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何か凄い顔だよ、まーちゃん。一度街に出てきなよ。
猛に促されて、仕事以外はずっと家で籠っていたのを、ひさしぶりの休日に、正志は街に出た。
「………なーんか……」
空気が柔らかくなってんなあ。
大きく息を吸って、電車のホームでぼんやりする。
向いのホームをもう春っぽい薄物を着た女の子達がひらひら行くのを眺めても、何の気持ちも動かない。
「そっか、春、か」
もう春なんだなあ。
街へ、と言われたものの、どこへ何をしに行けばいいのか思いつかなかった。
ホームに置かれている観光案内の冊子みたいなものをぱらぱら捲ってみる。側を通ったカップルが、ちらっと正志を見たような気がして、思わずラックに戻して、やってきた電車に乗り込んだ。
「どうしよっかなあ」
中学高校の時の友達とは看護学校へ進んだ時点でかなり繋がりが切れていた。近所関係も、男二人で自由気侭に出入りできることを主体に選んだマンションだったから、見知った相手も近くにいない。
涼子といつもどこに行ってたっけ。
確か、片浜で降りて、そっからデパートが密集しているところを通り抜けて。大抵は涼子の行きたいカフェとかブティックとか、そうそう映画も行ったっけ。実習時間が押してレポートが仕上げられなくて徹夜してのデートだったから、正志は随分ぼんやりしていて、映画の途中もうとうとしていて、終わってからいい映画だったね、ほら、あの二人の話してる場面もいい感じだったな、と感想を言ったら「寝てたでしょ」とあっさり片付けられてしまった。
ずっと後で、それこそ涼子に振られる直前、幼馴染みが恋人になって、けれどお互い求める相手が違うと初めて気づくのがその場面だったとわかって、ちょっと焦ったものだけど、それも何となく日常の中に紛れていって。
「あの時にもう、決めてたのかな…」
自分の隣は正志ではない、と。
思わず溜め息をついて立ち止まった正志の前を、デパートから吐き出された一群が横切る。
何となく待ちながら、歩いている人々が手にしているパンフレットが同じものだと気づいた。桜色の表紙の明るさも魅かれたけれど、目に飛び込んだのは中央に描かれた真っ青な空の絵。
「絵画展、か」
そんなもの一度も行ったことはないけれど、どうせ行くところなんてないんだから、ちょうどいいかもしれない。
一群が過ぎた後に引き込まれるようにデパートに入る。
「7階、特設会場、ね」
『若き瞳の見つめた空』というタイトルのポスターには、パンフレットの表紙と同じ絵がある。
「すごい……青…」
こうして大きめの画面で見ると、一層目を魅くなあ、と一番下の細い文字で描かれた作者の名前を目を凝らして見る。
「……えーと…sayu……」
「ちょっと、立ち止まらないで!」
「あ、すみません」
後ろからやってきた中年女性に急かされて、慌ててエスカレーターに乗る。
「さゆ……?」
ローマ字で全部読み取れなかったから、勝手に想像してしまったけど。
まさか、そんなことなんてあるわけないだろうけど。
エスカレーターに運ばれて近づいてくるポスターを身を乗り出しながら覗き込んだ。
猛に促されて、仕事以外はずっと家で籠っていたのを、ひさしぶりの休日に、正志は街に出た。
「………なーんか……」
空気が柔らかくなってんなあ。
大きく息を吸って、電車のホームでぼんやりする。
向いのホームをもう春っぽい薄物を着た女の子達がひらひら行くのを眺めても、何の気持ちも動かない。
「そっか、春、か」
もう春なんだなあ。
街へ、と言われたものの、どこへ何をしに行けばいいのか思いつかなかった。
ホームに置かれている観光案内の冊子みたいなものをぱらぱら捲ってみる。側を通ったカップルが、ちらっと正志を見たような気がして、思わずラックに戻して、やってきた電車に乗り込んだ。
「どうしよっかなあ」
中学高校の時の友達とは看護学校へ進んだ時点でかなり繋がりが切れていた。近所関係も、男二人で自由気侭に出入りできることを主体に選んだマンションだったから、見知った相手も近くにいない。
涼子といつもどこに行ってたっけ。
確か、片浜で降りて、そっからデパートが密集しているところを通り抜けて。大抵は涼子の行きたいカフェとかブティックとか、そうそう映画も行ったっけ。実習時間が押してレポートが仕上げられなくて徹夜してのデートだったから、正志は随分ぼんやりしていて、映画の途中もうとうとしていて、終わってからいい映画だったね、ほら、あの二人の話してる場面もいい感じだったな、と感想を言ったら「寝てたでしょ」とあっさり片付けられてしまった。
ずっと後で、それこそ涼子に振られる直前、幼馴染みが恋人になって、けれどお互い求める相手が違うと初めて気づくのがその場面だったとわかって、ちょっと焦ったものだけど、それも何となく日常の中に紛れていって。
「あの時にもう、決めてたのかな…」
自分の隣は正志ではない、と。
思わず溜め息をついて立ち止まった正志の前を、デパートから吐き出された一群が横切る。
何となく待ちながら、歩いている人々が手にしているパンフレットが同じものだと気づいた。桜色の表紙の明るさも魅かれたけれど、目に飛び込んだのは中央に描かれた真っ青な空の絵。
「絵画展、か」
そんなもの一度も行ったことはないけれど、どうせ行くところなんてないんだから、ちょうどいいかもしれない。
一群が過ぎた後に引き込まれるようにデパートに入る。
「7階、特設会場、ね」
『若き瞳の見つめた空』というタイトルのポスターには、パンフレットの表紙と同じ絵がある。
「すごい……青…」
こうして大きめの画面で見ると、一層目を魅くなあ、と一番下の細い文字で描かれた作者の名前を目を凝らして見る。
「……えーと…sayu……」
「ちょっと、立ち止まらないで!」
「あ、すみません」
後ろからやってきた中年女性に急かされて、慌ててエスカレーターに乗る。
「さゆ……?」
ローマ字で全部読み取れなかったから、勝手に想像してしまったけど。
まさか、そんなことなんてあるわけないだろうけど。
エスカレーターに運ばれて近づいてくるポスターを身を乗り出しながら覗き込んだ。
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