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6.洞窟(9)
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『アシャ殿!!』
セールの声なき大音声は、洞窟の中を満たして響き渡り、さすがにアシャの鼓膜を貫いた。はっとして我に返り、振り返って洞窟の入り口から飛び込んできたセールと、その足元近くに踞っているイリオールに気づく。
愚鈍さを叱咤する声は、再びアシャを撃った。
『聖女王(シグラトル)もろとも殺される気か?!』
「っ」
怒鳴りつけられて掲げられた真実に一気に血の気が引く。うろたえながら、今しがた『穴の老人』(ディスティヤト)の縛めから解き放たれたはずのユーノに目をやって息を呑んだ。
(ユーノ!)
初めて悟った、己が何をしていたのか。何をしようとしていたのか。
岩の上に倒れ伏しているユーノの左肩は傷から溢れた鮮血で紅蓮に染まっている。青ざめた表情からは見る見る生気が失われていく。その華奢な体をもって庇った少年は、アシャの狂態に怯え切って蒼白になりながら岩の間に縮こまり、怒りに満ちた黄金のオーラで押し広げられた洞窟は岩盤天井ともに撓み軋み、身を守る術一つないユーノとイリオールの上に今にもがらがらと崩れ落ちてきそうだ。
セールが髪を乱して駆け寄り、一転勢いを改めて、壊れ物でも扱うかのように、そっとユーノの体を抱く。
(俺は一体…っ)
意図せぬ舌打ちが漏れた。
(何を、誰を助けるつもりで!)
自分への痛罵は頭の中を荒れ狂う。だが、それで緩んだ集中に天井の岩が不穏な音をたてて、アシャは素早く周囲を見て取った。
(動けない)
『穴の老人』(ディスティヤト)はユーノを諦めようとしていない。セールの乱入に色めき立ちこそすれ、引く気配は全くない。それに今オーラを弱めれば、『穴の老人』(ディスティヤト)にユーノを投げ与えるばかりか、支えを失った岩盤があっという間に内側に崩れ込むのは必定、『穴の老人』(ディスティヤト)どころか、アシャまで生き埋めになってしまうだろう。
が…らっ……がらがらがらっっ!!
「ひ、いっ!」
そのつもりはなくとも、セールが抱くユーノに思わず気が逸れた、その圧力の低下に左右の壁の一部が崩れ、イリオールが小さく悲鳴を上げて跳ね上がり、必死にユーノの側へ這い寄る。
(……無理、か)
アシャは動けない。この岩盤を落とすわけにはいかない。感覚が知らせてくる、天井の彼方の高みを構築する岩にも、オーラの圧力で亀裂が入ったことを。
(仕方がない)
「セール!」
短く叫ぶ。
「ユーノとイリオールを連れて逃げてくれ!」
『イリオール…? この子どもか』
「ユーノが助けようとした子どもだ!」
『泉の狩人』(オーミノ)は守ろうとするはずだ、聖女王(シグラトル)が我が身を盾にする存在も。
『……そなたはどうする』
ユーノを胸に抱いたまま、セールは冷ややかに問いかけた。
「俺は…ここを支える」
(所詮、こういう終わりしかない命か)
答えながら、アシャは皮肉な笑みを押し上げる。
どう生きるべきかと迷った時もあった。どう生きても虚しいと悟った時もあった。けれども、生きていてもユーノを破滅に巻き込む命でしかないのなら、生きている意味さえないということだ。
「どこまで保たせられるかわからんが」
頭上を振り仰ぐ。そこにもここにも亀裂は走っている。見ている間に破砕音をたてながら、裂け目を広がらせ、天井一面に網のように巡らされていく、崩壊の模様。
(全てをエネルギーに代えてしまえば)
アシャの構成粒子の最後の一つまで『力』に変換してしまえばきっと。
「お前達が逃げ切るぐらいまでなら押さえ切れる」
(押さえてみせる)
『世迷いごとを言うな、「氷のアシャ」とも呼ばれた軍師が』
セールは一言でアシャの案を蹴った。冷笑を響かせながら、
『この場を見れば、そんな余裕なぞないとわかる。そなたの力が消えるか、「穴の老人」(ディスティヤト)がそなたを屠るか、洞窟が崩れ落ちるか、いずれが早いかという問題だ……それよりも』
ユーノを抱えて立ち上がったセールが、一瞬奇妙に危なっかしいよろめき方をして、アシャは訝った。見かけは細身の美女であろうと、『泉の狩人』(オーミノ)はその気になれば大の男を素手で引き裂くことさえできる。ユーノ一人の重みに耐えられないわけがない。
「セール…」
ゆっくりと岩場を移動して近づいてくる相手に、アシャは思わず名を呼んだ。今まで衣の襞で隠されていてわからなかったが、セールの右脇腹と左胸のあたりが、爛れたように蕩け崩れ、どす黒い染みをこびりつかせている。
「お前…」
『「穴の老人」(ディスティヤト)は我らが敵』
謳うように柔らかな声が応じた。
『ならば、私が相手をするのが順当というもの……それに、既に一戦交えていてな』
くくく、と自嘲の笑いが零れた。
『そなたを嗤えたものではない。聖女王(シグラトル)の危機に「狩人」ともあろうものがうろたえて、この有様よ………私はもう、聖女王(シグラトル)を助け出すまでは保たぬ…』
ぎしぎしとなる岩床、ばらばらと崩れる天蓋、その中を朱に塗れたユーノを愛おしげに抱いて歩むセールの足取りは、どこか危うく頼りなげで、そのことばを裏付ける。
『それでもなあ、アシャ……後悔はしておらぬ……一時とはいえ、そなたの手より聖女王(シグラトル)を奪い、この胸に抱けはしたのだからなあ…』
満足そうな深い吐息、こんな状況下でなければ、十分にアシャの嫉妬を煽っただろう。それほどに、セールの声は満ち足りていた。
『ならば…最後を飾るには、やはり私が残らねばな…? アシャ、恨み言は聞かぬぞ、私はきっと聖女王(シグラトル)のお心に残る……ユーノはきっと、私を、セールの名前を忘れまい…?』
くすくす嗤う、その虚ろな暗い眼窩の奥に、一瞬薄水色の涙めいた光が過ったように見えた。差し出されたユーノを、アシャはそっと受け取る。ユーノの体の温かみが、ずしりと重く胸の上に降り落ちる。
『連れていけ、アシャ。そなたならば、多少の遠隔の技は備えておろう。聖女王(シグラトル)が安全な所に辿り着いたなら、オーラを納めろ、アシャ』
静かに顔を背け、体を翻し、今はまだオーラに押しのけられて身もがく『穴の老人』(ディスティヤト)に向き合ってセールは続ける。
『早く行け! でないと、私が聖女王(シグラトル)を連れ去ってしまうぞ!』
一歩、二歩、と『穴の老人』(ディスティヤト)に向かっていきながら、セールは腰の剣を抜き放った。ようやく何者かを認識したのだろう、触手をうねらせ奇妙な唸り声を響かせる『穴の老人』(ディスティヤト)に応じて剣を差し上げる。
と、ふいに動きを止めて、セールは肩越しにアシャを振り返った。おどろおどろしい骸骨の横顔を晒しつつ、
『それに……』
いや、一つ土産を置いていこう。
不審に眉を寄せるアシャに、セールはからかうように付け加えた。
『聖女王(シグラトル)が求めているのは、私ではない……そなただ、アシャ』
「……?!」
驚愕に息を止めるアシャを嘲笑い、
『信じるも信じぬも勝手だ、私も言わずともいいことを言う……だがな』
私はこれでお前とやり合うのが最後などとは思っておらぬぞ。
顔を正面に戻す。『穴の老人』(ディスティヤト)に近寄る速度を上げていくセールが、挑発するように叫ぶ。
『そなたとは、この世の旅が終わった後、再び相見えよう、決着はその時まで預けておくっ!!』
うぉあああああああ!!
野獣の咆哮はここまで猛々しくあるまい。嵐の唸りはここまで禍々しくあるまい。
走り去るセールの背中を喰い破るように溢れ出た声は、洞窟全てを闇で覆うほどに脅威に満ちて、さしもの『穴の老人』(ディスティヤト)も一瞬魅入られたように動きを止める。
『別れは言わぬぞおおお、アシャぁああああ!!』
「…くっ!」
アシャは身を翻した。腕に抱えたユーノが呻く、それを耳にイリオールを追い立てる。
「来い、イリオール! ここで死にたいのかっ!」「あ、あっ」
少年は体を震わせながらすがりつくように立ち上がった。意識はまだ岩盤を押し上げるオーラに裂いている。腕に抱いたユーノ、躓き転がり呻きながら必死に付いてくるイリオール、ばらばらに引き裂かれていく心の容量を出来る限り耐え忍ぶ。
(もっと……もっと遠くまで……もっと、なお遠くまで)
これほど広範囲に指向的なオーラの遣い方をしたことがない。途切れかける集中を何度も何度も組み直し、より効率のいいエネルギーの変換へ構築し直す。
「…」
冷や汗と同時に鼻から滴り落ちた紅を、アシャは気にしなかった。脳髄が焼き切れるなら、今ここで焼き切れてしまえばいい。
(ユーノが俺を?)
都合のいい夢、死の間際に囁かれた幻、それでも描かれた未来を抱えたままで逝けるなら本望だ。
(お前が、俺を)
途中、異様な臭いを放つ肉塊が一つ、ひび割れていく洞窟の隅に転がっていた。ラズーン四大公の一人、アギャン公の成れの果て、その横をひた走るアシャ達に阿鼻叫喚が背後から迫る。
「走れ…っ……走れっ、イリオール…っ!!」「う、あああああーっ!」
アシャが引きずるオーラがどんどん細くなり微かになり薄くなる。頭を全てを叩き壊そうとでもするような激痛が視界を奪う。喘ぐ息に血の味がする。鼻の奥から伝わってくる生温かいものを呑み下し、ついに洞窟を走り抜けた瞬間、ふいに周囲の空間が収束し震えた。
聖女王(シグラトル)!! 聖女王(シグラトル)!! 聖女王(シグラトル)!!
凄まじい絶叫がユーノの名前を呼ぶ。
聖、女、王ーーっっっ!!
オーラが消えた。アシャは前に転がりかけ、ユーノを抱き締めてかろうじて踏みとどまった。イリオールが泣き叫びながら、アシャを越えて駆け出し、草むらに躓いて転がり、全身打ちつけて泣きじゃくりながら踞る。
洞窟が揺れた。いや、洞窟を抱いていた山そのものが、揺れ崩れ陥没していく。
アシャの踵より数歩離れた所で岩盤がぼこりと凹み、地下へ崩れ落ちるのがわかった。衝撃が伝わる、そのままアシャもまた崩落の中へ呑み込まれる……寸前、体が大きく揺さぶられた。二度、三度、そして、四度。
「……は…」
突然の停止。
のろのろと顔を上げるアシャの耳に風の音が届く。
「終った、のか…?」
「ふ、あ、あ、あっあっあっあー…っ……」
静まり返った世界で、イリオールは赤ん坊のような泣き声を上げた。
セールの声なき大音声は、洞窟の中を満たして響き渡り、さすがにアシャの鼓膜を貫いた。はっとして我に返り、振り返って洞窟の入り口から飛び込んできたセールと、その足元近くに踞っているイリオールに気づく。
愚鈍さを叱咤する声は、再びアシャを撃った。
『聖女王(シグラトル)もろとも殺される気か?!』
「っ」
怒鳴りつけられて掲げられた真実に一気に血の気が引く。うろたえながら、今しがた『穴の老人』(ディスティヤト)の縛めから解き放たれたはずのユーノに目をやって息を呑んだ。
(ユーノ!)
初めて悟った、己が何をしていたのか。何をしようとしていたのか。
岩の上に倒れ伏しているユーノの左肩は傷から溢れた鮮血で紅蓮に染まっている。青ざめた表情からは見る見る生気が失われていく。その華奢な体をもって庇った少年は、アシャの狂態に怯え切って蒼白になりながら岩の間に縮こまり、怒りに満ちた黄金のオーラで押し広げられた洞窟は岩盤天井ともに撓み軋み、身を守る術一つないユーノとイリオールの上に今にもがらがらと崩れ落ちてきそうだ。
セールが髪を乱して駆け寄り、一転勢いを改めて、壊れ物でも扱うかのように、そっとユーノの体を抱く。
(俺は一体…っ)
意図せぬ舌打ちが漏れた。
(何を、誰を助けるつもりで!)
自分への痛罵は頭の中を荒れ狂う。だが、それで緩んだ集中に天井の岩が不穏な音をたてて、アシャは素早く周囲を見て取った。
(動けない)
『穴の老人』(ディスティヤト)はユーノを諦めようとしていない。セールの乱入に色めき立ちこそすれ、引く気配は全くない。それに今オーラを弱めれば、『穴の老人』(ディスティヤト)にユーノを投げ与えるばかりか、支えを失った岩盤があっという間に内側に崩れ込むのは必定、『穴の老人』(ディスティヤト)どころか、アシャまで生き埋めになってしまうだろう。
が…らっ……がらがらがらっっ!!
「ひ、いっ!」
そのつもりはなくとも、セールが抱くユーノに思わず気が逸れた、その圧力の低下に左右の壁の一部が崩れ、イリオールが小さく悲鳴を上げて跳ね上がり、必死にユーノの側へ這い寄る。
(……無理、か)
アシャは動けない。この岩盤を落とすわけにはいかない。感覚が知らせてくる、天井の彼方の高みを構築する岩にも、オーラの圧力で亀裂が入ったことを。
(仕方がない)
「セール!」
短く叫ぶ。
「ユーノとイリオールを連れて逃げてくれ!」
『イリオール…? この子どもか』
「ユーノが助けようとした子どもだ!」
『泉の狩人』(オーミノ)は守ろうとするはずだ、聖女王(シグラトル)が我が身を盾にする存在も。
『……そなたはどうする』
ユーノを胸に抱いたまま、セールは冷ややかに問いかけた。
「俺は…ここを支える」
(所詮、こういう終わりしかない命か)
答えながら、アシャは皮肉な笑みを押し上げる。
どう生きるべきかと迷った時もあった。どう生きても虚しいと悟った時もあった。けれども、生きていてもユーノを破滅に巻き込む命でしかないのなら、生きている意味さえないということだ。
「どこまで保たせられるかわからんが」
頭上を振り仰ぐ。そこにもここにも亀裂は走っている。見ている間に破砕音をたてながら、裂け目を広がらせ、天井一面に網のように巡らされていく、崩壊の模様。
(全てをエネルギーに代えてしまえば)
アシャの構成粒子の最後の一つまで『力』に変換してしまえばきっと。
「お前達が逃げ切るぐらいまでなら押さえ切れる」
(押さえてみせる)
『世迷いごとを言うな、「氷のアシャ」とも呼ばれた軍師が』
セールは一言でアシャの案を蹴った。冷笑を響かせながら、
『この場を見れば、そんな余裕なぞないとわかる。そなたの力が消えるか、「穴の老人」(ディスティヤト)がそなたを屠るか、洞窟が崩れ落ちるか、いずれが早いかという問題だ……それよりも』
ユーノを抱えて立ち上がったセールが、一瞬奇妙に危なっかしいよろめき方をして、アシャは訝った。見かけは細身の美女であろうと、『泉の狩人』(オーミノ)はその気になれば大の男を素手で引き裂くことさえできる。ユーノ一人の重みに耐えられないわけがない。
「セール…」
ゆっくりと岩場を移動して近づいてくる相手に、アシャは思わず名を呼んだ。今まで衣の襞で隠されていてわからなかったが、セールの右脇腹と左胸のあたりが、爛れたように蕩け崩れ、どす黒い染みをこびりつかせている。
「お前…」
『「穴の老人」(ディスティヤト)は我らが敵』
謳うように柔らかな声が応じた。
『ならば、私が相手をするのが順当というもの……それに、既に一戦交えていてな』
くくく、と自嘲の笑いが零れた。
『そなたを嗤えたものではない。聖女王(シグラトル)の危機に「狩人」ともあろうものがうろたえて、この有様よ………私はもう、聖女王(シグラトル)を助け出すまでは保たぬ…』
ぎしぎしとなる岩床、ばらばらと崩れる天蓋、その中を朱に塗れたユーノを愛おしげに抱いて歩むセールの足取りは、どこか危うく頼りなげで、そのことばを裏付ける。
『それでもなあ、アシャ……後悔はしておらぬ……一時とはいえ、そなたの手より聖女王(シグラトル)を奪い、この胸に抱けはしたのだからなあ…』
満足そうな深い吐息、こんな状況下でなければ、十分にアシャの嫉妬を煽っただろう。それほどに、セールの声は満ち足りていた。
『ならば…最後を飾るには、やはり私が残らねばな…? アシャ、恨み言は聞かぬぞ、私はきっと聖女王(シグラトル)のお心に残る……ユーノはきっと、私を、セールの名前を忘れまい…?』
くすくす嗤う、その虚ろな暗い眼窩の奥に、一瞬薄水色の涙めいた光が過ったように見えた。差し出されたユーノを、アシャはそっと受け取る。ユーノの体の温かみが、ずしりと重く胸の上に降り落ちる。
『連れていけ、アシャ。そなたならば、多少の遠隔の技は備えておろう。聖女王(シグラトル)が安全な所に辿り着いたなら、オーラを納めろ、アシャ』
静かに顔を背け、体を翻し、今はまだオーラに押しのけられて身もがく『穴の老人』(ディスティヤト)に向き合ってセールは続ける。
『早く行け! でないと、私が聖女王(シグラトル)を連れ去ってしまうぞ!』
一歩、二歩、と『穴の老人』(ディスティヤト)に向かっていきながら、セールは腰の剣を抜き放った。ようやく何者かを認識したのだろう、触手をうねらせ奇妙な唸り声を響かせる『穴の老人』(ディスティヤト)に応じて剣を差し上げる。
と、ふいに動きを止めて、セールは肩越しにアシャを振り返った。おどろおどろしい骸骨の横顔を晒しつつ、
『それに……』
いや、一つ土産を置いていこう。
不審に眉を寄せるアシャに、セールはからかうように付け加えた。
『聖女王(シグラトル)が求めているのは、私ではない……そなただ、アシャ』
「……?!」
驚愕に息を止めるアシャを嘲笑い、
『信じるも信じぬも勝手だ、私も言わずともいいことを言う……だがな』
私はこれでお前とやり合うのが最後などとは思っておらぬぞ。
顔を正面に戻す。『穴の老人』(ディスティヤト)に近寄る速度を上げていくセールが、挑発するように叫ぶ。
『そなたとは、この世の旅が終わった後、再び相見えよう、決着はその時まで預けておくっ!!』
うぉあああああああ!!
野獣の咆哮はここまで猛々しくあるまい。嵐の唸りはここまで禍々しくあるまい。
走り去るセールの背中を喰い破るように溢れ出た声は、洞窟全てを闇で覆うほどに脅威に満ちて、さしもの『穴の老人』(ディスティヤト)も一瞬魅入られたように動きを止める。
『別れは言わぬぞおおお、アシャぁああああ!!』
「…くっ!」
アシャは身を翻した。腕に抱えたユーノが呻く、それを耳にイリオールを追い立てる。
「来い、イリオール! ここで死にたいのかっ!」「あ、あっ」
少年は体を震わせながらすがりつくように立ち上がった。意識はまだ岩盤を押し上げるオーラに裂いている。腕に抱いたユーノ、躓き転がり呻きながら必死に付いてくるイリオール、ばらばらに引き裂かれていく心の容量を出来る限り耐え忍ぶ。
(もっと……もっと遠くまで……もっと、なお遠くまで)
これほど広範囲に指向的なオーラの遣い方をしたことがない。途切れかける集中を何度も何度も組み直し、より効率のいいエネルギーの変換へ構築し直す。
「…」
冷や汗と同時に鼻から滴り落ちた紅を、アシャは気にしなかった。脳髄が焼き切れるなら、今ここで焼き切れてしまえばいい。
(ユーノが俺を?)
都合のいい夢、死の間際に囁かれた幻、それでも描かれた未来を抱えたままで逝けるなら本望だ。
(お前が、俺を)
途中、異様な臭いを放つ肉塊が一つ、ひび割れていく洞窟の隅に転がっていた。ラズーン四大公の一人、アギャン公の成れの果て、その横をひた走るアシャ達に阿鼻叫喚が背後から迫る。
「走れ…っ……走れっ、イリオール…っ!!」「う、あああああーっ!」
アシャが引きずるオーラがどんどん細くなり微かになり薄くなる。頭を全てを叩き壊そうとでもするような激痛が視界を奪う。喘ぐ息に血の味がする。鼻の奥から伝わってくる生温かいものを呑み下し、ついに洞窟を走り抜けた瞬間、ふいに周囲の空間が収束し震えた。
聖女王(シグラトル)!! 聖女王(シグラトル)!! 聖女王(シグラトル)!!
凄まじい絶叫がユーノの名前を呼ぶ。
聖、女、王ーーっっっ!!
オーラが消えた。アシャは前に転がりかけ、ユーノを抱き締めてかろうじて踏みとどまった。イリオールが泣き叫びながら、アシャを越えて駆け出し、草むらに躓いて転がり、全身打ちつけて泣きじゃくりながら踞る。
洞窟が揺れた。いや、洞窟を抱いていた山そのものが、揺れ崩れ陥没していく。
アシャの踵より数歩離れた所で岩盤がぼこりと凹み、地下へ崩れ落ちるのがわかった。衝撃が伝わる、そのままアシャもまた崩落の中へ呑み込まれる……寸前、体が大きく揺さぶられた。二度、三度、そして、四度。
「……は…」
突然の停止。
のろのろと顔を上げるアシャの耳に風の音が届く。
「終った、のか…?」
「ふ、あ、あ、あっあっあっあー…っ……」
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