22 / 48
『ミッドナイト・ウェイ』
しおりを挟む
やってきた電車に急ぎ足に乗り込む人波、京介は押されるように社内に滑り込みながら、そのまま反対のドアまで辿り着いてもたれる。そうして一人体を抱いて、疲れ切って醒め切った心を動かないように虫ピンに止めて運ばれていた、これまでは。
けれど今は。
「伊吹さん、こっち」
「はい」
伸ばした掌にすがりつくように握りしめてくる伊吹の手を、微笑みながら受け取って体の近くに引き寄せて、そのまま抱き締めてしまいたくなるのを堪えるのもまた幸福。
「きつくない?」
「大丈夫」
ドアの近くの空間に伊吹を押し付けて、覆い被さるように人波から守れば、見上げてくる伊吹がちょいちょいと指で呼ぶ。
「?」
「そうしてると」
顔を降ろすと柔らかな声が届いた。
「ベッドみたい」
「っ」
顔をうつむけたせいでふわりと額にかかった前髪と指先でくすぐられて、じん、と甘い痺れが腰に走った。
「感じた?」
「……意地悪」
こんなところでそんなこと言わないで。
耳元に囁くと、ひくりと伊吹が身を竦めて、相手も準備しつつあると気づく。
「感じた?」
「いじわる」
小さな声に微笑むと、目を細めて微笑み返す伊吹のこめかみに素早くキスして顔を上げる。
ああ、どうしよう。
全部持ち運びたい。
切羽詰まった気持ちに、思わずちょっと目を閉じて顔を逸らした。
全部全部。
伊吹さんの顔も声も体温も手触りも匂いも全部。
そうしたら僕は。
「無敵だよね」
「はい?」
きょとんとした伊吹にううん、ちょっと、と囁いて、ドアの外に流れる景色を見た。
夜の街は眠りに落ちていこうとしている。灯る明かりは一つ一つ愛しい人の面影を宿す、そう思って眺められるなんて、昔は考えもしなかった。今は伊吹を思う、明かり一つにも伊吹の笑う顔を。
「……そうだ」
「?」
「家に帰ったら写真撮らせて」
「??」
「携帯の待ち受けにする」
「っ」
恥ずかしいでしょ? 開けるたびに見えるんですよ?
「嬉しいでしょ? 開けるたびに会えるんだよ?」
にこにこしながら言い返すと、ちょっと唇を尖らせた伊吹が、
「画像でいいんですね?」
「代用品に決まってるでしょ」
でも、一人でいるしかない時は効果的だし。
「う」
「なに?」
「まさか」
「まさか?」
「……」
トイレとか。
ぼそりと呟かれた一言に、やだなあ、そこまで僕は、と言いかけて、京介は黙る。
「おい」
「……ごめん」
約束できません、ごめんなさい。
謝った京介は軽く伊吹に足を踏まれた。
けれど今は。
「伊吹さん、こっち」
「はい」
伸ばした掌にすがりつくように握りしめてくる伊吹の手を、微笑みながら受け取って体の近くに引き寄せて、そのまま抱き締めてしまいたくなるのを堪えるのもまた幸福。
「きつくない?」
「大丈夫」
ドアの近くの空間に伊吹を押し付けて、覆い被さるように人波から守れば、見上げてくる伊吹がちょいちょいと指で呼ぶ。
「?」
「そうしてると」
顔を降ろすと柔らかな声が届いた。
「ベッドみたい」
「っ」
顔をうつむけたせいでふわりと額にかかった前髪と指先でくすぐられて、じん、と甘い痺れが腰に走った。
「感じた?」
「……意地悪」
こんなところでそんなこと言わないで。
耳元に囁くと、ひくりと伊吹が身を竦めて、相手も準備しつつあると気づく。
「感じた?」
「いじわる」
小さな声に微笑むと、目を細めて微笑み返す伊吹のこめかみに素早くキスして顔を上げる。
ああ、どうしよう。
全部持ち運びたい。
切羽詰まった気持ちに、思わずちょっと目を閉じて顔を逸らした。
全部全部。
伊吹さんの顔も声も体温も手触りも匂いも全部。
そうしたら僕は。
「無敵だよね」
「はい?」
きょとんとした伊吹にううん、ちょっと、と囁いて、ドアの外に流れる景色を見た。
夜の街は眠りに落ちていこうとしている。灯る明かりは一つ一つ愛しい人の面影を宿す、そう思って眺められるなんて、昔は考えもしなかった。今は伊吹を思う、明かり一つにも伊吹の笑う顔を。
「……そうだ」
「?」
「家に帰ったら写真撮らせて」
「??」
「携帯の待ち受けにする」
「っ」
恥ずかしいでしょ? 開けるたびに見えるんですよ?
「嬉しいでしょ? 開けるたびに会えるんだよ?」
にこにこしながら言い返すと、ちょっと唇を尖らせた伊吹が、
「画像でいいんですね?」
「代用品に決まってるでしょ」
でも、一人でいるしかない時は効果的だし。
「う」
「なに?」
「まさか」
「まさか?」
「……」
トイレとか。
ぼそりと呟かれた一言に、やだなあ、そこまで僕は、と言いかけて、京介は黙る。
「おい」
「……ごめん」
約束できません、ごめんなさい。
謝った京介は軽く伊吹に足を踏まれた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる