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8.京都舞扇
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いつの間に降り出したのか、雪は次第に灰色の煙りつつある空から、ゆっくりと舞い落ちてきていた。
「共謀者、ね……周一郎の考えそうなことだわ」
コートの下はタートルネックのホワイトモヘアのセーターと同色のスカート、腰に二筋、組み違えた赤と金のベルトと言う格好のお由宇は、微かに溜息を吐いて、コーヒーカップを唇に当てた。ベルトの赤と合わせたのか、緋色の唇が、濃いコーヒーをミルクなしでこくりと飲み下す。
「それをまた、馬鹿正直に額面通り、受け取る男がいる、と」
「悪かったな」
俺はむっとした。何せ、周一郎とのやり取りを話した後の第一声が、「可哀想な周一郎」、続いたことばが「あなたも結構残酷ね」じゃ、機嫌も悪くなろうと言うものだ。がぶっとコーヒーを口に放り込み、舌と口の中を火傷しかけて、目を白黒させる。
「共謀者は共謀者だろ」
「叔父も叔父だわね。その先を考えもしないんだから」
「え?」
「いい? 『共謀者』って、あなたにいたの?」
「いるわけないだろ! 殺ってないのに」
「つまり、『でっちあげる』わけね? 仮にも私が叔父側にいるのよ? すぐに偽者だとわかるわ。ううん、それだけじゃない、周一郎がそれを仕立てた……少なくとも、その可能性を仄めかしているわけよね……そう言うことを嗅ぎつけられて、困るのは誰?」
「…周…一郎…?」
「必然的に、『どうして』そんなことをしたのか、と言う疑問が生まれるわよね? で、たぶん、あなたは重要参考人から外されるでしょうね、4年前と同じように、駒に使われた可能性有り、として」
「え? だって、それを知ってるのは厚木警部で……あ…」
「その『厚木警部』が今度の事件も担当しているでしょ? ……わかった?」
「ひょっとして…」
「そう。厚木警部だからこそ、そう考えて、標的をあなたから外すだろうと……今、身動き出来ない周一郎が出来る唯一の、あなたへの防御策だわ。それをあなたときたら、周一郎(おまえ)に俺は要らんよな、なんて、彼を見捨てるようなことを言う…」
「あちゃ…」
そんなこと、わかるかよ! 俺の理解力が小数点以下、いやマイナスだって言うのは、周一郎(おまえ)が一番よく知ってるだろうに。俺にわからん配慮を謎掛けしてくれたって、……んなの、俺がわかるわけなくって……でも、俺がわかっちまうようじゃ、厚木警部が引っ掛かるわけはないし……。つまり…結局……俺はあいつを傷つけ…ちまったらしい、しっかりと。
「あー……」
「後で慰めに行きなさい。私、敵が弱っているのに叩くのって、嫌いなのよ」
「叩く?」
「そ。小木田源次の一件でね」
にっ、とお由宇は唇を綻ばせた。笑い方によっては聖母マリアにも似る顔立ちが、殺気を宿す。
「あの爆死、やっぱり『人為的』なものみたいね。小木田は、あの日、工場に呼び出されている。その直前まで機械は正常だったことがわかってるわ。もっとも、製品の粗悪化、悪質な市場調整は、周一郎の指示じゃなくて、源次自身の儲けのためらしいけど…。朝倉家の内幕を知っていたらしいって言うのも、満更嘘じゃなかったらしくって、一人息子の利和と2人で脅しをかけていたのは事実みたいだし、消される可能性は十分あったわ。そう言う意味じゃ、周一郎直々にではなくても、命を下したかも知れないでしょ」
「……」
「ちょっと気になるのは、利和が行方不明ってことだけど……まあ、朝倉家に消されると思って姿を隠したと言うのが妥当なところでしょう。それより…志郎」
「ん?」
「さっき言ってたわよね、気になることがあるって」
「ああ」
「何?」
「いや…その、些細なこと…なんだが」
俺はもぞもぞしながら上目遣いにお由宇を見た。お由宇の理路整然とした話を聞いた後では、自分の思いついたことなど、下駄の天気占いほど頼りないものに思えた。
「その…男同士の…なん…だな、『何』ってのは……その……男女の『何』と違う…のか?」
「志郎……あなた…」
「ちっ、違うっ! 違うっ!! 俺じゃないっ! 断じてないっ!!」
「わかってるわよ、慈でしょ。それがどうしたの?」
き、嫌いだっ! 人をおちょくる奴なんかっっ!!
じっとりと睨みつける俺に、お由宇は堪えた様子もなく、にっこり笑って促した。
「で?」
「……ん…その…な……つまり……だろ?」
「日本語、使ってよね」
「だっ、だから………てのは……な…?」
「接続詞と助詞…で、名詞は?」
「慈と……その、木暮は……だろ…? …けど、慈は……木暮に対して……だって…」
「……できるなら、動詞も入れてくれる?」
「だ…っ…だからっ……そのぅ……。……っ、つまりっ、男同士の恋愛ってのは、男と女の恋愛とは違うのかって言いたいんだっ!!」
「……それは…『哲学的』な話題だわね…」
お由宇は毒気を抜かれた顔で呟いた。
「共謀者、ね……周一郎の考えそうなことだわ」
コートの下はタートルネックのホワイトモヘアのセーターと同色のスカート、腰に二筋、組み違えた赤と金のベルトと言う格好のお由宇は、微かに溜息を吐いて、コーヒーカップを唇に当てた。ベルトの赤と合わせたのか、緋色の唇が、濃いコーヒーをミルクなしでこくりと飲み下す。
「それをまた、馬鹿正直に額面通り、受け取る男がいる、と」
「悪かったな」
俺はむっとした。何せ、周一郎とのやり取りを話した後の第一声が、「可哀想な周一郎」、続いたことばが「あなたも結構残酷ね」じゃ、機嫌も悪くなろうと言うものだ。がぶっとコーヒーを口に放り込み、舌と口の中を火傷しかけて、目を白黒させる。
「共謀者は共謀者だろ」
「叔父も叔父だわね。その先を考えもしないんだから」
「え?」
「いい? 『共謀者』って、あなたにいたの?」
「いるわけないだろ! 殺ってないのに」
「つまり、『でっちあげる』わけね? 仮にも私が叔父側にいるのよ? すぐに偽者だとわかるわ。ううん、それだけじゃない、周一郎がそれを仕立てた……少なくとも、その可能性を仄めかしているわけよね……そう言うことを嗅ぎつけられて、困るのは誰?」
「…周…一郎…?」
「必然的に、『どうして』そんなことをしたのか、と言う疑問が生まれるわよね? で、たぶん、あなたは重要参考人から外されるでしょうね、4年前と同じように、駒に使われた可能性有り、として」
「え? だって、それを知ってるのは厚木警部で……あ…」
「その『厚木警部』が今度の事件も担当しているでしょ? ……わかった?」
「ひょっとして…」
「そう。厚木警部だからこそ、そう考えて、標的をあなたから外すだろうと……今、身動き出来ない周一郎が出来る唯一の、あなたへの防御策だわ。それをあなたときたら、周一郎(おまえ)に俺は要らんよな、なんて、彼を見捨てるようなことを言う…」
「あちゃ…」
そんなこと、わかるかよ! 俺の理解力が小数点以下、いやマイナスだって言うのは、周一郎(おまえ)が一番よく知ってるだろうに。俺にわからん配慮を謎掛けしてくれたって、……んなの、俺がわかるわけなくって……でも、俺がわかっちまうようじゃ、厚木警部が引っ掛かるわけはないし……。つまり…結局……俺はあいつを傷つけ…ちまったらしい、しっかりと。
「あー……」
「後で慰めに行きなさい。私、敵が弱っているのに叩くのって、嫌いなのよ」
「叩く?」
「そ。小木田源次の一件でね」
にっ、とお由宇は唇を綻ばせた。笑い方によっては聖母マリアにも似る顔立ちが、殺気を宿す。
「あの爆死、やっぱり『人為的』なものみたいね。小木田は、あの日、工場に呼び出されている。その直前まで機械は正常だったことがわかってるわ。もっとも、製品の粗悪化、悪質な市場調整は、周一郎の指示じゃなくて、源次自身の儲けのためらしいけど…。朝倉家の内幕を知っていたらしいって言うのも、満更嘘じゃなかったらしくって、一人息子の利和と2人で脅しをかけていたのは事実みたいだし、消される可能性は十分あったわ。そう言う意味じゃ、周一郎直々にではなくても、命を下したかも知れないでしょ」
「……」
「ちょっと気になるのは、利和が行方不明ってことだけど……まあ、朝倉家に消されると思って姿を隠したと言うのが妥当なところでしょう。それより…志郎」
「ん?」
「さっき言ってたわよね、気になることがあるって」
「ああ」
「何?」
「いや…その、些細なこと…なんだが」
俺はもぞもぞしながら上目遣いにお由宇を見た。お由宇の理路整然とした話を聞いた後では、自分の思いついたことなど、下駄の天気占いほど頼りないものに思えた。
「その…男同士の…なん…だな、『何』ってのは……その……男女の『何』と違う…のか?」
「志郎……あなた…」
「ちっ、違うっ! 違うっ!! 俺じゃないっ! 断じてないっ!!」
「わかってるわよ、慈でしょ。それがどうしたの?」
き、嫌いだっ! 人をおちょくる奴なんかっっ!!
じっとりと睨みつける俺に、お由宇は堪えた様子もなく、にっこり笑って促した。
「で?」
「……ん…その…な……つまり……だろ?」
「日本語、使ってよね」
「だっ、だから………てのは……な…?」
「接続詞と助詞…で、名詞は?」
「慈と……その、木暮は……だろ…? …けど、慈は……木暮に対して……だって…」
「……できるなら、動詞も入れてくれる?」
「だ…っ…だからっ……そのぅ……。……っ、つまりっ、男同士の恋愛ってのは、男と女の恋愛とは違うのかって言いたいんだっ!!」
「……それは…『哲学的』な話題だわね…」
お由宇は毒気を抜かれた顔で呟いた。
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