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『僕を探して』(3)
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「駅のホーム、なくなってるね」
「うん」
幼稚園ぐらいの伊吹が、教えてくれた通りにホーム目指して戻ってみたけれど、そこにはもうホームはなくて、かわりにキラキラ輝く水晶でできた大きな門。
「どうする?」
入ってみる?
尋ねてみると、伊吹はちょっと抱きついてきて、不安がっているのが伝わった。凄く可愛い、けど少々不満。だって、これじゃキスもできない、犯罪者になっちゃうよ、とぼやくと、
「まってて」
すぐに大きくなるから、と呟いて、体を捻ったから下に降ろして手を繋ぐ。
「なんか、不思議だなあ」
もし僕と伊吹さんに女の子ができたら、こんな感じかな?
尋ねると、一瞬ぎくりとしたように立ち止まって、伊吹は京介を見上げた。
「何?」
「似ない方がいい」
少し大きくなった、小学生ぐらいの伊吹が言う。
「私に似ない方が」
見ている間に背が伸びて、中学生ぐらいになって。
「京介に似てくれるといい」
高校生ぐらいの伊吹は、黒いしなやかなワンピース姿で、セミロングの髪を揺らせながら俯いた。
「どうして?」
もうそろそろキスできそうだなあと思いつつ尋ねると、
「だって」
妙な力があったら。
もうすっかり大人になった伊吹が苦しそうに呟くから、京介はそっと引き寄せて、堪え切れなくなったキスを贈る。
「美並」
「……うん」
「忘れないで」
僕を見つけてくれたのは美並だよ?
「僕を見てくれたのも」
ずきずきしたのは危ないところ。美並に見てもらって、美並の視線を感じて、美並の感覚に包まれて。
「はぁ」
危ない危ない。
ちょっと笑って舌を出し、伊吹を引き寄せて唇を味わう。
「止まらなくなっちゃう」
「…こら」
「ごめん」
でも美並もそれを望んでるでしょ?
耳元で囁くと、耳たぶが薄紅に色づいた。
とたんに、目の前にそびえていた水晶の門がゆっくり開き出して、中から賑やかな光と色と音が溢れ出て驚く。
「何?」
二人で手を繋いだまま、そっと中を覗き込むと、そこは真夜中の遊園地のようだった。
人の気配はないけれど、ゆったりした柔らかな音楽に合わせて上下しながら回るメリーゴーランド。夜空を円形に切り抜いて星を巡らせていく観覧車。すぐ側を見えない人影の叫びを響かせつつ通り過ぎるジェットコースター。不気味な音と悲鳴を轟かせるホラーハウス。通りを幾つものランプを揺らせて周遊バスが過り、手近の屋台からポップコーンの弾ける音と香ばしい匂いが漂い、少し向こうの花束を積んだカートの隅から、ついついと蛍光色に光る風船が浮き上がって飛んでいく。
「入ってみようか?」
「…うん」
振り返ると伊吹が嬉しそうに笑って、ああ、こんな笑顔は久しぶりだとほっとした。同時に思ったのは。
「守りたいな」
「え?」
「美並の、笑顔」
「あ」
一瞬くしゃくしゃと歪んだ伊吹の顔に驚くと、ぎゅっと抱きつかれて、柔らかくて甘い匂いにくらくらした。
「京介」
側に居て?
切ない懇願に胸を掴まれる。
「居るよ」
「ずっと側に」
「ずっと居る」
きっとこの先のことばは、現実の世界で迎える結婚式の時に誓うはずのものだろうけど。
「君がどうなっても、僕に何が起ころうと」
僕の命は君のもの、君の祈りは僕のもの。
「本当にそう?」
いきなり低い声が響いて、はっとして見下ろすと、腕の中の顔はいつの間にか恵子のものになっている。
「京ちゃん、とても嬉しいわ」
「っ」
総毛立ち、怯み、脅え、恐怖が喉を締め上げて。
でも、次の瞬間、自分の中にすらりと引き抜かれた一本の刃を感じた。
「そうだよ僕は」
恵子を腕の中に捕まえたまま、その刃を心の中で相手に向かって振り下ろす。
「隅から隅まで、髪の毛一筋まで、美並のもの」
「!」
びしりと恵子の白い顔にひび割れが走った。何かが目の前の体から飛び出して彼方の夜空に消え去って、見る見るばらばらと陶器の破片、タイルの欠片のようなものがその表面から崩れ落ちていき。
「……きょ……すけ……」
現れたのは、真っ白の凍えて震えている、全裸の伊吹。
「みーつけたv」
思わずふざけた口調で言い放ったのは、自分が今どれほど危うい賭けに勝ったのか、今になって理解したからで。
京介はぽろぽろ泣き出しながら、伊吹を強く抱き締める。
「僕は、間違わなかったよ、伊吹さん」
唇を重ねる。
「君をちゃんと見つけ出した」
「うん」
応えてくれる唇も甘い。
ジャケットを脱ぎ、伊吹を包み、それから二人、水晶の門を潜って、賑やかで華やかで、けれど偽りに満ちた歓楽の世界を抜けていく。
やがて見えてきたのは、夜闇に白々と光る、小さな宮殿だった。
「うん」
幼稚園ぐらいの伊吹が、教えてくれた通りにホーム目指して戻ってみたけれど、そこにはもうホームはなくて、かわりにキラキラ輝く水晶でできた大きな門。
「どうする?」
入ってみる?
尋ねてみると、伊吹はちょっと抱きついてきて、不安がっているのが伝わった。凄く可愛い、けど少々不満。だって、これじゃキスもできない、犯罪者になっちゃうよ、とぼやくと、
「まってて」
すぐに大きくなるから、と呟いて、体を捻ったから下に降ろして手を繋ぐ。
「なんか、不思議だなあ」
もし僕と伊吹さんに女の子ができたら、こんな感じかな?
尋ねると、一瞬ぎくりとしたように立ち止まって、伊吹は京介を見上げた。
「何?」
「似ない方がいい」
少し大きくなった、小学生ぐらいの伊吹が言う。
「私に似ない方が」
見ている間に背が伸びて、中学生ぐらいになって。
「京介に似てくれるといい」
高校生ぐらいの伊吹は、黒いしなやかなワンピース姿で、セミロングの髪を揺らせながら俯いた。
「どうして?」
もうそろそろキスできそうだなあと思いつつ尋ねると、
「だって」
妙な力があったら。
もうすっかり大人になった伊吹が苦しそうに呟くから、京介はそっと引き寄せて、堪え切れなくなったキスを贈る。
「美並」
「……うん」
「忘れないで」
僕を見つけてくれたのは美並だよ?
「僕を見てくれたのも」
ずきずきしたのは危ないところ。美並に見てもらって、美並の視線を感じて、美並の感覚に包まれて。
「はぁ」
危ない危ない。
ちょっと笑って舌を出し、伊吹を引き寄せて唇を味わう。
「止まらなくなっちゃう」
「…こら」
「ごめん」
でも美並もそれを望んでるでしょ?
耳元で囁くと、耳たぶが薄紅に色づいた。
とたんに、目の前にそびえていた水晶の門がゆっくり開き出して、中から賑やかな光と色と音が溢れ出て驚く。
「何?」
二人で手を繋いだまま、そっと中を覗き込むと、そこは真夜中の遊園地のようだった。
人の気配はないけれど、ゆったりした柔らかな音楽に合わせて上下しながら回るメリーゴーランド。夜空を円形に切り抜いて星を巡らせていく観覧車。すぐ側を見えない人影の叫びを響かせつつ通り過ぎるジェットコースター。不気味な音と悲鳴を轟かせるホラーハウス。通りを幾つものランプを揺らせて周遊バスが過り、手近の屋台からポップコーンの弾ける音と香ばしい匂いが漂い、少し向こうの花束を積んだカートの隅から、ついついと蛍光色に光る風船が浮き上がって飛んでいく。
「入ってみようか?」
「…うん」
振り返ると伊吹が嬉しそうに笑って、ああ、こんな笑顔は久しぶりだとほっとした。同時に思ったのは。
「守りたいな」
「え?」
「美並の、笑顔」
「あ」
一瞬くしゃくしゃと歪んだ伊吹の顔に驚くと、ぎゅっと抱きつかれて、柔らかくて甘い匂いにくらくらした。
「京介」
側に居て?
切ない懇願に胸を掴まれる。
「居るよ」
「ずっと側に」
「ずっと居る」
きっとこの先のことばは、現実の世界で迎える結婚式の時に誓うはずのものだろうけど。
「君がどうなっても、僕に何が起ころうと」
僕の命は君のもの、君の祈りは僕のもの。
「本当にそう?」
いきなり低い声が響いて、はっとして見下ろすと、腕の中の顔はいつの間にか恵子のものになっている。
「京ちゃん、とても嬉しいわ」
「っ」
総毛立ち、怯み、脅え、恐怖が喉を締め上げて。
でも、次の瞬間、自分の中にすらりと引き抜かれた一本の刃を感じた。
「そうだよ僕は」
恵子を腕の中に捕まえたまま、その刃を心の中で相手に向かって振り下ろす。
「隅から隅まで、髪の毛一筋まで、美並のもの」
「!」
びしりと恵子の白い顔にひび割れが走った。何かが目の前の体から飛び出して彼方の夜空に消え去って、見る見るばらばらと陶器の破片、タイルの欠片のようなものがその表面から崩れ落ちていき。
「……きょ……すけ……」
現れたのは、真っ白の凍えて震えている、全裸の伊吹。
「みーつけたv」
思わずふざけた口調で言い放ったのは、自分が今どれほど危うい賭けに勝ったのか、今になって理解したからで。
京介はぽろぽろ泣き出しながら、伊吹を強く抱き締める。
「僕は、間違わなかったよ、伊吹さん」
唇を重ねる。
「君をちゃんと見つけ出した」
「うん」
応えてくれる唇も甘い。
ジャケットを脱ぎ、伊吹を包み、それから二人、水晶の門を潜って、賑やかで華やかで、けれど偽りに満ちた歓楽の世界を抜けていく。
やがて見えてきたのは、夜闇に白々と光る、小さな宮殿だった。
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