3 / 48
『クリスマス・カフェ』
しおりを挟む
「だめっ」
悲鳴のような京介の声が響き渡って、高崎が目をぱちくりさせる。
「はい?」
「だめだめだめだめっ、絶対だめっ」
いつもの冷静沈着ぶりはどこへいったのか、もめ事トラブルおまかせあれの真崎京介はどうしてしまったのかと高崎は思っているだろうが、石塚と美並はやっぱりそうきたか、とお互いに顔を見合わせた。
「いや、もちろん、伊吹さんが課長の婚約者だってことは知ってるし」
空気の読めない高崎が眉を寄せて続ける。
「何もひひじじいの接待をしろって言ってるんじゃなくて」
「だめっ」
「……俺なら見たいと思うけどなあ、好きな相手のメイド姿」
ぼそりとつぶやいた高崎はごく普通の男の感覚、首を捻りながら、
「可愛いと思うんですよ、伊吹さんのメイド姿」
「…課長、私なら別に」
「だめっっ」
まあ盛り上げるためなら構わない、そう口を挟んだ美並に、それこそ世界が破滅すると言われたような顔で京介がぶんぶんと首を振る。眼鏡の奥の目はもう涙ぐむ寸前だ。
「伊吹さんにそんなことさせるぐらいならっ」
「させるぐらいなら?」
「僕がやるっっ!」
「……は?」
「あちゃ~」
言っちゃったよ、この人は。
ぽかんとした高崎と引きつった石塚の側で、美並は強く眉を寄せた。
『ニット・キャンパス』の催しものの一つとして、各企業がそれぞれ小さな店を出すのはどうか。
提案したのは源内で、うちはこれと言って出せるものがないからなあ、といろいろ各自で案を考えていたところだった。
知り合いに喫茶店やってるのが居るんですよ。いろいろな道具、一日だったら借りられるし、コーヒーと紅茶とケーキがあれば、カフェやれませんかね。
高崎の発想に、ケーキなら『村野』でオリジナルを考えてもらったらどうかとか、コーヒーは京介が玄人並みにうまく淹れられるから、こつを教えてもらえばいいとか、ほどほどに盛り上がってきたところで、高崎が爆弾を落とした。
そうだ、いっそ、伊吹さん、メイド姿でサーブしてもらうのはだめですか、可愛いと思うんだけどな。
高崎にしては殺し文句、可愛いと言われて断る女もいないとの読みだったのかもしれないが、聞いた瞬間に京介が即断即決一切却下方向で暴走した。
どうやら『可愛い』が禁句らしいと高崎が気付いたのはずっと後、いいと思うんだけどなあと溜め息をついたのを、よしよしあんたは何もわかってないんだよね、と石塚が慰めて、その場は一旦おさまったのだが。
「……伊吹さん」
「?」
食後の洗いものをしていると、背中から京介がぴったりとくっついてきた。手を回して抱きついてくるのは不安な証拠、なに、と振仰ぐとちゅ、と軽いキスが降りてくる。
「どうしたの?」
「『クリスマス・カフェ』やりたかった…?」
「やりたい、というか」
他に代案があるならいいんですけど。
そう続けると、う、と京介が背中で唸る。
苦笑しながら洗いものを再開する。
「京介は直前までホールや何かの手配で忙しいでしょう?」
「うん…」
「そうなると、こちらに手は裂けないでしょう?」
「……うん」
何もなしでいいならいいけど、ほとんどの企業は出店するみたいですね。
「…………うん」
オープンイベントを盛り立てようという意図もある。社長の元子からも、できるなら他から人員を回してもいいと言われた。
「…………となるとやっぱり」
すぐに手配できて実現可能なブースとなると、それぐらいですか。
『村野』は特別製のクリスマス・ミニケーキを考えてくれると伝えてきた。元子が早速に根回ししたらしい。
「大丈夫ですよ」
昼間のことだし、そんなにタチの悪い客もこないでしょうし。
「やだ」
背中ですりすりと体を捩って京介が揺れる。
「伊吹さんのメイド服姿、きっと可愛い」
「……」
「そんなの誰にも見せたくない」
「………だからと言って」
こいつはもう。
溜め息まじりに苦笑して美並は体を抱いた京介の手を撫でる。びくり、と背後で相手が震えた。
「京介がメイド服って言うのはあんまりです」
「僕ならいいよ」
メイド服着た伊吹さんが、他の男にいらっしゃいませ、とか言うぐらいなら。
「あのね」
「……想像しちゃうでしょ」
伊吹さんがにっこり笑って御注文は、とか聞くんだよ?
「そんなの…そんなの…」
「っ」
腰に軽く主張するものがあたった。
「……京介」
「他のやつが同じこと想像するって考えたらっ」
「………おい」
それはお前だけじゃないのか。
思わず突っ込みたくなったのを堪えて伊吹は深く深く吐息をついた。
「じゃあ、メイド服じゃなかったらいいですか?」
「え?」
「えーと……ウェイター姿とか」
白いシャツにスラックス、カフェエプロンならどうですか?
「う…ん……それなら………」
でも。
「何?」
「あの……それ洗い終わったら」
しよ?
甘える声に美並は了承のキスを返した。
当日。
白シャツ、黒スラックスに同色カフェエプロンできびきび動く美並に、なぜか男女問わず人が集まり注文が殺到して、側に居られない京介が焦れまくったのは、また別の話。
悲鳴のような京介の声が響き渡って、高崎が目をぱちくりさせる。
「はい?」
「だめだめだめだめっ、絶対だめっ」
いつもの冷静沈着ぶりはどこへいったのか、もめ事トラブルおまかせあれの真崎京介はどうしてしまったのかと高崎は思っているだろうが、石塚と美並はやっぱりそうきたか、とお互いに顔を見合わせた。
「いや、もちろん、伊吹さんが課長の婚約者だってことは知ってるし」
空気の読めない高崎が眉を寄せて続ける。
「何もひひじじいの接待をしろって言ってるんじゃなくて」
「だめっ」
「……俺なら見たいと思うけどなあ、好きな相手のメイド姿」
ぼそりとつぶやいた高崎はごく普通の男の感覚、首を捻りながら、
「可愛いと思うんですよ、伊吹さんのメイド姿」
「…課長、私なら別に」
「だめっっ」
まあ盛り上げるためなら構わない、そう口を挟んだ美並に、それこそ世界が破滅すると言われたような顔で京介がぶんぶんと首を振る。眼鏡の奥の目はもう涙ぐむ寸前だ。
「伊吹さんにそんなことさせるぐらいならっ」
「させるぐらいなら?」
「僕がやるっっ!」
「……は?」
「あちゃ~」
言っちゃったよ、この人は。
ぽかんとした高崎と引きつった石塚の側で、美並は強く眉を寄せた。
『ニット・キャンパス』の催しものの一つとして、各企業がそれぞれ小さな店を出すのはどうか。
提案したのは源内で、うちはこれと言って出せるものがないからなあ、といろいろ各自で案を考えていたところだった。
知り合いに喫茶店やってるのが居るんですよ。いろいろな道具、一日だったら借りられるし、コーヒーと紅茶とケーキがあれば、カフェやれませんかね。
高崎の発想に、ケーキなら『村野』でオリジナルを考えてもらったらどうかとか、コーヒーは京介が玄人並みにうまく淹れられるから、こつを教えてもらえばいいとか、ほどほどに盛り上がってきたところで、高崎が爆弾を落とした。
そうだ、いっそ、伊吹さん、メイド姿でサーブしてもらうのはだめですか、可愛いと思うんだけどな。
高崎にしては殺し文句、可愛いと言われて断る女もいないとの読みだったのかもしれないが、聞いた瞬間に京介が即断即決一切却下方向で暴走した。
どうやら『可愛い』が禁句らしいと高崎が気付いたのはずっと後、いいと思うんだけどなあと溜め息をついたのを、よしよしあんたは何もわかってないんだよね、と石塚が慰めて、その場は一旦おさまったのだが。
「……伊吹さん」
「?」
食後の洗いものをしていると、背中から京介がぴったりとくっついてきた。手を回して抱きついてくるのは不安な証拠、なに、と振仰ぐとちゅ、と軽いキスが降りてくる。
「どうしたの?」
「『クリスマス・カフェ』やりたかった…?」
「やりたい、というか」
他に代案があるならいいんですけど。
そう続けると、う、と京介が背中で唸る。
苦笑しながら洗いものを再開する。
「京介は直前までホールや何かの手配で忙しいでしょう?」
「うん…」
「そうなると、こちらに手は裂けないでしょう?」
「……うん」
何もなしでいいならいいけど、ほとんどの企業は出店するみたいですね。
「…………うん」
オープンイベントを盛り立てようという意図もある。社長の元子からも、できるなら他から人員を回してもいいと言われた。
「…………となるとやっぱり」
すぐに手配できて実現可能なブースとなると、それぐらいですか。
『村野』は特別製のクリスマス・ミニケーキを考えてくれると伝えてきた。元子が早速に根回ししたらしい。
「大丈夫ですよ」
昼間のことだし、そんなにタチの悪い客もこないでしょうし。
「やだ」
背中ですりすりと体を捩って京介が揺れる。
「伊吹さんのメイド服姿、きっと可愛い」
「……」
「そんなの誰にも見せたくない」
「………だからと言って」
こいつはもう。
溜め息まじりに苦笑して美並は体を抱いた京介の手を撫でる。びくり、と背後で相手が震えた。
「京介がメイド服って言うのはあんまりです」
「僕ならいいよ」
メイド服着た伊吹さんが、他の男にいらっしゃいませ、とか言うぐらいなら。
「あのね」
「……想像しちゃうでしょ」
伊吹さんがにっこり笑って御注文は、とか聞くんだよ?
「そんなの…そんなの…」
「っ」
腰に軽く主張するものがあたった。
「……京介」
「他のやつが同じこと想像するって考えたらっ」
「………おい」
それはお前だけじゃないのか。
思わず突っ込みたくなったのを堪えて伊吹は深く深く吐息をついた。
「じゃあ、メイド服じゃなかったらいいですか?」
「え?」
「えーと……ウェイター姿とか」
白いシャツにスラックス、カフェエプロンならどうですか?
「う…ん……それなら………」
でも。
「何?」
「あの……それ洗い終わったら」
しよ?
甘える声に美並は了承のキスを返した。
当日。
白シャツ、黒スラックスに同色カフェエプロンできびきび動く美並に、なぜか男女問わず人が集まり注文が殺到して、側に居られない京介が焦れまくったのは、また別の話。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる