40 / 73
7.泥土(1)
しおりを挟む
「…そうして、水鏡(カーフィ)を覗き込み、我らが聖女王(シグラトル)の危機を知ったセールは、止める間もなく宙道(シノイ)に飛び込み、そのまま…」
「もうよい」
『狩人の山』(オムニド)の神殿で、改めてウォーグから事の成り行きを聞いていたラフィンニは、気難しく遮った。
「下がれ。しばらく誰も近づかぬように」
「は…」
ウォーグが何か言いたげに一瞬動きを止めたが、すぐに思い直して深く頭を下げ、その場から去った。見届けたラフィンニは静かに玉座から立ち上がり、神殿の中の奥まった一室へ足を向ける。
アシャが『氷の双宮』へまたもや傷を負ったユーノを連れ帰ったこと、イリオールと言う少年を同行していたことは、すぐにラズーンにおける主だった者に伝わった。ましてや、『泉の狩人』(オーミノ)の仇敵である『穴の老人』(ディスティヤト)が甦ったこと、それも事もあろうにギヌア・ラズーンの手練手管にまんまと煽られて『運命(リマイン)』に組したことは、ラフィンニだけではなく、『泉の狩人』(オーミノ)各人、いや、ラズーンに深い憂慮をもたらした。
その上、かつては辛勝とは言え討ち果たしたはずの『穴の老人』(ディスティヤト)に、『泉の狩人』(オーミノ)が敗北し命を落とすなどというあり得ない状況においては、さすがのセシ公も押し黙るほどだったと言う。
『泉の狩人』(オーミノ)は力を失ったのか?
以前圧倒したはずの宿敵に、むざむざ葬り去られるとはどういうことだ?
密やかな囁きが不信の種を撒いていく。
ウォーグもおそらく、ラフィンニの不興はそれら『泉の狩人』(オーミノ)の真価を問われる不快感からくるものだろうと考えているはずだ。
だが、実のところ、ラフィンニにはラズーン支配下(ロダ)の噂など、どうでもいいことだった。
(我らは聖女王(シグラトル)に率いられておる)
ならば、『泉の狩人』(オーミノ)が心を砕く必要があるのは、その唯一無二の主の命を果たせなかったというような屈辱的な出来事だ。あるいは、そのかけがえのない主の命を、己の能力不足や配慮のまずさで危険に晒すことだ。
(セール……そなたは満足であろう)
主の声をしっかりと聞き取り、確かに間に合ったのだから。
(なんと妬ましい)
ユーノはきっと忘れまい、己の命に支払われた代償を。
「…」
奥の一室、四隅に三角柱の座をしつらえ、中央に水晶の玉座を置いた『聖女王(シグラトル)の間』に入ったラフィンニは、物思いにふけりながら水晶の玉座をみつめる。
誰も座らぬ、空虚な玉座。
未来永劫、主を受け止めることのない聖なる座。
「…」
ついと歩み寄って右の奥隅の三角柱に近づき、手にしていた剣をゆっくり振り上げた。さほど力を込めることもなく、一気にその座に向けて剣を叩きつける。ガキッ、と鈍い音が響いて滑らかな表面の一角が削り込まれた。再び剣を持ち上げ、振り下ろす。振り上げる。振り下ろす。
二度三度、振り下ろすラフィンニの剣に刻まれて、三角柱は見る見る崩れ砕け散っていく。
「、…、…!」
声にならない呻きを上げながら、原型を止めないほど座を砕いたラフィンニは、やがて動きを止めた。さすがに軽く息を切らせている。粉々になった破片の上に、同じぐらい傷んだ剣を放り出す。
「セール…」
低い声で呟いた。
「そなたの席だ」
無人の玉座、崩れた一つの座、人の気配のない広間、おそらくは、これからも。
「……そなただけの座だ」
続けたラフィンニは静かに俯いた。
「もうよい」
『狩人の山』(オムニド)の神殿で、改めてウォーグから事の成り行きを聞いていたラフィンニは、気難しく遮った。
「下がれ。しばらく誰も近づかぬように」
「は…」
ウォーグが何か言いたげに一瞬動きを止めたが、すぐに思い直して深く頭を下げ、その場から去った。見届けたラフィンニは静かに玉座から立ち上がり、神殿の中の奥まった一室へ足を向ける。
アシャが『氷の双宮』へまたもや傷を負ったユーノを連れ帰ったこと、イリオールと言う少年を同行していたことは、すぐにラズーンにおける主だった者に伝わった。ましてや、『泉の狩人』(オーミノ)の仇敵である『穴の老人』(ディスティヤト)が甦ったこと、それも事もあろうにギヌア・ラズーンの手練手管にまんまと煽られて『運命(リマイン)』に組したことは、ラフィンニだけではなく、『泉の狩人』(オーミノ)各人、いや、ラズーンに深い憂慮をもたらした。
その上、かつては辛勝とは言え討ち果たしたはずの『穴の老人』(ディスティヤト)に、『泉の狩人』(オーミノ)が敗北し命を落とすなどというあり得ない状況においては、さすがのセシ公も押し黙るほどだったと言う。
『泉の狩人』(オーミノ)は力を失ったのか?
以前圧倒したはずの宿敵に、むざむざ葬り去られるとはどういうことだ?
密やかな囁きが不信の種を撒いていく。
ウォーグもおそらく、ラフィンニの不興はそれら『泉の狩人』(オーミノ)の真価を問われる不快感からくるものだろうと考えているはずだ。
だが、実のところ、ラフィンニにはラズーン支配下(ロダ)の噂など、どうでもいいことだった。
(我らは聖女王(シグラトル)に率いられておる)
ならば、『泉の狩人』(オーミノ)が心を砕く必要があるのは、その唯一無二の主の命を果たせなかったというような屈辱的な出来事だ。あるいは、そのかけがえのない主の命を、己の能力不足や配慮のまずさで危険に晒すことだ。
(セール……そなたは満足であろう)
主の声をしっかりと聞き取り、確かに間に合ったのだから。
(なんと妬ましい)
ユーノはきっと忘れまい、己の命に支払われた代償を。
「…」
奥の一室、四隅に三角柱の座をしつらえ、中央に水晶の玉座を置いた『聖女王(シグラトル)の間』に入ったラフィンニは、物思いにふけりながら水晶の玉座をみつめる。
誰も座らぬ、空虚な玉座。
未来永劫、主を受け止めることのない聖なる座。
「…」
ついと歩み寄って右の奥隅の三角柱に近づき、手にしていた剣をゆっくり振り上げた。さほど力を込めることもなく、一気にその座に向けて剣を叩きつける。ガキッ、と鈍い音が響いて滑らかな表面の一角が削り込まれた。再び剣を持ち上げ、振り下ろす。振り上げる。振り下ろす。
二度三度、振り下ろすラフィンニの剣に刻まれて、三角柱は見る見る崩れ砕け散っていく。
「、…、…!」
声にならない呻きを上げながら、原型を止めないほど座を砕いたラフィンニは、やがて動きを止めた。さすがに軽く息を切らせている。粉々になった破片の上に、同じぐらい傷んだ剣を放り出す。
「セール…」
低い声で呟いた。
「そなたの席だ」
無人の玉座、崩れた一つの座、人の気配のない広間、おそらくは、これからも。
「……そなただけの座だ」
続けたラフィンニは静かに俯いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ
鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。
それが約50年前。
聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。
英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。
俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。
でも…英雄は5人もいらないな。
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる