『よいこのすすめ』

segakiyui

文字の大きさ
42 / 74

42

しおりを挟む
「あ」
「?」
「聞こえました?」
「は?」
 唐突にさゆがまっすぐ前を向いたまま固まって、ちら、と目を上げてくる。
「お腹の音」
「…ああ、そっか、お昼食べに行くところだったんだっけ」
「一緒に如何でしょう?」
「はい?」
 見上げられて一瞬正志も固まる。
 えーと? 一緒に如何って……誘われてるっ?
「あ、ああ、是非っ」
「はい」
 嬉しそうに笑うさゆが、ここの同じ階においしいパスタ店入ってるんですよ、と教えてくれた。先に立って歩いていく彼女の姿は、本当に華奢でしなやかで。22年男をやってきて、自慢じゃないが女の子からこんなふうに誘われたことなんてなくて、正志はどんどん緊張してくる。
 落ち着け。落ち着け。何を食事ぐらいで慌ててるんだ、涼子とは一緒に寝たことさえある…。
 店の名前さえ見えなかった。
「どれがいいですか?」
「っ!」
 いい匂い。
 テーブルに向かい合って座り、メニューをお互いに覗き込んださゆの髪が落ちてきて、正志は唾を呑んだ。意外に細い髪質、それがワンピースの襟と首筋に絡みついて流れ、微かに甘い匂いがする。
 柔らかそう。
 いや、髪が、と言うんじゃなくて、ほら、その首筋が吸い込まれてる胸元あたり。
「高岳さん?」
「あ、ぼ、僕、この『しめじどぉんとスパゲッティ』ってのにしよう!」
 きょとんと目を上げられ、正志はとっさに開いていたページの中央を押さえて読み上げる。
「しめじ? きのこ好きなんですか? 私も好き」
「ふぇっ」
 自分でも頓狂な声を上げてしまったと思う。
「くにゅくにゅした舌触り、おいしいですもんね」
「あ、ああ、うん、あの、ね、ははっ」
 無邪気ににこにこ笑う相手にじっとりと脇の下に汗が滲んだ。とっさにさゆの顔にきちんと眼鏡がかかっているのを確認してしまったあたり、自分の狡さが情けない。どくどく波打つ胸で次々沸き上がってくる疑問符を必死に頭の中で形にしようとする。
 何考えてんだよ一体。初対面も同然の相手に一体何を想像して。
 いや、そりゃ確かに御無沙汰だったけど。や、第一僕はベッドがへたなはずで、そんな状態でさゆとどうこうというのは。
「うわああ」
「はい?」
「いえ、何でもないです、うん」
 何だかとんでもないことを口走りそうな気がして慌ててメニューを引き寄せたら、乗っていたさゆの指ごと引き寄せてしまった。
「あ」
「あ」
 メニューの上で重なった手にさゆが固まり、正志も固まる。すぐに離せばいいのに、掌の下の小さな手が予想外に滑らかにすっぽり入ってしまって、何だか思わずぎゅ、と握ってしまった。
「あ…」
 すううっ、とさゆが見る見る赤くなり、正志もついでに顔が熱くなり、けれどどうにもその手が離せなくて。
「ごめん…」
 正志は小さく謝った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...