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それじゃ、お花とお食事、ありがとうございました。
そう言ってさゆが、半泣きになった薄赤い目元で瞬きながら何とか笑って頭を下げ、ワンピースの裾を翻して逃げるように遠く離れていくのを、正志はぼんやりと見送った。
何、やってんだか、なあ。
「また、泣かせちゃったよ……」
確かにいろいろ女運が悪い気はするけれど、さゆに会うといつも泣かせてしまっている気がする。
そりゃ、僕のせいじゃないけど。
がしがし頭を掻きながら、のろのろと向きを変えてパスタ店の近くのベンチに座る。
「彼女のせいじゃ……ないよな……」
見ようと思って見たわけじゃない。一緒に食事をしている男が自分より他の女と一緒に居たいと思ってるなんて知りたくなかっただろうに、否応なく知らされて。
いつかの喫茶店の男と同じことしたってことじゃないの? けど、それならどうしてやればよかったの。気持ちを読まれなければ黙って知らぬ顔で、少なくとも食事が終わるまではさゆと付き合ってやれた。それなりに正志だって礼儀正しくさゆを送り出せた。
「誰が悪いわけ……でもない、し」
ならこのもやもやとした気持ちはどうしたらいいんだろう。
ぺこんと頭を下げたさゆの肩が震えてるようで。急ぎ足に離れていく足下が今にも転びそうで。
けれど引き止めることなんてできない、正志の頭の中は桃花の相談は何だろうとそればっかりだったから。
隠しても、黙ってても、一度見てしまった気持ちを見ないふりをしてしまうことなんて、さゆにはできなかったんだろう。きっとあの男の時だって、男の気持ちが自分にないことなんて結構わかってたんだろうけど、それを知らないふりをしてずっと頑張ったんだろうから。
ごめんね。
細い腕を掴んで、そう謝りたかった。
ごめんね。
僕のせいじゃなくて、でも君のせいでもなかった。誰がどう悪いわけじゃなかったけれど、でも、食事を台なしにした。僕が謝るもんじゃないだろうし、でも君が謝るもんでもないんだ。だから。
だから……?
「何を……したいんだ?」
「えー何かしたいんだ、正志くんは?」
「わ」
背後からつうっと背中を指で撫でられて思わず飛び上がった。
「お待たせ~」
「は、早かったね…って、」
振り向いて正志が絶句したのは、桃花がさっきのワンピースをよりミニにしたタイトな服から惜しげもなく綺麗な脚を晒していたから、だけではない。その上に羽織ったくしゅくしゅのピンクのシャツと小さなピンクのエナメルの鞄が、名前通り桃の花のように可愛くて。
「じゃ、行きましょう」
「い、行くってどこへ」
きゅ、と腕を組まれて一気に跳ね上がった心臓にどきまぎする。
「もちろん決まってるでしょ?」
くふ、と桃花が笑った。
「正志くんの、お・う・ち」
「はぁああ???」
正志の声が無駄に広いエレベーターホールに響き渡って、思わず周囲を見回した瞬間。
「!」
斜め向こうの絵画展の受付横の影で、さっきの葵と呼ばれた男がしがみついているさゆをそっと静かに抱きしめたのが正志の視界に飛び込んだ。
そう言ってさゆが、半泣きになった薄赤い目元で瞬きながら何とか笑って頭を下げ、ワンピースの裾を翻して逃げるように遠く離れていくのを、正志はぼんやりと見送った。
何、やってんだか、なあ。
「また、泣かせちゃったよ……」
確かにいろいろ女運が悪い気はするけれど、さゆに会うといつも泣かせてしまっている気がする。
そりゃ、僕のせいじゃないけど。
がしがし頭を掻きながら、のろのろと向きを変えてパスタ店の近くのベンチに座る。
「彼女のせいじゃ……ないよな……」
見ようと思って見たわけじゃない。一緒に食事をしている男が自分より他の女と一緒に居たいと思ってるなんて知りたくなかっただろうに、否応なく知らされて。
いつかの喫茶店の男と同じことしたってことじゃないの? けど、それならどうしてやればよかったの。気持ちを読まれなければ黙って知らぬ顔で、少なくとも食事が終わるまではさゆと付き合ってやれた。それなりに正志だって礼儀正しくさゆを送り出せた。
「誰が悪いわけ……でもない、し」
ならこのもやもやとした気持ちはどうしたらいいんだろう。
ぺこんと頭を下げたさゆの肩が震えてるようで。急ぎ足に離れていく足下が今にも転びそうで。
けれど引き止めることなんてできない、正志の頭の中は桃花の相談は何だろうとそればっかりだったから。
隠しても、黙ってても、一度見てしまった気持ちを見ないふりをしてしまうことなんて、さゆにはできなかったんだろう。きっとあの男の時だって、男の気持ちが自分にないことなんて結構わかってたんだろうけど、それを知らないふりをしてずっと頑張ったんだろうから。
ごめんね。
細い腕を掴んで、そう謝りたかった。
ごめんね。
僕のせいじゃなくて、でも君のせいでもなかった。誰がどう悪いわけじゃなかったけれど、でも、食事を台なしにした。僕が謝るもんじゃないだろうし、でも君が謝るもんでもないんだ。だから。
だから……?
「何を……したいんだ?」
「えー何かしたいんだ、正志くんは?」
「わ」
背後からつうっと背中を指で撫でられて思わず飛び上がった。
「お待たせ~」
「は、早かったね…って、」
振り向いて正志が絶句したのは、桃花がさっきのワンピースをよりミニにしたタイトな服から惜しげもなく綺麗な脚を晒していたから、だけではない。その上に羽織ったくしゅくしゅのピンクのシャツと小さなピンクのエナメルの鞄が、名前通り桃の花のように可愛くて。
「じゃ、行きましょう」
「い、行くってどこへ」
きゅ、と腕を組まれて一気に跳ね上がった心臓にどきまぎする。
「もちろん決まってるでしょ?」
くふ、と桃花が笑った。
「正志くんの、お・う・ち」
「はぁああ???」
正志の声が無駄に広いエレベーターホールに響き渡って、思わず周囲を見回した瞬間。
「!」
斜め向こうの絵画展の受付横の影で、さっきの葵と呼ばれた男がしがみついているさゆをそっと静かに抱きしめたのが正志の視界に飛び込んだ。
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