『よいこのすすめ』

segakiyui

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 僕のこと話してる?
 ごくりと呑み込んだ唾の音が聞こえたんじゃないかとひやひやして、それでも側を通り抜けた別の女性に不審がられないようにカードを数枚手に取って選んでるふりをしながら、正志は聞き耳を立てた。
「そういうわけでも……ないんだけど」
 涼子が曖昧な声で応じた。
「でもさ、はっきり言ってやったんでしょ、へただって」
 うぁ、そんなとこまで話してんの?
 ひきつった顔でことさらカードをくるくるひっくり返してみる。
「ん……」
「で、なんて? なんて?」
「……何にも」
「へ?」
「……何にも言ってくれなかった」
「………どうしてよ」
「知らないわよ」
「婚約破棄する、って言ったんでしょ?」
「うん」
「なのに何にも?」
「何にも。ぽかんってっこっち見てただけ」
 違うだろーが。
 正志は思わず顔が熱くなる。
 ちゃんと理由を聞いて、そしたら何も言いようがなかったんだろーが。
「ぼけた男……」
 ほっとけ。
「……ちゃんと言ったのよ、へただから、この先やってられない、って」
「うん」
「なのに。ぼうっとして黙ってただけ」
「何考えてんのかなあ……指輪はどうしたの」
「返せって言われてない」
「じゃあ、まだ婚約してるつもりなんじゃない?」
 おいおい。
 正志は思わず動きを止める。
 いや、だって、今さら指輪返せなんてみっともなくて言えないだろ。正志にとっては大金でも、世間的にはバースディプレゼントぐらいにしかならないような代物だったし、指輪を惜しんでどうこう揉めるのも嫌だったし。
 何より、目の前でベッドがへただと言われて振られて、それでもまだ涼子のことしか視界に入ってない自分が惨めで情けなくて。
 けれど付きまとうつもりもなかったし、追い回すつもりもなかった。やってられないと言われたから、いろんなことを我慢して諦めて、必死に忘れようとして。
「………そうじゃない、と思う」
「え?」
「正志はそんなつもり、なかったと思う」
「じゃあ何よ」
「………私のこと、それほど好きじゃなかったんじゃないのかな」
「はぁ?」
 はぁ?
 側に居る涼子の友人と同じぐらい呆気にとられて、正志は思わず振り返った。
 棚の向こう、ごちゃごちゃしたディスプレイを透かして、久しぶりに見る涼子のピンクの唇が見える。
「なんでそうなるわけ」
 僕もそれが聞きたい。
 うんうんと思わず頷く。
「だって」
 ピンクの唇がそっと小さく噛み締められて、それに触れた時の感触が一気に正志の唇にも蘇った。
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