『segakiyui短編集』

segakiyui

文字の大きさ
44 / 148

『海へ帰る日』

しおりを挟む
 神社の方から太鼓の音が響いて来ました。
 始めは小さな音だけど、少しずつ大きく、少しずつ速く、鳴り響く音。
 お祭りの始まる合図です。

「ちか。おばあちゃんを起こして来てよ」
 窓を開けて太鼓の音を聞いていたちかに、お母さんが言いました。
「おばあちゃん、また、寝てるの」
「たぶんね」
 お母さんはエプロンを外しながら、忙しそうに部屋を抜けて行きました。
「このところ、よく寝てるから。祭り囃子が聞こえてるのに、出てこないんだもの、寝てるのよ。起こして来てよ、ちか。お祭りですよ、支度をしましょうって。お母さん、たっくん見てくるから」
「たっくん、今年が初めてだもんね」
「うん」
 お母さんの声が廊下から聞こえます。
「きっとわんわん泣くわよ。あんただって、そうだった。そんなの怖くてできないよって、大声で」
「だって、だってさ!」
 ちかは言い返しました。
「学校の他の子は、こんなお祭りしないんだよ!」
 お母さんの返事は聞こえません。
 ちかはちょっと口を尖らせて、おばあちゃんを起こしに来ました。

「おばあちゃん、起きてよ。おばあちゃんってば」
 ちかはおばあちゃんの体を揺さぶりました。お母さんの言った通り、おばあちゃんはやっぱり寝ていたのです。
「はいはい、ちかちゃんかい?」
 椅子にもたれて目を閉じていたおばあちゃんが、ゆっくり呟きました。
「お祭りですよ、支度をしましょうって」
「お祭り…お祭りねえ」
 おばあちゃんはまだ目を開けません。
「なんだかねえ、近頃、お祭りが怖くなってねえ、あのまま帰ってこれないような、気がするんだよ」
「なんで? いつもちゃんと帰ってこれるでしょ。水神様にお参りして、あたりをぐるっと泳いで来て、それで終わり。おばあちゃんも、何回もお祭りしたんでしょ」
「そうだよ。5つからだから、ああ、もう90回はしてるかねえ」
「私、まだ2回よ。いいな、おばあちゃん。じゃ、起きてね、先、行くよ」
「お母さんは?」
「たっくん見てる。初めてだから」
「そうか、そうだね」
 1度目を開けたおばあちゃんは、ちかが走って行くのに、また目を閉じました。そのまま、着物の前をはだけて、胸の少し下にある透き通ったチャックをするする下ろし始めました。

「脱げた? ちか」
 透明な服を脱ぐように、胸の下のチャックを下ろして、お母さんはするりと体の外側を脱ぎました。真珠色に光っている内側の体を、ゆっくり見回して、嬉しそうに言いました。
「やっぱりすっきりするわよねえ。これで、海の中をすいすいっと泳ぐ。1年に1回のお祭りだわねえ」
「よいしょっと」
 ちかもするする脱ぎました。
「たっくんは?」
「お父さんが連れて行ってくれたの」
「泣いた?」
「びっくりしたのね、大泣きしたわ。脱いだらさっぱりしたみたいだけど」
「おばあちゃん、来ないね」
「呼びに行こうか」
 2人がおばあちゃんの部屋に入った時、おばあちゃんはほとんど外側を脱いでいました。でも、その内側の体が、みるみる細かい霧になって消えて行きます。
「おばあちゃん!」
 2人は叫んだまま、息を飲んでじっと見つめていました。やがて、おばあちゃんの内側の体はすっくり消えてしまいました。
「お母さん、おばあちゃんが!」
「うん、うん」
 お母さんは頷きながら、部屋に入っておばあちゃんの外側の体を丁寧に畳みました。
「お祭りに持って行こう。もう、おばあちゃんは帰って来ないよ」
 お母さんはそっとそれを抱きしめました。

                                終わり
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」

(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。 王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。 風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...