『よいこのすすめ』

segakiyui

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「じゃあな、まーちゃん」
「だから、それやめろ……あ」
「鷹」
 小児科から出ようとした猛と入れ代わりに入ってきたのは三上だ。
「おはよ」
「おはよう」
 嬉しそうに笑う猛を一瞬エレベーターに押し戻し、周囲から見えない場所で軽く腰を抱いた三上が、ちらっと横目で正志を見ながら囁く。
「大丈夫か?」
「ん」
 さっきは痛いって言ってたじゃねえか、このやろう。
 そう突っ込みたかったが、三上の珍しく甘い微笑にさすがに口を挟めず、すぐに猛が離れていくのを名残り惜しそうに見遣る相手にこそっと尋ねる。
「閉めていっすか」
「ああ、どうぞ」
「どちらへ」
「整形までいく」
「はぁ」
 げ、一緒かよ。そう思ったのをかろうじて呑み込んで、正志は居心地悪く足を踏み変えた。
 静まり返ったエレベーターが一度上に呼ばれて上がり、でも誰も乗り込まないで、今度は整形のある下へ向かって動き出す。
「……夕べはすまなかった」
 二人きりのエレベーターで三上がぽつりと言った。今朝はもう口の絆創膏は剥がされている。
「はあ」
「風邪の具合は?」
「大丈夫っすよ」
 まあ、回復力の早いのが取り柄で、と笑ってみせるが、どうも今回は違うよなあ、と正志は溜息をつく。
 涼子に振られてから、何だかどんどん落ち込んでるみたいな気がする。何やっても空回りで、誰と一緒に居ても自分の情けなさばっかりが目について。桃花だって、さゆだって。
 彼女らが悪いわけじゃないと思う。言われたことはもっともだって思う、思うけれど、今まで気づかなかった自分の汚いところを見せつけられてくようで、しかもその相手が少なからずいいなと思っ
た雰囲気の子だっていうのは、一体どういう因縁なんだろう? お払いでもしてもらった方がいいんだろうか。
「……仕事、まだないのか」
「え?」
「……看護師の空き」
「ああ……みたいっすね」
 あれから辞めた人はいないし、とにかくポーターの仕事も忙しいし。何より、涼子のこと以来、少しそういうことへの覇気が薄れているのも確かだった。
 何だかもう、ポーターでもいいんじゃないかなあ。
 涼子と結婚するから、安定してきちんと給料がもらえる仕事、社会的地位もちゃんとしてる仕事がいいと思ってたけど、何だかこの先も僕には望み薄そうだし。
 正志が改めて溜息を重ねたのを、三上は仕事がないのにがっくりしていると取ったらしい。
「探して、やろうか」
「は?」
「この病院にこだわらないなら、あるかもしれない」
 振り返った薄い色の瞳に、意外といい人じゃん、と正志は思った。 
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