『闇を闇から』番外編

segakiyui

文字の大きさ
10 / 48

『僕を探して』(4)

しおりを挟む
「凄いね」
 広々とした入り口には誰もいない、門番さえも。
 招くように両側から競り上がっていく真っ白な絨毯を敷かれた階段、その先は正面に浮かぶ半透明の扉の中へ。
「行こうか」
「はい、京介」
 微笑む伊吹に確信する、そうかこれは、あの、未来へ続くための階段。
「一段、二段」
「、く」
 数えて踏みしめると、側で伊吹が顔を歪める。
 見下ろすその足先がいつの間にか紅に濡れている。白くてほっそりした脚と滑らかな甲、艶やかに光るペディキュアなしの爪は今、自ら流す血で真っ赤に染まっていて。
 人魚姫。
 命がけで王子を慕った、自らのことばを失い、自由に泳ぐ鰭を奪われ、痛みに震える足で、今一歩ずつ人への階段を上がっていく。
「三段、四段」
「、は」
 涙が零れ落ちる。きっと痛い、身を焼くほどに。今まで培ったもの、育てたもの、大事に守ってきたもの全てを、京介と歩くために捨ててくれているその激痛、それに報いるほど自分は強くなれただろうか。
「五段、六段」
「ん…っ」
 小さく呻くその声を、ベッドでも聞いた、繰り返した数々の危機、乗り越えてきた数々の出来事、その闇の中できっと、こうやって繰り返し伊吹は堪えて進んで来てくれた、それに報いるほどの自分をちゃんと見つけてきただろうか。
「伊吹……美並……」
 泣きながら、喘いで階段の先を見上げた。
「美並……」
 まだ遠い。まだ階段は途切れない。
「美並……っ」
 視界が滲む。
 もう諦めていいんじゃないの?
 これほど大事な人を泣かせて、これほど大事な人を傷つけて、この先に何がある?
 今ならまだ間に合う、今ならきっとまだ。
 伊吹を無事に返してやれる。
「だめです、京介…っ」
 はっ、と強く息を吐いて、伊吹が呟いて我に返る。
「進んで」
「でも」
「前に」
「だって」
「前に」
「だって…っ」
 ああ。
 一瞬振り返った背後に、見てしまった、伊吹の血で染まった深紅の絨毯、背後にまるで紅の裳裾を引くように。
「いぶ……」
「美並…っ」
 呻くような熱い声が、伊吹の唇から漏れる、薄紅に染まった頬を、歪めた顔を濡らす涙を追うように。
「私は…っ……真崎……っ……みな……み……っっ!」
「、く、うっ!」
 瞬間、背中に羽根が生えた。
 よろめくように階段を上がる伊吹を両腕で抱え上げる。抱き締めて、その重みに崩れそうなのを歯を食いしばって、けれどもう振り向くことなど考えない、まっすぐに、ただまっすぐに上を目指す、彼方の先を。
「僕は」
 誓う。
「離さない」
 君を。
「何があろうと」
 離さない。
 視界に翻る大輔の顔、恵子の顔、孝の顔、ハルの、大石の、数々の、自分の前に立ち塞がった顔に叫ぶ。
「離さないっ!」
 階段の最後の一段を、美並を抱えたまま上がり切った先、扉の前で立ち塞がり薄く微笑むのは、他ならぬ自分、予想はしていたが、砕けたガラスの心で人形のように虚ろな瞳の真崎京介、その男。
「僕を、二度と、手放さないっっっ!」
 突き進んで、その体にまっすぐ突っ込んでいって。
 その瞬間。
「あっ…」
 わかったよ、京介。
 散り散りになっていく自分がそっと抱き締め返してくれた気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...