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これ院長室によろしく、と朝一番の受付から正志に渡された封筒で、ああ、これはキたな、と思った。
「おはようございまーす」
ノックをしても返事がないのはいつものことで、ドアを開けて入ったとたんに、くるりと振り返った細身のスーツ姿に立ち止まる。
「………」
無言で見返してくるのが三上で、ひんやりした目の色は気軽なおしゃべりをさせてくれそうにない。僅かに淡く灰色がかって見える瞳のせいで、ハーフだのクォーターだの言われているが、たぶんそれは必ず僅かに人と距離を置こうとするようなクールな対応のせいだろう。
「えーと……郵便物、置いておきまーす」
ごめん、猛、僕、今日の三上さんに話し掛ける勇気ないよ。
胸の中で頭を下げて、小児科で今日も子どもに振り回されているだろう猛に謝る。
「失礼しましたー」
「ちょっと待って」
うひゃ。
ぎこぎこと音がするような動きで院長の机の上に封筒の束を置き、三上の前を通り過ぎようとしたら呼び止められて、正志は首を竦めた。
「なんか話すこと、ない?」
わー。話すこと、ない、と来たよ。
口調はいつも穏やかでどちらかというと控えめだけど、向き合って話すとすぐわかるこの威圧感。全く揺らがない圧倒的な優位に立って物を言うことに慣れ切ってる。その対応がまたよく似合ってて、嫌味じゃないのがたまらないよな、と思いつつ、正志は三上を振り返った。
朝日を浴びた机の側にダークスーツで立っている三上が、額に落ちかけた髪を少しかきあげる。ゆっくり目を細める仕草は緊迫感をより高める。なのに、薄い唇で微かに笑って、腹が立つほどかっこよかった。
こんな男なら涼子もあんなこと言わないよな。
はぁ、と思わず溜め息をつくと、三上が眉をあげる。
「何?」
「や、こっちのことです」
「こっちのこと……」
繰り返した三上がまた一層目を細めた。
「…………手に入れたなら関係ないってこと?」
「は?」
なんだそりゃ、と顔を上げてはっとする。
「あ、た、猛のことですけど」
「………名前で呼ぶんだ?」
「そりゃ、従兄弟だし」
「………ふぅん……」
三上が唇の片端を吊り上げた。
「仲良さそうだね、君達?」
「あ……」
ごめん、猛。僕、とちったかも。
その時ようやく正志は気づいた。
三上は怒っているのだ。それも、半端じゃなく、とんでもなく怒ってる。ついでにそれは、猛ばかりか正志にまでぶつけられるほど燃え上がってしまっている。
「あ、あの、ですね」
「話はないんだろ」
ぼそっと呟いた三上が背中を向けた。
「僕にもないよ」
わー。わー。わー。
どうしたらいいんだ、一体。
「あの」
「仕事すれば?」
「あー……」
何とか口を開こうとしたが、そっけない三上は振り返る気配さえなく、あっけなく撃沈する。
「……仕事してきます」
のろのろと脚を引きずりながら、正志は院長室を出た。
「おはようございまーす」
ノックをしても返事がないのはいつものことで、ドアを開けて入ったとたんに、くるりと振り返った細身のスーツ姿に立ち止まる。
「………」
無言で見返してくるのが三上で、ひんやりした目の色は気軽なおしゃべりをさせてくれそうにない。僅かに淡く灰色がかって見える瞳のせいで、ハーフだのクォーターだの言われているが、たぶんそれは必ず僅かに人と距離を置こうとするようなクールな対応のせいだろう。
「えーと……郵便物、置いておきまーす」
ごめん、猛、僕、今日の三上さんに話し掛ける勇気ないよ。
胸の中で頭を下げて、小児科で今日も子どもに振り回されているだろう猛に謝る。
「失礼しましたー」
「ちょっと待って」
うひゃ。
ぎこぎこと音がするような動きで院長の机の上に封筒の束を置き、三上の前を通り過ぎようとしたら呼び止められて、正志は首を竦めた。
「なんか話すこと、ない?」
わー。話すこと、ない、と来たよ。
口調はいつも穏やかでどちらかというと控えめだけど、向き合って話すとすぐわかるこの威圧感。全く揺らがない圧倒的な優位に立って物を言うことに慣れ切ってる。その対応がまたよく似合ってて、嫌味じゃないのがたまらないよな、と思いつつ、正志は三上を振り返った。
朝日を浴びた机の側にダークスーツで立っている三上が、額に落ちかけた髪を少しかきあげる。ゆっくり目を細める仕草は緊迫感をより高める。なのに、薄い唇で微かに笑って、腹が立つほどかっこよかった。
こんな男なら涼子もあんなこと言わないよな。
はぁ、と思わず溜め息をつくと、三上が眉をあげる。
「何?」
「や、こっちのことです」
「こっちのこと……」
繰り返した三上がまた一層目を細めた。
「…………手に入れたなら関係ないってこと?」
「は?」
なんだそりゃ、と顔を上げてはっとする。
「あ、た、猛のことですけど」
「………名前で呼ぶんだ?」
「そりゃ、従兄弟だし」
「………ふぅん……」
三上が唇の片端を吊り上げた。
「仲良さそうだね、君達?」
「あ……」
ごめん、猛。僕、とちったかも。
その時ようやく正志は気づいた。
三上は怒っているのだ。それも、半端じゃなく、とんでもなく怒ってる。ついでにそれは、猛ばかりか正志にまでぶつけられるほど燃え上がってしまっている。
「あ、あの、ですね」
「話はないんだろ」
ぼそっと呟いた三上が背中を向けた。
「僕にもないよ」
わー。わー。わー。
どうしたらいいんだ、一体。
「あの」
「仕事すれば?」
「あー……」
何とか口を開こうとしたが、そっけない三上は振り返る気配さえなく、あっけなく撃沈する。
「……仕事してきます」
のろのろと脚を引きずりながら、正志は院長室を出た。
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