『闇を闇から』番外編

segakiyui

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『迷子の迷子の』(3)

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 白い宮殿。
 京介と二人で夜道を辿って、ホームへ戻ったのかと思えばそこは、モスクを思わせる小さな白い宮殿だった。
「あれ? 遊園地は?」
「遊園地?」
「今そこに」
 振り返った京介は不思議そうに瞬いた。
「僕達、真夜中の遊園地を抜けてきたよね?」
 もう一度美並を見る眼がどこか微かに潤んでいる。
「僕は危うく」
「あやうく?」
「……なんでも、ない」
 一瞬唇を噛んだ京介が、ふいに強く美並を抱き締め、口を重ね、舌を求めてくる。
「ん、ん、ん…」
 甘く緩む感覚は、京介が震えていると気づいたからで。
 不安がってる、この状況に。いつものようにふざけた口調で、節操のない曖昧さをまといながら、その実京介は今美並の存在を確かめなくてはいれらないほど、不安なのだ。
「伊吹さん…」
 囁く掠れ声はまだ会社仕様、何が京介をとどめているのか。
「伊吹…」
 繰り返すキス、繰り返す囁き。
「………み、なみ…」
 ようやくプライベートになった呼び名を呟いた声はきわどいほどに揺れている。
「美並…」
「待って」
「美並、お願い…」
 喘ぎながら抱き締めた手の片方が、ぐいと両腕を後ろから掴んではっとした。
「美並、お願い」
 繰り返して覗き込む、京介の瞳が平板に凍る。
「みなみ、おねがい」
「京介?」
「ミナミ、オネガイ」
「じゃ、なさそうですね?」
 自分の中にがぼりと広がる漆黒の闇を感じた。冷笑と剛胆、背後で自分の腕を拘束している相手の腕を手首を返して握り締める。
「不愉快なことはやめたらどうです?」
 掌の中の腕の感触がくしゅりと潰れた。力をいれると果てしなく握り込めそうな実体感のなさ、目の前の京介の顔がぼやけて、眼鏡の奥の瞳がますます平に、やがてボタンかスパンコールのように無機物的な黒い塊になり。
「キス」
「正体が見えてますよ」
「オネガイ」
「ぬいぐるみの本体ですか、それとも」
 自分の中の暗闇に苦笑する。
「懐かしい顔の亡霊ですか」
「ミナミ」
 どうして、見捨てた?
 呟きは美並の傷みを抉る。
「救いを求めたのに」
 助けてくれと願ったのに。
「他には何もなかったのに」
 お前しかいなかったのに。
 繰り返す声は怨嗟と呪詛に満ちている、けれど美並はそれを耳にしたまま、握り締めた掌から熱を送り込む、命の熱を、今生きている強い願いを。
「お願い」
 相手のことばより遥かに強く呼びかける。
「京介、ここに来て下さい」
「ミナミ、ボクハ、ココニ」
「京介」
 私の声を聴いて。
「ミナミ」
 目を閉じる。体の内側の闇の孤独と傷を見つめる。
 ずっと一人で生きてきた。ずっと一人で生きていくつもりだった。それでも、今この時、愛しい人を抱き締めて歩く幸福を、大事な人が笑い返す喜びを、美並は必要としている。
「だって、私はずっと」
 一人が辛かったんです。
 閉じた視界を濡らして溢れる、真珠色の光。胸の内の空虚に滴り、零れ落ちていく甘やかな祈り。
「あなたを、待っていた」
 押し潰されそうな、この重圧の中で。
「もういいよ、と言ってくれるのを」
 もう一人で背負わなくていい、そう笑ってくれる存在を。
「一緒に行こうって」
 一緒に生きようって。
 目を開いた。ぬいぐるみのくまになった京介の顔に微笑みかける。
「京介」
 私を、見つけて。
「迷子になっちゃいました、私」
 ばふん!
 掌で握り締めていたものが弾けた。目の前のくまが飛び散って、あたり一面真っ白な羽毛に覆われて。
「げふげふげふごほ!」
「京介!」
 中から現れた京介は盛大にむせて、涙目で美並を見る。
「うああ」
「大丈夫?」
「呼吸困難で窒息しかけた」
 だから人工呼吸してね、美並。
 唇を寄せてくる相手に笑いながらキスした。
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