アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夜霞

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夫婦らしく【中】・4

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「アリーシャ」

フルーツサンドを食べていたアリーシャを呼び止めると、オルキデアは指を伸ばす。

「はい?」
「口元にクリームがついているぞ」

そうしてアリーシャの口元についていた生クリームを指で掬うと、そのままペロリと舐めたのだった。

(甘いな……。やはり食べられるのは、せいぜいこれくらいか)

近年ハルモニア産の製菓の影響を受けて、ペルフェクトでも製菓業が盛んになってきた。
菓子の味自体もハルモニアの影響か、オルキデアが子供の頃よりも砂糖や蜂蜜がふんだんに使われるようになった。
菓子全体の甘味が増したように思っていたが、どうやらその考えは間違いないらしい。
甘味が苦手なオルキデアには、せいぜい一口舐める程度が限界であった。

(だが夜戦時の非常食には丁度良いくらいか。緊張状態が続き、食事や水分摂取もままならない時は、適度な糖分が必要不可欠だからな)

生クリームを舐めた指を拭いていると、こちらをじっと見つめる菫色の瞳に気づく。

「どうした?」

固まって耳まで真っ赤になりながら、アリーシャ何度も口を開閉させている。
何かを伝えたがっているように見えるが、上手く言葉にならないようだった。
なんとなく、アリーシャが言いたいことを察したオルキデアは、指を拭く手を止めると答える。

「君の口元についたクリームを取ったのは良いものの、君に舐めさせる訳にはいかないだろう。拭くのは君に対して失礼だろうと思って俺が舐めた。それだけだ」

ーーまあ、そこまで深く考えた訳ではないが。

単純に拭き取ってしまうのがもったいなかったのと、ここの生クリームがどれくらい甘いのかを試してみたくて舐めた。
ただこう言うとアリーシャが困ると思ったので、理由をとってつけただけであった。

「そこは拭いて良かったと思いますが……」
「君の顔が汚いという意味にとられかねないだろう。こんな些細なことで、いちいち君を傷つけるつもりはない」

肩を竦めると、温くなったコーヒーに口をつける。
頬を赤くしつつも、それでも美味しそうに残りのフルーツサンドを食べるアリーシャを眺めていると、思い出したことがあった。

「ああ、そうだった。車を借りに行った際に、マルテから夕食をどうするか聞かれていたのを、すっかり忘れていた」
「夕食ですか? どうして、マルテさんが……」
「しばらくは、セシリアと交代で屋敷の様子を見に来てくれるらしい。住み慣れていなくて心配だろうと」

オルキデアも、アリーシャも、今の屋敷に住み始めたばかりで、まだまだ勝手が分からないだろうと、しばらくはセシリアとマルテの親子が手伝いに来てくれることになっていた。
主に料理や洗濯などの家事を手伝うらしいが、それ以外でも言ってくれればやると話していた。

「今朝の朝食も、もしかして……」
「俺たちの様子を見に来ながら、作ってくれたらしい。……俺一人だと料理が作れないと思っているらしいな」

アリーシャ自身は簡単な料理なら作れると言っていたが、実際にどこまで家事が出来るのかわからない以上、二人に来てもらえるのはありがたかった。
オルキデア一人では、せいぜい湯を沸かすのと、演習中に学んだ簡単な野営料理しか作れない。自分はともかくとして、アリーシャに食べさせるのは気が引けてしまう。

「なんだか……おふたりに悪いです」
「いいんじゃないか。本人たちも好きでやっているみたいだからな。それで昼食を食べたばかりで悪いが、夕食はどうする? いらないなら早めに連絡をくれと、マルテに言われてな」

屋敷の管理をお願いしている以上、コーンウォール夫妻には屋敷の鍵を預けている。
夕食がいらないなら早めに連絡を入れないと、マルテかセシリアが来て、下準備を始めてしまうだろう。
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