『よいこのすすめ』

segakiyui

文字の大きさ
35 / 74

35

しおりを挟む
「いっすよ」
 ちょっと笑い返してみせる。
「ポーターの仕事もあっちこっちの科が見れて楽しいし。今ちょっと凹んでて、看護師の仕事きちんとやれる自信もないし」
「……そうか」
「……三上さんこそ、仕事いいんすか? ここんとこずっと病棟うろうろしてません?」
「これも仕事のうちなんだ」
 三上は軽く肩を竦めてみせた。
「取引先がMRを抱えてる部門があって、その絡みもあるし」
「あるし?」
「………病院の内情もよくわかる」
 すう、と逸らせた瞳がひんやりとした。
「医長会議の報告よりも、こうやって病棟をうろうろしている方が現実もわかるし、雇用している者の生の声も聞けるからな」
 くす、と微かに脣の端で笑った。
「僕みたいな若造に遠慮するような医師は少ないからね」
「ああ」
 三上さんがこの病院のオーナーの息子だということはそれほど知らせていないらしい。それをいいことに、この人は当たり障りのない顔であちこちうろついては、病院の実体を把握してるってことか。
「人間の裏表がよくわかるよ、病院っていうのは」
 やっぱり怖い人だな、と思った正志の気持ちを見抜いたように、ちらりと横目を使ってくる。
「僕は嫌いじゃない」
「じゃあ……なんで違う仕事に就いたんですか?」
「それは……」
 三上は一瞬顔をしかめた。視線をふい、と動いていくランプに戻しながら、
「いろいろ、あって」
「三上さんでも?」
「?」
「や、だって何やらせても卒なくて、スマートで、失敗なんか絶対しなくて」
「嫌味か」
「ち、違います」
「………失敗だらけだよ、僕は」
 三上は小さく息を吐いた。
「一番の失敗は倉沢に会ったこと」
「は?」
「おかげで……」
 軽く上下して止まったエレベーターから降りながら、独り言のように呟く。
「父の仕事を継ごうなんて思ってしまうし」
「はい?」
 それはどういうことだろう、と首を傾げた僕を振り返り、カートを押し出す間さり気なくボタンを押してくれる。
「僕と倉沢は『結婚』できないんだぜ」
 皮肉っぽく笑って、三上は肩を竦めた。
「将来を守るのに、この病院ぐらいは要るだろう?」
「あ」
 確かに今はパートナーシップ宣誓制度とかはあるけど、でも。
「そういうことだ」
 つまり、『そのため』に三上は病院をうろついているのか。
 猛と一緒にこの先の人生を生きてくために、その場所を確保しておくために。
「おかしなやつだな。君だって婚約者が居たんだろう?」
 三上は苦笑した。
「どんなふうに一緒に生きていくのかぐらい、考えただろう?」
 どんなふうに、一緒に、生きていくのか?
 さらっと言い放って側を離れていく三上に、正志は横っつらをはり飛ばされたような気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...