『よいこのすすめ』

segakiyui

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 ちう。
「……ん……?」
 ちううう。
「………わあっ!」
「てえっ!」
 首筋に濡れた温かいものが当たって、妙な音をたてながら吸いついてきた、とまではわかった。ぼんやりと目を見開いて、えーっと今何時だっけと壁の時計を見て、まだ6時半じゃん、と思った瞬間、もう一度改めてむちゅ、と吸いついてきた感触に一気に目が覚めて正志は跳ね起きた。
「った~」
「った~、じゃないだろ」
 茫然としながら吸いつかれた首を押さえて、ベッドの隣にいつの間にやら潜り込んでいた猛を睨む。
「何してんの、ってか、いつ帰ってきたの」
「あ~、夕べの1時? 2時? 違うな~、カルテ書き終わって処方出した時が2時半だったから、3時はまわってた~」
 一度は正志に跳ね飛ばされて壁に頭を打ちつけた猛がくたくたんと倒れながら呟き、そのままもぞもぞとベッドの中へ潜り込んでいく。
「だから、眠いんだよ~、お休み~」
「おやすみ~ってな、そこは僕のベッド! ……って聞いてねえ~」
 正志の抗議を手だけ起こした猛がひらひらと指先で遮って、そのままぱたりと沈み込む。後に響くのは気持ちよさそうな安らかな寝息。
「あー……もう、あっちこっちに脱ぎちらかして……」
 仕方なくベッドから降りて、部屋の中に散らばった衣服をため息まじりに集め、もう片方の壁に寄せた猛のベッドに放り投げる。スーツ上下、カッターシャツ、ネクタイ……だが靴下がない。
「猛、靴下は?」
 尋ねたが戻ってくるのはすうすうと静かな呼吸音。
「また履いたまま寝てんのかぁ?」
 他の衣服はすっと脱げるんだけど、眠い時ってさ、靴下だけは脱げないんだよ、なんでだろ。
 不思議そうに首を傾げた相手を思い出してため息を重ねた。
「………よっぽど疲れてんだ」
 ベッドを間違えてしまったのか、もうとにかくどこでもいいから横になりたかったのか。
 白衣を脱ぐと猛の言動は一気にガキんちょになってしまうから、無事帰りついた方が奇跡だったのかもしれない。
「病棟、荒れたのかな……」
 三日前、吐血です、と呼ばれて走り去っていった猛を思い出す。病状によっては、あの後緊急蘇生を施す状況になってたかもしれないし、そう言えば猛は連日遅くて、夕食食べに帰れないよと愚痴りながら連絡をよこした。
 久しぶりの一人の夕食は微妙に味気なかったけれど、そこで思い出したのは小児科で行われる『彼女』のコンサートで。
 一体どんな声でどんな歌を歌うんだろう。
 来てね、と言われたのは社交辞令かもしれないのに、田中主任に小児科のプレイルームで夕方からと聞いて、思わず早退願いを出してしまった正志は、ひょっとするとおめでたいのかもしれない。
「……あ」
 そこでふいに気づいたのは首筋の感覚。
 誰と間違ったのか、寝惚けた猛がしっかり抱きついて吸いついていたのは確かなことで。
「うわ……やべえ……」
 慌てて洗面所に駆け込み、正志は小さく呻いた。
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