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2.夢少女(2)
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「ここまでくると大体わかるでしょうけど、あの産業スパイ事件の前後、周一郎は逸早くゼコムに対しての手を打っていたの。つまり、マイクロフィルムがあるらしいこと、それを持っていたのは春日井あつしだったらしいこと、そして、あつしがそれを公表しようとしていたらしいことを探り出していたのよ」
「あいつが公表しようとしていたって?」
「たぶんね。あつしは父親のやり方にずっと反発していたようだし、ゼコムの売り出しにもかなり渋っていたらしいから、その可能性は大きいわね。…ま、とにかく、そこで周一郎はそのマイクロフィルムを当局の手に渡るより早く手に入れようとした」
「?」
「そんなことが公表されてごらんなさい。確かに春日井製薬は叩けるでしょうけど、産業スパイにうかうか出し抜かれるような小沢薬品の業界での評価は底なしに下がるでしょ? そうなれば、バックアップしている朝倉財閥としては、非常に面白くないわけ」
「ふむ」
「だから、周一郎は裏から手を回して、マイクロフィルムの件をもみ消そうとしたんだけど、春日井あつしがあなたに接触したんでためらったんでしょうね。一つにはあなたを巻き込むのを恐れたため、もう一つには、あつしがどんな意図を持ってあなたに接触したのかを知るため……」
「それでか!」
思わず叫んだ。
「どうも最近、ルトの姿が目につくと思ったんだ」
「けれども、そのためらいの間に、あつしは危険を感じた。それで、たぶん、あなたにマイクロフィルムを預けようと焦り、それを『敵方』に知られて、あの事故が起きた」
「『敵方』って……朝倉家か?」
「そうとも限らないわね。春日井側が裏切り者を始末することだって有り得るだろうし」
お由宇の瞳の奥に微かな憂いが漂ったようだった。俺の脳裏にも、あつしの虚ろなアルカイック・スマイルが蘇る。伏せた目は、全てを諦めようとしている者のそれだった。
「そして、あなたは事故以来姿を消してしまっている。生死は別としても、そうなるようにあつしを追い詰めた責任の一端が周一郎にないとは言えないでしょうね。周一郎が動かなければ、あつしがあそこまで焦って行動しようとすることもなかっただろうし、そうすれば、消されることもなかったかもしれない………あなたが巻き込まれて『死ぬ』こともなかったかもしれない……」
脳裏の虚ろなあつしの微笑に、周一郎の冷たい表情が重なった。サングラスが他人の視線を跳ね返す。けれど、ほんの少し近寄って覗き込めば、目の奥に孤独をたたえているのがわかる。一人で立ち竦んでいる、ほんの子どものような幼い感情……。
「…」
俺は無言で立ち上がった。
あのバカは、またおかしなことを考えているに違いない。他人のことなど知らないふりをし続けながら、人一倍、その仮面に騙された人間のことばに傷つく奴なのだ。その傷を凍てた笑みを浮かべながら広げていく人間達から自分を守ろうとして、それ以上に凍てついた部分を作り上げてしまう奴なのだ。心を凍らせ、魂までも凍らせ………そうしていた人間がやっとほんの少し、俺に本音を見せ始めたところで、その俺をも自分のせいで失ったと思い込んだら、その傷は一体どこまで広がる?
「ど!!」
だが、俺は不意に何かに躓いて前にこけた。格好付けて、ジャンパーのポケットに手など入れてたものだから、支えるものなく思いっきり絨毯と仲良しになってしまう。
「………」
「生きてる?」
「…どうにか………。一体、何に…」
躓いて、と振り向いた俺は、足元に差し出されていたお由宇の細い脚を見つけた。
「お由宇!」
「人の言うことを覚えてないからよ」
「へ?」
「言ったでしょ、死にたいなら、ここを出なさいって」
「うん…」
もぞもぞと絨毯の上に座り直す。
「ほんっとに自分の状況をわかってない人ね、あなたって」
「…………」
「人のことならよくわかるくせに。ま、それだから、周一郎があんな態度を取るんだろうけど」
溜め息混じりに呟いて、お由宇はくすっと笑った。
「今日、事故現場に行って来たのよ」
話しながらキッチンへ立っていく後ろ姿を、ぼんやり見つめる。
「ひょっとして、何か収穫があるかと思ってね。そうしたら、そこに周一郎が居たわ」
コーヒーの香ばしい匂いが漂ってくる中、お由宇の声が深く静かに響いた。
「あいつが公表しようとしていたって?」
「たぶんね。あつしは父親のやり方にずっと反発していたようだし、ゼコムの売り出しにもかなり渋っていたらしいから、その可能性は大きいわね。…ま、とにかく、そこで周一郎はそのマイクロフィルムを当局の手に渡るより早く手に入れようとした」
「?」
「そんなことが公表されてごらんなさい。確かに春日井製薬は叩けるでしょうけど、産業スパイにうかうか出し抜かれるような小沢薬品の業界での評価は底なしに下がるでしょ? そうなれば、バックアップしている朝倉財閥としては、非常に面白くないわけ」
「ふむ」
「だから、周一郎は裏から手を回して、マイクロフィルムの件をもみ消そうとしたんだけど、春日井あつしがあなたに接触したんでためらったんでしょうね。一つにはあなたを巻き込むのを恐れたため、もう一つには、あつしがどんな意図を持ってあなたに接触したのかを知るため……」
「それでか!」
思わず叫んだ。
「どうも最近、ルトの姿が目につくと思ったんだ」
「けれども、そのためらいの間に、あつしは危険を感じた。それで、たぶん、あなたにマイクロフィルムを預けようと焦り、それを『敵方』に知られて、あの事故が起きた」
「『敵方』って……朝倉家か?」
「そうとも限らないわね。春日井側が裏切り者を始末することだって有り得るだろうし」
お由宇の瞳の奥に微かな憂いが漂ったようだった。俺の脳裏にも、あつしの虚ろなアルカイック・スマイルが蘇る。伏せた目は、全てを諦めようとしている者のそれだった。
「そして、あなたは事故以来姿を消してしまっている。生死は別としても、そうなるようにあつしを追い詰めた責任の一端が周一郎にないとは言えないでしょうね。周一郎が動かなければ、あつしがあそこまで焦って行動しようとすることもなかっただろうし、そうすれば、消されることもなかったかもしれない………あなたが巻き込まれて『死ぬ』こともなかったかもしれない……」
脳裏の虚ろなあつしの微笑に、周一郎の冷たい表情が重なった。サングラスが他人の視線を跳ね返す。けれど、ほんの少し近寄って覗き込めば、目の奥に孤独をたたえているのがわかる。一人で立ち竦んでいる、ほんの子どものような幼い感情……。
「…」
俺は無言で立ち上がった。
あのバカは、またおかしなことを考えているに違いない。他人のことなど知らないふりをし続けながら、人一倍、その仮面に騙された人間のことばに傷つく奴なのだ。その傷を凍てた笑みを浮かべながら広げていく人間達から自分を守ろうとして、それ以上に凍てついた部分を作り上げてしまう奴なのだ。心を凍らせ、魂までも凍らせ………そうしていた人間がやっとほんの少し、俺に本音を見せ始めたところで、その俺をも自分のせいで失ったと思い込んだら、その傷は一体どこまで広がる?
「ど!!」
だが、俺は不意に何かに躓いて前にこけた。格好付けて、ジャンパーのポケットに手など入れてたものだから、支えるものなく思いっきり絨毯と仲良しになってしまう。
「………」
「生きてる?」
「…どうにか………。一体、何に…」
躓いて、と振り向いた俺は、足元に差し出されていたお由宇の細い脚を見つけた。
「お由宇!」
「人の言うことを覚えてないからよ」
「へ?」
「言ったでしょ、死にたいなら、ここを出なさいって」
「うん…」
もぞもぞと絨毯の上に座り直す。
「ほんっとに自分の状況をわかってない人ね、あなたって」
「…………」
「人のことならよくわかるくせに。ま、それだから、周一郎があんな態度を取るんだろうけど」
溜め息混じりに呟いて、お由宇はくすっと笑った。
「今日、事故現場に行って来たのよ」
話しながらキッチンへ立っていく後ろ姿を、ぼんやり見つめる。
「ひょっとして、何か収穫があるかと思ってね。そうしたら、そこに周一郎が居たわ」
コーヒーの香ばしい匂いが漂ってくる中、お由宇の声が深く静かに響いた。
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