『よいこのすすめ』

segakiyui

文字の大きさ
47 / 74

47

しおりを挟む
 数日後の朝。
「う~む……お」
 焦げ始めたベーコンに気づいて、正志は慌てて卵を落とす。じゅわあっと湯気が香ばしい匂いと一緒に立ち上がって、後ろのドアが開いた。
「猛ー、卵幾つー?」
「ん~……3つぅ」
「3つね……」
 残り2つをフライパンの上に落としながら、いつものようにべたりとくっついてこない相手に振り返った。
「猛?」
「……なに?」
 猛は何だかちょっと不安そうな顔で寝室との境のドアの前に立っていたが、正志の視線におどおどとパジャマを握りしめた。それから急に、
「着替えてこよ…」
「? いいけど……冷めるぞ?」
「いいよ~」
 くるっと向きを変えて急いで寝室に戻っていく背中に、ちょっと眉をしかめた。
「変なの」
 いつもなら、卵が冷たいとか半熟じゃないとか文句言うくせに、とぼやきつつできあがったベーコンエッグを皿に移し、そういや、最近くっついてこなくなったな、と思い出す。
「まあ……24にもなった男がベタベタしてくる方がおかしいんだよな」
 微妙に納得しかねたのを無理矢理納得して、自分のベーコンエッグを焼きながらパンをトーストする。
「あ、そうだ……猛!」
「なにー?」
「今日どっか出かける?」
「いや、出ないー」
 寝室の向こうでもごもごと声がくぐもる。
「夕べ当直したし、昨日退院二人させたし、今日はもう俺休みー」
「ふぅん」
 ならちょうどいいかもしれない。
 頭の中で素早くあれこれ計画をたてる。
『お願い、ねっ、正志くんっ』
 桃花が綺麗にマニキュアした指をたてて合わせて頼み込んできた仕事。猛が病棟に出ないなら、今日がちょうどいいかもしれない。
「事が事だしなあ……」
 三上が日曜日も返上して病院に詰めているのは知っている。先日別の病院で患者情報が漏れた事件があって、うちは大丈夫なのかと立続けに問い合わせがあり、そちらの対応にてんてこまいになって
いる事務局と平行して、三上自ら管理システムを再チェックしているはずだ。
「三上さんは病棟ー?」
 一応確認しておこうと尋ねると、ちょっと沈黙があった。
「?」
「……なんで?」
 顔を上げると白のサマーセーターをジーパンの上に着た猛が大きな目を見開いている。
「鷹……に何の用?」
「あ、いや」
 何となく、と言おうとして咄嗟に、
「三上さん宛ての書類が紛れ込んでる時があるから、もし病棟にいるんなら院長室へ持ってけばいいかなーと」
「あ……うん」
 猛はうろたえた顔で頷き、みるみる赤くなった。
「? なに」
「いや、なんでもない。あ、ベーコンエッグ冷めてる!」
「だから冷めるって言ったろ?」
「う~」
 唇を尖らせて席につく猛に苦笑しながら向かいに座る。
「コーヒーは?」
「今淹れてる」
「ん」
 部屋にゆっくり漂ってきた香りに正志は桃花のことを思い出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...