『ラズーン』第四部

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6.魔物(パルーク)(2)

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「リヒャルティ!」「危ないっ!」
 吹っ飛ばされ叩きつけられ、唇から流れた血を拭う間も惜しんで、リヒャルティは床を蹴り、魔物(パルーク)に飛びかかった。バルカ、ギャテイも声を上げて後を追う。
 カッと開いた魔物(パルーク)の口には白銀の牙が二重に並び、暗く深い喉と舌がひくひくと痙攣する中へリヒャルティの体が吸い込まれる、と、その場に居た誰もがそう思った。アシャは舌打ちしながらレアナをイルファに委ねて短剣片手に走り寄ろうとしていたし、イルファはレアナをしっかりと抱き上げ、背後の入り口に向かおうとした、その矢先、びくんと魔物(パルーク)が体を硬直させた。同時に魂消るような絶叫を上げて身悶えする。
「ギャアアアアアアア!!」「うっ!」
「しめたっ!」
 体をよろめかせるドーヤル老師、歓声を上げるリヒャルティの剣先が、その肩をざっくりと切り裂く。だが、
「ぬおっ!」「がっ!」
 ドーヤル老師は手にした杖でリヒャルティを殴りつけた。衝撃に吹っ飛んだ相手を踏みつぶさせようと、声を荒げて魔物(パルーク)に命じる。
「行け! 行くのじゃ!」
 その肩から何とも不気味などす黒いものがにじみ出て、魔物(パルーク)の鱗に流れ落ちていく。
「リヒャルティ!」
 床に叩きつけられ、半分気を失ったように身動きしないリヒャルティを、バルカが滑り込み、身を挺して救い出した。ギャティに渡して転がって逃げる、すぐ後をずりずりと、次第に速度を上げながら迫る魔物(パルーク)の赤黒い毛の中から、突然しゅっと白いものが伸びた。伸縮自在な鞭のように、触手が床に転がったバルカを追い、その足に絡みつく。
「っ!」「ふ…」
 一陣の風のように駆け寄ったアシャの腕が一閃した。同時に触手がわらわらと空に浮き、次の瞬間、空中で細切れになってぽとぽとと床に散る。
「すげえ…」
 バルカが感嘆の声を上げ、続いて空気に溶け入るように天井近くまで飛び上がったアシャを目で追った。翻る金の髪、優しげな面立ちは歪むこともなく整ったまま、剣を扱うには細すぎるように見える腕が、まるでそれ自体が生きている武器であるかのようにしなって伸びた。
「ぐあああっっ!」
 ドーヤル老師がどす黒い血が噴き出した片目を押さえて仰け反る。その背後で、柔らかな風に舞う羽毛のように、アシャがふわりと床へ舞い降りる。
「『氷のアシャ』、か!」
 リヒャルティを引きずるように出口へ走りながら、ギャテイが身を竦めた。
「敵方だったら首括った方が早いって噂は本当だな!」
「らしいぜ、走れっ、ギャテイ!」
「わかってる!」
 今や、制御する主を失った魔物(パルーク)は狂乱し、本能の赴くままにアシャ達を追い求めて疾り出していた。一番しんがりを務めるアシャが、時間稼ぎにと幾筋かの光のように見える小剣を投げる。だが、それは鱗に弾かれ、毛の間に呑み込まれてほとんど効果がない。むしろ、魔物(パルーク)の狂気の火に油を注いだ状態、黒い瞳が憎しみを宿して滾るように燃えている。壁さえも打ち壊そうとするように、全身で出口へ突進してくるのを間一髪、出口を飛び出して避けたアシャが舌打ちして叫んだ。
「下へ逃げろ! こいつは壊すことしか思いつかんようだ!」
「壊すことしか思いつかん、だとさ!」
 ギャティがリヒャルテイを抱えて必死に階段を駆け下りながら叫ぶ。
「さすがアシャだよな!」
 転がる屍体を飛び越えたバルカが叫び返す。
「言うことにも余裕があるってもんだ!」
「実際その通りだろ!」
 先を走るイルファが喚く。肩に担いだレアナがかろうじてイルファにしがみついている。
「少なくとも、作ってはいないぜ!」
「作ってはいない、だとよ、ギャティ!」
 バルカがうんざりした声でぼやいた。
「この修羅場で並の神経じゃねえな……星の剣士(ニスフェル)っ?!」
「ユーノ!」
「この先は無理だよ!」
 下から駆け上がってきたユーノと、あわや鉢合わせしそうになってイルファが立ち止まった。慌てて残りも駆け下りかけたのを踏み留まる。
「無理? どうして」 
 イルファがさすがに息を切らせながら唸った。
「下にも魔物(パルーク)の体があって」
 ユーノがひょいと肩を竦める。
「そこに剣を突き立ててきた…そしたら、ね。アシャは?」
「もっと後ろの方だ。この騒ぎはお前のせいかよ」
 イルファが顔をしかめた。
「相談もなしにいきなり無茶なことをするから、上じゃとんでもねえことになってるんだぞ、そもそも兵法というのはだな」
「姉さまっ」
 急いでユーノが覗き込んだレアナは、ついに限界を越えてしまったのだろう、イルファの肩でぐったりと気を失ってしまっている。流れ落ちる茶色の髪をそっと掻き分け、蒼白い顔ではあるものの、怪我一つしていないその姿を確かめて、ユーノは、ほ、と小さな溜め息をついて身を翻した。側を擦り抜けて駆け上がっていくユーノに、イルファが慌てて振り返る。
「どこへ行く気だ!」
「姉さまを頼むよ、イルファ!」
「お前は?!」
「魔物(パルーク)を倒す!」
「倒すって…おい、おいっ!」「ユーノ!」「星の剣士(ニスフェル)!!」
 無茶です、と続いた声は遠ざかる小さな背中に届かなかった。


「アシャ!」
 イルファ達と離れてそれほどたつまでもなく、ユーノは、間近に魔物(パルーク)を引きつけて駆け下りてくるアシャに出くわした。
「ユーノ! 大丈夫か?」
「大丈夫、それよりどうする?!」 
 すぐに向きを変え、一緒に駆け下り始める。背後で壁にぶつかりながらずり降りてくる魔物(パルーク)の激しい物音が響き、振動が足下の石段を崩しかねない強さで伝わってくる。
「決まってる」
 にやっとアシャは不敵な笑みを広げた。甘い顔立ちが一気にきな臭くなる。
「こいつを利用して、ダイン要城を突破する!」
「だと思った!」
 でなければ、アシャともあろうものが、こんなにのろのろと追い回される一方なんてあり得ない。
「で、方法は?!」
 背後から崩れた通路の欠片が降り落ちてきた。魔物(パルーク)は階段も通路も砕きながら這い降りてきているらしい。内部にかなりの補強がされているとは言え、へたをすれば、下に着くまでに塔そのものが崩れ落ちかねない勢いだ。
「この調子じゃ、ここもそれほど保たない。来る途中に小さな入り口があっただろ」
「あった、かな」
 ユーノは必死に駆け下りながら慌ただしく頭の中を探る。昇ることに手一杯で、とても周囲の壁まで十分には観察していなかった。
「そこへ走り込む。そこからなら、こいつを塔の外へおびきだせるはずだ!」
「イルファ達はどうするの!」
「イルファーッ!!」
 普段のアシャからは想像もつかない大声が響き渡った。空気がびりびり震えるほどの声、しかも明瞭に通る。すぐに、なんだあっ、と応じる声があった。
「そのまま塔の下まで駆け下りろ!!」
 少し息を吸い込む。
「魔物(パルーク)はこっちで引き受ける!!」
「わかっ…た…あ…!」
 イルファのがらがら声が、かなり遠くから聞こえてきた。もう基部ぐらいにまで駆け下りつつあるのかも知れない。
 なおも階段を駆け下りていくと、突然アシャが左側を示した。
「そこだ、ユーノ!」「うん!」
 ぽかりと口を開けている穴、確かに人一人は優に通れる。しかも下からでは、ちょうど曲がり角の石組みと凹みにごまかされて、容易に見つけられない代物だった。
 アシャが駆け込む。一息おいて、ユーノは魔物(パルーク)を振り返り、息を呑んだ。
「あれ、って」
 橙がかった銀色の鱗をくねらせる巨大な蛇、だがその眼と眼の間にある顔にユーノは目を吸いつけられた。よくよく見れば、全く普通の男の顔なのだが、異形の中にあることで一層狂気を帯び、存在する今この世界が悪夢のように思えてくる。
「ユーノ!」「あ、つっ!」
 来ないユーノに訝ったのだろう、戻ってきたアシャが左手首を掴んで引いた。腕に走った痛みにユーノが思わず声を上げる。ぎょっとした顔でアシャが手を離した。
「どうしたっ?」
「何でもない、ちょっとドジっただけ、ごめん」
 急いで腕を取り戻し、ユーノは背後を振り返る。気のせいか、少し物音が遠ざかってしまったようだ。
「アシャ、あいつ間違いなく私達を追ってくるだろうか」
「ああ…」
 アシャが唇を歪める。
「魔物(パルーク)は血の匂いが好きだからな」
「血の匂い…」
 リヒャルティも怪我をしているかも知れない。万が一にもそちらに引かれて這い降りられては取り返しがつかなくなる。
「ユーノ?!」
 戸惑うアシャを横目に左手首に巻いていた布を解いた。止血しかけていた傷口が乱暴に引き開けられて再び出血し始める。手首から指へと伝い、床に散る血を入り口まで戻って振りまき、駆け戻ってくる。
「これで間違いなく、あいつはこっちへ来るよね!」
 追いかけてきたアシャに振り向き、頷いた。
「早く行こう、アシャ!」
「あ、ああ!」
 塔の明かりのせいか、菫色に見える瞳が驚きに見開かれている。少し開いた唇がこんな時なのに艶かしい。
「こっちだ!」
 逡巡は一瞬、すぐにアシャは身を翻した。厳しい顔で先に立って通路を走る。
 始めは一本道だった通路は、すぐに隘路が増え、枝分かれし、複雑に入り組み始めた。壁に取り付けられている灯火は階段よりも一層間隔があいていて、並の人間では見ている間に道を失い、魔物(パルーク)に追いつかれて餌食となることだろう。斜めに下り降り、時にやや駆け上がり、くるりと回り、また反対に回り込む道を、アシャはためらうことなく、過つことなく、外への道を見つけ出していく。
「ここは右だ!」「わか、った!」
 息を切らせながら、ユーノはようようアシャに付いて行く。遠ざかっていた魔物(パルーク)は、ユーノ達の進む方向を見つけ出したのだろう、ばきっ、がきっ、どすっ、ずざざっ、と絶え間なく擦りつけられ、砕かれ、削られる音がじりじりと距離を縮めてくる。
「そこだ、外に出る!」「んっっ」
 頷き、アシャが飛び出した後に続いて、ユーノは必死に飛び出した。
 夜のせいで、城のどこに出て来たのかよくわからない。暗い内庭、所々に灯された火の側に居た兵士達が、一斉にはっとこちらを振り向く。
 剣を抜き放ち、ユーノ達を迎え撃とうとした彼らはしかし、ユーノ達の後ろから、城そのものを打ち壊しかねない勢いで出口を破り、顔を突き出した魔物(パルーク)に凍りついた。
「バール…将軍!」
 誰かが魔物(パルーク)の眉間に張りついた顔に気づいたのだろう、喉が潰されたような声で叫ぶ。
「お、おうっ…」
 どよめきと恐慌が兵に走った。
 構えた剣では太刀打ちできない、そればかりではない、バール将軍の顔が苦しげに瞬きし、銀の鱗から身を引きはがそうとするように揺れて、その継ぎ目のようなところからたらりと垂れ落ちた雫が地面に落ちたとたん、
「ひ、いいい…いい」
 掠れた声がバール将軍の顔の干涸びた唇から響いた。
「う、うわ……っ」
「何であんなことに…っ」
「誰が、ドーヤルか!」
「いやあいつがバール将軍を食ったんだ!」
 耐えかねたような叫びにぞわぞわとした恐怖が満ちた。
 自分もまた、魔物(パルーク)の餌食となったが最後、自分で死ぬことすら奪われて、魔物(パルーク)の鱗に張り付けられる身となるのかも知れない。
「た…助けてくれえっ!」「うわあああっっ!」「橋を降ろせ橋を早く!」
 辺りは騒然となった。もう誰もユーノ達のことを気にしている余裕はない。
 さしものダイン要城の兵士も、主の酷い末路を見せられて、なおも闘志をかきたてられる剛の者はいなかった。我先に橋の方へ遁走する。互いに押し合いへし合い、小突き合い殴り合い、つまりはお互いの体に傷をつけつつ、橋へ向かう。
 魔物(パルーク)はそれに反応した。
 次々増える血の匂いに、獲物が居るのだと確信したのだろう、速度を上げて逃げる兵に襲い掛かる。
「ユーノ!」
「!」
 唐突に手を引っ張られ、ユーノは姿勢を崩した。そのままアシャと一緒に近くの草むらの中に倒れ込む。その体をアシャが強く抱きかかえて転がる。
「アシ…」
「しっ」
 アシャは鋭く制して、より深くユーノの体を抱え込んだ。息を潜め気配を断つ。促されたわけではないが、ユーノも同様に息を殺した。
 二人からほんの少し離れた場所を、魔物(パルーク)は速度を上げて這いずっていく。巨体に押しつぶされ巻き込まれて凄絶な悲鳴を上げる兵士達、その血の匂いに酔っているのだろう、魔物(パルーク)はひたすら前方へ進んでいく。
「橋を!」「橋をぉお!!」
 絶叫と懇願の中、橋がようよう降ろされる。恐慌をきたして一塊になった兵士達が雪崩を打って詰め寄せる。渡り切れた者はよし、後から後から来る者に押されて叫びながら堀に落ちる者もいるのだろう、派手な水音がたて続けに響く。
「ぎゃあっっ!」「うぉおお!」
 僅かに残った灯火の明かりで、走り抜けていく兵に導かれるように魔物(パルーク)が門を潜って橋を渡っていくのが見えた。ぎらぎら光る鱗が波打ち、脚の遅い兵を掘割へ追い落とし、あるいは跳ね飛ばしながら進んでいく。通り過ぎていく場所には無事な兵は残らない。痛みに叫び、次第に弱々しい呻きになり、やがてすぐに何も声を立てなくなる者がごろごろと木っ端のように残されていくだけだ。
 騒ぎは次第に外へ外へと広がっていった。情報が伝わるよりも魔物(パルーク)の進行の方が早いのだ。橋を降ろしては終わりだと気づく前に、必死に助けを請う兵士達の声に応じてしまう。
 三重の守りは内側から次々と魔物(パルーク)に食い破られて開放されていく。悲鳴と怒号が、まるで同心円を描く波紋のように遠ざかっていく。入れ代わりに、ひたひたと静寂が押し寄せる、まるで死の休息のような重い闇を伴って。
「……」
 喧噪が遠ざかる中、ユーノは、もう一つの音を耳の奥に谺させながら、じっと聞き続けていた。
 とん…とん…とん…とん…とん…とん…とん…とん。
 途切れることなく、速まることもなく、規則正しい柔らかな音色で響き続けている。
(アシャの…鼓動…)
 体を包んだ温もりが、危険に緊張し痛みに麻痺していた心を溶かしていく。指先にしつこく残っていた微かな痺れを解きほぐしていく。
 それは、いつか夢の中で庇ってくれた人の姿にも似て、ユーノを憩わせ護り続けてくれる静かな音色だ。甘くて、柔らかい。
「…っ」
 ふいに胸が引き絞られた。
 このままずっと、ここに居られたら。
 温かな腕の中でずっと、安心して休めたら。
 それは何と幸福な人生だろう。
 だが……だが。
「、んっ」
 滲みそうになった涙を首を振って払った。蕩けそうな体を起こそうとする。ぐっ、とアシャの腕に力が籠る。動くな、そう言いたげに、ユーノの体を軽く羽交い締めにする。
「…大丈夫だよ、アシャ」
 声が震えそうになるのを隠して、ことさらはっきりと口を動かした。
「魔物(パルーク)は囲いを突破したよ。もう行けるはずだ」
 巨大な破壊神が通り抜けた後、誰が再び橋を上げようとするだろう。破滅は内側からやってきたのだ、守るべきものが残っていようはずもない。橋は降ろされた状態で放置されているだろう、無数の死骸を載せ、生臭い血肉をこびりつかせたままに。
「…そう…だな」
 アシャは低く答えた。だが身動きしない。逆に疲れたように上げかけた顔を伏せ、目を閉じる。
「アシャ……?」
 鼻先を掠めた臭いを今の今まで気づかなかった。余りにも周囲に多くの血が流れていたせいか。
「アシャ、どうし……!」
 不安に無理矢理引き起こした体、そのユーノにアシャがぐったりと崩れてきてどきりとする。今まで重なっていた胸が少し離れた、その隙間にねっとりとしたものが流れ落ちる感触に総毛立った。左手は別の場所にある。ユーノは体に傷を負っていない。ならばこれは。
「アシャ!」
 叫んでアシャの肩を掴む。
「あなた、怪我してるのっ?!」
 のろのろとアシャの頭が動いた。気怠そうにユーノを上げた瞳が、今まで見たこともないほど朦朧としている。乱れた金の髪の下の顔は、いつの間にか蒼白になっていた。色を失った唇がゆっくりと動く。掠れた声がかろうじて聞こえた。
「悪いな……限界……越え…」
「アシャ!!」
 ふ、とアシャの体から力が抜けた。糸が切れたように落ちる首、顔を埋めて金髪が舞う。受け止めたユーノの手がぐっしょりと濡れた服に触れる。
「アシャ?! アシャっ?!」
 必死に探っていくが、どこまでもどこまでも服は濡れている。そればかりではない、今もまだしみ出してきている液体は、乾く気配さえなく生暖かく、押さえた指先を伝ってユーノの手首に滴り落ちてくる。
(傷? どこ? 胸? どうして?)
 体が震え出す。頭が加熱しているのに、四肢は冷えきって思うように動かない。
(いつから? どこから? なぜ?)
 そんなことをしても意味はないのに、虚しくアシャの体を探り続ける。凍りつきそうな思考を重ねて、必死に思い出そうとする。
(会った時はどうだった? 走っていた時は? 抱えてくれた時は?)
 だが記憶は掴もうとする度にあぶくのように消える。傷を確かめ止血しなくてはならない、そうわかっているのに、手が動いてくれない、視界がぼやける、息苦しくなって、叫び続ける。
「アシャ、アシャ、しっかりして、しっかりしてよ…っ!」
 返事がない。身動きしない。反応のなさに思考を砕かれる。
(誰か、誰か、誰か)
 流れ出す血に塗れながら呼び続ける。
「アシャっ! アシャっっ!!」
「ユーノ?!」
 崩れた相手を必死に抱きかかえる耳に声が届いて、弾かれたように顔を上げた。
 塔の基部、破壊され尽くしたような壁の一部の穴から出て来たイルファが目に入る。肩にレアナがしっかり抱えられている。続いて、バルカ、リヒャルティに肩を貸しているギャティの姿。
「いやー、魔物(パルーク)が通った跡を見つけてからは楽だったが、永久に迷路に閉じ込められるのかと……どうした?」
 豪快に笑いかけてきたイルファが、ユーノの様子に気づいたのだろう、訝しげな顔で急ぎ足に近寄ってくる。残り三人もそれぞれにやってくる。
(みんな、無事に…)
 大丈夫だった、そう思った瞬間、ユーノの何かが切れた。
「あ…」
 首を振る。全身が勝手にがたがた激しく震えていて、ことばが出ない。ぼろぼろと零れ落ちた熱いものが顔を濡らす。視界が一気に晴れる、晴れて後、膝にかかった重さに絶望する、その重さがどれほど死に近いか知っているが故に。
「…シャ…が……っ!」
 歯の根が合わなくて声がでない。震えが止まらない。
「アシャ?!」「どうしたんです、星の剣士(ニスフェル)!!」
 駆け寄る仲間の速度が上がる。渾身の力で抱き締める、失われる命を引き止めるように、振り絞って叫ぶ、遠ざかる魂に届けと。
「…い…やだぁ……ぁっ………アシャー……ぁっっっ!!」
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