『よいこのすすめ』

segakiyui

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『それに』
 静かな声で三上は続けた。
『僕には愛する人がいます』
『………』
『とても大切な人です。その人と一生一緒に生きていくつもりです』
『………誰……ですか』
『答える義務はありません』
『でも……私が、私が三上さんを好きなのは自由でしょう』
『自由ですね』
『ひょっとしたら、ずっと先に、私を好きになってくれるかもしれないでしょう』
『………有り得ません』
『なぜ……』
 桃花の声が聞いたことのないような傷みと怒りに揺れていた。今にも爆発して弾けてしまいそうな、湿った暗い声だった。
『なぜ、その人でないと駄目なんですか』
『なぜ?』
『私より、何が優れてるんですか』
『……』
『もっと若いんですか』
『………』
『……男の人、だからですか』
「えっ」
 正志はぎょっとした。
『三上さんの好きな人が、男の人だからですか』
 桃花はどこからそれを聞いたのだろう。どこでそれを気づいたのだろう。
 だが、続いた三上のことばに正志は一層驚く。
『違います』
『え?』「え?」
 桃花と同時に声を上げてしまった。
『男の人じゃないんですか』
『いえ、男性ですよ』
『じゃあ、男の人だから…っ』
『だから、違うと言ってるじゃないですか』
 三上の声が鋭さを増した。
『あなたは、女だからあなたが好きだと言われて嬉しいんですか』
『………』
『好きだと言う気持ちの前に、男だから、と前置きして好きになってるんですか』
『………』
『あなたが僕を好きになったのは小学生のころだと言った。ならば、あなたは僕を「男」として好きになったんですか』
『……』
 桃花は答えなかった。
 答えられなかっただろう。
 誰も答えられないだろう。
 三上はたった一つのことしか言ってないのだ。
 自分には愛する人が居て、その人が唯一無二の存在であって、他の誰かがあらゆる素晴らしい条件を満たそうとも、それは全く意味がない、と。
『う、……わあああっんんっっっ!』
 いきなり泣き声が響き渡った。
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