『ラズーン』第四部

segakiyui

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5.ダイン要城(1)

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 結局、ユーノ達がセシ公の屋敷を出たのは、落ちかけた陽が空を淡い紫と薄紅に染めようとする頃だった。
 『金羽根』はその名に違わず派手なことが好きな連中が揃っており、リヒャルティがユーノ達とともにダイン要城に乗り込むことを耳にすると、我も我もと来たがったため、その中から残り二人を選び出すのに手間取ったのだ。
「ったく…」
 それがいつもの出で立ちらしい、真紅の衣だけを身に着けたリヒャルティは、黒馬にのんびりと体を倒して肘をつき、チラリと部下の方を振り返りながら呆れ声を上げる。
「大体、オレ一人で十分だってのに、お前らときたら」
「そうはいきませんよ、リヒャルティ」
「そうそう、我らを放っていこうなんてね」
 にやりと、同じ顔が二つ、同時に同じ笑い方をした。双子のバルカ、ギャティ兄弟で、今回も二人一組、腕尽くでも役目は頂くと啖呵を切って、見事その座を勝ち得た。淡い金髪に額当て、後は紅の衣に手軽な防具だけという軽装だ。
「ちぇっ」
「ふ…まあよい」
 セシ公は長衣の下から出した腕を軽く組みながら、馬上のリヒャルティを見上げた。
「少なくとも、二人が同行すれば、お前に理性の欠片が残ろうというものだ。それより、図は確かに覚え込んだな?」
「任せてくれよ、兄貴」
 にっとリヒャルティが笑い返す。
「伊達に『緋のリヒャルティ』なんぞと呼ばれるかよ」
「その名に嗤われねばよいがな」
「ふん」
「…ユーノ」
 ぷっと子どもっぽく頬を膨らませるリヒャルティを放っておいて、セシ公はユーノに目を移す。
「お気をつけて行かれよ」
「ご迷惑をおかけしました、セシ公」
 答えるユーノを、相手はどこか眩げな目で見返してくる。
「死に急がれるな」
 ぴく、と思わず指が震えた。無言で額のあたりに触れる。そこには『聖なる輪(リーソン)』はない。ダイン要城へ向かうためにミダス公邸を出た時に置いて来た。正統後継者候補と知られれば、逆に敵が増える可能性があったからだ。
 だが、『聖なる輪(リーソン)』を置いてきても、もう今のユーノはただの辺境の小国の姫ではない。この世界の基盤となるものの存在と、そこにかけられた願い、それを支えようと重ねられてきた努力の重さを知っている。
 セレドは平和に鈍麻して、すぐ側に迫る隣国の脅威に気づかない国だった。だが、それを理解していたユーノでさえ、もっと大きな枠組みの中で、崩れつつある未来には気づかなかった。
(ずいぶん、いろんなことを私一人が知っている、私一人が背負っていると思っていた、けど)
 隣国との関係だけに心を砕いていられたかつての自分が、どれほど矮小で未熟だったのか、今ではよくわかる。
 世界はもっと広くて大きく、深い仕組みで成り立っている。
 それはもちろん、ユーノ一人でどうにかできるものではない。だが、ユーノもまた、その世界の中の失ってはならない仕組みの一つだ。
 ギヌアは、そして『運命(リマイン)』は、それを理解しているのだろうか。それとも、理解しているからこそ、自らの価値を天秤に載せ、世界に対して覇権を争う道を選んだのだろうか。
「死に急ぎはしない」
 ユーノは、しっかりと答えて、セシ公の緊張した表情に不敵に笑った。
「私にはまだ、やり残したことが多すぎる」
「……武運を」
 セシ公はぽつりと応じて、艶かしい笑みを返した。


 地下道の入り口までは、それほどかからなかった。いずれも騎馬に秀でた五人のこと、たいした疲れもなく、ラズーンの外壁近く、小さな森に隠された石造りの門に辿り着く。
「とりあえず、正面から入ってみようと思う」
 ヒストから降り、主の気配を敏感に察したのだろう、訝しげに体を揺する愛馬を軽く叩いて宥めてやりながら、ユーノはイルファに続ける。
「でないと、相手がどんな手に出てくるのかわからないし……万が一にも姉さまが別の場所に閉じ込められているとしたら、面倒だ」
「そうだな」
 イルファが腰に手を当て、四角い石を積み上げた長方形の地下道の入り口から、中を覗き込みながら応じる。
「俺達は、その王の私室にあるという出口の方に詰めとくとして………どれぐらい時間がいる?」
「そうだな…」
 地下道から吹き出してくる風は湿った土の匂いを含んでいる。乱れる髪を軽く手で押さえながら答えた。
「丸一日」
 控えているリヒャルティ達を肩越しに振り返る。
「丸一日たって私が帰ってこなければ、私室から乗り込んできてくれ」
「ちょっと待てよ」
 リヒャルティがぎょっとした顔で目を見開いた。
「帰ってこなければ乗り込めって……じゃ、何かよ、一人で行く気かよ」
「ダイン要城の中へはね」
 リヒャルティを見つめ返す。
「そんな……それじゃ、何のためにオレ達が付いて来たのか、わかんないだろ?! オレ、兄貴にどう言やぁいいんだよ!」
 露骨に顔をしかめて反対するリヒャルティを、
「付いては来てもらうさ」
 優しい笑みで説得にかかる。
「地下道は私一人じゃ通り抜けられないもの」
「だけど、その先は?!」
 リヒャルティは弟が姉を心配するような真剣さで声を荒げた。
「その先はどうするんだよ! 守りの兵士に捕まったら? 正面から入ってって身動き取れなくなったら?!」
「…」
 ユーノは少し目を伏せた。
 それは十分に考えていた。むしろ、無事に姉に会わせてもらえる確率の方が少ない。まずくすれば、そのままレアナとともに晒しものになるかも知れないのだ。
 だが、どれほどその可能性が高いと予想したところで、レアナが捕まっている以上、ユーノには行くしか道がない。
「手紙には、一人で、とあった」
 低い声で応じた。
「じゃあ、一人で行くしかない。もし、それに抗って、姉さまを殺させてしまったら」
 脳裏を掠める悪夢。どす黒い後悔と身を絞る悲痛。
 あんなことはまっぴらだ。
 唇をきつく噛み締め、吹っ切る。
「それこそ、どれほど後悔しても取り戻せない」
「だけどユーノは!」
 リヒャルティが食い下がる。
「ユーノの体は誰が心配するんだよ!」
「っ」
 リヒャルティのことばが、一番弱いところに突き刺さった。ぎくりとしたのを勘づかれまいと、あえてふてぶてしく笑ってみせる。
「大丈夫だよ、リヒャルティ」
 短い髪の毛を跳ね上げて請け負った。
「私も伊達に『星の剣士』(ニスフェル)と呼ばれたわけじゃないんだ。そう易々と殺られはしないさ」
「そうだぜ、リヒャルティ」
 イルファが何を気にしてるんだと言う顔で口を挟む。
「こいつなら、一対二十でも生き抜けるさ」
「そりゃ…そうかもしんねえけど………そりゃ、『星の剣士』(ニスフェル)なら、そうかもしんねえけどさ」
 口ごもる相手にことばを重ねる。
「それに、リヒャルティ達に詰めておいてもらえるからこそ、私も安心して動けるんだしね」
「リヒャルティ、ここは一つ、『星の剣士』(ニスフェル)の言うことに従ったらどうです?」
「そうですよ」
 バルカとギャティが代わる代わる宥める。
「仮にも、『星の剣士』(ニスフェル)の名前をとったほどの人だ。任せられるんじゃないですか?」
「う…」
 リヒャルティはなおも心配そうにユーノを見やったが、自分に相対したユーノの腕前を思い出したのだろう、不承不承頷いた。 
「わかった……じゃ、ユーノ」
「ああ。行こう」
 ぐい、と地下道へ踏み込んでいく。
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