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「いっすよ」
ちょっと笑い返してみせる。
「ポーターの仕事もあっちこっちの科が見れて楽しいし。今ちょっと凹んでて、看護師の仕事きちんとやれる自信もないし」
「……そうか」
「……三上さんこそ、仕事いいんすか? ここんとこずっと病棟うろうろしてません?」
「これも仕事のうちなんだ」
三上は軽く肩を竦めてみせた。
「取引先がMRを抱えてる部門があって、その絡みもあるし」
「あるし?」
「………病院の内情もよくわかる」
すう、と逸らせた瞳がひんやりとした。
「医長会議の報告よりも、こうやって病棟をうろうろしている方が現実もわかるし、雇用している者の生の声も聞けるからな」
くす、と微かに脣の端で笑った。
「僕みたいな若造に遠慮するような医師は少ないからね」
「ああ」
三上さんがこの病院のオーナーの息子だということはそれほど知らせていないらしい。それをいいことに、この人は当たり障りのない顔であちこちうろついては、病院の実体を把握してるってことか。
「人間の裏表がよくわかるよ、病院っていうのは」
やっぱり怖い人だな、と思った正志の気持ちを見抜いたように、ちらりと横目を使ってくる。
「僕は嫌いじゃない」
「じゃあ……なんで違う仕事に就いたんですか?」
「それは……」
三上は一瞬顔をしかめた。視線をふい、と動いていくランプに戻しながら、
「いろいろ、あって」
「三上さんでも?」
「?」
「や、だって何やらせても卒なくて、スマートで、失敗なんか絶対しなくて」
「嫌味か」
「ち、違います」
「………失敗だらけだよ、僕は」
三上は小さく息を吐いた。
「一番の失敗は倉沢に会ったこと」
「は?」
「おかげで……」
軽く上下して止まったエレベーターから降りながら、独り言のように呟く。
「父の仕事を継ごうなんて思ってしまうし」
「はい?」
それはどういうことだろう、と首を傾げた僕を振り返り、カートを押し出す間さり気なくボタンを押してくれる。
「僕と倉沢は『結婚』できないんだぜ」
皮肉っぽく笑って、三上は肩を竦めた。
「将来を守るのに、この病院ぐらいは要るだろう?」
「あ」
確かに今はパートナーシップ宣誓制度とかはあるけど、でも。
「そういうことだ」
つまり、『そのため』に三上は病院をうろついているのか。
猛と一緒にこの先の人生を生きてくために、その場所を確保しておくために。
「おかしなやつだな。君だって婚約者が居たんだろう?」
三上は苦笑した。
「どんなふうに一緒に生きていくのかぐらい、考えただろう?」
どんなふうに、一緒に、生きていくのか?
さらっと言い放って側を離れていく三上に、正志は横っつらをはり飛ばされたような気がした。
ちょっと笑い返してみせる。
「ポーターの仕事もあっちこっちの科が見れて楽しいし。今ちょっと凹んでて、看護師の仕事きちんとやれる自信もないし」
「……そうか」
「……三上さんこそ、仕事いいんすか? ここんとこずっと病棟うろうろしてません?」
「これも仕事のうちなんだ」
三上は軽く肩を竦めてみせた。
「取引先がMRを抱えてる部門があって、その絡みもあるし」
「あるし?」
「………病院の内情もよくわかる」
すう、と逸らせた瞳がひんやりとした。
「医長会議の報告よりも、こうやって病棟をうろうろしている方が現実もわかるし、雇用している者の生の声も聞けるからな」
くす、と微かに脣の端で笑った。
「僕みたいな若造に遠慮するような医師は少ないからね」
「ああ」
三上さんがこの病院のオーナーの息子だということはそれほど知らせていないらしい。それをいいことに、この人は当たり障りのない顔であちこちうろついては、病院の実体を把握してるってことか。
「人間の裏表がよくわかるよ、病院っていうのは」
やっぱり怖い人だな、と思った正志の気持ちを見抜いたように、ちらりと横目を使ってくる。
「僕は嫌いじゃない」
「じゃあ……なんで違う仕事に就いたんですか?」
「それは……」
三上は一瞬顔をしかめた。視線をふい、と動いていくランプに戻しながら、
「いろいろ、あって」
「三上さんでも?」
「?」
「や、だって何やらせても卒なくて、スマートで、失敗なんか絶対しなくて」
「嫌味か」
「ち、違います」
「………失敗だらけだよ、僕は」
三上は小さく息を吐いた。
「一番の失敗は倉沢に会ったこと」
「は?」
「おかげで……」
軽く上下して止まったエレベーターから降りながら、独り言のように呟く。
「父の仕事を継ごうなんて思ってしまうし」
「はい?」
それはどういうことだろう、と首を傾げた僕を振り返り、カートを押し出す間さり気なくボタンを押してくれる。
「僕と倉沢は『結婚』できないんだぜ」
皮肉っぽく笑って、三上は肩を竦めた。
「将来を守るのに、この病院ぐらいは要るだろう?」
「あ」
確かに今はパートナーシップ宣誓制度とかはあるけど、でも。
「そういうことだ」
つまり、『そのため』に三上は病院をうろついているのか。
猛と一緒にこの先の人生を生きてくために、その場所を確保しておくために。
「おかしなやつだな。君だって婚約者が居たんだろう?」
三上は苦笑した。
「どんなふうに一緒に生きていくのかぐらい、考えただろう?」
どんなふうに、一緒に、生きていくのか?
さらっと言い放って側を離れていく三上に、正志は横っつらをはり飛ばされたような気がした。
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