『ラズーン』第五部

segakiyui

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7.泥土(1)

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「…そうして、水鏡(カーフィ)を覗き込み、我らが聖女王(シグラトル)の危機を知ったセールは、止める間もなく宙道(シノイ)に飛び込み、そのまま…」
「もうよい」
 『狩人の山』(オムニド)の神殿で、改めてウォーグから事の成り行きを聞いていたラフィンニは、気難しく遮った。
「下がれ。しばらく誰も近づかぬように」
「は…」
 ウォーグが何か言いたげに一瞬動きを止めたが、すぐに思い直して深く頭を下げ、その場から去った。見届けたラフィンニは静かに玉座から立ち上がり、神殿の中の奥まった一室へ足を向ける。 
 アシャが『氷の双宮』へまたもや傷を負ったユーノを連れ帰ったこと、イリオールと言う少年を同行していたことは、すぐにラズーンにおける主だった者に伝わった。ましてや、『泉の狩人』(オーミノ)の仇敵である『穴の老人』(ディスティヤト)が甦ったこと、それも事もあろうにギヌア・ラズーンの手練手管にまんまと煽られて『運命(リマイン)』に組したことは、ラフィンニだけではなく、『泉の狩人』(オーミノ)各人、いや、ラズーンに深い憂慮をもたらした。
 その上、かつては辛勝とは言え討ち果たしたはずの『穴の老人』(ディスティヤト)に、『泉の狩人』(オーミノ)が敗北し命を落とすなどというあり得ない状況においては、さすがのセシ公も押し黙るほどだったと言う。
 『泉の狩人』(オーミノ)は力を失ったのか?
 以前圧倒したはずの宿敵に、むざむざ葬り去られるとはどういうことだ?
 密やかな囁きが不信の種を撒いていく。
 ウォーグもおそらく、ラフィンニの不興はそれら『泉の狩人』(オーミノ)の真価を問われる不快感からくるものだろうと考えているはずだ。
 だが、実のところ、ラフィンニにはラズーン支配下(ロダ)の噂など、どうでもいいことだった。
(我らは聖女王(シグラトル)に率いられておる)
 ならば、『泉の狩人』(オーミノ)が心を砕く必要があるのは、その唯一無二の主の命を果たせなかったというような屈辱的な出来事だ。あるいは、そのかけがえのない主の命を、己の能力不足や配慮のまずさで危険に晒すことだ。
(セール……そなたは満足であろう)
 主の声をしっかりと聞き取り、確かに間に合ったのだから。
(なんと妬ましい)
 ユーノはきっと忘れまい、己の命に支払われた代償を。
「…」
 奥の一室、四隅に三角柱の座をしつらえ、中央に水晶の玉座を置いた『聖女王(シグラトル)の間』に入ったラフィンニは、物思いにふけりながら水晶の玉座をみつめる。
 誰も座らぬ、空虚な玉座。
 未来永劫、主を受け止めることのない聖なる座。
「…」
 ついと歩み寄って右の奥隅の三角柱に近づき、手にしていた剣をゆっくり振り上げた。さほど力を込めることもなく、一気にその座に向けて剣を叩きつける。ガキッ、と鈍い音が響いて滑らかな表面の一角が削り込まれた。再び剣を持ち上げ、振り下ろす。振り上げる。振り下ろす。
 二度三度、振り下ろすラフィンニの剣に刻まれて、三角柱は見る見る崩れ砕け散っていく。
「、…、…!」
 声にならない呻きを上げながら、原型を止めないほど座を砕いたラフィンニは、やがて動きを止めた。さすがに軽く息を切らせている。粉々になった破片の上に、同じぐらい傷んだ剣を放り出す。
「セール…」
 低い声で呟いた。
「そなたの席だ」
 無人の玉座、崩れた一つの座、人の気配のない広間、おそらくは、これからも。
「……そなただけの座だ」
 続けたラフィンニは静かに俯いた。

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