駄目なんだろう」
 雲の階段を降り、うなだれながら『れもん』は畑の間の小道を歩きました。
 空は夕焼けで真っ赤です。きっと赤の『おひさま』と橙の『みかん』が空一面に水を吹いているのでしょう。もう少しすれば青の『つゆくさ』と紫の『ききょう』が、ゆっくり水を撒きながら、天の端から歩いていてくるはずです。
「ああ、もう天には帰れない」
 『れもん』は立ち止まってしまいました。
「これから、どこへ行こう」
 もう一つ溜め息をついた『れもん』に、1人の男が声をかけてきました。
「どうしたんだね? 行くところがないのかい?」
 『れもん』が振り返ると、赤と白の縞の背広上下に、きらきらした青いチョッキを着た男が立っていました。
「行くところがないなら、わしの所へおいで」
「え? いいんですか?」
「もちろんさ」
 男はサーカスの団長でした。この近くまで来て、象が病気になったと言うのです。
「君さえ良ければ雇ってあげるよ。何もできない? 大丈夫、教えてあげよう」
 次の日から、『れもん』は赤と白の縞の三角帽子を乗せ、きれいなお姉さんと一緒にショーに出ました。けれども、慣れない仕事でヘマばかり。第一、玉乗りなんてできたものじゃありません。お姉さんを踏み潰しそうになったり、団長を押し倒しそうになったり。
 ある日、とうとう団長が言いました。
「お前みたいに何もできない奴は初めてだ。とっとと出ていけ」
「はい、すみません……」
 『れもん』はサーカスを後にしました。
 またもや『れもん』には行くところがありません。
 畑の小道で溜め息をついていると、別の男が声をかけて来ました。
「どうしたんだい、一人かい? じゃあ、私の所へいらっしゃい」
 見ると、茶色の作業服を着た、歳のいった男です。
「何もできない? 水を吹くだけ? そりゃあそうさ、象はそれでいいんだよ」
 男は『れもん』に動物園の飼育係だと名乗りました。可愛がっていた象が、歳をとって死んだと言うのです。何もできないでもいい、そう言われて、『れもん』はほんの少しがっかりしました。『れもん』は虹の黄色を吹いていたのです。普通の象とも少し違うのです。
 それでも『れもん』は男に連れられ、動物園に入りました。男に少しでも役に立つところを見せたくて、毎日思いっきり水を吸い上げ、吹き出しました。虹はできないけど、自分としてはかなりきれいに吹けたと思い始めた頃、『れもん』は男に呼ばれました。
「お前みたいに毎日毎日水を吹き上げて、周りを汚す象は要らないよ。さっさと出ていってくれ」
「はい、ごめんなさい」
 『れもん』はまたまた一人です。
「サーカスも駄目、動物園も駄目。僕って本当に仕方がない象だ」
 もう歩く気力もありません。
 がっかりして疲れ果てた『れもん』は、よろよろと道端にしゃがみ込もうとしました。
 その時、
「あ、痛い!」
「え?!」
 『れもん』は小さな声に急いで足を退けました。左足の後ろに、踏まれかけたピンクの小花がゆらゆら揺れています。
「ひどいわ、痛いわ。曲がってしまったわ」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 『れもん』は泣きそうになって謝りました。何もできないばかりか、こんな小さな花まで踏みつけてしまったのです。
「大丈夫、大丈夫よ」
 『れもん』の謝り方にびっくりしたのか、小花は微かに笑いました。
「もう、大丈夫」
「本当にごめんなさい。何か僕にできることはありませんか」
「そうねえ。喉がからからなの。水を少し下さいな」
「はい、はい、水ですね」
 『れもん』は側の小川から、水を少し吸い上げました。小花の根元へチョロチョロ流し、また少し吸い上げて、今度は上から小さなシャワーです。
「ああ、気持ちいい。ありがとう、助かりましたわ」
「僕はそんな……」
「あらあら、いったい。どうなさったの?」
 小花の優しいことばに、『れもん』はついに泣き出してしまいました。泣きながら今までのことを話すと、小花はくすくす笑って言いました。
「何もできない人なんていませんよ。だって、あなたは私に水を下すったでしょう」
「けれど、サーカスでも動物園でも駄目だったんです」
「ええ、そりゃ、サーカスや動物園ではね。だってあなたは、虹を吹く象なのでしょう?」
 『れもん』はびっくりして泣き止みました。
「虹を吹く象ならば、虹を吹かなきゃ駄目ですよ。天へお帰りなさいな。そうして、私に天から黄色の素晴らしい水を下さいな。私はそれを待っていますよ」
「天から、あなたに?」
「そう、天から、私に」
 小花のにこにこしているのにつられて、『れもん』は少し笑いました。すると、何だかやれそうな気がしてきました。
「わかりました。天から水を送ります」
「待っていますわ、『れもん』さん」
 『れもん』は天へ帰りました。
「何だ、『れもん』、何しに来た」
「『森』さん、もう一度だけ、黄色を吹かせて下さい。それで駄目なら諦めます」
「ようし、それなら見てやろう」 
 『森』は一つ頷きました。
「ちょうど一本、御用がある。さあ、『れもん』、吹くぞ」
 天から見ると、地上はひどく小さく見えました。小花のいるところはわからぬほど遠くに見えました。
 『れもん』は大きく息を吐き、天の水を吸い込みました。身体中が黄色に染まるほど、皮膚が透けて中の黄色が見えるほど、たくさん水を吸い込みました。
「それ、一、二の三!」
 『森』の声に、『れもん』は水を吹きました。小花に届くよう、遠く高く吹きました。
 残った6頭の象も負けじと力を込めました。
 空にかかったのは、これまで誰も見たことがないような、大きくて鮮やかな虹でした。

      
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」

(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。 王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。 風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...