アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夜霞

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※爪の間・7

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浴槽には半分程しか湯が溜まっていなかったが、二人が入ると溢れることなく、肩まで浸かれた。

(怒っているんだよね……?)

オルキデアの膝の上に座らされて、逃げないように腰に腕を回されたアリーシャは、チラッと後ろを見る。
先程からオルキデアは終始無言であり、今も視線は別のところに向けられていた。
すると、アリーシャの視線に気づいたのか、視線を戻したので、アリーシャは慌てて前を向く。
何を言われるのかされるのかと、身を縮めて身構えていると、不意にオルキデアは小さく吹き出したのだった。

「俺が怒っていると、思っているのか?」

オルキデアの言葉に、アリーシャは振り返ると、そこにはいつもと同じ笑みを浮かべ、濃い紫色の瞳を細めた、アリーシャの愛する夫の姿があった。

「怒ってないんですか……?」
「怒るも何も……ただ感慨深い気持ちになっていただけだ。日に日に、自分の気持ちを正直に話すようになって」

オルキデアが愛おしそうに頬を撫でてくれる。その手が妙にくすぐったいので、アリーシャは笑ってしまいそうになる。

「そうでしょうか……?」
「そうだとも。出会ったばかりの頃は、なかなか自分の気持ちを話してくれなかったじゃないか。コーヒーよりも紅茶が好きだって話も、しばらくしてから話したくらいだ」
「それは……最初は捕虜でしたし……記憶もなかったですし……あまり変なことを言って、その場で殺されるのも嫌だな……と……」

初めてオルキデアと会った時、アリーシャは自分に関する一切の記憶を失っていた。
言葉や知識、身の回りの道具の使い方、洋服の着方や食事の方法などは分かるが、自分に関することは何一つとして分からない状態であった。
自分のことは何もわからない中でも、四六時中、ペルフェクト軍の軍人が常に監視しており、兵たちが自分のことを「捕虜」と呼んで噂しているのを聞いて、なんとなく自分は捕られているのだと思った。
ペルフェクト軍にとって、捕らえて、監視せねばならない存在ーー犯罪者か、あるいは敵国であるシュタルクヘルトの関係者なのだと。

「怖い思いをさせたな」

眦を下げたオルキデアに、アリーシャは大きく首を振る。

自分がどういった存在で、どんな立場に置かれているのか、だんだん理解して来た頃、先の見えない不安に襲われるようになった。

自分はこのまま記憶が戻らないまま、死ねまで軍に捕らえられたままなのだろうか。
捕虜として、今後、どのような状態に置かれるのだろうか。 
それとも、ある日、気が変わったからと、軍に処刑されるのだろうか。
自分は明日もーー生きていられるのだろうか。

そんな時だった。アリーシャの身に起きていた出来事を聞いたオルキデアが、様子を見に来てくれたのは。

「最初はやっぱり怖かったです。でも、オルキデア様が私の様子を見に来てくれました。国境沿いの基地で、兵士の方に乱暴された後も、度々、気にかけてくださって……その時から、少しだけ安心出来るようになったんです」

そんな不安定な状態でも、オルキデアだけがアリーシャに変わらず接してくれた。
勿論、最初は仕事で接してくれたのだろう。でも、契約結婚をして一緒に暮らす様になると、あちこち出掛けて、美味しいものを食べて、綺麗な洋服を貰った。
夜、静寂が怖い時は一緒に添い寝してくれて、一度やってみたかった昼間の庭でのお茶会もやってくれた。
その内に、仕事以上の感情を期待するようになった。
アリーシャ自身も、オルキデアには特別な感情を抱くようになった。
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