『ラズーン』第一部

segakiyui

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12.盲目の導師(3)

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「もう、やめなさい!」
 遠いところで導師の声がし、強く抱き寄せられた感覚があった。
 もう1人、別な声が響く。
 導師と言い争いをしているようだ。
 動きたくても動けない、体がまだ覚醒してくれない。
 焦るユーノの心に刺激されたのか、どこかできらりと記憶の断片……『再構成に必要』ということばが漂い出る。
(なに?)
 ふわりと抱き上げられ、どこかへ運ばれる感覚、次の瞬間、
 バッシャーン!!
「っっ!!」
 ふいに水に落とされて、我に返った。溺れるかもしれないと慌てて起き上がり、導師の家の外の川に放り込まれたのだと気付く。
「な…に…?」
「幼き剣士よ」
 呆然としていたユーノは、厳しい導師の声に顔を上げた。
 すぐ側に導師がきつい表情でユーノを『見つめている』。閉じた目蓋の向こうに厳しく鋭い視線があって、ユーノを射抜くように感じて竦んだ。
「あなたの迷いは生きるのに必要な迷い。それを取り去れとは、死を願うことです」
 叱責を受けている、とはわかった。
 それが正しいともわかった。
 アシャの名前を呼べるなら、アシャの腕の中で死ねるなら、それもいいと確かに思った。
「それでもなお迷いを取りたいのですか。そこで頭を冷やして考えなさい」
 むっとしたように家の中へ入っていってしまう導師の後ろ姿を見つめていたユーノの視界がぼうっと滲んだ。
「だって……」
 掠れた声を漏らす。
「だって……どうしようも…ないじゃないか…」
 のろのろと膝を抱える。冷たい水に全身濡れて、凍りつくはずなのに胸が痛くて焼けるようで、吐く息に自分が溶けそうで。
「他に、どうにも、できないじゃないか」
 俯いて声を殺して泣く。
「どうにも……ならない…のに」
 気付いてしまった、確認してしまった、死んでもいいからアシャが欲しいと望んでいることを自覚してしまった。
「どうしろって…言うんだよ…っ」
 ここに来れば忘れてしまえる、ふっきれる、そう思ったからこそ、自分がアシャを望んでいることを受け入れたのに、導師はそれを抱えたまま生きていけと言う。
「あ、あした…っから……ど……して」
 涙が止まらない。
「どんな……顔して……」
 アシャと居ればいいというのか。
「どんな…気持ち…で…っ」
 パシャ。
「っ」
 ふいに間近で水音が響いて、ユーノは泣きじゃくりながら顔を上げた。

「? どこへ行くんだ?」
 宿の戸口を出ようとしたアシャはイルファに呼び止められて舌打ちした。
「ちょっと…見てくる」
「ユーノか?」
「夜も更けてきたのに、まだ戻らない」
「ああ」
 イルファが頷く。
「いい男らしいな」
「どういう意味だ」 
 じろりと相手を見遣ってアシャは唸る。
「いや別に。お前とは違う意味のいい男らしいと聞いたぞ。訪ねてくる者がすぐに安心して心を開くらしい」
「…導師なら当然だろう」
「ああ、ユーノもすぐに何でも話すんじゃないか」
「……」
「俺達に話しにくいことも、あ、そうだ」
 好きな女の名前とか。
 イルファが楽しそうに笑った。
「案外、あいつの悩みは故郷に置いて来た可愛い女のことだったりな」
「出てくる」
 レスを頼むな、と身を翻して外の馬に素早く跨がりながら、アシャはここに着くまでにさんざん思ったことをまた思う。
 故郷に置いて来た可愛い女。
 女ではないにしても、好きだった人間が居たんじゃないのか。
 確かにアシャは付き人だったが、ユーノの動きを完全に把握はできなかったし、あれだけの傷があるのを隠し通されていたのだから、ユーノの本当の気持ちなどわかっていなかっただろう。
 アシャの知らない大事な相手が居て、あの傷もあの境遇も、その男への気持ちを頼りにしのいでいたんじゃないのか。
 ちっ、と思わず舌打ちをして我に返った。
「落ち着け」
 ユーノは愛しいと思う。今まで会ったこともない人間、強くてしなやかで、なのにふとした拍子に脆い部分を見せられると、その弱味を晒すのは自分だけなのかもしれないと気分が高揚する。
 けれど。
 暗い夜道を進みながらアシャは目を伏せる。
 ユーノの全身の傷はそんな自惚れを砕いてしまった。
 アシャの知らないところでユーノはあれほど傷を負い、アシャに知らせることなくユーノは日々を笑って過ごしていた。この手に掴んでいたはずのユーノの姿は、他の人間に見せられていたと同じような偽りに過ぎず、他の人間より深く知っていると思っていた部分もユーノが多少譲ったに過ぎない。アシャが踏み込み、獲得したものではない。
 ユーノの中にはまだアシャのたどり着けないものが秘められている。なのにそれを既に手にしている男がどこかに居るも知れない。
 想像がどんどん不穏な方向に進んでいく。
 それは、ユーノが、その男の侵入を許した、そういうことじゃないのか。
「……」
 一瞬、視界がゆらりと歪んだ気がした。
 脳裏に過った想像は、ユーノの細い身体を抱きすくめている影の背中。すがりつくようなユーノの手に、拒んでいないと思い知らされた気がして、そんなことがあるわけがない、あれはまだ男を知らない身体のはず、そう必死に思い込もうとする自分に気付き、思わず固まってしまう。
「まずいな」
 額に滲みかけた冷や汗にうんざりしながら拭ってぼやく。
 一時の戯れ言ならまだしも、特定の女性などつくれるはずもない。相手に滅亡を背負わせてしまう。そんな重圧に耐えられる娘などいない。
 でも、ユーノなら。
 また閃いた思考にアシャは暗闇を睨みつける。
 あの強靱でしなやかな精神なら。数々の危険をくぐり抜けてきた体なら。それでもレスファートに見せるような優しさを失わない心なら。運命を受け入れることを選び取る、あの豊かな魂なら。
 ごく、と喉が鳴ったのが、浅ましい欲望からだとわかっている。
 ユーノなら。
 ユーノならアシャが望んでもいいのではないか。
 確かに今は付き人以上になれそうもないが、そこは経験というものもあることだし、何より『実戦』に関してはアシャの方がずっと上のはず。姑息な手には違いない、違いないが、快感を教えて引き入れるという手段もあるはずだ。
「お、い」
 何を、考えて、いる。
 そんなことをしたら、どれほどユーノを傷つけることか。
 ましてや、故郷に好きな男がいるとしたら、それこそ取り返しのつかないことになる。
「よせ」
 体の中に広がる衝動を、目を閉じて凍りつくような思いで封じ込めていく。
 何のために『ラズーン』を出たんだ、俺は。
「く…そ」
 やっぱり導師が要るのはアシャの方かも知れない。
 重く深い溜め息をついて顔を上げたとき、導師の家の裏扉が開いたのが見えた。
「?」
 灯が漏れ、誰かを抱えた導師が外に出てくる、そこまで見てとったとたん、馬に一鞭あてて速度を上げる。
(ユーノ?)
 なぜあいつの腕に易々と抱かれたままで?
 あれほどの怪我をしても、意識が戻ればアシャにはすがらなかったのに。
 押さえ込むのに成功したはずの揺れがあっさりアシャを突き動かした。
「もう、やめなさい!」
 突然、導師が口にするには熱のこもった声が響いて、立ち止まった導師が愛おしそうにユーノを抱き締めるのが見えた。
「!」
 かろうじて懐の短剣を抜き放たなかったのは奇跡、全身の血が一気に奪われた気がして視界が眩む。
「何をしてるっ、貴様っっ!」
 叫んだ声に応じると思っていたユーノが、依然くたりと導師の胸におさまっているのに背筋を寒気が這い上がった。
 薬を、盛られているのか。
「く、そっ」
 まさかこいつまで『運命(リマイン)』に抱き込まれているのか。
 一瞬にして冴え渡った感覚をぎちぎちに張って、臨戦体勢で駆け寄っていくアシャ、だが導師は動じた様子もなく、ユーノを抱えたまま凛とした声で言い放った。
「視察官(オペ)殿!」
「っ」
 攻撃をしかける寸前、広げていた殺意をおさめるアシャに導師が静かに微笑む。
「やはり、そうでしたか、アシャ殿」
「……」
 沈黙はおそらく意味がない。
「ずっと若い頃、『ラズーン』から流れてきた老人の世話をしたことがあるのですよ」
「……なるほど」
 アシャはゆっくりと息を吐く。だが、手は懐に短剣を握りしめ、体から緊張は解かない。
「『ラズーン』のアシャ、ですか」
「……いかにも」
「私の知識が確かならば」
 導師は笑みを消す。
「こんな辺境におられるべき方ではないはずだが」
「……私は」
 ことばを一応改めた。
「果たすべき勤めを放棄し、なぜこんなところにおられる」
「……200年祭のために『銀の王族』を守護して『ラズーン』へ戻る途中だ」
 馬鹿な言い訳だと思った。一度離れた故郷におめおめ戻る理由を200年祭と言い逃れる、その実、その200年祭に繋がる役割から逃げ出したのに。
「『銀の王族』?」
 導師の顔が暗く澱んだ。
「この子が『銀の王族』ならば、『ラズーン』支配も堕ちたものだ」
 『銀の王族』ならば、背負う運命に報いるために世の幸福を約束されているのではないのか。支える重荷に償いとして喜びを満たされているはずではないのか。
 導師が穏やかながら、それでもはっきり罵倒してきておや、と思った。
「あなたはこの子の心を知らないのか」
 痛み、傷つき、必死に生き延びてきたのに、そのどれ1つも報いられず。
「今もなお……っ」
 ふいに何かを気付いたように、はっとした顔で導師が口を噤む。
「………あなたは、何も、知らないのか」
「…?」
 訝しく見返すと、相手は険しく眉を寄せ、唸るように繰り返した。
「何も、聞いていないのか」
「何をだ」
「………それほど、深く」
 隠し通してきたのか。
「隠し通してきた?」
「……あれほど、何度も呼んだのに……」
「呼んだ……?」
 誰を、そう思った瞬間に閃いたのは、ユーノが望んでいる相手が居るのだろうという想像。
 同時にさきほどからの、導師らしくない波立った応対に不愉快なものが競り上がる。
 導師が『銀の王族』に同行している視察官を責めずにはいられないほど、ユーノの中に傷みを読み取ったのか。
 それほど深くユーノの内側に入ったのか。
「……ならば、なおのこと」
 導師はふいに向きを変えた。アシャが止める間もなく、まるで見えているかのような確かな足取りでユーノを運び、川へと投げ落とす。
「何を!」
 ぞっとしてアシャは放り出されたユーノの側に駆け寄った。
「ついこの間まで大怪我をして起きられないほどだったんだぞ!」
 何が導師だ、お前はおかしな趣味を持ってるんじゃないか。怒鳴りつけそうになった矢先、うろたえたユーノが体を起こすのにぎくりとする。
 目が覚めていたのか?
 いつから?
 どこまで聞いた?
 まさかアシャの素性を察したりしたのではないか。怯んだアシャに背中を向けて導師が声を響かせる。
「怯むぐらいなら、手を出さぬことだ」
「っ」
「それほど我が身が大切ならば、大人しくこの娘を別の者に委ねなさい、視察官(オペ)殿」
「……」
「それが嫌なら」
 肩越しに閉じた目蓋を貫くように睨まれた気がした。
「守り切り、支え切るがいい、アシャ、の名前にかけて」
 それが、できる、ぐらいなら。
 歯を食いしばったアシャの目の前で、導師が呆然としているユーノに呼び掛ける。
「幼き剣士よ………あなたの迷いは生きるのに必要な迷い。それを取り去れとは、死を願うことです」
 アシャは息を呑んだ。
 死を望んだ、のか?
 あのユーノが、迷いを取り去るために、死ぬことを選んだというのか?
 それほど大事な気持ちだったのか?
 それほど……大事な相手……なのか……?
「それでもなお迷いを取りたいのですか。そこで頭を冷やして考えなさい」
 導師は言い捨てるとくるりと向きを変えた。立ち竦むアシャの前を通り過ぎながら、
「後はあなたに任せよう」
 心なしか怒りを押し殺したような声で、
「あなたが少しでも『ラズーン』に対して責任があると考えるなら」
 勤めを思い出されるがいい。
 言い放たれて凍りつく。
 責任はある、言い逃れられない、導師が想像もできない矛盾した理によって課せられた軛。
 だがしかし。
 アシャは顔を歪める。
「俺、は」
 理を否定してしまえば、世界もまた意味がなくなるのだ。
「だって……」
 掠れた声が響いて振り返る。
「だって……どうしようも…ないじゃないか…」
 まるでユーノが自分の内側の声を代弁しているかのように聞こえて、思わず川に入る。
「他に、どうにも、できないじゃないか」
 俯いて声を殺してユーノが泣く。
「どうにも……ならない…のに」
 冷えて凍りつくような水の中で膝を抱えて、震えながら呻くように泣きじゃくる。
「どうしろって…言うんだよ…っ」
「ユーノ…っ」
 ふいに初めて、すぐ間近に、ひどく近くに、人の存在を、ユーノの熱を感じた。
 その熱が欲しいと、激しく思った。
「あ、あした…っから……ど……して………どんな……顔して……どんな…気持ちで…っ」
 呻くように訴えるように体を竦ませて泣くユーノ。
 その姿は幼い日、あの闇の草原に居たアシャそのもので。
 今でも覚えている、生まれた瞬間に全てが終わっていたのだと理解した瞬間の衝撃。
 『太皇(スーグ)』がいなければこの命もなかっただろうが、生き延びても穏やかな幸福が待つわけではないと思い知らされた日。
 その自分より遥かに細い体を震わせて泣く娘の体温が、この水に奪われ続けている。
 凍りつきそうな足をふらりと踏み出した。
 それは、俺のものだ。
 その熱を、俺によこせ。
 胸の中の呟きは、闇の気配を澱ませている。
 近付いたアシャの気配に気付いたのだろう、ユーノがのろのろと顔を上げる。目元も頬も鼻の頭も、寒さと涙で真っ赤になって、唇だけが白く色を失っている。
「だ…れ?」
 わからないのか。
 失望と自嘲に苦く笑いながらそっと手を出すと、夢うつつのような顔で両手を伸ばしてくるからたまらなくなった。
「ユーノ…っ」
 呼び掛けて両手を掴み、そのまま身を屈めて首へ導き、体を抱き寄せる。戸惑って力をいれかねているのがじれったくて、掴まれ、そう囁きながら強くしっかり胸に引き寄せた。
「あ…しゃ…?」
「く…」
 柔らかく呼ばれたその瞬間、胸を押し潰すように広がった痛みに、アシャは呻く。
 理由を、教えてくれ、導師。
 家に入ってしまった相手に心の中で呼び掛ける。
 この気持ちがどこから起こるのか、どうして俺はこうもこいつが欲しいのか、その理由を教えてくれ。
 ユーノは『銀の王族』だ。『ラズーン』にとって貴重な存在だ。
 対するアシャは、『ラズーン』の闇の部分をその出生から背負う者、そして『ラズーン』の光を一身に浴びるべき者。
 この気持ちは、罪悪感なのか、本能なのか、それとも綺麗なものを汚したいだけの欲望なのか。
 あるいは遠い過去に紡がれた、儚い願いが自分の中に刻まれているのか。
 人よ続け、命よ繋がれ、と。
 震えている白い唇を塞いだ。一瞬抵抗されて、強く抱きかかえて唇を押し付ける。
 強ばった固い唇は、こうして触れ合うのは初めてだと訴えるようで、安心させるように何度か重ね直す。
 それでもその内側を犯すことをためらわせたのは、きっと最後に残された理性がユーノの想い人を告げるからで。
「ん…う」
 微かに相手が呻いて、ようやく口を離した。
 何をされたか、わかりかねている虚ろな瞳でユーノが見上げてくる。
「………あしゃ……?」
 不安そうな顔に口走った。
「これは……夢だ」
 嫌われたくない。
 狡さがアシャに嘘をつかせる。
「夢……?」
 呟く唇にすぐにまた誘われそうになる。数々の美姫のように甘い香りはしない、色づいてもいない、柔らかいとも言えないのに、次はもっと深くが欲しいと気持ちが揺らぐ。その気持ちを断つように言い切る。
「そうだ、夢だ」
「そうか……夢…か」
 ユーノが寂しそうに瞬きした。
「夢…か…」
 やがて掠れた小さな声で。
「夢なら甘えても……いいな…?」
 少しほっとした顔で胸に額を寄せてくる。
 細い首筋に髪の毛が絡みつく。水に濡れて張り付く衣は否応なしに劣情を煽る。
 限界まで、後数歩。
 それでもきりきりしながら水の中から引き上げ、岸まで連れ戻って羽織っていた上着で包み、抱きかかえて表に回る。
 ユーノには想う男が居る。
 それはきっと確実だ。
 そしてそれはアシャではない。
 それもきっと確実なこと。
「…ヒスト!」
 繋がれていた馬は警戒心を剥き出しにしてアシャを透かし見た。
「着いて来てくれ」
 繋いだ手綱を解くと、アシャの腕に居る主人を認めたのだろう、先に進むアシャの馬に従ってゆっくり歩き出す。
「……守ればいいんだろう、守れば……手を、出さずに」
 どこまでもつかはわからんが。
 今も結構ぎりぎりだ。
 けれど、長い旅だ、いつかはひょっとして、その想ってるやつより俺の方がよくなるかもしれないだろう?
「その時は」
 ふい、と彼方の空を見上げる。
 その時は、全てを背負う覚悟を決めよう。
 そうすれば、世界の終末も、矛盾したこの命も、やはり意味があったのだと思えるようになるかもしれない。
 溜め息をついて、アシャはユーノを抱え直し、歩き始めた。

 数日後。
「変だな」
 宿を旅立った一行の間で、ユーノは眉をしかめながら手綱を操っている。
「どうした?」
「ヒストがおかしいんだ」
「導師のところで何かあったんじゃないのか?」
「何もないよ……ねえ、アシャ?」
 イルファの突っ込みに不思議そうにユーノに尋ねられて、アシャはそしらぬ顔で首を傾げる。
「お前が川に落ちたぐらいだろ?」
「落ちたんじゃない、落とされたんだよ!」
「導師がそんなことするなんてなあ」
 よっぽどまずいもの溜めててんだろ、ここに。
 イルファがとん、とユーノの胸を突いて、一度どこかで締めてやる、とアシャは密かに決意する。
「そんなこと……ないよ」
 うっすらとユーノが赤くなって、イルファの前に座っていたレスファートがきょろきょろした。
「それより、朝ごはん、ユーノぜんぶ食べたの?」
「食べた」
 ユーノが唸る。
「あそこに居たら、すぐに体が倍になりそうだ」
 あ、そうだ、と何を思いついたのか、ユーノが嬉しそうに笑った。
「せっかくこんな広い草原が続くんだからさ、あの木のところまで競争しようよ」
「じゃあ俺は抜ける、レスが居るからな」
「へえ、イルファはレス1人でボクに負けるんだ」
「そ、そんなことはないっ」
 俺はお前が病み上がりだからと気を遣ってだなあ、とイルファが言ったのももっともで、導師の家に行った後、軽く熱を出していたユーノがむっとした顔になる。
「もう気遣ってもらわなくていい。どうするんだよ、やるのやらないの」
「イルファ、ぼくならいだいじょうぶだよ」
 レスファートがあどけなく保証するのにイルファがひきつる。
「へえへえ、わかりました。……そっちこそ、ヒストの機嫌が悪くて気の毒だな」
「大丈夫、なんかちょっと拗ねてるだけだよ、自分をないがしろにされたって」
「ごふっ」
 あっけらかんとユーノが言い放ってアシャはむせた。
「何?」
「い、いや」
 まさか、あの時は眠ってたよな? 起きてなかったよな?
 いやしかし、いっそ起きていてもらったら、それはそれでユーノにアシャの気持ちが伝わったのではないか?
 それとも起きていたのだが、アシャの気持ちは受け入れられないと眠ったふりをしていたとか?
 それはない、あんまりだろう、初めての出会いのときにはちゃんと俺を見つめてくれたぞ。
 どきん、と微かに拍動を強めた胸に、ミネルバの嘲笑を思い出して情けなさが募った。
「何?」
「あ、ああ、その、つまり」
 ぐるぐるしつつ、急いで話題を逸らせる。
「俺も加わろう、か、と思って、な」
「珍しいな、こういう遊びは馬に負担を与えるとか何とか言って嫌がってたくせに」
「ほら、その、たまにはいいだろう、悪いが腕が違うぞ」
「いったな…じゃ」
 行くよ!
 朗らかな声を上げてユーノが体を伏せる。きゃあ、とレスファートがはしゃぎ、イルファが大声で馬を励ます。
 あっという間に自分を引き離すユーノの後ろ姿に、アシャは眩しく目を細めた。
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