『闇を闇から』番外編

segakiyui

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『クリスマス・カフェ』

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「だめっ」
 悲鳴のような京介の声が響き渡って、高崎が目をぱちくりさせる。
「はい?」
「だめだめだめだめっ、絶対だめっ」
 いつもの冷静沈着ぶりはどこへいったのか、もめ事トラブルおまかせあれの真崎京介はどうしてしまったのかと高崎は思っているだろうが、石塚と美並はやっぱりそうきたか、とお互いに顔を見合わせた。
「いや、もちろん、伊吹さんが課長の婚約者だってことは知ってるし」
 空気の読めない高崎が眉を寄せて続ける。
「何もひひじじいの接待をしろって言ってるんじゃなくて」
「だめっ」
「……俺なら見たいと思うけどなあ、好きな相手のメイド姿」
 ぼそりとつぶやいた高崎はごく普通の男の感覚、首を捻りながら、
「可愛いと思うんですよ、伊吹さんのメイド姿」
「…課長、私なら別に」
「だめっっ」
 まあ盛り上げるためなら構わない、そう口を挟んだ美並に、それこそ世界が破滅すると言われたような顔で京介がぶんぶんと首を振る。眼鏡の奥の目はもう涙ぐむ寸前だ。
「伊吹さんにそんなことさせるぐらいならっ」
「させるぐらいなら?」
「僕がやるっっ!」
「……は?」
「あちゃ~」
 言っちゃったよ、この人は。
 ぽかんとした高崎と引きつった石塚の側で、美並は強く眉を寄せた。
 
 『ニット・キャンパス』の催しものの一つとして、各企業がそれぞれ小さな店を出すのはどうか。
 提案したのは源内で、うちはこれと言って出せるものがないからなあ、といろいろ各自で案を考えていたところだった。
 知り合いに喫茶店やってるのが居るんですよ。いろいろな道具、一日だったら借りられるし、コーヒーと紅茶とケーキがあれば、カフェやれませんかね。
 高崎の発想に、ケーキなら『村野』でオリジナルを考えてもらったらどうかとか、コーヒーは京介が玄人並みにうまく淹れられるから、こつを教えてもらえばいいとか、ほどほどに盛り上がってきたところで、高崎が爆弾を落とした。
 そうだ、いっそ、伊吹さん、メイド姿でサーブしてもらうのはだめですか、可愛いと思うんだけどな。
 高崎にしては殺し文句、可愛いと言われて断る女もいないとの読みだったのかもしれないが、聞いた瞬間に京介が即断即決一切却下方向で暴走した。
 どうやら『可愛い』が禁句らしいと高崎が気付いたのはずっと後、いいと思うんだけどなあと溜め息をついたのを、よしよしあんたは何もわかってないんだよね、と石塚が慰めて、その場は一旦おさまったのだが。

「……伊吹さん」
「?」
 食後の洗いものをしていると、背中から京介がぴったりとくっついてきた。手を回して抱きついてくるのは不安な証拠、なに、と振仰ぐとちゅ、と軽いキスが降りてくる。
「どうしたの?」
「『クリスマス・カフェ』やりたかった…?」
「やりたい、というか」
 他に代案があるならいいんですけど。
 そう続けると、う、と京介が背中で唸る。
 苦笑しながら洗いものを再開する。
「京介は直前までホールや何かの手配で忙しいでしょう?」
「うん…」
「そうなると、こちらに手は裂けないでしょう?」
「……うん」
 何もなしでいいならいいけど、ほとんどの企業は出店するみたいですね。
「…………うん」
 オープンイベントを盛り立てようという意図もある。社長の元子からも、できるなら他から人員を回してもいいと言われた。
「…………となるとやっぱり」
 すぐに手配できて実現可能なブースとなると、それぐらいですか。
 『村野』は特別製のクリスマス・ミニケーキを考えてくれると伝えてきた。元子が早速に根回ししたらしい。
「大丈夫ですよ」
 昼間のことだし、そんなにタチの悪い客もこないでしょうし。
「やだ」
 背中ですりすりと体を捩って京介が揺れる。
「伊吹さんのメイド服姿、きっと可愛い」
「……」
「そんなの誰にも見せたくない」
「………だからと言って」
 こいつはもう。
 溜め息まじりに苦笑して美並は体を抱いた京介の手を撫でる。びくり、と背後で相手が震えた。
「京介がメイド服って言うのはあんまりです」
「僕ならいいよ」
 メイド服着た伊吹さんが、他の男にいらっしゃいませ、とか言うぐらいなら。
「あのね」
「……想像しちゃうでしょ」
 伊吹さんがにっこり笑って御注文は、とか聞くんだよ?
「そんなの…そんなの…」
「っ」
 腰に軽く主張するものがあたった。
「……京介」
「他のやつが同じこと想像するって考えたらっ」
「………おい」
 それはお前だけじゃないのか。
 思わず突っ込みたくなったのを堪えて伊吹は深く深く吐息をついた。
「じゃあ、メイド服じゃなかったらいいですか?」
「え?」
「えーと……ウェイター姿とか」
 白いシャツにスラックス、カフェエプロンならどうですか?
「う…ん……それなら………」
 でも。
「何?」
「あの……それ洗い終わったら」
 しよ?
 甘える声に美並は了承のキスを返した。

 当日。
 白シャツ、黒スラックスに同色カフェエプロンできびきび動く美並に、なぜか男女問わず人が集まり注文が殺到して、側に居られない京介が焦れまくったのは、また別の話。
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