『よいこのすすめ』

segakiyui

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「……もしもし?」
『はい』
「すいません、僕、森野さんにもう一度御会いしたいんですが」
『……彼女はどうなったんですか』
 葵は警戒心いっぱいで尋ねてきた。
「彼女、じゃないです」
『さゆとは一緒に居たくなかったようだけど?』
「それは……」
 あの時はあの時。そんな言い訳は狡いに決まっている。通らないに決まっている。けれど、正志はことばを継いだ。
「会っちゃいけませんか」
『………さゆが嫌がったら?』
「………」
 諦めます、そう言おうとしたのに、その一言が言えなかった。涼子に流された終わりが、今はどうしても受け入れられなかった。
 正志はぐ、と奥歯を噛み締めて繰り返した。
「会っちゃいけませんか」
『いけないと言ったら』
 くすりと電話の向こうの声が笑う。
『止めますか』
「待ちます」
 ぽん、とそう応えてしまっていた。
「会えるまで、待ちます」
『じゃあさゆが嫌がったら』
「………どこが嫌か、聞いて下さい」
 正志はふいに込み上げてきた熱さに堪えかねて立ち止まった。人が行き交う大通り、迷惑そうに避けていく周囲は視界に入るけれど、動くことができない。
「何が嫌か、聞いて下さい。僕の、どこが、どうだめなのか」
『自信家ですね』
「自信なんかじゃないっ」
 とっさに言い返す。
「……会いたいんだ」
 会いたい。
 会いたい。
 さゆに会いたい。
 少しでも早く。
 ちょっとでもいいから。
 わずか数秒でもいい、窓越しでも、ホームを隔てても、声も届かなくてもいい、ただ。
「馬鹿なことを言ってるってわかってる」
 吹き出すようにことばを繋いだ。
「いいかげんで、どうしようもなくて、自分の気持ち一つわかってなくて、さゆの気持ち一つわかってやれないで」
 でも。
「会いたいんだ」
『…………さゆ、か』
「あ…」
『会ってどうするの?』
 葵は面白がるような口調で聞いた。
『告白でもするの?』
「……あんたがいるじゃないか」
『え?』
「あんたが、いるじゃないか」
 告白なんてできやしない。引き裂くつもりも毛頭ない、けれど。
「最後でいいから」
 そんなことなんて思ってやしない、けど。
「会いたい」
『……思ったよりも情熱的な男なんだな、君は』
 電話の向こうで葵はくすくす楽しそうに笑った。それから静かな声でこう告げた。
『さゆの住所を教えてあげよう。ただし会いに行くのは明日にして。今彼女は製作中のはずだから』
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