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「準備はできましたか、片桐さん」
「あ、はい」
三上が黙って動かなかったのは数秒だった。すぐに正志と『彼女』の方へ近寄ってきて、ほとんど遺跡建造物になってしまっている正志の頭の上を越え、部屋の中を覗き込み、微かに笑った。
「『タロン隊長』?」
「あ、御存知ですか?」
『彼女』が嬉しそうに体を起こして三上を見上げる。
「子どもは好きですよね?」
「そうなんですよ! だからつい買っちゃいました」
「買った?」
三上も正志と同様、ちょっと驚いた顔で瞬きしたが、すぐに柔らかく微笑んで、
「今日のために?」
「ええ」
「今日だけのために?」
「はい」
だって、とことばを続けようとする『彼女』にちょっと指先を上げて、止める。
「みんな、喜びますよ」
「ですよね!」
三上のことばに『彼女』は零れるような笑顔を見せた。
「だから、一曲目は『アイスを買ってあげる』なんです」
「ああ、テーマ曲」
「はい、よく御存知ですね!」
「……それじゃ」
くすりと笑った三上がついと側を離れて詰め所に向かう。何をする気なのかと見送っていると、すぐに戻ってきたが、その手には黄色の薔薇主体の大きな花束を抱えている。
「僕はこれを『隊長』に渡そうかな」
「え?」
「あなたの歌声を真横で聞けるんですからね。僕はこれからまだ仕事があるんで、御一緒できないんですよ」
どうやら三上は仕事で来れないからと花束を詰め所に託したところだったらしい。
三上のことばを聞いた『彼女』が一瞬目を大きく開いて花束と三上を見比べる。やがて蕩けるような顔で頬を染め、花束を受け取って頭を下げた。
「………ありがとうございます」
「じゃ、これで」
正志が隣に居るのを完璧に無視して、三上はくるりと向きを変えて立ち去っていく。
「はぁ……」
「……ふぅ」
甘い溜め息を漏らしてその後ろ姿を見つめる『彼女』に、正志は思わずぐったりした。
「……何、ふうって」
「や、あんまりにも」
振り返った『彼女』が軽く咎めて、できすぎた男って嫌味だよね、ということばを呑み込んだのは、正志のささやかなプライド。いくら恋愛下手でも、この状況で三上をけなす愚はわかる。
「………かっこいいから」
「かっこいいよねえ」
うっとりと『彼女』が繰り返して、正志は地獄まで落ち込んだ。
「あ、はい」
三上が黙って動かなかったのは数秒だった。すぐに正志と『彼女』の方へ近寄ってきて、ほとんど遺跡建造物になってしまっている正志の頭の上を越え、部屋の中を覗き込み、微かに笑った。
「『タロン隊長』?」
「あ、御存知ですか?」
『彼女』が嬉しそうに体を起こして三上を見上げる。
「子どもは好きですよね?」
「そうなんですよ! だからつい買っちゃいました」
「買った?」
三上も正志と同様、ちょっと驚いた顔で瞬きしたが、すぐに柔らかく微笑んで、
「今日のために?」
「ええ」
「今日だけのために?」
「はい」
だって、とことばを続けようとする『彼女』にちょっと指先を上げて、止める。
「みんな、喜びますよ」
「ですよね!」
三上のことばに『彼女』は零れるような笑顔を見せた。
「だから、一曲目は『アイスを買ってあげる』なんです」
「ああ、テーマ曲」
「はい、よく御存知ですね!」
「……それじゃ」
くすりと笑った三上がついと側を離れて詰め所に向かう。何をする気なのかと見送っていると、すぐに戻ってきたが、その手には黄色の薔薇主体の大きな花束を抱えている。
「僕はこれを『隊長』に渡そうかな」
「え?」
「あなたの歌声を真横で聞けるんですからね。僕はこれからまだ仕事があるんで、御一緒できないんですよ」
どうやら三上は仕事で来れないからと花束を詰め所に託したところだったらしい。
三上のことばを聞いた『彼女』が一瞬目を大きく開いて花束と三上を見比べる。やがて蕩けるような顔で頬を染め、花束を受け取って頭を下げた。
「………ありがとうございます」
「じゃ、これで」
正志が隣に居るのを完璧に無視して、三上はくるりと向きを変えて立ち去っていく。
「はぁ……」
「……ふぅ」
甘い溜め息を漏らしてその後ろ姿を見つめる『彼女』に、正志は思わずぐったりした。
「……何、ふうって」
「や、あんまりにも」
振り返った『彼女』が軽く咎めて、できすぎた男って嫌味だよね、ということばを呑み込んだのは、正志のささやかなプライド。いくら恋愛下手でも、この状況で三上をけなす愚はわかる。
「………かっこいいから」
「かっこいいよねえ」
うっとりと『彼女』が繰り返して、正志は地獄まで落ち込んだ。
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