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7.銀幕紙芝居
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何かが引っ掛かっている。
その『何か』は鉤爪を持っていて、ともすれば現在の状況に納得してしまおうとする俺の心の底に引っ掛かり、錨のように重みを増している。が、例によって例の如く、俺にはその『何か』の種類がわからない。周一郎か、お由宇でもいれば、見つけ出すための手掛かりでもくれるのだろうが、生憎、お由宇は外出中、周一郎は周一郎で、一昨日以来ますます取り付く島がなくなったとあれば、俺は渋々、自分の納豆になりかけている脳味噌を使うしかない。
「ふに……?」
「ああ、悪い」
最近いやにまとわりつきだしたルトが、撫でる手を止めた俺を、膝の上から抗議するように見上げた。金の瞳が、何を悩んでいるんだ、と言いたげに俺を見つめる。少し口を開いて、ピンクの口からサーモンピンクの舌をチロッと出し、急かすように俺の手を舐めた。
「はいはい、と」
「……」
撫で始める俺の手に満足したように喉を鳴らし、ルトは再び膝の上に丸まった。青灰色の艶のある毛並みは昼過ぎの日差しを吸って輝き、ふっくらと空気を含んでいる。見るともなしに見ていた俺の脳裏には、同じ銀の、ただし、青味ではなくやや金色がかった慈の髪が映っている。
「滝さん」
「ん?」
話しかけてきたのは慈の方からだった。朝食を終え、食堂を出ようとした俺を呼び止める。淡い色の瞳が、どこか挑戦的に俺を見ている。
「少し話したいんだけど……いい?」
「ああ?」
先に立って歩く慈についていって、俺は、例の『多木路朗』の部屋に辿り着いた。ドアを押しながら、慈が俺を振り返る。
「ここの中に何があるか、知っている?」
「…ああ」
俺の答えは慈にとっては意外だったらしい。大きな透んだ青い眼を見張りながら、
「どうして知っているの?」
「どうしてって…その…話せば長くなるんだが…」
俺は、慈が木暮の一件で俺を憎んでいないらしいとわかって、ほっとしながら答えた。
「周一郎さんが話した…? まさか、ね」
「『まさか』?」
「うん」
慈は部屋の中に入った。続いた俺を、窓を背にして見つめる。プラチナブロンドが陽を浴びて、眩いほど光った。
「だって彼は、1年間、滝さんに教えなかったんでしょう、実の父母が探しているってこと」
慈は薄い笑みを刷いた。
「本当は多木路夫妻は、1年……ううん、もうちょっと前に、あなたのことを見つけていたんだよ。けれど、周一郎さんが連絡を断ち続けたんだ」
「…ふうん」
やっぱり、か。
俺は心の中で呟いた。
俺だって自分なりに考えてはみたのだ、なぜ、唐突に26歳の写真があるのか、について。20数年間も俺を捜し続けた両親が、ようやく見つけた俺の写真を撮るだけで、なぜ連絡を取ろうとしなかったのか。いや、連絡を取ろうとはしたに違いない。が、それは何者かの手で遮られて、俺には届かなかった。仕方なしに両親は、俺の写真を手作りの額に収めることで、せめてもの再会の証とした……。
「朝倉家の力を持ってすれば、少なくとも2年前には、多木路夫妻の動きが掴めていたはずだよ。だってあの頃、多木路千夏、滝さんの妹が明日をも知れぬと分かった頃だったろうし、夫妻も最大の努力を払ったはずだもの」
俺の目に、空っぽの写真立てが映った。だが、俺はそこに、カメラのファインダーに向かって笑いかける、白いワンピースの少女を見ることが出来た。俺を待ち続けた千夏。再会の時を、おそらくは死の直前まで待ち焦がれ続けただろう千夏。そして、そのもう一方で、間に合うまいとの想いを込めて、千夏は写真立てを作り、その中に俺へのメッセージを残した。『遅かったじゃないの!』。無限の優しさと無限の切なさと、そしてきっと無限の許しを込めて。
2年前。もし、その時、周一郎が俺に多木路夫妻の連絡を繋いでいたら、俺は千夏に会えただろうか。死ぬ間際に寂しさを味合わせることなく、歓びのうちに逝けはしなくとも、巡り逢えた安堵のうちに逝かせてやれただろうか。
「…周一郎さんは千夏さんのことを知っていたよ。まあ、逝ってしまった後らしいけど。……でも、彼はその後も、滝さんを多木路夫妻に会わせないようにしたんだ」
慈の声に、周一郎との場面が浮かんでは消えていく。俺に渡さなかった招待状、俺がここに来ると言った時に見せた不可思議な表情、一瞬の怯え……。
「ここを買い取ったのだって、多木路夫妻が何とかあなたに近づこうとしたのを遮る手段だったし……そういう人間なんだよ、周一郎さんって。自分が欲しいものを手に入れるためなら、手段を選ばないんだ」
「………」
「腹が立たないの、滝さん」
「え?」
俺は慈のことばに我に返った。気がつくと、不思議そうな表情で、慈が俺を見つめている。
「腹が立つ?」
どうしてなんだと胸の中で声が続いた。どうして、俺が腹を立てなきゃならない?
「だって、滝さん」
慈は不服そうに唇を尖らせた。
「実の父母との再会、邪魔されていたんだよ? 周一郎さんのわがままで」
俺は慈を凝視し、ゆっくり口を開いた。
その『何か』は鉤爪を持っていて、ともすれば現在の状況に納得してしまおうとする俺の心の底に引っ掛かり、錨のように重みを増している。が、例によって例の如く、俺にはその『何か』の種類がわからない。周一郎か、お由宇でもいれば、見つけ出すための手掛かりでもくれるのだろうが、生憎、お由宇は外出中、周一郎は周一郎で、一昨日以来ますます取り付く島がなくなったとあれば、俺は渋々、自分の納豆になりかけている脳味噌を使うしかない。
「ふに……?」
「ああ、悪い」
最近いやにまとわりつきだしたルトが、撫でる手を止めた俺を、膝の上から抗議するように見上げた。金の瞳が、何を悩んでいるんだ、と言いたげに俺を見つめる。少し口を開いて、ピンクの口からサーモンピンクの舌をチロッと出し、急かすように俺の手を舐めた。
「はいはい、と」
「……」
撫で始める俺の手に満足したように喉を鳴らし、ルトは再び膝の上に丸まった。青灰色の艶のある毛並みは昼過ぎの日差しを吸って輝き、ふっくらと空気を含んでいる。見るともなしに見ていた俺の脳裏には、同じ銀の、ただし、青味ではなくやや金色がかった慈の髪が映っている。
「滝さん」
「ん?」
話しかけてきたのは慈の方からだった。朝食を終え、食堂を出ようとした俺を呼び止める。淡い色の瞳が、どこか挑戦的に俺を見ている。
「少し話したいんだけど……いい?」
「ああ?」
先に立って歩く慈についていって、俺は、例の『多木路朗』の部屋に辿り着いた。ドアを押しながら、慈が俺を振り返る。
「ここの中に何があるか、知っている?」
「…ああ」
俺の答えは慈にとっては意外だったらしい。大きな透んだ青い眼を見張りながら、
「どうして知っているの?」
「どうしてって…その…話せば長くなるんだが…」
俺は、慈が木暮の一件で俺を憎んでいないらしいとわかって、ほっとしながら答えた。
「周一郎さんが話した…? まさか、ね」
「『まさか』?」
「うん」
慈は部屋の中に入った。続いた俺を、窓を背にして見つめる。プラチナブロンドが陽を浴びて、眩いほど光った。
「だって彼は、1年間、滝さんに教えなかったんでしょう、実の父母が探しているってこと」
慈は薄い笑みを刷いた。
「本当は多木路夫妻は、1年……ううん、もうちょっと前に、あなたのことを見つけていたんだよ。けれど、周一郎さんが連絡を断ち続けたんだ」
「…ふうん」
やっぱり、か。
俺は心の中で呟いた。
俺だって自分なりに考えてはみたのだ、なぜ、唐突に26歳の写真があるのか、について。20数年間も俺を捜し続けた両親が、ようやく見つけた俺の写真を撮るだけで、なぜ連絡を取ろうとしなかったのか。いや、連絡を取ろうとはしたに違いない。が、それは何者かの手で遮られて、俺には届かなかった。仕方なしに両親は、俺の写真を手作りの額に収めることで、せめてもの再会の証とした……。
「朝倉家の力を持ってすれば、少なくとも2年前には、多木路夫妻の動きが掴めていたはずだよ。だってあの頃、多木路千夏、滝さんの妹が明日をも知れぬと分かった頃だったろうし、夫妻も最大の努力を払ったはずだもの」
俺の目に、空っぽの写真立てが映った。だが、俺はそこに、カメラのファインダーに向かって笑いかける、白いワンピースの少女を見ることが出来た。俺を待ち続けた千夏。再会の時を、おそらくは死の直前まで待ち焦がれ続けただろう千夏。そして、そのもう一方で、間に合うまいとの想いを込めて、千夏は写真立てを作り、その中に俺へのメッセージを残した。『遅かったじゃないの!』。無限の優しさと無限の切なさと、そしてきっと無限の許しを込めて。
2年前。もし、その時、周一郎が俺に多木路夫妻の連絡を繋いでいたら、俺は千夏に会えただろうか。死ぬ間際に寂しさを味合わせることなく、歓びのうちに逝けはしなくとも、巡り逢えた安堵のうちに逝かせてやれただろうか。
「…周一郎さんは千夏さんのことを知っていたよ。まあ、逝ってしまった後らしいけど。……でも、彼はその後も、滝さんを多木路夫妻に会わせないようにしたんだ」
慈の声に、周一郎との場面が浮かんでは消えていく。俺に渡さなかった招待状、俺がここに来ると言った時に見せた不可思議な表情、一瞬の怯え……。
「ここを買い取ったのだって、多木路夫妻が何とかあなたに近づこうとしたのを遮る手段だったし……そういう人間なんだよ、周一郎さんって。自分が欲しいものを手に入れるためなら、手段を選ばないんだ」
「………」
「腹が立たないの、滝さん」
「え?」
俺は慈のことばに我に返った。気がつくと、不思議そうな表情で、慈が俺を見つめている。
「腹が立つ?」
どうしてなんだと胸の中で声が続いた。どうして、俺が腹を立てなきゃならない?
「だって、滝さん」
慈は不服そうに唇を尖らせた。
「実の父母との再会、邪魔されていたんだよ? 周一郎さんのわがままで」
俺は慈を凝視し、ゆっくり口を開いた。
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