『よいこのすすめ』

segakiyui

文字の大きさ
18 / 74

18

しおりを挟む
「なんだかなー………あ」
 瞬間にひやっとして思わず周囲をきょろきょろ見回し、あ、ここには『彼女』はいないんだっけ、と呟いて、正志はまたばふんとベッドに埋まり込む。
「まあ……何とか名前はわかったけれど」
 片桐、桃花。
 ももかって読むんだよ、可愛い?
 そう子ども達に尋ねていた笑顔を思い出してにやつく。けれど、すぐにコンサートが終わっていそいそと三上の渡した花束を抱えて帰ってしまった桃花を思い出してため息が出た。
 とにかく印象悪かったよなあ、僕。
 ついでに風邪なんか引いちゃうしさ。
 ぴぴぴっ、と鳴った体温計を脇から取り出してみると、37.8度。
「しっかり上がってやんの…」
 ぼやいて体温計を枕元に放り出し、味気ない白い天井を見上げた。
 木曜日に『彼女』のコンサートがあって、そこで「正志くん、婚約者のこと、そこまで大事に考えたことあったの?」なんて鋭い指摘を食らったせいか、はたまたそれが結構真実だと気づいてしまったせいか、金曜日の夕方から微熱が出て、本当なら代休交換で出勤するはずだった本日日曜日の仕事は急遽休み。
 看護師ならこうはいかないよなあ。
 ベッドの中でまた溜め息をつく。
 勤務はシフトが組まれている。急な交代はできないから、看護師の仕事は自分の体調管理、つまり『自分が出るべき勤務の時に万全の体調を整えて出る』ことから始まるんだからね、とは、もうとうに離れてしまった母親の決まり文句だった。
「乳飲み子抱えてよくやってたよなあ…」
 正志の母親が父親と死に別れたのが正志2歳の時。
 病院の24時間体制の保育所に正志を入れて、奮闘すること18年、正志が成人すると同時に再婚して今は違う家庭を持っている。正志も来るかと聞かれたけれど、相手は初婚の、言わば新婚家庭に20歳の息子は邪魔でしょ、と相手に母をよろしくお願いします、とさっさと出てきた。
 今では時々電話するぐらい、けれどさすがに涼子に婚約破棄されたとは伝えていない。
『涼子ちゃんならしっかりしてるから、お前も大丈夫よね』
 笑った母親の顔が苦い気分と一緒に蘇ってきた。
「……しっかりしすぎて、ふられちゃいましたとさ」
 はぁ、と熱っぽい息を吐いて、何かふっと懐かしい思いがしたと思ったら、初めて涼子と寝たときも風邪気味で熱っぽかったのを思い出した。
『大丈夫、正志くん?』
『え?』
 キスしてて、いつも先に正志の熱に気づいたのは涼子の方だった。体熱いよ、と言われて、興奮してんのかなと苦笑いしたら、違うよ、きっと熱あるよ、そう言って体温計で熱を測ってくれた。
 ほら、37.5度。
 誇らしそうに見せてくれた細い指先を握って引き寄せて、
『もうキス駄目だね、今夜は帰る?』
 そう尋ねた正志の額に額をくっつけて、赤い顔でむくれてみせた。
『今からどこにも行けないでしょう? 友達の所に泊まるって言ってきたもの』
『ごめん……じゃあ』
 僕、ソファで寝ようか、そうベッドを滑り出ていこうとしたら、いいの、汗かいたら熱も引くよ、そう微笑まれて、どきどきしながら戻って。
 後は夢中だった。
 柔らかい肌。
 細くてしなやかな手足。
 長くていい匂いの髪。
 高校・大学時代はバイトの合間の慌ただしいデートで、こんなふうに抱き合ってキスしたりするのはなかなかなかった。いつも別れ際に掠めるみたいに唇合わせて、それだけで結構楽しかったけれど、抱き合ってみれば、自分と全く違う体が不思議でわけがわからなくて。
 壊しそうでいつもそっと怯みながら扱っていたように思う。
「…………それが……まずかったのかなあ………」
 目を閉じると、そのままうとうとしてしまったらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...