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「あ」
「?」
「聞こえました?」
「は?」
唐突にさゆがまっすぐ前を向いたまま固まって、ちら、と目を上げてくる。
「お腹の音」
「…ああ、そっか、お昼食べに行くところだったんだっけ」
「一緒に如何でしょう?」
「はい?」
見上げられて一瞬正志も固まる。
えーと? 一緒に如何って……誘われてるっ?
「あ、ああ、是非っ」
「はい」
嬉しそうに笑うさゆが、ここの同じ階においしいパスタ店入ってるんですよ、と教えてくれた。先に立って歩いていく彼女の姿は、本当に華奢でしなやかで。22年男をやってきて、自慢じゃないが女の子からこんなふうに誘われたことなんてなくて、正志はどんどん緊張してくる。
落ち着け。落ち着け。何を食事ぐらいで慌ててるんだ、涼子とは一緒に寝たことさえある…。
店の名前さえ見えなかった。
「どれがいいですか?」
「っ!」
いい匂い。
テーブルに向かい合って座り、メニューをお互いに覗き込んださゆの髪が落ちてきて、正志は唾を呑んだ。意外に細い髪質、それがワンピースの襟と首筋に絡みついて流れ、微かに甘い匂いがする。
柔らかそう。
いや、髪が、と言うんじゃなくて、ほら、その首筋が吸い込まれてる胸元あたり。
「高岳さん?」
「あ、ぼ、僕、この『しめじどぉんとスパゲッティ』ってのにしよう!」
きょとんと目を上げられ、正志はとっさに開いていたページの中央を押さえて読み上げる。
「しめじ? きのこ好きなんですか? 私も好き」
「ふぇっ」
自分でも頓狂な声を上げてしまったと思う。
「くにゅくにゅした舌触り、おいしいですもんね」
「あ、ああ、うん、あの、ね、ははっ」
無邪気ににこにこ笑う相手にじっとりと脇の下に汗が滲んだ。とっさにさゆの顔にきちんと眼鏡がかかっているのを確認してしまったあたり、自分の狡さが情けない。どくどく波打つ胸で次々沸き上がってくる疑問符を必死に頭の中で形にしようとする。
何考えてんだよ一体。初対面も同然の相手に一体何を想像して。
いや、そりゃ確かに御無沙汰だったけど。や、第一僕はベッドがへたなはずで、そんな状態でさゆとどうこうというのは。
「うわああ」
「はい?」
「いえ、何でもないです、うん」
何だかとんでもないことを口走りそうな気がして慌ててメニューを引き寄せたら、乗っていたさゆの指ごと引き寄せてしまった。
「あ」
「あ」
メニューの上で重なった手にさゆが固まり、正志も固まる。すぐに離せばいいのに、掌の下の小さな手が予想外に滑らかにすっぽり入ってしまって、何だか思わずぎゅ、と握ってしまった。
「あ…」
すううっ、とさゆが見る見る赤くなり、正志もついでに顔が熱くなり、けれどどうにもその手が離せなくて。
「ごめん…」
正志は小さく謝った。
「?」
「聞こえました?」
「は?」
唐突にさゆがまっすぐ前を向いたまま固まって、ちら、と目を上げてくる。
「お腹の音」
「…ああ、そっか、お昼食べに行くところだったんだっけ」
「一緒に如何でしょう?」
「はい?」
見上げられて一瞬正志も固まる。
えーと? 一緒に如何って……誘われてるっ?
「あ、ああ、是非っ」
「はい」
嬉しそうに笑うさゆが、ここの同じ階においしいパスタ店入ってるんですよ、と教えてくれた。先に立って歩いていく彼女の姿は、本当に華奢でしなやかで。22年男をやってきて、自慢じゃないが女の子からこんなふうに誘われたことなんてなくて、正志はどんどん緊張してくる。
落ち着け。落ち着け。何を食事ぐらいで慌ててるんだ、涼子とは一緒に寝たことさえある…。
店の名前さえ見えなかった。
「どれがいいですか?」
「っ!」
いい匂い。
テーブルに向かい合って座り、メニューをお互いに覗き込んださゆの髪が落ちてきて、正志は唾を呑んだ。意外に細い髪質、それがワンピースの襟と首筋に絡みついて流れ、微かに甘い匂いがする。
柔らかそう。
いや、髪が、と言うんじゃなくて、ほら、その首筋が吸い込まれてる胸元あたり。
「高岳さん?」
「あ、ぼ、僕、この『しめじどぉんとスパゲッティ』ってのにしよう!」
きょとんと目を上げられ、正志はとっさに開いていたページの中央を押さえて読み上げる。
「しめじ? きのこ好きなんですか? 私も好き」
「ふぇっ」
自分でも頓狂な声を上げてしまったと思う。
「くにゅくにゅした舌触り、おいしいですもんね」
「あ、ああ、うん、あの、ね、ははっ」
無邪気ににこにこ笑う相手にじっとりと脇の下に汗が滲んだ。とっさにさゆの顔にきちんと眼鏡がかかっているのを確認してしまったあたり、自分の狡さが情けない。どくどく波打つ胸で次々沸き上がってくる疑問符を必死に頭の中で形にしようとする。
何考えてんだよ一体。初対面も同然の相手に一体何を想像して。
いや、そりゃ確かに御無沙汰だったけど。や、第一僕はベッドがへたなはずで、そんな状態でさゆとどうこうというのは。
「うわああ」
「はい?」
「いえ、何でもないです、うん」
何だかとんでもないことを口走りそうな気がして慌ててメニューを引き寄せたら、乗っていたさゆの指ごと引き寄せてしまった。
「あ」
「あ」
メニューの上で重なった手にさゆが固まり、正志も固まる。すぐに離せばいいのに、掌の下の小さな手が予想外に滑らかにすっぽり入ってしまって、何だか思わずぎゅ、と握ってしまった。
「あ…」
すううっ、とさゆが見る見る赤くなり、正志もついでに顔が熱くなり、けれどどうにもその手が離せなくて。
「ごめん…」
正志は小さく謝った。
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