294 / 357
※爪の間・7
しおりを挟む
浴槽には半分程しか湯が溜まっていなかったが、二人が入ると溢れることなく、肩まで浸かれた。
(怒っているんだよね……?)
オルキデアの膝の上に座らされて、逃げないように腰に腕を回されたアリーシャは、チラッと後ろを見る。
先程からオルキデアは終始無言であり、今も視線は別のところに向けられていた。
すると、アリーシャの視線に気づいたのか、視線を戻したので、アリーシャは慌てて前を向く。
何を言われるのかされるのかと、身を縮めて身構えていると、不意にオルキデアは小さく吹き出したのだった。
「俺が怒っていると、思っているのか?」
オルキデアの言葉に、アリーシャは振り返ると、そこにはいつもと同じ笑みを浮かべ、濃い紫色の瞳を細めた、アリーシャの愛する夫の姿があった。
「怒ってないんですか……?」
「怒るも何も……ただ感慨深い気持ちになっていただけだ。日に日に、自分の気持ちを正直に話すようになって」
オルキデアが愛おしそうに頬を撫でてくれる。その手が妙にくすぐったいので、アリーシャは笑ってしまいそうになる。
「そうでしょうか……?」
「そうだとも。出会ったばかりの頃は、なかなか自分の気持ちを話してくれなかったじゃないか。コーヒーよりも紅茶が好きだって話も、しばらくしてから話したくらいだ」
「それは……最初は捕虜でしたし……記憶もなかったですし……あまり変なことを言って、その場で殺されるのも嫌だな……と……」
初めてオルキデアと会った時、アリーシャは自分に関する一切の記憶を失っていた。
言葉や知識、身の回りの道具の使い方、洋服の着方や食事の方法などは分かるが、自分に関することは何一つとして分からない状態であった。
自分のことは何もわからない中でも、四六時中、ペルフェクト軍の軍人が常に監視しており、兵たちが自分のことを「捕虜」と呼んで噂しているのを聞いて、なんとなく自分は捕られているのだと思った。
ペルフェクト軍にとって、捕らえて、監視せねばならない存在ーー犯罪者か、あるいは敵国であるシュタルクヘルトの関係者なのだと。
「怖い思いをさせたな」
眦を下げたオルキデアに、アリーシャは大きく首を振る。
自分がどういった存在で、どんな立場に置かれているのか、だんだん理解して来た頃、先の見えない不安に襲われるようになった。
自分はこのまま記憶が戻らないまま、死ねまで軍に捕らえられたままなのだろうか。
捕虜として、今後、どのような状態に置かれるのだろうか。
それとも、ある日、気が変わったからと、軍に処刑されるのだろうか。
自分は明日もーー生きていられるのだろうか。
そんな時だった。アリーシャの身に起きていた出来事を聞いたオルキデアが、様子を見に来てくれたのは。
「最初はやっぱり怖かったです。でも、オルキデア様が私の様子を見に来てくれました。国境沿いの基地で、兵士の方に乱暴された後も、度々、気にかけてくださって……その時から、少しだけ安心出来るようになったんです」
そんな不安定な状態でも、オルキデアだけがアリーシャに変わらず接してくれた。
勿論、最初は仕事で接してくれたのだろう。でも、契約結婚をして一緒に暮らす様になると、あちこち出掛けて、美味しいものを食べて、綺麗な洋服を貰った。
夜、静寂が怖い時は一緒に添い寝してくれて、一度やってみたかった昼間の庭でのお茶会もやってくれた。
その内に、仕事以上の感情を期待するようになった。
アリーシャ自身も、オルキデアには特別な感情を抱くようになった。
(怒っているんだよね……?)
オルキデアの膝の上に座らされて、逃げないように腰に腕を回されたアリーシャは、チラッと後ろを見る。
先程からオルキデアは終始無言であり、今も視線は別のところに向けられていた。
すると、アリーシャの視線に気づいたのか、視線を戻したので、アリーシャは慌てて前を向く。
何を言われるのかされるのかと、身を縮めて身構えていると、不意にオルキデアは小さく吹き出したのだった。
「俺が怒っていると、思っているのか?」
オルキデアの言葉に、アリーシャは振り返ると、そこにはいつもと同じ笑みを浮かべ、濃い紫色の瞳を細めた、アリーシャの愛する夫の姿があった。
「怒ってないんですか……?」
「怒るも何も……ただ感慨深い気持ちになっていただけだ。日に日に、自分の気持ちを正直に話すようになって」
オルキデアが愛おしそうに頬を撫でてくれる。その手が妙にくすぐったいので、アリーシャは笑ってしまいそうになる。
「そうでしょうか……?」
「そうだとも。出会ったばかりの頃は、なかなか自分の気持ちを話してくれなかったじゃないか。コーヒーよりも紅茶が好きだって話も、しばらくしてから話したくらいだ」
「それは……最初は捕虜でしたし……記憶もなかったですし……あまり変なことを言って、その場で殺されるのも嫌だな……と……」
初めてオルキデアと会った時、アリーシャは自分に関する一切の記憶を失っていた。
言葉や知識、身の回りの道具の使い方、洋服の着方や食事の方法などは分かるが、自分に関することは何一つとして分からない状態であった。
自分のことは何もわからない中でも、四六時中、ペルフェクト軍の軍人が常に監視しており、兵たちが自分のことを「捕虜」と呼んで噂しているのを聞いて、なんとなく自分は捕られているのだと思った。
ペルフェクト軍にとって、捕らえて、監視せねばならない存在ーー犯罪者か、あるいは敵国であるシュタルクヘルトの関係者なのだと。
「怖い思いをさせたな」
眦を下げたオルキデアに、アリーシャは大きく首を振る。
自分がどういった存在で、どんな立場に置かれているのか、だんだん理解して来た頃、先の見えない不安に襲われるようになった。
自分はこのまま記憶が戻らないまま、死ねまで軍に捕らえられたままなのだろうか。
捕虜として、今後、どのような状態に置かれるのだろうか。
それとも、ある日、気が変わったからと、軍に処刑されるのだろうか。
自分は明日もーー生きていられるのだろうか。
そんな時だった。アリーシャの身に起きていた出来事を聞いたオルキデアが、様子を見に来てくれたのは。
「最初はやっぱり怖かったです。でも、オルキデア様が私の様子を見に来てくれました。国境沿いの基地で、兵士の方に乱暴された後も、度々、気にかけてくださって……その時から、少しだけ安心出来るようになったんです」
そんな不安定な状態でも、オルキデアだけがアリーシャに変わらず接してくれた。
勿論、最初は仕事で接してくれたのだろう。でも、契約結婚をして一緒に暮らす様になると、あちこち出掛けて、美味しいものを食べて、綺麗な洋服を貰った。
夜、静寂が怖い時は一緒に添い寝してくれて、一度やってみたかった昼間の庭でのお茶会もやってくれた。
その内に、仕事以上の感情を期待するようになった。
アリーシャ自身も、オルキデアには特別な感情を抱くようになった。
1
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる