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数日後の朝。
「う~む……お」
焦げ始めたベーコンに気づいて、正志は慌てて卵を落とす。じゅわあっと湯気が香ばしい匂いと一緒に立ち上がって、後ろのドアが開いた。
「猛ー、卵幾つー?」
「ん~……3つぅ」
「3つね……」
残り2つをフライパンの上に落としながら、いつものようにべたりとくっついてこない相手に振り返った。
「猛?」
「……なに?」
猛は何だかちょっと不安そうな顔で寝室との境のドアの前に立っていたが、正志の視線におどおどとパジャマを握りしめた。それから急に、
「着替えてこよ…」
「? いいけど……冷めるぞ?」
「いいよ~」
くるっと向きを変えて急いで寝室に戻っていく背中に、ちょっと眉をしかめた。
「変なの」
いつもなら、卵が冷たいとか半熟じゃないとか文句言うくせに、とぼやきつつできあがったベーコンエッグを皿に移し、そういや、最近くっついてこなくなったな、と思い出す。
「まあ……24にもなった男がベタベタしてくる方がおかしいんだよな」
微妙に納得しかねたのを無理矢理納得して、自分のベーコンエッグを焼きながらパンをトーストする。
「あ、そうだ……猛!」
「なにー?」
「今日どっか出かける?」
「いや、出ないー」
寝室の向こうでもごもごと声がくぐもる。
「夕べ当直したし、昨日退院二人させたし、今日はもう俺休みー」
「ふぅん」
ならちょうどいいかもしれない。
頭の中で素早くあれこれ計画をたてる。
『お願い、ねっ、正志くんっ』
桃花が綺麗にマニキュアした指をたてて合わせて頼み込んできた仕事。猛が病棟に出ないなら、今日がちょうどいいかもしれない。
「事が事だしなあ……」
三上が日曜日も返上して病院に詰めているのは知っている。先日別の病院で患者情報が漏れた事件があって、うちは大丈夫なのかと立続けに問い合わせがあり、そちらの対応にてんてこまいになって
いる事務局と平行して、三上自ら管理システムを再チェックしているはずだ。
「三上さんは病棟ー?」
一応確認しておこうと尋ねると、ちょっと沈黙があった。
「?」
「……なんで?」
顔を上げると白のサマーセーターをジーパンの上に着た猛が大きな目を見開いている。
「鷹……に何の用?」
「あ、いや」
何となく、と言おうとして咄嗟に、
「三上さん宛ての書類が紛れ込んでる時があるから、もし病棟にいるんなら院長室へ持ってけばいいかなーと」
「あ……うん」
猛はうろたえた顔で頷き、みるみる赤くなった。
「? なに」
「いや、なんでもない。あ、ベーコンエッグ冷めてる!」
「だから冷めるって言ったろ?」
「う~」
唇を尖らせて席につく猛に苦笑しながら向かいに座る。
「コーヒーは?」
「今淹れてる」
「ん」
部屋にゆっくり漂ってきた香りに正志は桃花のことを思い出した。
「う~む……お」
焦げ始めたベーコンに気づいて、正志は慌てて卵を落とす。じゅわあっと湯気が香ばしい匂いと一緒に立ち上がって、後ろのドアが開いた。
「猛ー、卵幾つー?」
「ん~……3つぅ」
「3つね……」
残り2つをフライパンの上に落としながら、いつものようにべたりとくっついてこない相手に振り返った。
「猛?」
「……なに?」
猛は何だかちょっと不安そうな顔で寝室との境のドアの前に立っていたが、正志の視線におどおどとパジャマを握りしめた。それから急に、
「着替えてこよ…」
「? いいけど……冷めるぞ?」
「いいよ~」
くるっと向きを変えて急いで寝室に戻っていく背中に、ちょっと眉をしかめた。
「変なの」
いつもなら、卵が冷たいとか半熟じゃないとか文句言うくせに、とぼやきつつできあがったベーコンエッグを皿に移し、そういや、最近くっついてこなくなったな、と思い出す。
「まあ……24にもなった男がベタベタしてくる方がおかしいんだよな」
微妙に納得しかねたのを無理矢理納得して、自分のベーコンエッグを焼きながらパンをトーストする。
「あ、そうだ……猛!」
「なにー?」
「今日どっか出かける?」
「いや、出ないー」
寝室の向こうでもごもごと声がくぐもる。
「夕べ当直したし、昨日退院二人させたし、今日はもう俺休みー」
「ふぅん」
ならちょうどいいかもしれない。
頭の中で素早くあれこれ計画をたてる。
『お願い、ねっ、正志くんっ』
桃花が綺麗にマニキュアした指をたてて合わせて頼み込んできた仕事。猛が病棟に出ないなら、今日がちょうどいいかもしれない。
「事が事だしなあ……」
三上が日曜日も返上して病院に詰めているのは知っている。先日別の病院で患者情報が漏れた事件があって、うちは大丈夫なのかと立続けに問い合わせがあり、そちらの対応にてんてこまいになって
いる事務局と平行して、三上自ら管理システムを再チェックしているはずだ。
「三上さんは病棟ー?」
一応確認しておこうと尋ねると、ちょっと沈黙があった。
「?」
「……なんで?」
顔を上げると白のサマーセーターをジーパンの上に着た猛が大きな目を見開いている。
「鷹……に何の用?」
「あ、いや」
何となく、と言おうとして咄嗟に、
「三上さん宛ての書類が紛れ込んでる時があるから、もし病棟にいるんなら院長室へ持ってけばいいかなーと」
「あ……うん」
猛はうろたえた顔で頷き、みるみる赤くなった。
「? なに」
「いや、なんでもない。あ、ベーコンエッグ冷めてる!」
「だから冷めるって言ったろ?」
「う~」
唇を尖らせて席につく猛に苦笑しながら向かいに座る。
「コーヒーは?」
「今淹れてる」
「ん」
部屋にゆっくり漂ってきた香りに正志は桃花のことを思い出した。
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