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『その男』(16)
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高山さん、と元子に呼ばれた相手に背中を向けて、繰り返し振動していた携帯を開く。
やれやれ、一度箍が外れると、どうしようもないな。
「もしもし」
『……来てくれる?』
「今どちらですか」
『……』
ことばの代わりに聞き覚えのある水音が響く。
確かに会議が長引いて、ほとんどの社員は帰宅した。だからと言って、もう誰も来ないというわけではないだろうに。
「伺います」
『…ふふ…』
真崎は高山と並んで、元子から何か指示を受けている。
僅かに反らせた首筋、耳たぶが会議室の明かりを受けて一瞬イヤリングをつけているように光を跳ねる。
『女の比じゃねえよ』
大輔がいつか下卑た笑いを浮かべながら、囁いた。
『締めつけてくるのも、最後の声も』
女のように喘がれても興ざめだな、と冷静に返してやると、煽られたようにくつくつ笑った。
『堪えて堪えて、必死に歯を食いしばって、そりゃあ、な』
けど、そこはわかるだろ、我慢できるもんじゃねえ。
『悲鳴だぜ、あの顔で、泣きながらぐったりしやがると、目が吹っ飛んでやがるんだ』
虚ろで意志を無くした可愛らしい顔だ。
『何でもします、って顔』
あの顔が、本当にそこまで堕ちるのか。
眺めていて下半身が反応する。
再び携帯が震えて溜め息をつく。
「興ざめだな」
流通管理に居る牟田相子は、数回寝て飽きて来た。
自分が世界で一番可愛い、そう思っているのが仕草一つにも出る。流し目、くねらせた腰、これ見よがしに脚を崩してみせて、一瞬こちらが視線を動かしたことに鬼の首を取ったように喜ぶ。
『誰にも言わないわ、だって、大事なことだもの』
唇を膨らませて首筋に吸いついてくるのは、どこで覚えたことだろう。
『真崎京介? ああ、ちょっと綺麗な人よね、でも私はあなたの方が好き』
真崎の名前を出してみると、素知らぬ顔で、それでも見事に反応した。二人の男を手玉に取る妖しい遊びに瞳を潤ませる。
『でも、どうしてもって言うんなら、近づいてもいいわ』
今度君のところの課長に内定したよ、そう告げると嬉しそうに笑った顔は本音だろう。
『大丈夫よ、何を知りたいのか教えて』
あっという間に即席スパイを買って出たあたり、そんな単純な女にあの男が揺さぶれるとは思わないが、手駒は多い方がいい。
『プライベート? 何でもいいの? ふうん?』
実は流通管理のポストを狙ってるんだよ、そう囁くと、相子はあっさり頷いた。
再び携帯が振動する。
じっくり時間をかけて、いつもの場所に向かっていく。
とはいえ、こちらは単にトイレに向かっているだけだ。不自然な出来事でもない。
「……」
使用中の個室のドアを軽く叩いた。中から二回ノックが返る。続いて、もう二回。それからかちゃりと鍵が空き、次の瞬間腕を掴まれて引き込まれる。
「……どきどきした?」
「びっくりしたよ」
見上げてくる阿倍野の顔は上気している。しがみついてくる体も熱を帯びて、少し汗ばんでいるようだ。
「……嬉しい」
撫でながら微笑まれて、素知らぬ顔で相手の下半身に手を伸ばす。反応したのが、阿倍野ではなく、真崎だと知ったら、詰るだろうか泣くだろうか。
ふっと、緑川の顔が掠めた。まるで自分が同じ道を歩き始めているような不愉快な錯覚。
「ん…っ」
指先で阿倍野が身を震わせた。その口をそっともう片方の手で塞ぐ。
「他の人に聞かせたいの?」
「……ぃや……っ…」
「聞かせたいんだよね、きっと」
「っ、ぁっ」
堪えかねたように崩れながら壁に縋る相手を背後から貫く。がくりと項垂れる背中に真崎のスーツ姿が重なる。
こんな風にすぐに啼くことはないんだろう。抵抗して、逃げかけて、それでも捕まえて蹂躙する。追い詰めて、抗う相手を自分に懐くように飼い慣らす。性別を越えて、しかも誇り高い相手を自分の体一つで思う存分壊すのは、きっと。
「あああっ」
「……っ」
頂点を極めた気分になるだろう、こんな風に吐き出すだけの一過性の悦びではなく。
「……大輔は、目が、高いな…」
誰にも跪かない男を、あの日の自分のように、血に染まった地面に顔を押しつけ、踏みにじりたい。
「……い……っあ」
「……、、、」
再び競り上がった快感に我を忘れたのは初めて、自分の真実の願いを認識したのも。
美しいものを蹂躙したい。
やれやれ、一度箍が外れると、どうしようもないな。
「もしもし」
『……来てくれる?』
「今どちらですか」
『……』
ことばの代わりに聞き覚えのある水音が響く。
確かに会議が長引いて、ほとんどの社員は帰宅した。だからと言って、もう誰も来ないというわけではないだろうに。
「伺います」
『…ふふ…』
真崎は高山と並んで、元子から何か指示を受けている。
僅かに反らせた首筋、耳たぶが会議室の明かりを受けて一瞬イヤリングをつけているように光を跳ねる。
『女の比じゃねえよ』
大輔がいつか下卑た笑いを浮かべながら、囁いた。
『締めつけてくるのも、最後の声も』
女のように喘がれても興ざめだな、と冷静に返してやると、煽られたようにくつくつ笑った。
『堪えて堪えて、必死に歯を食いしばって、そりゃあ、な』
けど、そこはわかるだろ、我慢できるもんじゃねえ。
『悲鳴だぜ、あの顔で、泣きながらぐったりしやがると、目が吹っ飛んでやがるんだ』
虚ろで意志を無くした可愛らしい顔だ。
『何でもします、って顔』
あの顔が、本当にそこまで堕ちるのか。
眺めていて下半身が反応する。
再び携帯が震えて溜め息をつく。
「興ざめだな」
流通管理に居る牟田相子は、数回寝て飽きて来た。
自分が世界で一番可愛い、そう思っているのが仕草一つにも出る。流し目、くねらせた腰、これ見よがしに脚を崩してみせて、一瞬こちらが視線を動かしたことに鬼の首を取ったように喜ぶ。
『誰にも言わないわ、だって、大事なことだもの』
唇を膨らませて首筋に吸いついてくるのは、どこで覚えたことだろう。
『真崎京介? ああ、ちょっと綺麗な人よね、でも私はあなたの方が好き』
真崎の名前を出してみると、素知らぬ顔で、それでも見事に反応した。二人の男を手玉に取る妖しい遊びに瞳を潤ませる。
『でも、どうしてもって言うんなら、近づいてもいいわ』
今度君のところの課長に内定したよ、そう告げると嬉しそうに笑った顔は本音だろう。
『大丈夫よ、何を知りたいのか教えて』
あっという間に即席スパイを買って出たあたり、そんな単純な女にあの男が揺さぶれるとは思わないが、手駒は多い方がいい。
『プライベート? 何でもいいの? ふうん?』
実は流通管理のポストを狙ってるんだよ、そう囁くと、相子はあっさり頷いた。
再び携帯が振動する。
じっくり時間をかけて、いつもの場所に向かっていく。
とはいえ、こちらは単にトイレに向かっているだけだ。不自然な出来事でもない。
「……」
使用中の個室のドアを軽く叩いた。中から二回ノックが返る。続いて、もう二回。それからかちゃりと鍵が空き、次の瞬間腕を掴まれて引き込まれる。
「……どきどきした?」
「びっくりしたよ」
見上げてくる阿倍野の顔は上気している。しがみついてくる体も熱を帯びて、少し汗ばんでいるようだ。
「……嬉しい」
撫でながら微笑まれて、素知らぬ顔で相手の下半身に手を伸ばす。反応したのが、阿倍野ではなく、真崎だと知ったら、詰るだろうか泣くだろうか。
ふっと、緑川の顔が掠めた。まるで自分が同じ道を歩き始めているような不愉快な錯覚。
「ん…っ」
指先で阿倍野が身を震わせた。その口をそっともう片方の手で塞ぐ。
「他の人に聞かせたいの?」
「……ぃや……っ…」
「聞かせたいんだよね、きっと」
「っ、ぁっ」
堪えかねたように崩れながら壁に縋る相手を背後から貫く。がくりと項垂れる背中に真崎のスーツ姿が重なる。
こんな風にすぐに啼くことはないんだろう。抵抗して、逃げかけて、それでも捕まえて蹂躙する。追い詰めて、抗う相手を自分に懐くように飼い慣らす。性別を越えて、しかも誇り高い相手を自分の体一つで思う存分壊すのは、きっと。
「あああっ」
「……っ」
頂点を極めた気分になるだろう、こんな風に吐き出すだけの一過性の悦びではなく。
「……大輔は、目が、高いな…」
誰にも跪かない男を、あの日の自分のように、血に染まった地面に顔を押しつけ、踏みにじりたい。
「……い……っあ」
「……、、、」
再び競り上がった快感に我を忘れたのは初めて、自分の真実の願いを認識したのも。
美しいものを蹂躙したい。
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