『よいこのすすめ』

segakiyui

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「怒ってるの、鷹」
「うん。凄く怒ってる。話なんかするつもりないみたい」
「……なんで?」
「なんで…って」
「なんで? 俺が何かした?」
「や、何かって」
「俺……あの……」
 世にも悲しそうに猛が俯いた。大きな目を潤ませて身を竦めてしまって、白衣が一気に似合わなくなる。
「鷹に……嫌われたの?」
「いや、そういうことじゃなくって」
「倉沢先生!」
 ふいに険しい田中主任の声が廊下に響いた。
「伊藤さんが吐血しました!」
「んっ!」
 はっとしたように猛が顔を上げた。薄赤く染まった目元をぐい、と擦って唇を引き締める。あっという間にきりっとした医者の顔になって、猛はにこ、と正志に笑った。
「ありがと、まーちゃん」
「猛、あの」
「聞きにくいこと聞かせて、ごめんな。じゃ、行ってくるから」
「あ、ああ」
 頑張れよ、と声をかけると頷いて、白衣を翻して廊下を走る。きびきびと指示を下していく姿はどこからどう見ても、確かに小児科一の切れ者で、正志は思わず苦笑する。
「普段からああなら妙な誤解されないのに」
 さてと、こっちもお仕事お仕事、とまだ郵便物を満載したカートを押し始めてどきりとした。
 詰め所前にいつの間にいたのか、三上が立っている。しかもじっとこちらを、走り去っていった猛を見つめてからゆっくりと正志に視線を戻してくる。
 わあ。これは誰かの陰謀ですか。
 正志は思わずひきつった。
 どこから見ていたのだろう。何を見ていたのだろう。
 ひょっとして猛が嬉しそうに正志の腕を掴んだところから? あるいはまた正志が猛を踊り場の方に引っ張り込んだのから? 
 踊り場は三上の居る場所からは見えない。けれど、出てきた猛がどこか赤くなってて半泣きだったことも、三上ならばたぶん気づいていたはずで。今向けられている、さっきよりなお温度を下げた視線は、とても嬉しくない方向に想像したことを思わせる。
「………う」
 どうしよう。
 猛は三上に嫌われたと思ったみたいだし、三上は猛を正志が攫ったと思っているみたいだし、しかも正志は婚約者に振られたところでフリーだし。合いすぎるほどのつじつまは、どうやって崩せばいい?
「……では、お願いします」
 茫然としていると、ふいに柔らかな声が響いて、詰め所からショッキングピンクがはみ出た。
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