『ラズーン』第五部

segakiyui

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4.『穴の老人』(ディスティヤト)(6)

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「アシャ…」
 沈み込む老婆を何とか宥め落ち着かせ、何かわかったことがあるなら知らせようと約束して、ユーノとアシャは老婆の家を出た。
 アシャは無語で先を行く。その重い気配の背中に耐えられなくなって、ユーノは声をかけた。
「どういうこと?」
「…」
「カルキュイには『運命(リマイン)』の気配はなかったのに」
「……『運命(リマイン)』よりタチが悪い」
 うっそりとした、どこか殺気立った声が、振り返らないまま応じた。
「『穴の老人』(ディスティヤト)だ。生き残りが居たのか」
「『穴の老人』(ディスティヤト)……?」
 ユーノの脳裏にラフィンニの話が甦った。
 遥か昔、荒廃の世に生を受けた『泉の狩人』(オーミノ)と時を同じくして生まれた『もの』。
「……そういえば、カルキュイを洞穴で拾ったと言ってたね」
「……ああ」
 アシャが肩越しに視線を投げてくる。感情の読めない、ひどく昏い瞳の色だ。
「幼い頃は、その能力が目覚めなかったか……洞穴以外で生きて来られたことから考えると……『亜種』かも知れないな」
 吐き捨てるように冷ややかな声で続けて、またふい、と前を向いて歩き続ける。
(アシャ…?)
 歩みを速めて隣に並ぶ。まっすぐに前を見据えるアシャの目は、何かを考え込んでいるように固い。けれど、その中身を一切ユーノに語る気はない、そんな感じで唇を引き結んでいる。
 妙に突き放された気がして、ユーノも視線を逸らせて前を向いた。今度胸に浮かんだのは、出てくる時にもまだ、哀しげに灰色の布を握りしめていた老婆の姿だ。
「……親って、ああいうもの、なのかな」
「ん?」
 思わず零した声にアシャが振り向く。
「あ、ううん、あのさ」
 問い正されるような視線に慌てて首を振り、けれど、なおも覗き込む瞳に苦笑して、ユーノはことばを継いだ。
「あの人、自分の息子は化物かも知れないって、思ってたでしょう?」
「…ああ」
「さっきだって、あの人を容赦なく馬で蹴ろうとしたのに、あの人」
 息子への恨み言を一切言わなかったよ?
「……」
「まだ、心配してた…」
 そういうのが、親、なのかも知れないね。
「私は…」
 続きかけたことばを、はっとして思わず噛み殺す。
(私の親は、カザドの襲撃があった時、私を前に押し立てた…よ)
 あの老婆ならきっと、どんなに自分が無力でも息子の前に立ち塞がり、掠れ声を上げても抵抗したことだろう、これは我が子、傷つけさせるぐらいなら、まずこの身を裂け、と。
 その差は一体何だろう。
 なぜ、自分は護られることなく、降り掛かる刃の前に突き出されたのか。
(きっと……)
 『護るに価しなかった』のだろう、愛らしさやいとしさや頼りなさや可愛さや美しさや……他の何か、レアナやセアラにあって、ユーノにはないもの、他の『護られるべき存在』にはあって、ユーノには『何か』が絶対的に欠けていたせいで。
(きっと、私が……何かが…足りなかった、から)
「ユーノ?」
「…うん…」
 俯いたユーノに屈み込みかけたアシャが動きを止めた。
「ユーノ」
「ん? ……ああ」
 不安そうなアシャの声がふいにしたたかな艶を帯びて、ユーノも気づく。
「そこの女二人!」
 ふいに響き渡った叫び声と同時に、ばらばらと周囲に散った人影があった。顔を上げて見回せば、ならず者風の男達が数人、手に手に剣や鎖鎌のような獲物を掲げてユーノ達を押し囲む。
「大人しくしろ!」
「カルキュイの手の者か」
 アシャが冷えた声で応じた。女だとばかり思っていた相手がぎょっとした顔になるのに、にっこり艶やかに笑いながらフードを落とす。
「有難い、少々聞きたいことがあった」
「っ、相手は優男とガキだ、殺っちまえ!」
「ガキで悪かったね」
 ユーノもにやりとしながらフードを脱いだ。
「そのガキにあしらわれるなんて、かなりみっともないと思うけど」
「るせえっ!」「口先だけだ!」「たいしたことねえ!」
 互いを煽りながらわっと襲い掛かってくる男達の罵声を縫って、ユーノの背中を守るアシャの落ち着き払った声が聞こえる。
「殺すなよ」「わかってる」
 ユーノはくすりと笑って剣を抜き放った。
「貴様あっ!」「こっちだ」
 怒声とともに飛びかかってきた男の剣を、一閃したユーノの剣が払いのける。力を逸らされてぽかんとする相手の体表面すれすれで剣を操り、鞘に納めてみせる。と、そのとたん、すれ違った男の衣服がばらばらと乱れ落ちた。
「ひいっ!」「遅いよ」「うわあっ!」
「ユーノ! 手加減しろと言ったろ!」
 衣服を剣一振りで剥がれて逃げ出す男を振り返りもせず、攻撃したものかどうか迷った挙げ句に斬り掛かってきた相手を、再び抜き放った剣で叩き伏せるユーノに、アシャが吠える。だが、そういうアシャも酷いものだ。剣を抜くこともなく、交差するように降り掛かった刃を紙一重で擦り抜け、逃げるどころか逆に相手の懐に飛び込んで手刀一閃、二人を悶絶させ、残りの二人を激痛に跳ね回らせている。「そっちこそ!」
「かな?」
「だよ!」
 剣戟ということばが恥ずかしくなるほど、勝敗は一瞬で決した。
「ひ、ひい…っ」
 最後の一人になった男がぺたりと尻餅をついたまま、じりじりと後じさりする。怯えた目は、アシャとユーノを、まるで鬼神か『死の女神』(イラークトル)の化身であるかのように交互に見ていたが、恐怖が極まってしまったのだろう、耐えかねたように頭を抱え込みながら叫んだ。
「た、助けてくれっ! オレは知らん! 何も知らん!」
「お前が知っているかどうかは、こちらが決める」
 アシャが醒めた声で言い捨てた。静かで変わらぬ表情が、何を考えているか一切読めない。相手はアシャの思惑をあれこれと考えて、さぞかし怖いことだろう。
「聞きたいことがある」
 アシャは身を屈ませて男と視線を合わせた。うっすらと掃いた笑みに殺気をちらつかせ、やんわり脅しにかかる。
「答えが返らなければ、『それなり』の手段をとるが……」
 そんな『手間』を煩わせるほど馬鹿ではない、と思うけど。
「あ…」
 殊更柔らかにぼかした語尾に、男はごっくんと唾を呑み込んだ。周囲で呻いている仲間をちらちらと横目で見遣って、再びアシャに目を戻す。引き攣った顔に精一杯の媚を浮かべて、口ごもりながら答える。
「な、何でも聞いてくれ、何でも」
「そうか。いい子だ」
 アシャはにっこりと優しく笑った。
(あーあ、可哀想に)
 アシャが詰問し始めた後ろで、ユーノは苦笑した。
 確かにアシャは女顔だし、細身の体に剣は不似合い、すぐにねじ伏せられるだろうと思ってしまったのも無理はないが、少し目利き出来る者なら、伏せられた睫毛の長さに冷淡な微笑がごまかされていると気づくだろう、しなやかに体を包むように回す腕が常人と違った張りを備えていると感じるだろう。つまりは、相手が愚かだったということなのだが、その代償が大きすぎる気がする。
「……なるほど、よくわかった」
「オ、オレはあんたの役に立ったか? な、役に立ったろ?」
「うむ」
 必死に確約を求める男に、アシャはなおも艶やかに微笑む。見ようによっては邪気のない愛らしい笑みと見えないこともないが、その口元が微妙に穏やかすぎる。紅の唇が吐息を紡ぐように甘く囁く。
「本当に役に立った」
「なら……げっ!」
 ほっとした男の顔が次の瞬間苦痛に歪んだ。鈍い衝撃音、ぎょっと見開いた瞳がくるりと反転し、太い首筋に叩き込まれた手刀に、男はあっけなく崩れ落ちる。
「…役に立ったんじゃないの?」
「ああそうとも、だが、助けるとは約束していないしな」
「酷いなあ」
「酷い?」
 溜め息まじりに呟いたユーノの声に、腰を上げたアシャが聞き咎めて振り返る。
「酷いんじゃない、にっこり笑ってぶっ叩くなんてさ」
「う」
 アシャが答えに窮して開き直る。
「じゃあ何か、俺が酷い男なら、お前も俺に苛めて欲しいわけか」
「まさか! アシャに苛められたら体が保たない…」
 顎を逸らせてユーノを見下ろしたアシャの視線が、笑いながら見上げたユーノの視線にぴったりと合わさる。
「あ…」
 突然、ユーノの体に広がったのは夢で味わった甘い感覚、見下ろしたアシャの視線がまるで自分の体を探ったような気がして思わず熱くなった顔を背けた。
 アシャに、苛められる、身動き取れないほど抱き竦められて、逃れようのない愛撫に沈む…。
「っ」
(何を考えてる)
「ごめん、今日、ボク、変だ」
 慌てて弁解しつつ、無意識に体を翻してアシャから離れる。
(熱い)
 アシャの側は体温が跳ね上がっていくようで息苦しい。
「とにかく行こうよ、必要な事はもう聞き出せたんだろ」
 ごまかし半分、忙しく促す。
「…ああ」
 少し遅れて響いたアシャの声に構わず、先に立って歩き出す、と、いきなり腕を掴まれ引き寄せられた。
「ユーノ…」
「え…?」
 肌が触れ合うほど間近にアシャの体を感じて、どきりと跳ねた心臓に唾を呑む。
(何)
 ひょっとして、何かがアシャの心に触れたのだろうか。
 何かがアシャの衝動を引きずり出したのだろうか。
 あり得ない何かが、ついに起ころうとしているのだろうか。
 頬をほてらせながら振り向いたユーノは、アシャがむしろ冷えた顔でじっと小路の奥を見つめているのに眉を寄せた。
「どうしたの?」
「この辺りに『宙道(シノイ)』の入り口が開いている」
「えっ」
 たちまち、波打っていた胸の鼓動がおさまった。その代わり、冷え冷えとした、砂を噛むような嫌な感触の予感が広がる。
「『宙道(シノイ)』? どうしてこんな所に」
「今の男から聞き出したんだが、こいつらは『暗い道』を通って洞穴から来たそうだ」
「『暗い道』って……『宙道(シノイ)』のことかな」
「たぶんな。そして、『洞穴』というのは、おそらくカルキュイが捨てられてたという『穴の老人』(ディスティヤト)の洞穴だろう」
 ユーノの腕をそっと離し、両手で空を探っていたアシャが、ぴたりとある一点で動きを止めた。
「あったの?」
「ああ…どうやらここらしい。ちょっと離れてろ」
「うん」
 数歩下がったユーノは、アシャの両手が、まるで空中に溶け込んだ透明な輪を取り出すように、ゆっくりと円を描くのを見つめた。曖昧にくるりくるりと回されていた手が、やがて指先を立て、何かに食い込ませていくようにくっきりとした円周を追っていく。
「、ふっ…!」
 一瞬の制止、微かな気合いとともに、アシャの紫の瞳が野獣じみた猛々しい光に輝き、頬に血の色が浮かんだ。ぱしっ、とどこか遠くで小石が弾けて当たったような音が響き、アシャの指が掌を揺らさずに震え出す。ほぼ正面で見えない扉に当てられたように合わせられていた手が、血の気を失って真っ白になった。手首から手前は通常の色なのに、手首から先が練り上げられた香蝋のように生気を失っている。痛みが走るのだろう、微かに歪んだ唇から細く長く、けれど決して弱々しいものではない息が吐き出される。
 と、その掲げられた両手がじりじりと左右に離れ始めた。見えない平らなものを押し返すような手の形のまま、円弧を描いて下へ下へと離れていく。その掌の動いた跡に、きらきら輝く光の断片、炎の先端とでも言うしかないようなものが、軌道となって残っていく。アシャの手はなおも緩慢に動き続け、光る軌跡を残したまま、膝のあたりでようやく合わさった。
「!」
 再び、声にならぬ、しかし激しい裂帛の気合いが、アシャの口を突いた。同時に、その金色の軌跡に囲まれた円の中が、突然周囲の街並と不似合いな暗さに澱み、ぼこりと口を開ける。
 ユーノは大きく目を見開いた。
「『宙道』(シノイ)を……開いたの…?」
「いや、ちょっと封印がしてあったのを抉じ開けた」
 事もなげに言い放ったアシャは、中空に浮かんだ闇の中へ無造作に踏み込む。
 傍目にはただただ不可思議に黒い円盤のように見える『宙道』(シノイ)の入り口は、アシャが跨ぎ越すのを難なく受け入れる。
 そうして見ると、この世界でおかしいのは、中空に浮かんだ円というよりは、その円を支えていないように見える周囲の景色だったし、半身踏み込んで振り返るアシャというより、周囲の景色にはめ込まれているかのような自分の姿、そんな気がしてきて、ユーノは慌てて首を強く振り、問いかけた。
「封印って、そんなに簡単に開けられるの?」
「封じた力によるさ。たいした力で封じられていなかったからな。もっとも、並の視察官(オペ)なら一日がかりかも知れん」
 自分の力を誇る様子はなかった。事実は事実、そんな淡々とした物言いに逆に圧倒される。無造作に落ちて来た前髪を払い、そのままユーノに手を差し伸べる。
「?」
「…開いた、とは言え、一度封印されていたものを無理矢理開けたからな、俺以外に対しては少々不安定だ」
「だから?」
「手を貸せ」
「は?」
 どうするの、と尋ねると同時に引き寄せられる。
「こうするんだ」
「わ!」
 次の瞬間、まるで布製の人形のように軽々と、ユーノはアシャの左肩に二つ折りに担がれてしまった。落っこちまいと慌ててアシャの背中に手を突く。うろたえて跳ね上げようとした脚をあっさり片腕で押さえられて身動き取れなくなった。
「あ、アシャっ」
「いつ敵が来るかわからんからな、片手は空けておきたい。苦しかったら早めに言えよ」
「う…うん、わかった」
 体を起こしているとかえって相手の邪魔になる。仕方なしにくったりと力を抜いて、あまりぶらぶら揺れないように片手をアシャの胴に回したが、震えることもなく、アシャは大胆に歩き始める。
「…振り分け荷物かよ」
「何か言ったか?」
「言ってない」
 アシャの体温にどきどきしてしまう自分が情けない。相手が特に何も感じていないようなのが二重に落ち込む。
 それでもゆらゆらと揺れる頭の中で形を取り出したのは、今の二人の状況ではなくて、得体の知れない敵のことだった。
(『穴の老人』(ディスティヤト)……一体どんな奴らなんだろう。どうしてアギャン公の座を狙ったりするんだろう。グードス……彼はどうなったんだろう)
 ラズーン内部への侵攻。それは容易く想像がつくが、一気に押し込んで来ずに、じわじわと伸ばされてくる触手のような侵略の気配が落ち着かない。
(どこから…どんなふうに……いつ仕掛けてくる……?)
 その時ユーノは、アシャは、レアナやレスファートやイルファ達は、どこで何をしているのだろう。これまでの旅のように、互いの背中を守り合えるような状態なら心強いが、ラズーン全土にくまなく防御を張り巡らせるとなると、散り散りになることもあるかも知れない。
(互いの生死を知らぬままに)
 『宙道』(シノイ)は予想していたよりも短かった。
「……着いたの?」
「ああ」
「降りる?」
「そのままでいろ」
 ユーノを担いだまま、立ち止まったアシャの体に緊張と力が漲り始める。そっと体を起こしてみると、ユーノを抱えている手と逆の手を前方へ伸ばしている気配、降ろしてくれさえすれば、アシャは両手を使うことが出来、入り口を開くように一気に出口も開けるのにと思ったが、見下ろした足元の暗がりがただの闇ではなく、妙にうねうねとのたうつような塊に見えて体がすくんだ。
「…ひょっとしてここも安定していない?」
「出口だからな。変に力むと呑み込まれるぞ」
 アシャの笑いは冷ややかだ。この世ならぬ世界の力を中途半端に扱う輩への嘲笑を含んでいる。人柱の一人二人は埋められていそうだな、と物騒なことを呟いて、それでも封じられた空間を開くには、片手では時間がかかった。
「っ」
 闇を走る黄金の光、耳に聞こえる音ではないが、周囲を圧する声をアシャが響かせたとたん、背中から眩い光が溢れ出したのがわかった。一瞬目を閉じたユーノを宥めるようにぽんぽんと叩き、アシャはゆっくりと境界を跨ぎ越した。
「よし、いいぞ」
「うん」
 両手を添えられ、静かに降ろされる。とん、と足元に触れた地面に思わず大きく息を吐く。
「大丈夫か?」
「大丈夫……何?」
 見下ろしたアシャが奇妙な表情で自分を眺めているのに眉を寄せた。
「どうしたの?」
「いや……顔が赤いな」
「赤くもなるさ、あんな姿勢で担がれてたら。おまけに身動き取れないし」
 もう少し長かったら、完全に頭に血が昇ってたかも。
「今もちょっとぼうっとする」
「そうか…すまん」
 ふいに伸ばされた指が避ける間もなく頬を撫でてぎょっとした。何をするのかと問う前に、アシャはくるりと背中を向けて周囲を見回す。今触れたことなど幻だったかのようなそっけなさ。
(アシャ……あなたも、今日は変だよ)
 胸の中で呟き、小さく息を吐いて気持ちを切り替え、ユーノも同じように周囲を見渡した。
 山の麓だ。灰色がかった岩と枯れて朽ちかけたような樹々、この地方独特のかさかさした茶色の草が生い茂る崖の中腹、やや右寄りの岩棚に一つの洞穴が口を開けている。
「あそこのようだな」
「人の気配はないね」
 ユーノとアシャは周囲を伺いつつ、気配を殺しながら洞穴に近寄った。
 黴臭いにおいはしない。腐敗臭もない。生き物の気配が感じられない。
 だが、レガの洞穴の記憶は、ユーノの中にくっきりと刻まれていて、思わず入り口で警戒する。
 アシャが穏やかな笑みを浮かべて振り返った。
「待っているか?」
「大丈夫だよ」
 強がって、ユーノはぐいと唇を引き締め、脚を踏み出した。
 見かけに反して洞穴はかなり深かった。ごろごろとした岩と石ばかりの場所、こういう所にありがちな水っぽいじめじめした苔や草は全く見当たらない。
 だが、目が慣れてくると、どこからか薄明かりが射してくるのがわかった。外の夕暮れ近い柔らかな光ではなく、黄色っぽい人工的な明かりの色だ。進むにつれて次第に明るさを増してくるその光、曲がりくねった穴の中の、幾つ目の曲がり角だっただろうか、ふいにゆうらりと光が動き、ユーノはぎくりとして脚を止めた。
「…アシャ…」「…ああ」
 正面に一人の老人が背中を向けて座っている。
 光は老人の向こうから照らしていて、相手の姿は影のようにしか見えない。
 ふ、と老人が身動きした。
「誰だ」
 低い声が洞穴に重く響き渡った。
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