8 / 74
8
しおりを挟む
いや、ショッキングピンクのペチコートだけじゃない、真っ黒いレースのミニスカート、赤と緑のタンクトップ、つんつんに立てた金色の髪が詰め所の戸口から現れて、呆気に取られて立ちすくむ。
クリスマスツリー?
一番始めに浮かんだのはその印象だった。
「あ、あの」
「はい?」
柔らかな声で微笑んだのは真っ赤な唇。
笑うと小さな女のコみたいに見えるけれど、明らかに大学生ぐらいの女性が、追いかけるように顔を出した田中主任に首を傾げる。耳たぶにきらきら光るピアスが埋めるほどいっぱいついている。
「当日も、その格好?」
「駄目ですか?」
女性は不安そうな田中主任に肩を竦めて見せた。
「いえ……その、子ども達が驚かないかと」
「ああ」
にこっ、と女性は笑った。
「驚くのはおかあさん方だと思います。子どもは意外に平気で……」
彼女が視線を投げた先には病室の入り口でパジャマの袖を握り締めて、びっくり顔で立っている患者。
「やっほ~」
明るい声を上げながら、彼女がにこにこにこっ、と笑って黒レースの手袋で包まれた手を振ってみせると、子どもは釣られたようにそろっと手を振った。それから、そうした自分に驚いたように、お
かあさあんっ、と病室に飛び込んでいく。部屋の中で大きな声が響いた。
おかあさんっ、なんかね、なんかね、なんかすごいのがいるよっっ!
すごいの。
うーむ、的確だ、と思わず正志は呟いた。
「あ、あはは」
女性は照れたように笑って、少し頬を染めた。側に居た三上が、
「じゃあ、僕はこれで。失礼します、片桐さん」
「あ、ありがとうございます、三上さん。当日、是非来て下さい!」
「……時間があれば」
さらりと流して三上がエレベーターの方へ行きながら、何か言いたげな視線を送ってきたが、それよりも片桐と呼ばれた女性に視線を奪われていた。
なんて綺麗に動くんだろう。
手を振った動きもそうだけど、三上が去っていくときに少し頭を逸らせた動き、僅かに会釈した動き、それから気づかうように病室の子どもの方を見る動き、それらが作る空間は服装とはミスマッチ
だけれど、響く声とはぴったりで。
「では、失礼します」
ぺこりと頭を下げてこちらへ向かって歩いてくる相手をついついじっと見つめてしまうと、相手が側まで来て立ち止まった。
「何?」
「え、あ、あっ」
一気に正志の喉が干上がった。
透明な目。
猛ほど大きくなくて、三上ほど淡くない、甘い茶色の、それでもまるで奥の方まで覗き込みたくなるような、深くて透明な目。
その目が、に、とふいに笑った。
「三日後」
「え?」
「ここで歌うの」
「ここ、で?」
声が掠れて出なかった。それがたまらなく悔しくて、正志は思わず一歩彼女の前に立ち塞がる。ちょっと驚いたように見開かれた瞳が嬉しくて、またもっと覗き込む。
「来てね?」
「うん」
「じゃ」
「わかった」
当然みたいに約束して当然みたいにすぐ側をすり抜けていく彼女の熱に、内側の何かが煽られた。
クリスマスツリー?
一番始めに浮かんだのはその印象だった。
「あ、あの」
「はい?」
柔らかな声で微笑んだのは真っ赤な唇。
笑うと小さな女のコみたいに見えるけれど、明らかに大学生ぐらいの女性が、追いかけるように顔を出した田中主任に首を傾げる。耳たぶにきらきら光るピアスが埋めるほどいっぱいついている。
「当日も、その格好?」
「駄目ですか?」
女性は不安そうな田中主任に肩を竦めて見せた。
「いえ……その、子ども達が驚かないかと」
「ああ」
にこっ、と女性は笑った。
「驚くのはおかあさん方だと思います。子どもは意外に平気で……」
彼女が視線を投げた先には病室の入り口でパジャマの袖を握り締めて、びっくり顔で立っている患者。
「やっほ~」
明るい声を上げながら、彼女がにこにこにこっ、と笑って黒レースの手袋で包まれた手を振ってみせると、子どもは釣られたようにそろっと手を振った。それから、そうした自分に驚いたように、お
かあさあんっ、と病室に飛び込んでいく。部屋の中で大きな声が響いた。
おかあさんっ、なんかね、なんかね、なんかすごいのがいるよっっ!
すごいの。
うーむ、的確だ、と思わず正志は呟いた。
「あ、あはは」
女性は照れたように笑って、少し頬を染めた。側に居た三上が、
「じゃあ、僕はこれで。失礼します、片桐さん」
「あ、ありがとうございます、三上さん。当日、是非来て下さい!」
「……時間があれば」
さらりと流して三上がエレベーターの方へ行きながら、何か言いたげな視線を送ってきたが、それよりも片桐と呼ばれた女性に視線を奪われていた。
なんて綺麗に動くんだろう。
手を振った動きもそうだけど、三上が去っていくときに少し頭を逸らせた動き、僅かに会釈した動き、それから気づかうように病室の子どもの方を見る動き、それらが作る空間は服装とはミスマッチ
だけれど、響く声とはぴったりで。
「では、失礼します」
ぺこりと頭を下げてこちらへ向かって歩いてくる相手をついついじっと見つめてしまうと、相手が側まで来て立ち止まった。
「何?」
「え、あ、あっ」
一気に正志の喉が干上がった。
透明な目。
猛ほど大きくなくて、三上ほど淡くない、甘い茶色の、それでもまるで奥の方まで覗き込みたくなるような、深くて透明な目。
その目が、に、とふいに笑った。
「三日後」
「え?」
「ここで歌うの」
「ここ、で?」
声が掠れて出なかった。それがたまらなく悔しくて、正志は思わず一歩彼女の前に立ち塞がる。ちょっと驚いたように見開かれた瞳が嬉しくて、またもっと覗き込む。
「来てね?」
「うん」
「じゃ」
「わかった」
当然みたいに約束して当然みたいにすぐ側をすり抜けていく彼女の熱に、内側の何かが煽られた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる