『よいこのすすめ』

segakiyui

文字の大きさ
70 / 74

70

しおりを挟む
「……どうしたんですか? ……こんなところへ?」
「……眼鏡を取ってみてよ」
「え?」
「そうしたらすぐにわかる」
「………狡いですよ」
 きゅ、と眉を寄せて抗議され、その可愛らしい顔に自分が笑うのがわかった。
「狡いね」
「狡いです」
「あのね」
「はい」
「君に会いに来た」
「え?」
「葵くん? 彼に聞いて」
「彼?」
「うん。無理させちゃった、けど」
 君が他の誰にも揺らぐことなんてないとわかってるからだったんだね、そう正志は続けた。
 絵を見ている時も、今こうして見上げている時も、まっすぐでたじろがない瞳。この瞳でずっとうんと多くのものを見てきて、いろんな辛いことや哀しいことがあっただろうけど、それでもまだまっすぐに正志を見上げてくる瞳。
「君にどうしても会いたくて」
「どうしても?」
「うん」
「どうして?」
「……わからない」
「わからない?」
「うん」
「そう、ですか」
「うん」
 ただ。
「あのさ」
「はい」
「ちょっと……触っていい?」
「は?」
「えっと……髪に、触っていい?」
「あの、」
 さゆが戸惑ったように瞬きして、逃げられると思った瞬間、さゆが小首を傾げて言った。
「高岳さん、部屋に入ってお茶でも飲みませんか」

 何やってんだかなあ。
 結局家に入れてもらって、コーヒー片手に正志はさゆの背中を見ている。
 すみませんが、もう少し待って下さいね、これを仕上げなくちゃならないので。
 そう言われて、さゆが見直しては少しずつ筆を入れていくのをじっと眺めている。
 絵は青い空を背景に白い塔の立つ岬に見えた。とはいえ、画面では青い背景に白い塊が中央を縦に横切っているだけのもの、それが岬だと見えたのは、その周囲に何もなさそうな孤立感から来るものだったのかもしれない。
 さゆはその白い塔の壁に繰り返し何度もいろいろな白を加えている。
「波しぶき?」
「…え?」
 思わずつぶやいてしまって、さゆがはっとしたように振り返った。
「あ、ごめん」
「いえ……波しぶき? これ、灯台みたいですか?」
「灯台? ああ、なるほど」
「いえ、そうじゃなくて、これ道なんですけど」
「道?」
「草原を遠ざかる道」
「青い背景なのに?」
「ええ」
「ふうん……」
 縦に見えたけれど、前後なんだね、そう答えると、はっとしたようにさゆが目を見開いた。
「そう、ですね」
「えーと……ごめん?」
 余計なことを言ったかなと思ったが、さゆが嬉しそうににっこり笑ってほっとする。
「ありがとうございます、方向が見えました」
「そう?」
「はい。葵ちゃんと話したみたい」
「あ……ああ」
 そっか、やつの代わりなのか。
 それでもいいかなんて思ってしまうあたり、ほんとどうにかしてるよなあ、と正志はコーヒーを煽ったが、次のさゆのことばにむせ返った。
「ほんと、彼女と話すといろんなことがはっきりするから助かります」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...